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2009年1月

2009年1月31日 (土)

街の中の洋館

 

  見知らぬ街を散策していて、偶然に古い洋館を発見したりすると、ちょっとうれしくなります。

今回、丸亀の街を歩いていて、アーケード街の中にそんな建物を見つけました。

現役の銀行でしたが、時代は比較的新しく、保存状態はもう一つ。

こういった洋館や古い建物は、町によっては観光の目玉として宣伝している地域もあります。

が、まだまだ埋もれている建物があって、そんな興味をもちながら、街を散策してみるのも良いですね。

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                                              撮影 2009/01/07

  岩手銀行中の橋支店(旧・盛岡銀行本店)

  東北をはじめとして、全国でこういった洋館は大切にされています。

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  岩手銀行コンピューターセンター(旧・第九十銀行)

  この写真の頃はコンピューターセンターでは無かったと思います。

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  上記二枚 撮影 1991/09/16

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2009年1月28日 (水)

高松城のお堀端(香川県高松市)2009年1月 - 琴電

 

  高松城のお堀端で琴電を撮影したうちの二枚。

どちらも高松築港行きです。

二枚目は、電車が複線の右側の線路を走行していますが、駅の入線番線の都合で右側に入ります。

駅は右に曲がるとすぐです。

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  撮影 2009/01/17

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2009年1月27日 (火)

讃岐富士と朝日2009年1月 - 丸亀城から

 

  丸亀城からの讃岐富士です。

四国へ旅行する際には、ジャンボフェリーの夜行便を利用しますので、夜明け前に丸亀に着くことが多く、城の南東隅の櫓跡の展望台から朝の讃岐富士を眺めることができます。

天候が曇っている場合でも、もやっている風情が、またいいものです。

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  撮影 2009/01/17

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2009年1月26日 (月)

丹波篠山(兵庫県篠山市)にて - 2009年1月

 

  丹波篠山の城跡の北側には、篠山の昔ながらの町並が東西の大通りを中心に広がります。

篠山口駅からは神姫(しんき)バスでくることが出来ます。車の場合、駐車場もあります。

駅からの所要は十五分から二十分で、料金は280円でした。

バスも昭和の香りがしますね。

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  篠山城大書院との共通拝観券で拝観できる残り三箇所。

  いずれも徒歩の範囲です。

 

篠山市立武家屋敷安間家資料館

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  青山歴史村

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  歴史美術館

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  撮影 2009/01/18

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2009年1月25日 (日)

高松城と琴電2009年1月 - 香川県高松市

 

  高松城跡(玉藻公園)の南側にまわりこむと、お堀端を琴電が走っています。

お城も電車も好きな私は、高松へ行くと必ずこちらに来ます。

高松築港駅を出ると、電車はすぐにお堀端を通って行きます。

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  玉藻公園の東口になります。

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  撮影 2009/01/17

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2009年1月23日 (金)

JR四国2009年1月 - 1500型気動車

 

  JR四国で、2006年5月から高徳線、徳島線を中心に運用が始まった1500型気動車です。

今回の旅行で初めて高松駅で見かけました。

そういえば徳島周辺は、昔は国鉄時代の気動車がたくさん走っていましたね。

スマートでいいですよね。

カラーリングも好きです。

 

  朝の高松駅の1500型気動車。

  高徳線徳島行き。

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  阿波池田駅にて

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  同じく阿波池田駅にて。

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  撮影 2009/01/17

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2009年1月22日 (木)

丹波篠山城(兵庫県篠山市)2009年1月 - 再びジャンボフェリーで三ノ宮へ戻る

 

  深夜、高松からジャンボフェリーで出発し、朝のうちに再び神戸三ノ宮に戻り、まだ暗い中、各駅停車で大阪に入りました。

ここから福知山線で丹波篠山へ向かいます。

大阪発篠山口行き普通電車は六時過ぎ出発。

ここも223系の登場です。昔は117系が多く見られた区間ですが。

篠山口からこの後、福知山経由で京都に出ましたが、篠山口、福知山間も福知山所属であろう二輌編成ワンマンの223系が運用されていました。

 

