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2007年2月

2007年2月21日 (水)

青春18切符

Pc160001_3 P3100001_3 今年の春、例によって、JRでは春の青春18切符を発売します。

今年はJR発足20周年を記念して、切符の値段が8000円と格段に安く提供されるのは、もう皆さんご存知だと思います。

つまり、1600円で一日中乗り放題という事で、私たちのように、毎年この切符を愛用しているものとして、特に今年の春は重宝しがいが有るというものです。

私が青春18切符というものの存在を知ったのは、1993年の山陰大旅行の折でした。

当時は、均一周遊券なる切符がありまして、指定してある地域内の特急、急行などが乗り放題という、便利な切符でした。ただ新幹線は一部を除いて利用できませんでしたが。

米子駅でしたか、ちょっと憶えていないのですが、外に出るときに切符の中央にボンと日付の印を押されてしまいました。
そして、再び入るときに他の駅員さんが笑いながら、「青春18切符と間違えられましたね」と、おっしゃったのが、初めてこの切符の存在を知るきっかけでした。

実際に、この便利な切符を使うようになるのは、もう少し後になるのですが。

というのも、何か若者が使う切符というイメージがあったのだと思いますね。

最近では、おばちゃんたちのグループが、これでよく旅行しているのを、車内でよく見かけますね。

という訳で、まだ利用したことが無い人にも、お薦めですよ。

年齢、性別、国籍、全く関係ありません。

写真は、JR東海の尾張一ノ宮駅。もう一枚はJR西日本の東羽衣駅です。

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2007年2月16日 (金)

帰省途中にある城

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去ること七年前に、津城と清洲城へ行ってきました。そのときの様子を。

今では、清洲などは、清須市と名も変わり、清洲公園内には、御殿のような建物ができているそうです。

詳しくは、こちらをクリックして下さい。

まず、津のほうですが、近鉄を使用し帰省、帰阪するときは、必ずここを経ます。

JRと近鉄はほぼ並走して、互いに競っていますが、岐阜、豊橋間で、名鉄と並走するJRはなかなか強く、かなり乗客を名鉄から奪っていますが、こちらは、そうはうまく、いっていません。

まず、JR関西線は名古屋、亀山間が電化され、一部複線化が図られていますが、なにせ、近鉄に比べて運賃が高いです。

それに、近鉄は速い。この二点に尽きます。

さて、津城跡ですが、最寄の駅は近鉄の津新町という駅で津より大阪寄りの駅です。

JRを使う人は、津駅で近鉄に乗り換えて、次の駅で、特急以外は全て停車します。

津の歴史、津城については、ここのホームページを参照して下さい。

清洲城は、JRの清洲駅がもっとも近く、駅から歩いて10分から15分というところでしょうか。

清洲公園は私が行った、2000年当時とは随分変わったみたいですね。

写真は、またここからアルバムに飛びます。

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2007年2月 9日 (金)

帰省での途中下車

大阪から岐阜への帰省の途中は、いろいろ見所満載の地域です。

それだけに、様々なルートによって、様々な観光地、城、お寺、神社など途中下車の旅が、面白いですよ。

ルートとしては、東海道線で行くのが第一、第二が近鉄で名古屋まで行き、岐阜まではJRもしくは名鉄で行くもの。

そして、第三は関西線で奈良、加茂、亀山、名古屋と行くルート。

そして、今はもう、できなくなってしまいましたが、紀勢線で新宮まで夜行に乗り、翌朝、さらに新宮から紀伊半島を一周して、夜遅く岐阜にたどり着くという、暇と青春18切符が無いとできない物好きなルート。

紀勢線の夜行は、本当に便利でしたが、今はなくなってしまい、大変残念であるとともに、南紀への旅が難しくなってしまいました。

 

  写真は、那智の滝の遠望と紀勢線の花形の特急オーシャンアローです。

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2007年2月 1日 (木)

冬の大和郡山城とその街

冬の寒い中、大和郡山へ行ってきました。

大阪からですと、JRの南のターミナル天王寺から快速で二十八分。もう、次は奈良という位置です。

法隆寺駅が二つ手前です。

JRは西から北へと曲線を描いて、郡山の街の東よりを奈良へと向かい、そして、近鉄が郡山城のすそを、ほぼ南北に走っています。

JR郡山駅を降りて、西側に出、ロータリーを廻って北に歩いていくと、すぐに、左側に門のような入り口があり、プロムナード風の外堀緑地が続いています。

帰りに気づいたのですが、この道をたどれば郡山の複雑な路地を行くことなく、郡山城の方にいけたみたいです。

私はあえて、すぐにわき道の路地に入り込んで、勘で西に向かいました。

おかげで、老舗のお店も発見しました。

そうこうしているうちに、郡山市役所の前に出、すぐに、郡山城の追手東隅櫓の姿が飛び込んできました。

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一枚目の写真がそれです。

二枚目が、その隅櫓の前を走る近鉄線です。

大和郡山の来歴については、ここでは述べません。ここを参照にして下さい。

例によって、今日のアルバムの写真は、ここから飛びます。

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