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2008年4月17日 (木)

大津三井寺と安土城跡の桜2008年4月(2) - 安土城跡

 

  三井寺からの帰りは、膳所駅で京阪からJRに乗り換え、普通電車で安土に向かいました。

新快速に石山で乗り換えるより早く着きます。

安土は近江八幡の次、近江八幡の北にあたります。

安土駅から街並みを抜けて西(駅の正面)へ向かうと、安土城の搦め手にあたる百々橋(どどばし)口に出ます。

また大手道への近道は視界が広々とした田んぼの中を、右に信長が滅ぼした六角氏の本城である観音寺城のあった「きぬがさ」山、左前方に安土山を見ながら徒歩で行きます。

 

  右手の方には東海道線の線路があり、上下電車が走り抜けます。

観音寺城の「きぬがき」山と安土山は尾根で連なっており、その一番低くなったところを東海道線がトンネルで突き抜けています。

安土山の登り口は四箇所あると何かで読んだ気がしますが、安土駅からは大手口と百々橋(どどばし)口の二つ。

 

  私が初めて安土山に登ったのは百々橋口からでしたが、今回来てみると、大手道で入山の一元管理をされていて、拝観料五百円が必要になっていました。

安土山にある摠見寺(そうけんじ)が徴収しています。

 

  さて他の観光客と一緒に大手口からまっすぐ上に石の階段を登ります。

かなり登りきったところで道は二つに別れ、まっすぐ行くと三重塔と二王門を経て百々橋口 (どどばしぐち)へ下ります(正確には一度登ります)。

右手に道をとり再び登ると天主跡にたどり着きます。

天主跡へ行った後、三重塔、二王門へ行くのが順路です。

百々橋口に下りる直前に大手道に戻る迂回路が作られてあり、伝羽柴秀吉邸跡に出ました。

 

  私は大手口から出てから、山麓沿いを南に歩き百々橋口の下に出、安土の街並みを抜けて駅に帰ってきました。

なお、東海道線の線路をはさんで、反対側にある安土城考古博物館、文芸の郷(信長の館)も必見ですが、私は前回来たときに訪れているので、今回はパスしました。

 

  こうして、再び安土駅から米原行き普通電車に乗り帰途につきました。

良い旅でしたが、天気がもうひとつでしたね。

 

  観音寺城のあった「きぬがさ」山。

  山の名前は今回調べて初めて知りました。

  「きぬがさ」の漢字が難しいので「」つきにしました。

P4090018

 

  安土山遠望。

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  山麓のさくら。

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  大手道を下から。

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  大手道を上から。

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  天主台跡。

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  安土城跡。

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  摠見寺(そうけんじ)本堂跡からみた西の湖。

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  摠見寺(そうけんじ)三重塔。

  「享徳3年(1454年)建立。摠見寺創建時に甲賀長寿寺より移築(Wikiより転載)」。

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  二王門。

  元亀2年(1571年)建立で重要文化財。

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  伝羽柴秀吉邸跡に戻ってきました。

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  伝羽柴邸跡から大手道を。

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  百々(どど)橋口 の登り口。

  今は通行禁止。

P4090076

 

  駅前の信長像。

P4090081

 

  安土駅。

P4090080

  撮影 2008/04/09


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