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2009年12月

2009年12月31日 (木)

2009年鉄道旅行回顧(2) - (夏)熊本、萩、米子 (秋) 琴平、屋島、備中高梁

 

  2009年の回顧の2回目。

夏には大阪南港から名門大洋フェりーで九州に渡り、熊本城を中心にまわり、下関で一泊。

あくる日は萩に移動しレンタサイクルで周遊し米子で一泊。

最後の日は米子城に登り、午後には現地を出発し岐阜まで帰ってきました。

秋は「鉄道の日記念乗り放題きっぷ」で高松周辺と岡山県の備中高梁へ行ってきました。

今年の冬の青春18きっぷでは、まだ4枚残っているので来年(2010年)の1月中旬には出かけるつもりです。

  では、よいお歳を。

 

  大阪南港での名門大洋フェリー。(撮影 2009/08/24)

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  熊本城天守閣から宇土櫓。(撮影 2009/08/25)

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  熊本市電。(撮影 2009/08/25)

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  萩城跡の天守台。(撮影 2009/08/26)

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  米子駅0番線ホームの境線。(撮影 2009/08/27)

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  米子城跡の天守台。(撮影 2009/08/27)

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  ここからは秋の旅行。

  琴電琴平駅。(撮影 2009/10/14)

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  金刀比羅宮への参道の階段。(撮影 2009/10/14)

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  金刀比羅宮の本宮。(撮影 2009/10/14)

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  屋島山上から高松港の沖合い。(撮影 2009/10/14)

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  備中高梁城。(撮影 2009/10/15)

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2009年12月30日 (水)

2009年鉄道旅行回顧 - (冬) 四国箸蔵寺と丹波篠山 (春) 松江と津山

 

  今年(2009年)旅行した数は約25回。

そのうち、複数日にまたがって旅行したのは4回でした。

これは青春18きっぷと鉄道の日記念の切符の回数と一致します。

 

  今日は冬と春の旅行を未掲載(と思われる)の写真で振り返ってみました。

冬の1月には、一度行きたいと思っていた四国の箸蔵寺へ念願叶って訪れることができました。

この旅行は船中2泊で、いずれも神戸と高松東港とのジャンボフェリーでしたが、さすがにこのような旅行は体に悪い年齢になったということが良く解りました。

この旅行は1日目が岐阜から三ノ宮までの移動、2日目が丸亀城から箸蔵寺と高松駅周辺、3日目は三ノ宮から尼崎経由の福知山線で丹波篠山のお城を訪れました。

 

  春は山陰旅行でした。

お城を中心に松江を巡り、宿泊は出雲市にて。

あくる日は雨の鳥取を避けて、予定外の因美線での智頭経由で津山へ向かい、津山城を訪れました。

春の旅行も目的地は山陰ですが、往復ともジャンボフェリーのお世話になっています。

 

  土讃線の箸蔵駅付近。(撮影 2009/01/17)

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  兵庫県の丹波篠山城。(撮影 2009/01/18)

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  桜は三分咲きの松江城天守閣。(撮影 2009/03/31)

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  同じく松江城。(撮影 同上)

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  米子駅の快速「とっとりライナー」キハ126系。(撮影 2009/04/01)

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  岡山県津山市の津山城。

  ここも桜は三分咲きから五分咲きでした。(撮影 2009/04/01)

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2009年12月28日 (月)

姫路駅にて2009年12月 - 姫新線 播但線ホーム

 

  今回、姫新線本竜野駅から「たつの市」の旧市街を散策しての途中で、高架化後初めて姫路駅に降り立ちました。

その姫路駅は高架駅となりホームのつくりが3面8線という珍しい形態になっていました。

5番線から8番線までは2面4線の普通のつくりで山陽線の上下が運用されていますが、1番線から4番線までは一つのホームに二つの切り欠き線を入れて4線を確保しています。

神戸方面の東に1番線と切り欠きの2番線で播但線、西の岡山方面には4番線と切り欠きの3番線で姫新線が発着します。

なにを今さらと言われそうですがはじめて姫路駅に降り立って知った次第です。

 