 さて、丹波篠山は久し振りでした。

篠山城跡に大書院が復元されたと聞き、訪れる気になりました。

訪れた大書院は、木の香りがまだ匂うような真新しさでした。

ただ、内堀の工事が行われているようで、石垣のそとまわりは雑然としていました。

ほかに大書院を含めて武家屋敷等四箇所もすべて拝観してきましたが、

共通拝観券は600円でした。

 

  大書院の入り口と書院の内部。

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  大書院の裏側に廻りこむと、奥の東が本丸になっています。

 領主であった青山氏を祭った青山神社がひっそりとあり、

 南東隅には天守台が残っています。

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  天守台から。

  円錐形の山は、高城山といいます。

  戦国時代、明智光秀の丹波侵攻の折、頑強に抵抗した波多野氏の八上城の跡です。

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  以下、丹波篠山城跡の石垣二点。

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  撮影 2009/01/17

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2009年1月21日 (水)

高松駅前界隈2009年1月 - 香川県高松市

 

  阿波池田から高松駅に帰り、まだ十分な時間があったので、駅前から高松城跡(玉藻公園)のぐるりを一周しました。

琴電や高松城やフェリーの写真を撮りながら、ぶらぶらと散策を楽しみました。

駅前で、カップルに頼まれて写真を撮ってあげたりして、高松駅に戻ってきました。

この時点で午後六時頃。

フェリーの連絡バスの時間は0時15分で、まだたっぷり時間があります。

で、時間潰しで「マリンライナー」に乗って岡山まで往復してきました。瀬戸大橋からの風景を見たかったのですが、結局疲れで車上では寝てしまいました。

青春18切符ならではの時間の潰し方でした。

 

  高松駅。 

  時計を見ると五時前ぐらいですか。

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  上は駅前のビル。

 

     琴電の高松築港駅。

公園の西側にあります。

駅を出ると電車はカーブして公園の南側にまわりこみ、三つの路線の分岐駅の瓦町に 向かいます。

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  公園の北側は海に面していて、幾社ものフェリーが並びます。

  瀬戸大橋が出来るまでは、本四連絡の大動脈でした。

 今でも、この宇高(宇野ー高松)連絡船の需要は高いようです。

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  同じく海に面した道路沿いにある高松城の櫓。

  江戸時代からの遺構で、重要文化財に指定されています。

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  撮影 2009/01/17

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2009年1月20日 (火)

箸蔵寺(はしくらじ 徳島県三好市池田町) - 琴平から箸蔵へ

 

  琴平ではすぐに乗り換えです。

今回も琴平は見送りました。

本数の少ないこの区間、阿波池田行きディーゼルカーで行きます。

そして、途中の箸蔵という駅で下車して、ケーブルカーで山にある箸蔵寺を参詣しました。

  眺めは素晴らしかったです。

はるか眼下に吉野川や池田の町(現在は三好市)が眺められました。

ここから中腹にある仁王門が見たくて、一度急な階段を下りましたが、そこからケーブルカーのある駅まで登りなおすのも体力がと思い、歩いて下りることに。

この仁王門までは車が通れる町道があるのですが、これを下り、麓の国道に下りるまでに五十分もかかってしまいました。

さすがに疲労困憊でした。

この後、一度阿波池田まで行き、折り返し多度津乗換えで高松に戻りました。

 

  琴平にて。阿波池田行きキハ54の単行。

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  途中、坪尻のスウィッチバック。

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  箸蔵駅の風景

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  ロープウェイから見た中腹にある仁王門。

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  箸蔵寺の一部。

  ほとんどが重要文化財。

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  仁王門。

  下の駐車場から。

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  仁王門から見上げたロープウェイ。

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  一度、阿波池田駅に行き、一時間余りの列車待ちの間に食事。

  先に徳島行きの特急「剣山8号」が出て行きました。

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  撮影 2009/01/17

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2009年1月19日 (月)

丸亀城(香川県丸亀市) - 早朝の丸亀から琴平駅へ

 

