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2007年3月

2007年3月30日 (金)

スルッとKANSAI3dayチケット

Img631 Img955 Img627  関西を旅行するのに、季節限定で発売の「スルッとKANSAI3dayチケット」は、関西に住んでいる人にとっては、とても便利な切符です。

関西二府四県(主として)のJR以外の私鉄、公営交通(地下鉄、バス)、バスが期間限定で、好きな日に、3日間乗り放題に使用できます。

価格は5000円(子供は2500円)。

期間は、春は3月中旬から5月中旬、夏が7月下旬から9月はじめ、秋が11月から12月25日までとなっています。

また、域外の旅行者には、通年で、3dayチケットと2dayチケットの二種類があります。

ここで注意点は、3dayチケットの場合には、連続3日間となります。

値段や、詳しい情報は、「スルッとKANSAI」のホームページをご覧になって下さい。

私が使ってみて、気がついた点を少々。

まず、近鉄で吉野へは行けないという事です。ただし、飛鳥までは行けます。

もうひとつ。奈良へは近鉄で入れますが、奈良での足である奈良交通が、未加盟で使えないことです。これはなかなか大きいですね。

不満といえば、この二点ぐらいでしょうか。

反対に、京都は、市バス、地下鉄 に加えて京都バスが全面的に使えるので、このチケットでの京都での使い勝手は抜群です。

姫路へも、大阪から阪神、山陽電鉄直通の特急で行けますし、高野山へも、高野山内のバスが、乗り放題です。

もちろん、南海や、近鉄の有料特急は、別途、特急券が必要なのは仕方ないですね。

私も、青春18切符が残り二枚となり、これを使い切ったら、スルッとKANSAI3dayチケットを使って、京都か高野山へ行きたいと思っています。

暇があるかな?

写真は、いずれも清水寺です。2002年の写真です。

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2007年3月23日 (金)

松阪の町とお城

Img889_1 Img888 Img901  松阪といえば、松阪商人とかを思い出しますが、私はなんと言っても、本居宣長を真っ先に挙げたいと思います。

江戸時代に、国学というジャンルを蘭学、朱子学、心学等の学問百花繚乱の中に大きく花咲かせた功績は大きなものがあります。

石垣しかない松阪城の跡に、本居宣長記念館と宣長がすごした家、鈴屋(すずのや)が移築、保存されています。

駅を出て、右手の方向に、南西にあたりますかね、寺の多い寺町を行きますと、三井家発祥の地とか、本居宣長旧宅跡などを、巡りながら松阪城跡へと向かいます。

地図を見れば手っ取り早いですから、ここから観光協会の地図に飛びます。

ほかに、見所といえば、御城番屋敷でしょうか。昔の武家屋敷です。Img902

今もほとんどの家には、住人が住んでいらっしゃいます。

端っこの一軒だけ、見学用に公開されています。

三枚目と四枚目が鈴屋(すずのや)、一枚目が、道を挟んで両側に並ぶ御城番屋敷の写真です。

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2007年3月16日 (金)

柏原つながり

Img649 Img644 Img774 Img772 Img760  前々回に滋賀県の柏原(かしわばら)宿について、述べましたので、柏原つながりと言う

ことで、昔は丹波国、現在は兵庫県の旧柏原(かいばら)町について書いてみます。

旧柏原町が属する丹波市は、2004年11月1日に旧氷上郡の六町の合併によって成立し、旧柏原町はその一部となりました。

そして、旧柏原町役場は、柏原支所と変わりました。

柏原は、江戸時代、織田藩の城下町でした。

城下町といっても、城は無く、陣屋がその代わりの藩で、最初の柏原藩を立藩したのは、

信長の弟の信包(のぶかね)で、三代続いて、石高は三万六千石でした。

その後、いっとき天領となり、17世紀のおわりに、別の系統(織田信雄系)の織田氏が藩を治めるようになります。石高は、二万石でした。

小さな町ですが、一部が残っている陣屋跡や、レトロな旧柏原町役場(現支所)や、

八幡神社の三重塔や、太鼓櫓など、歩いてめぐっていて飽きない町です。

また、大けやきの木の根が、川をまたぐほどに伸びている姿は、ユーモラスでもあり、神秘的でもあります。

柏原へは、大阪から福知山線丹波路快速で篠山口まで約一時間、篠山口乗換えで二十五分です。

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2007年3月14日 (水)

残念!東北は大雪

Img823_1 Img819  実は、昨日から東北、弘前に旅行する予定でした。

きのう夜、大阪を出発して、大垣から<ムーンライトながら>で東京へ、そして、その日の内に弘前へたどり着くはずでした。

しかし、この大雪で、盛岡からの高速バスが、高速道路通行止めで、一般道を使用しているために、2時間以上遅れていると、電話でバス会社の案内があり、かなり迷ってしまいました。

