« 下関から美祢線(みねせん)、山陰線経由で萩へ - (フェリーと青春18きっぷで行く旅(8)) | トップページ | 山口県萩市 - 萩駅舎 (フェリーと青春18きっぷで行く旅(10)) »

2009年9月 5日 (土)

山口県萩市 萩城(指月城-しづきじょう)跡 - (フェリーと青春18きっぷで行く旅(9))

 

  萩は長州藩の藩庁。

藩主毛利氏は関ヶ原の戦いで、敗れた西軍の名目上の総大将であったために、戦後に約九ヶ国120万石の所領を長門、周防(すおう)の二カ国に減封され、広島から萩にうつってきました。

幕末には下級武士が中心となって、薩摩と共に薩長同盟を結び江戸幕府を倒し、維新後は伊藤博文らの政治家や軍人などを輩出し、日本の歴史に大きな足跡を残しました。

 

  そんな萩の街を周るべく、 東萩駅の南脇にあるレンタサイクルで自転車を借りて出発。

9時半過ぎに借りて5時半までと申告して800円でした。

もちろん前払いです。

お店は5時に閉まるので、返し方はお店の方に教えてもらえます。

原則として1日1000円が目安です。

萩の市街地は北を海に西と南を橋本川、東を松本川に囲まれています。

西の長門市方面からやってくる山陰線は、市街地の南から大きく東に回り込む様に二本の川の外側をはしって東萩駅に着きます。

したがって萩市の三つの駅、玉江駅、萩駅、東萩駅、いずれも市街地に入るには橋本川、松本川のいずれかを渡らなければなりません。

昔の城下町の防御としては非常に巧妙にできています。

さて、駅を出発してまず松本川に架かっている萩橋を渡ります。

そのまま真っ直ぐ西に向かえば最短で萩城跡にたどり着けますが、ここは川沿いに北西に向かい、重要伝統的建造物群保存地区に選定されている浜崎の商家町を訪ねました。

ここの写真はまた機会があればあげます。

そしてそこから海辺に出て、菊ヶ浜海水浴場を右に見ながら萩城跡まで自転車をこぎました。

ただ、海水浴場では一人も泳いでいませんでした。

 

   指月(しづき)山とその麓をも含む萩城のありし日の模型。

   旧厚狭(あさ)毛利家萩屋敷長屋にて展示の模型。

   指月公園を南に出たところにあります。

P8260164

 

   萩城跡 指月(しづき)公園案内図。

P8260153

 

   菊ヶ浜海水浴場から展望した指月山。

   判りにくいですが、周囲を石垣で防御しています。

Pict0003_2

 

   指月山の東側の海岸から。

   土塀は復元されたもの。

Pict0006_2

 

   海岸から海側を。船は観光船です。

Pict0010

 

   石碑のある入り口から天守台跡。

P8260155

 

   入り口通路越しに天守台跡。

   拝観受付は通路を入ったところに。

   拝観料210円です。

Pict0013_2

 

    あと全て天守台。

Pict0017

Pict0022_2

Pict0026

Pict0029

 

   天守台から入り口の方を。

   入り口通路の前を真っ直ぐ、建物の間を右に行くと駐車場、レストランなどのある広場に出ます。

   私はそこで昼食をとりました。

Pict0032

  撮影 2009/08/26

|

« 下関から美祢線(みねせん)、山陰線経由で萩へ - (フェリーと青春18きっぷで行く旅(8)) | トップページ | 山口県萩市 - 萩駅舎 (フェリーと青春18きっぷで行く旅(10)) »

中国地方」カテゴリの記事

お城」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 山口県萩市 萩城(指月城-しづきじょう)跡 - (フェリーと青春18きっぷで行く旅(9)):

« 下関から美祢線(みねせん)、山陰線経由で萩へ - (フェリーと青春18きっぷで行く旅(8)) | トップページ | 山口県萩市 - 萩駅舎 (フェリーと青春18きっぷで行く旅(10)) »