  3番線の姫新線播磨新宮行き キハ127系気動車。

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  3番線 播磨新宮行きキハ127系 と4番線 余部(よべ)行きキハ122系。

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  2番線の播但線寺前行き103系。

  播但線は寺前まで電化されています。

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  姫路駅南口。

  正面口(北口)は工事中でした。

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  撮影 2009/12/17

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2009年12月26日 (土)

姫新線本竜野駅にて2009年12月 - キハ127系 と キハ122系

 

  今年(2009年)の3月14日から姫新線で運用が始まったキハ127系と122系。

「これらの姫新線輸送改善事業の事業費の一部は兵庫県、姫路市、たつの市、佐用町が負担しています。

今回たつの市を訪れた際にこれらの気動車に乗車することができました。

また、輸送面だけではなく駅舎の近代化も本竜野駅や播磨新宮駅で行われています。

本竜野駅は、すでに旧駅舎は取り壊され新駅舎の工事が始まっており、駅の運用はプレハブの仮駅舎で行われています。

完成は来年の春の予定です。

 

  手前は播磨新宮行きのキハ127系気動車。

  向こうは姫路行きの同じくキハ127系。

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  プレハブの仮駅舎「本竜野」駅。

  新駅舎は橋上駅舎になります。

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  当駅(本竜野)止まりのキハ122系気動車。

  工事中の新駅舎の下をやって来ます。

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  折り返し姫路行きのキハ122系。

  キハ127系は片運転台で2両編成が基本。

  それに対してキハ122系は単行運行できるように両運転台になっています。

  山陰線のキハ121系とキハ126系も同じ関係です。

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  撮影 2009/12/17

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2009年12月24日 (木)

「たつの市」(兵庫県たつのを散策(7)2009年12月 - 「たつの市」を散策し帰途に

 

  「たつの市」を散策と書きましたが、本当に散策できたのは「たつの市」の半分ぐらいです。

特に北から西半分には行くことができず、前にも書きましたが、今度は桜の季節に訪れたいでものです。

お城の模擬櫓の道を左に小学校を見ながら下り、小学校に突き当たり右に折れると霞城館(かじょうかん)・矢野勘治記念館があります。

霞城館(かじょうかん)には現代の文化人、三木露風、内海青朝、矢野勘治、三木清の四氏に関する文献、遺品を一堂にそろえています(たつの市観光協会の紹介より)。

入館は200円です。

さらにここから南への道を行くと角に武家屋敷資料館があります。

こちらは無料で拝観できます。

それから霞城館(かじょうかん)、「うすくち龍野醤油資料館」、龍野歴史文化資料館の三ヶ所の共通券が300円であります。

 

  この写真の右手へ行くと、もと来た櫓門の前の道に戻ります。

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  霞城館(かじょうかん)の入り口。

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  矢野勘治記念館。

  入り口、拝観は霞城館の入り口と同じです。

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  武家屋敷資料館。

  無料で拝観できます。

  係りの人とお話できましたが、いろいろと脇坂家の話で花が咲きました。

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  玄関入り口。

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  離れからの武家屋敷内部。

  離れは後世になって住んでいた人がこしらえたものだそうです。

  ただ中級武士の住んでいた屋敷としてはかなり広い間取りでした。

  ほかの城下町に残っている武家屋敷と比べ、その身分を考えると大きな屋敷といえます。

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  「うすくち龍野醤油資料館」別館の斜め前にある「カネヰ」醤油。

  龍野にはほかにも醤油会社があります。

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  如来寺のはす向かいにある「御菓子司晴風」。

  このお店の名物「うすくち醤油饅頭」を購入して帰途につきました。

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  宮本武蔵が一時期道場を開いていたと伝えられる圓光寺。

  龍野橋西詰めから町に入ってすぐにあります。

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  撮影 2009/12/17

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2009年12月22日 (火)

「たつの市」(兵庫県たつの市)を散策(6)2009年12月 - 龍野城(2) 脇坂氏5万1千石の居城

 

