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2009年1月 3日 (土)

一国一城令 - 例外も

 

  江戸時代の初期に、一国一城令が発布されて、多くの城が破却されたり、打ち捨てられ、これによって領国には城は一つという大原則が立てられました。

 しかし、実際には例外もあり、例えば津藩の藤堂家では伊勢と伊賀の二カ国にまたがっていたため、津城と伊賀上野城が認められました。

また、熊本細川藩では、八代を家老の松井氏が城持ちとして治めましたし、仙台伊達藩でも白石城に家老の片倉氏が入っています。

また、御三家の尾張藩の家老成瀬氏が犬山城を、紀伊藩では、新宮、紀伊田辺に城がありました。

何事にも例外はあるみたいです。

   

  白石城天守

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                                                                                              ( 撮影 2003/03/04)

 

  同じく白石城

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  紀伊田辺城唯一の遺構の水門跡

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                                              (撮影 2003/10/16)

  紀伊田辺 高山寺多宝塔

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                                          (撮影 2003/10/16)

  津城隅櫓

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                                             (撮影 2000/01/20)

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