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2007年5月

2007年5月31日 (木)

大阪城を散策

 久し振りに大阪城をブラブラしてきました。

思い立った時が陽ももう高くなっていましたので、大阪環状線の森ノ宮駅に降り立ったのは、お昼でした。

森ノ宮の交差点から公園に入って、お濠端に出た時には、すでに付近のサラリーマンやOLの人々が三々五々休憩したり、弁当を広げたりと賑わっていました。

一番近い入り口である、玉造口からは入らず、最初に一番櫓を右にのぞみ、次に南外濠を同じく右に見ながら、大手門の方に向かいます。(地図参照)

正面には、NHKの大阪放送局のビルがそびえています。

大手門と千貫櫓の間に天守閣がちらりと見え、そのまま大手門、桜門とくぐり、巨大な石垣を過ぎると、天守閣広場に出ます。

様々な外国人の言葉を聴きながら、天守の西側を北にやり過ごし、北の内濠に架かる極楽橋を渡って、外濠を横切る青屋門から出ました。

そのあと、大阪城ホール前を進み、水上バス乗り場付近で右折し、大阪城公園駅に出ます。

このあと、蛇足で近鉄大阪線の始発駅、上本町(うえほんまち)駅に寄りました。

とにかく、爽やかで良い天気でした。

近鉄上本町駅

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JR大阪城公園駅

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外濠にのぞむ六番櫓

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大阪城天守閣

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千貫櫓と多聞櫓の間から天守

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大手門

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NHK大阪放送局

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大阪市立博物館

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2007年5月27日 (日)

斑鳩の里

 今日は、何年か前に行った斑鳩の里のうち、法輪寺と法起寺の写真をアップします。

法隆寺を訪れる人も、その北にある法輪寺と法起寺を訪れる人は意外に少ないように思われます。

法隆寺の中心部から中宮寺の方向、すなわち東の方向に参道を進みますと、東大門に行き当たります。

道一本挟んで、向かい側に中宮寺の夢殿があります。

この道を、北へ向かい、そうですね、十分か十五分歩くと法輪寺の正面に出ます。

法輪寺にも三重塔がありますが、これは比較的新しいものです。(1944年に雷で消失。1975年に再建。)

ずっと昔に私が訪れたときは、三重塔はありませんでした。

法輪寺のホームページです。

一方、法起寺は、この法輪寺から更に東に行きます。

こちらは、法起寺のホームページです。

沿革や由来、日本最古の三重塔の様子などは、ここを参考にして下さい。

更に、東に向かって行きますと、慈光院というお寺があります。

もし、法起寺から法隆寺に戻らずに、JR大和小泉駅の方へ抜ける道をとられるならば、
ぜひとも、大和小泉藩のお殿様が造った庭園を、観賞されるのも良いと思います。

慈光院のホームページです。

法起寺です。

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法輪寺です。

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2007年5月18日 (金)

大阪天王寺界隈

大阪のJRの南のターミナル、天王寺界隈の様子です。

大阪城と並んで大阪のシンボルとなっている、通天閣も天王寺から歩いてすぐです。

また北に歩くと、四天王寺があります。創建は聖徳太子ですが、現在の建物は比較的新しいです。

四天王寺のホームページです。

天王寺駅構内

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駅ビルからみた通天閣

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駅ビルから西の方角、新今宮方面を

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四天王寺とは大通りを挟んで反対側にある勝鬘院の多宝塔

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南の堺方面、住吉大社方面に向かう阪堺電車

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四天王寺五重塔

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2007年5月10日 (木)

四国の城(マイナーなお城)

Img145 川之江城

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鳴門岡崎城

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高知中村城

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  四国には良く行きますが、今日は、数ある四国の城の中でちょっとマイナーな城を紹介します。

一枚目の川之江には、碑のように仏殿城という城がありましたが、1585年の秀吉の四国攻めの折、落城して、翌年には廃城となりました。

鳴門の岡崎城は、阿波九城の一つとしてありましたが、蜂須賀氏の入国後の元和元年(1615年)の一国一城令により廃城となりました。

土佐中村城は、一条氏五代百年の居城でしたが、長宗我部氏、山内氏と渡り、これも一国一条令により、廃城となりました。

この他にも、阿波川島城、同じく阿波日和佐城などがあります。

お城のサイトは、ここが詳しいです。

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2007年5月 3日 (木)

近鉄と名鉄

近鉄名古屋駅アーバンライナー

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近鉄名古屋駅伊勢志摩ライナー

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近鉄大阪線河内山本駅 電車は信貴線信貴山口行き

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以下三枚名鉄岐阜駅にて

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 近鉄と名鉄は名古屋を接点として、私にとって大層身近な存在です。

去年は、父の入院という出来事で、母の世話をするために、毎週大阪と岐阜の間を往復するという、忙しい日々を過ごしました。

時には、JRを使い京都、米原経由で往復したことはありましたが、なんと言っても近鉄と、

名鉄を頻繁に利用しましたので、名鉄はともかく、近鉄への理解が深まりました。

近鉄は、各駅停車は基本的に大阪府の果ての河内国分までで、これ以降は国分まで準急できた車両が、準急の名で各駅に停車していきます。

これが、奈良県のほぼ果てになる榛原という駅までです。

そしてその先は急行が各駅に停車し、青山町を過ぎてから再び急行の役割を取り戻した停車間隔になります。

つまり、各駅しか停車しない駅を、最初は普通が、次を準急が、その先は急行に任せるという仕組みです。

これは、沿線の町の在り方と、始発駅のあり方が、このような運行の仕方を取らせているようですね。

大阪という大都市と、そこからの衛星都市との通勤通学を担うという条件のもとでは、このような列車の運行が求められるのでしょう。

このような、運行の仕方は、同じ近鉄の南大阪線や南海電鉄の高野線にも見られます。

名古屋線では、こうも綺麗に運行するのは、なかなか難しいです。

それは、名古屋の求心力の範囲が狭い、もしくは中途半端であるということです。

大阪のように、皆が(全部とは言いませんが)大阪の中心部に向かうのに対して、名古屋は、そうでは無いということです。

したがって、名古屋線では、四日市や津を中心に区間運転で対処しています

まあ、単なる鉄道ファンでしかない(マニアではないということ)私の気のついたことでした。

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