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2008年10月

2008年10月31日 (金)

京都 紅葉にはまだ早い旅

 月一回の京都への所用で、銀閣寺、平安神宮、知恩院を訪れました。

残念ながら紅葉は、まだ全然だめでした。

見ごろは十一月中旬から下旬でしょう。

さらに、最悪だったのは銀閣が解体修理中で、見所半減でした。

ただ、同じく国宝の東求堂が特別公開されていました。

そういえばバスから見えましたが、東本願寺の御影堂も工事中でしたよ。

交通は京都市営バスの一日乗車券を利用しましたが、まあ季節がら満員状態で、外国人、修学旅行生などでグチャグチャでした。

一日乗車券は500円です。(普通は一乗車220円)

      東海道線近江長岡付近で 伊吹山

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京都駅から「洛バス」というので出発。

洛バスは

100系統が、京都駅から三十三間堂、清水(五条坂)、祇園、美術館前(平安神宮)、銀閣寺までの往復。

101系統が京都駅前から二条城前、北梅白梅町、金閣寺、北大路バスターミナルまでの往復。

102系統が北大路バスターミナルから金閣寺、北梅白梅町、ここからまっすぐ東に向かって銀閣寺への往復となっています。

つまり三角形を形作った路線運行になっています。

もちろん、バス路線はほかにも多数あるのでそれも組み合わせたらよいと思います。

銀閣寺の国宝東求堂

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工事中の銀閣と以前行ったときの銀閣

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同じく高台からの様子と以前の様子

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京都美術館の玄関とすぐ目の前の平安神宮の大鳥居

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平安神宮の応天門と神宮内  拝観はしませんでしたが庭園が有名

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知恩院の国宝三門 大きいです。三枚目は知恩院の多宝塔。

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洛バス100系統ではないバスで京都駅に帰ってきました。

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2008年10月24日 (金)

丹波綾部、福知山の旅 - 鉄道の日記念乗り放題切符で(3)

 鉄道の日記念乗り放題切符の最後の旅です。

行く先は京都府の丹波地方。

友人が綾部に住んでいる関係で、

友人と共に綾部の代表的な企業のグンゼの博物苑を見学。

そして隣の福知山へ行って福知山城を見てきました。

 

     岐阜を八時前の電車で出発。

そして京都からは山陰線で丹波を目指します。

近年、山陰線沿線は輸送力が強化されつつあり、京都と福知山との中間点の園部までを

全線複線にするべく現在工事があちこちで進められています。

     京都駅からは、221系の快速で八両編成。

 写真は、園部駅  乗ってきた221系。

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園部からはJR西日本の主力車種223系 ワンマン運転可能な二両編成

綾部駅にて

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        グンゼ記念館(1917年築) 旧本社

              博物苑は大正期の繭蔵(まゆぐら)

グンゼは19世紀の末に、波多野鶴吉氏により起こされた会社で

私が、もの心ついたときには、もう肌着といえばグンゼというぐらい有名な会社でした。

現在は実質の本社は大阪にありますが、登記上は綾部が本社となっているようです。

グンゼは「郡是」と書きます。

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これも綾部駅にて  舞鶴線も223系二輌編成のワンマン運転

223系の大量投入により、この地方の旅は快適になりました。二枚目は福知山到着

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福知山駅は高架駅です。  北近畿タンゴ鉄道宮福線の113系二輌編成

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福知山は江戸時代朽木氏三万二千石 の城下町。

城を築いたのは明智光秀で、その後幾多の城主が替わり

最終的に朽木氏が明治まで統治。

なお、綾部市の綾部は九鬼氏三万石、

山家は谷氏一万石で構成。

山間部の上林(かんばやし)地区は旗本の藤掛氏領。

福知山城  流れる川は由良川。 

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2008年10月17日 (金)

鎌倉から北陸高岡へ - 鉄道の日記念乗り放題切符で(2)

 再び、長谷駅から江ノ電に乗って、終着の鎌倉駅へ。

 この写真は、駅裏になります。

鶴岡八幡宮は反対側。

写真の左手に地下道があって八幡宮側に出ることができます。

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   若宮大路です。

一本西に小町通りという通りがあり、観光客は土産物屋やお店をのぞきながら鶴岡八幡宮へと向かいます。

私は途中から若宮大路に出て、車道に挟まれた真ん中の参詣路を歩きました。

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鶴岡八幡宮です。

この階段で源実朝が公暁に暗殺されたんですね。

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表側のJR鎌倉駅

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  さて、鶴岡八幡宮を参拝し終わって再び鎌倉駅に戻って、今度はJRに乗って北鎌倉駅へ。

