緒川(おがわ)城跡(愛知県東浦町)を訪ねる(4) - 乾坤院(けんこんいん)と水野氏墓地
最後に水野氏とゆかりのある乾坤院(けんこんいん)を訪れました。
ちょっと古い町には必ず古刹、名刹があるのは、地方を探訪する上での楽しみです。
大抵、訪れてみて、おっと思うのが常です。
乾坤院は「室町時代中期の文明7年(1475)に緒川城の守護を目的に初代城主 水野貞守公の寄進によって、川僧慧済が開山した(乾坤院ホームページより)」お寺で、代々水野家の菩提寺でした。
水野家の4代の墓があります。
徒歩では緒川駅から15分から20分。
県道24号線に面した乾坤院。
於大公園の南入口の西にあります。駐車場があります。

総門。
緒川新城の城門で緒川城の唯一の遺構。


向こうに見えるのが山門。


山門。
HPでは創建当時は茅葺であったと書かれています。


隣りに鐘楼があります。

本堂と左に座禅堂の示玄堂。

本堂と示玄堂の間を奥に進むと堅雄堂への階段があります。

建立した岡崎藩主だった水野忠善の家系には「天保の改革」を行った水野忠邦(ただくに)がいます。
忠邦の時には唐津藩から浜松藩の藩主でした。

堅雄堂。
この左手に水野忠政の墓があります。

水野忠政の墓。
水野忠政は徳川家康の実母である於大の方の父親で、本拠を緒川城から刈谷城に移して三河に進出しました。

右から水野忠守、忠元、忠善の三代の墓。

三代の後ろにあるお墓は右から忠善の娘の実相院、
水野忠善岡崎城主時代の家老職にあった水野三郎右衛門信英の墓、
一番手前が忠守の子の水野守信の墓。
水野守信は松平忠吉に仕え、子孫は代々尾張藩の家臣でした。

乾坤院を後にして、於大公園を突っ切るようにして、近道をして役場の裏手にある公園の東入口に戻ります。


細い路地を東に下り歩きます。

地蔵禅院。

地蔵禅院のすぐ東にある和菓子店の大黒屋。

地蔵禅院と和菓子店。

緒川駅から帰途につきます。
武豊行きのキハ25普通2両編成。

名古屋行き区間快速のキハ25がやって来ました。

撮影 2012/05/10
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