  高松駅を出発して、暗いうちに丸亀駅にやってきました。

下の丸亀駅は、陽が昇った後の帰り際の写真ですが、

降りたのは七時前で、

丸亀城の天守にはまだ照明が当たっていました。

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  朝陽を受ける丸亀城天守

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  天守も門もいずれも江戸時代の遺構です。

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  丸亀城からの讃岐富士

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  琴平駅構内。

  ここからは非電化区間。

  ここまで乗ってきた電車は折り返し高松行きに。

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  撮影 2009/01/17

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ジャンボフェリー2009年1月 - 神戸三ノ宮から高松へ

 

  神戸ー高松間を結ぶジャンボフェリーの深夜便を利用して、四国へ行ってきました。

三ノ宮駅からの連絡バスは、バスターミナルの⑥番乗り場から。最終が23時30分で、200円が必要です。

船は、三ノ宮港0時45分発高松東港着4時45分です。

高松にも連絡バスがあります。

高松はバス料金は要りません。

いわゆる送迎バスになります。

 

  写真の右手にある6番のバス停です。

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     待合室内にある説明板。

  ジャンボフェリーの客室は、基本的に「ざこ寝」と 「座席」の二様です。

  ただ、指定がまったく無いので、「ざこ寝」でも大きな「ます」の中で思い思いに場所をとって寝られます。

  他のフェリーの、幅80センチ位の隙間を指定されて、左右の客に挟まれ一晩中うなされるのには、二度と乗る気はありません。

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  高松駅の改札の内側から。

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  琴平行き普通電車。

  これに乗って行きます。4両編成。

  113系です。ただ、カラーリングが。

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  内部はクロスシートに改造されていて、まあまあ、乗り心地は良いです。

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  撮影 2009/01/16,17

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2009年1月16日 (金)

JR岐阜駅2009年1月 - 冬の朝

   

  冬の朝の岐阜駅です。

広角レンズでビルが傾いて見えます。

駅前は、まだ再開発の工事中。

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  岐阜駅5番線 通常、普通電車 が発着します。

  岐阜発豊橋行き普通313系。

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  撮影 2009/01/07

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2009年1月15日 (木)

高松駅前と琴電 - 2007年3月

 

  高松では、駅と駅前の再開発を長い間行っていました。

その結果、駅と駅前に「ちょっとした」空間ができました。

ただ、隣合わせるようにある琴平電鉄のぬくもりと比べて、ちょっと冷たいあの感じは何でしょうか。

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  ことでん高松築港駅。

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  撮影 2007/03/01

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2009年1月13日 (火)

安芸駅(高知県安芸市)にて2006年12月 - 土佐くろしお鉄道

 

  高知県の「土佐くろしお鉄道 ごめん・なはり線」安芸駅での二枚です。

2006年の年末の旅行で、安芸はとても風が強く閉口しました。

朝のうちに高知城へ行き、高知からの直通のこの列車でやって来ました。

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  撮影 2006/12/28

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2009年1月12日 (月)

豊橋駅(愛知県豊橋市)にて2009年1月 - 通勤時間帯

 

  夜の豊橋駅です。

通勤客が行き交う時間帯です。

名鉄名古屋本線の東の終着駅の豊橋ではJR飯田線との共同使用の名鉄電車。

名古屋方面からやってきたパノラマスーパーですが、JRとの垣根がなく、同じホームの反対側にはJRの飯田線の車輌が。

左側にはJRの大垣行き新快速が待機中です。

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  飯田線本長篠行き普通電車

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  撮影 2009/01/07

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2009年1月11日 (日)

遠州地方の旅(4)2009年1月 - 久し振りの掛川城

 

  掛川に着きました。

天竜浜名湖線の駅を出て、JR掛川駅前の広場の東よりの大通りをまっすぐ行くと、掛川城の下に出ます。

お城と御殿と美術館の共通券で400円。

お城と御殿で300円でしたが、私は400円ならばと全部拝観することにしました。

御殿は唯一江戸時代から伝わる貴重な建築で、状態もよく、長く保存して貰いたいですね。

そういえば、昨年か一昨年かに熊本城の御殿が再建されましたし、名古屋城の御殿も再建されることになっていますが、これだけの御殿が残っている掛川は幸せと言うものです。

ただ、この御殿も1854年の嘉永東海地震以後に再建されたものだそうです。

 

  JR掛川駅

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  以前にもここで書きましたが、1590年徳川家康が秀吉から関東移封を命ぜられると、