でも、首都圏はすごいですね。

電車の編成が十五輌編成。

少ないのでも十輌編成。

大阪でも東海道線の新快速の最大編成が十二輌だったと思います。

名古屋圏では八輌でしょうか。

 写真は北鎌倉駅のすぐ目の前にある鎌倉五山のひとつ円覚寺の山門です。

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下の写真は円覚寺の国宝舎利殿と思われます。

ここから中には入れません。

ところで、古都鎌倉で以外なのは、国宝と呼ばれる建造物がここしかないらしいという事です。

長谷観音にしても建造物は明らかに新しいですし、もちろん大仏は国宝ですが、建築物

は以外に古くはないと言うことらしいです。

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この後、鎌倉駅の方に歩くと、もうひとつの建長寺に行けますが、ここでギブアップ。

もう空が黄昏(たそがれ)てきました。

JRの北鎌倉駅から再び鎌倉駅に戻り、江ノ電に乗って江ノ島へ行き、そこで海を眺めながら、しばし暇つぶし。

その後、藤沢から大船へ。

大船で食事。

そして品川を経て新宿へ。

23時過ぎの「ムーンライトえちご」で

新宿からあくる日朝早く新潟に到着。

その後、長岡に戻り、さらに直江津、富山を経て、高岡に十時半頃に着きました。

写真は新宿駅9、10番線ホ-ムです。

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早速、高岡市内を走る万葉線の電車。

羨ましいです。

新湊方面まで行きます。

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  国宝高岡山瑞龍寺   加賀藩二代藩主前田利長によるもの。

門前からまっすぐ東に通ずる道を行くと利長公の墓があります。

大変立派なお寺です。

国宝らしい風格がありました。

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鋳物の町らしくこんな大仏様 高岡大仏。

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まだ、高岡の見所はたくさんありますが、早めに切り上げて高岡駅へ。

向こうに見えていた氷見線ディーゼルの単行。

この後、北陸線を経由して岐阜に戻りました。

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2008年10月10日 (金)

小田原と鎌倉へ - 鉄道の日記念乗り放題切符で(1)

 「鉄道の日記念JR全線乗り放題切符」と夜行列車指定席券2枚で、鎌倉方面とあくる日

北陸の高岡を巡ってきました。

 まずは深夜に岐阜駅から「ムーンライトながら」で出発します。

    右側2番線は名古屋行き普通電車

    左側3番線は高山線美濃太田ゆきディーゼル(岐阜駅)

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  一旦東京まで行くと、「ムーンライトながら」が、折り返し東京発5時20分発の静岡行きになります。

 まだ鎌倉に行くには、朝早過ぎるので、この列車に乗って小田原に行き小田原城を見に行きました。

小田原城の隅櫓 なお小田原城には古い建物はありません。

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銅門と一連の建造物 時間が早いので門は開いてません。

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本丸への入り口の常盤木門(ときわぎもん)

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小田原城の天守閣

これも時間が早いので登城できません。

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小田原から東京方面に戻って藤沢に。

ここから江ノ島電鉄に乗って鎌倉に入ります。

江ノ島電鉄の一日乗車券 のりおりくん。

 以外に素っ気無いデザインです。

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江ノ島電鉄 藤沢駅

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まずは、江ノ島駅で途中下車。

鎌倉唯一の五重塔が龍口寺にあると聞いて行って見ました。

写真はうまく撮れない高台にあり、うまく撮れませんでした。で、ここではあげません。

さて、江ノ島ですが、天気予報では曇りということでしたが、見事外れました。

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再び江ノ島駅に戻ってきました。

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ここから鎌倉方面に海岸沿いや、家の軒下をかすめて、次に下車したのは長谷駅。

北に10分で大仏のある高徳院に出ます。

外国人も、おばちゃんも、修学旅行生も皆歩きます。(バスで来た人は別)

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世上で言われているように、奈良の大仏よりも男前の鎌倉の大仏さん。

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駅よりに戻ると、駅名の由来の長谷観音に出ます。ここに参詣しました。

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江ノ電鎌倉駅に着きました。

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2008年10月 3日 (金)

木造で再建された天守閣

 復元天守、復興天守、模擬天守のいずれにせよ、お城が再建される場合(厳密には再建とは言いがたい場合もある)、最近は木造にこだわる事例が増えています。

残念ながら、昔から名城と言われてきたお城のほとんどが(現存を除き)コンクリート作りで再建されており、大変興味が削がれるものばかりです。

ただ、昭和の時代には火事を想定して、消防法によって厳しく規制されていたというやむを得ない事情がありました。

建築基準法の縛りもあるようです。

 平成になってから、伊予大洲城のように大きな天守も建てられましたが、これは例外と噂に聞きます。

白河小峰城の場合も、一時天守への立ち入りができなかったようで、この城は天守の上層に出口が無く、まったくの密閉状態なので、消防が懸念を示したのは理解できます。

 どちらにしても、私としては、木造で再建された後世に残せるようなお城がもっと増えたら良いのにと思っています。

静岡県の;掛川城

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愛媛県の 伊予大洲城

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宮城県の白石城

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福島県の白河小峰城

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