八戸、青森経由の鉄道を利用すれば、可能なのですが、それとて、羽越線などでは、強風のため、不通区間があると、JR東日本のホームページに掲載されています。

結局、ビジネスホテルをキャンセルして、旅行を諦めました。

大丈夫だったかも知れませんが、不測の事態があるかも知れませんしね。

まさかの、寒波でした。

一ヶ月前には、予想だにしませんでした。残念でした。

15日に、弘前を散策して、その日の内に新潟まで移動し、新潟からは<ムーンライトえちご>で、あくる朝、新宿へという予定でした。

自然には勝てませんし、次の機会にします。

写真は、1991年の弘前城です。

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2007年3月 9日 (金)

近江柏原宿の京極氏墓所

P3090001 P3090002_2 P3090011 P3090019 帰省をしていて、大阪に帰る途中、今は米原市となった、柏原(かしわばら)宿に、途中下車しました。

先日訪れた、四国の丸亀の藩主、京極氏の墓所のある徳源院清滝寺へ行って来ました。

駅から2Km以上あります。しかし、雪の伊吹山を右手に見ながら、ブラブラ歩いていくのは、日差しもあり、気持ちが良かったですよ。

現在、柏原宿では、復元工事の真っ最中で、徳源院も含めあちこちで、工事が行われています。

もともと、京極氏は近江源氏の佐々木氏の流れをくみ、千二百四十二年に総領の佐々木信綱が没したときに、近江一国を四人の息子が分割し、北近江を支配した四男氏信が、京極氏を名乗りました。三男が、南近江を支配し六角氏を名乗ります。

このあたりについては、このサイトが詳しいです。

柏原の清滝寺の、京極氏の墓所の詳細などは、このサイトで。

左のマイフォトで探しにくかったら、アルバムはここから。

ところで、観光振興も良いですが、駅に、コインロッカー置いて下さい。

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2007年3月 5日 (月)

再び四国へ(後)

Pict0001_11 Pict0084 Pict0080 Pict0069  前回は、丸亀城までの、お話でしたが、この後、再び高松へ戻りました。

ところで、前回書き忘れましたが、三ノ宮での三ノ宮港までの連絡バスの乗り場が、変更になっていますね。

以前は駅の、南側の道路沿いでしたが、現在はそこから東の方向にある、ミントビルの高速バス乗り場(広いのですぐ分かります)の6番乗り場から出発します。参考までに。

さて、高松城には、重要文化財に指定されている二つの隅櫓が現存しています。

二つとも、料金を払って公園内に入らなくても、カメラに収めることができます。

公園内には、天守閣のあった、天守台が、それも立派なのが現存しています。

この後、岡山まで、瀬戸大橋線のマリンライナーで戻り、そのまま山陽路を抜け、大阪に帰りました。

昔は、岡山と姫路の間の区間は、この時期満員で、電車も席はボックス席でしたが、現在は、ほぼ、転換クロスシートに改造された車両で運行されていて、快適になっています。

もし、岡山発で、姫路までの列車であれば、途中の相生か、網干で降りて、相生では播州赤穂から来る新快速に、網干では、網干始発の新快速に乗車すると、楽に座ることができますよ。

そんなことは、皆さん、もう承知ですかね。

高松城については、いつもお世話になっているこのサイトを、参照して下さい。

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2007年3月 2日 (金)

再び四国へ

Pict0003_4 Pict0004_1  去年の暮れに続いて、再び四国へ行ってきました。

といっても、現地に居たのは一日だけで、その日のうちに岡山に出、大阪に帰ってきました。

例のように、三ノ宮港からフェリーに乗って、前日の夜に出発して、朝早くに高松に着くというパターンです。

しかし、冬から春にかけてはフェリーにありがちな、風による遅れが出て、計画していた、一番電車には乗り遅れてしまいました。

最初の計画では、高松発四時五十八分の松山行き始発電車で、一気に川之江まで行き、川之江城へ、その後引き返して、丸亀へ、そして、時間があったら、高松城へというものでした。

今回は、なんと言っても、丸亀城が目的です。

実は、琴平も念頭にあったのですが、一日で、丸亀と琴平は並び立たないと思いました。

結局、丸亀をまず優先して、丸亀に着いたのは、まだ、六時三十分でした。

丸亀藩は、近江源氏である佐々木氏の流れをくむ、京極氏の本家筋にあたります。

京極家については、こんなサイトで参照して下さい。

そして、丸亀城といえば、その石垣の美にあります。

北の正面の、いずれも重要文化財である、大手二の門、大手一の門をくぐると、左手に天守のある本丸まで、一気にかけあがれる急坂があります。

また、右に順路を取ると、御殿表門を経て、搦め手への道となります。

時間のある人は、搦め手から登り、様々な石垣の表情を楽しむのも、一興かとおもいます。

文が長くなりましたので、このあと行った、高松城については、来週の前半にもアップしたいと思います。

例によって、ここからマイフォトのアルバムに飛びます。

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