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2009年6月22日 (月)

田丸城(三重県玉城町)(2) - 江戸時代は紀伊藩領

 

   この日は天気があまり良くなく、時々薄日がさす程度でほぼ曇り空でした。

この後、松阪では雨にも降られました。

 

  さて、本丸の天守台から田園風景を眺めた後、二の丸に向かいます。

二の丸は本丸からは北の丸と正反対の方向にあります。

二の丸、本丸、北の丸が横にならんでいると思っていただければよいと思います。

二の丸からも下に下りることができますが、二の丸虎口(こぐち)の下は中学校のグラウンド。

ですが、このまま下りていくと学校に入ってしまいそうです。

思案していると生徒が何人か体操服で出てきて、「こんにちは」と声をかけてくれました。

そこで聞いてみるとやはり学校に入るそうで、仕方なく元の二の丸から本丸へ、本丸虎口から出て下りました。

ここで気付くのですね。

富士見門前の道路を来ると学校の門にも行けますが、途中で登り口に分かれて上に行けるということが。

 

  下りきると、大手の道路を挟んで玉城町役場と村山龍平記念館があります。

私は全く存じ上げませんでしたが、村山龍平さんは朝日新聞の創始者で、郷土の偉人といわれる方だったのですね。

この記念館から隣にある旧三の丸にあったという奥書院に行けます。

しかし拝観は要予約と聞いていたので、結局そのまま田丸駅に向かいました。

 

   本丸の天守台。

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   本丸からみた田園風景。

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   二の丸。

   左に下りると二の丸虎口でグラウンドの上に出ます。

   奥にも下り口があるはずです。

   帰りの列車の車窓から確認できましたから。

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   二の丸虎口。グラウンドの上です。

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   二の丸あたりから田丸駅の方を。

   中央に田丸駅の屋根が見えます。

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    結局、本丸下から下りて、中学校の校門を見ながら下ります。

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   そして元の富士見門の前に戻ってきます。

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   大手の外堀の橋を渡って、大手口を見たところ。

   左手に玉城町役場、右手に村山龍平記念館と奥書院。

Pict0069<\p>

 

   村山龍平記念館の隣、お城跡側にC-58蒸気機関車が。

   私の小さいころ高山線の旅客列車を牽引していて、岐阜駅でよく見かけました。

   参宮線でも活躍していたのですね。

   とても懐かしい。

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  撮影 2009/06/18

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