そのあとの東海道の諸城には秀吉子飼いの武将が配置され、掛川城には山内一豊が入りました。

現在の掛川城の形ができたのは、この一豊の時代であるそうです。

 

  掛川城天守閣

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  天守閣から見おろした御殿の全景

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  御殿の内部。

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  御殿から見た天守閣

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  御殿や天守閣から少し歩いた所にある大手門

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  撮影 2009/01/07

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2009年1月10日 (土)

遠州地方の旅(3)2009年1月 - 二俣城跡から掛川まで

 

  天竜浜名湖線の二俣本町で降り、町の中をぬって十分ぐらい歩くと、二俣城跡にある神社の幟(のぼり)が立っている階段にたどり着きます。

そして、それを登ると取り付けの自動車道路に出、すぐに二俣城址入り口の看板があります。

そこを入り、上がるとすぐに本丸跡です。

すぐに目に飛び込んでくるのはしっかりとした天守台で、古い「野面積み」という石垣の作

りで、本丸の西端の天竜川を見下ろす位置にあります。

 

  下は二俣の町の地図です。

  城跡は天竜川と二俣川で三方を囲まれて、川で防御している様子がわかります。

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  二俣の町並み。

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  天守台です。

  保存状況は大変良いです。

  天守台ができた時期は、徳川家康が武田の勢いが衰えたのに乗じて奪い返した後の時代と見られているそうです。

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  天守台から望める天竜川。

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  二俣城の縄張り図ですが、

  登って見渡して見ると、本丸以下、以外に大きくはないというのが実感です。

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  最近できたという神社のある北曲輪(きたぐるわ)です。

  大きさは本丸ほどでしょうか。

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  天竜二俣駅。

  天竜浜名湖線でおそらく最大の駅です。

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  終着駅の掛川。

  これから掛川城に向かいます。

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  撮影 2009/01/07

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2009年1月 9日 (金)

遠州地方の旅(2)2009年1月 - 遠鉄西鹿島から天竜浜名湖線二俣本町まで

 

  新浜松駅を出発して三十分ちょっとで終点の西鹿島に到着。

ここまでほぼ平坦地を走り、先には天竜川という所で遠州鉄道は終わり、この先は豊橋の東の新所原からやって来る天竜浜名湖線にバトンタッチをします。

ところで浜松市は平成19年4月1日をもって政令都市に移行し、中区、東区、西区、南区、北区、浜北区、天竜区に行政区分されました。

人口は浜松市のホームページによれば今年1月1日現在82万6千人余りだそうです。

このうちこれから行こうとしている二俣のある天竜区は、浜松市の面積の62.5%を占める一方、人口は4.7%の3万7千人余りのいわゆる過疎地域です。

しかし、これから財政配分の仕方によっては発展の可能性が開かれました。

そういう意味では遠州鉄道と天竜浜名湖線のこれからの役割は大きくなりますね。

 

  遠州鉄道西鹿島(にしかじま)駅構内

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  西鹿島駅

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  天竜浜名湖線の西鹿島駅ホーム。 

  列車が三分遅れで入線してきました。

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  列車内。

  ボックス席がメインになっています。

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  二俣本町駅に到着。

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  撮影 2009/01/07

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2009年1月 8日 (木)

遠州地方の旅(1)2009年1月 - 青春18切符二枚目

 

  青春18切符を使って浜松、掛川あたりを駆け足で旅行して来ました。

今回、私にとっての初物は遠州鉄道と二俣城跡、天竜浜名湖線の乗車でした。

JR岐阜駅を9時12分発の豊橋行き普通で出発と、のっけから余りにも遅い出発。

旅行するぞ、という気概に欠けた出発でした。

大体、普通電車で出発したのも名古屋まで座りたいがための横着です。

岐阜始発で、新快速と名古屋までの到達時刻は五、六分遅いだけですから、どうしても楽な方を選んでしまいます。

で、名古屋で後から来た浜松行きの快速に乗り換えました。

名古屋からも、混んではいましたが座れました。

そして、このまま浜松まで直行です。

 

  岐阜駅5番線の豊橋行き普通電車。

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  浜松に着きました。

  ここで浜松城に行くか迷いましたが、私の心の中での優先順位が二俣城、掛川城、浜松

  城であったので、取り敢えず遠州鉄道の新浜松駅に向かいました。

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  遠州鉄道新浜松駅への入り口。

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  遠州鉄道新浜松駅。

  終点の西鹿島(にしかじま)駅までは所要三十二分の旅程。

  一時間に五本のダイヤです。

  これぐらいの頻度でのダイヤでしたら、時刻表は要りませんね。

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  撮影 2009/01/07

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2009年1月 6日 (火)

伊吹山(滋賀県米原市、岐阜県揖斐郡揖斐川町、不破郡関ケ原町) - 神の宿る地域の山

 

  どこの地域に行っても、その地域に崇(あが)められている神聖な山々というものがあります。

特に高い山には神が宿っていると信じられており、皆さんの地域にもそんな山々が存在していると思います。

日本で、その最たる山が富士山ですね。

私の住んでいる岐阜から西美濃にかけてや、北近江にかけてのそういう山が伊吹山です。

 

  近江柏原(かしわばら)からの伊吹山

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  撮影 2007/03/09

 

  近江長岡の伊吹山と新幹線

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  撮影 1999/03/01

 

  近江長岡駅にて

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  撮影 1999/03/01

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2009年1月 5日 (月)

名鉄岐阜駅にて - 2008年12月末に

 

  名鉄岐阜駅の3300系「須ヶ口行き」普通電車です。

ステンレス製の車体で3150系とは同系統になります。

岐阜発の普通電車は、名鉄名古屋駅がすでに飽和状態なので、乗り入れを避けるために須ヶ口駅止まりになっています。

須ヶ口は津島線との合流駅で、かつ本線の急行停車駅なので乗客が困ることは無いと思われます。

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  パノラマスーパー増結用の1800系。

 新羽島行きに転用されています。

 普通電車です。

  新幹線の岐阜羽島駅まで行きます。

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  撮影 2008/12/24

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2009年1月 3日 (土)

一国一城令 - 例外も

 

  江戸時代の初期に、一国一城令が発布されて、多くの城が破却されたり、打ち捨てられ、これによって領国には城は一つという大原則が立てられました。

 しかし、実際には例外もあり、例えば津藩の藤堂家では伊勢と伊賀の二カ国にまたがっていたため、津城と伊賀上野城が認められました。

また、熊本細川藩では、八代を家老の松井氏が城持ちとして治めましたし、仙台伊達藩でも白石城に家老の片倉氏が入っています。

また、御三家の尾張藩の家老成瀬氏が犬山城を、紀伊藩では、新宮、紀伊田辺に城がありました。

何事にも例外はあるみたいです。

   

  白石城天守

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                                                                                              ( 撮影 2003/03/04)

 

  同じく白石城

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  紀伊田辺城唯一の遺構の水門跡

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                                              (撮影 2003/10/16)

  紀伊田辺 高山寺多宝塔

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                                          (撮影 2003/10/16)

  津城隅櫓

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                                             (撮影 2000/01/20)

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2009年1月 2日 (金)

嵐電2008年12月 - 太秦広隆寺にて

 

  私が初めて嵐電に乗ったのは1992年でした。

岐阜から来た父親と、大阪からの私が京都駅でおちあい、バスで映画村へ行った際のことでした。

そして見学後、ここから二条城へ行こうということになり、当時はあまり京都の地理に詳しくなかった私ですが、結局考えたあげく、南の方に電車が走っている筈だから、そこまで歩こうということになりました。

それが嵐電でした。

当時の駅名は「太秦広隆寺」ではなく、単に「太秦」だったと記憶しています。(間違ってたらごめんなさい。)

そして、目の前にあの有名な広隆寺がある事を知りました。

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  撮影 2008/12/27   

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2009年1月 1日 (木)

賀正2009年元旦 - 今年もよろしく

 

  明けましておめでとうございます。

  今年もよろしく。

 

  ミニ鏡餅

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  名鉄岐阜駅 2200系車庫入り

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  岐阜といえば鵜飼い(うかい)。 (「うがい」とは地元では言わないです)。

  観覧船が船溜まりで春まで休憩。

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  撮影 不詳

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