  脇坂安政が信濃飯田から龍野に5万3千石(後に分知で5万1千石)で転封してきたのは1672年で、一時天領になったりで安定しなかった龍野はこれ以後明治まで脇坂氏が治めました。

脇坂氏の由来は、系図の上でも戦国武将の脇坂安治の父安明以前は不明で、脇坂家は安治の代で世に出たと言うことができます。

しかし、安治から数えて3代目の安政は堀田家の養子で、この時点で血筋は絶えており、家名だけは残ったということができます。

もちろん、このような出来事は日本では普通であり、武士に限らず養子は普通のことでした。

脇坂安政の出身は堀田家でしたが、当家は幕府の中で重きをなした家柄で、その力もあったのか幕末期には脇坂家から老中となる藩主も出て幕政に関与することになります。

 

  さて、龍野のお城から北西の方には、初代の安治を祭神とする龍野神社がありますが、結局この神社も含めて、今回龍野の町を全部まわることはできず、2時過ぎには「本龍野」駅に向けて帰ることになりました。

 

  本丸にある御殿。

  1979年に再建されたものです。

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  御殿内部より西の方を。

  龍野神社は方向としてはこちらの方。

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  御殿の内部。

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  御殿の廊下ですが、中庭の方がアルミサッシになっているのが残念です。

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  御殿は無料です。

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  登ってきた櫓門とは反対側から出ました。

  こちらには模擬櫓があります。

  また鶏籠山(けいろうざん)山頂にある龍野古城への登り口があります。

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  門から外に出ました。

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  模擬櫓を下から。

  大体、龍野城の写真といえばこの櫓。

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  撮影 2009/12/17

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2009年12月21日 (月)

「たつの市」(兵庫県たつの市)を散策(5)2009年12月 - 龍野城(1) 脇坂氏5万1千石の居城

 

  如来寺から北へ、次の四辻には「うすくち龍野醤油資料館」の別館があります。

ここを左に折れて白い土塀に沿って行きます。

右手の白い土塀の中は市立龍野幼稚園で、少し行くと再び白い塀に突き当たります。

これは龍野区検察庁で、このような小さな町に検察庁があるとは驚きでした。

 

  そしてこの右手の坂の上に櫓門があります。

門を上がると本丸の広場があり、そこには本丸御殿が建てられています。

江戸時代の政務はこの陣屋仕立ての区域で行われ、鶏篭山(けいろうざん)山頂の詰の丸は江戸時代には使われませんでした。

現在、鶏篭山城は龍野古城と言われており、本丸から登山道があります。

 

  下から見た櫓門。

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  櫓門の前から右手に行くと龍野歴史文化資料館があります。

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  龍野歴史文化資料館。

  入館料は200円です。

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  もう一度おりてきて櫓門の全体。

  一応復元らしいです。

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  櫓門の中から。

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  本丸にある模擬復元の本丸御殿。

  御殿は無料で開放されています。

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  撮影 2009/12/17

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2009年12月20日 (日)

「たつの市」(兵庫県たつの市)を散策(4)2009年12月 - 如来寺と「うすくち龍野醤油資料館」

 

  竜野大橋西詰めから姫路信用金庫を経て「ヒガシマル醤油」の昔の醤油蔵の先の四辻まで行くと、如来寺というお寺があります。

如来寺は龍野藩主の脇坂氏の菩提寺で、境内には童謡「赤とんぼ」の作詞者で詩人の三木露風の歌碑と筆塚があります。

如来寺が四辻の北西の角に、そして南西の角に醤油蔵と「うすくち龍野醤油資料館」があります。

資料館の拝観は10円で、醤油造りの今昔を見ることができます(たつの市観光協会のホームページより)。

そして忘れてならないのが、南東の角にある「御菓子司清風」という和菓子屋さんです。

残念ながら観光協会のホームページにはのっていませんが、昭和の雰囲気を持ったお店です。

帰りに写真に収めてからここでお土産に「醤油饅頭」を購入しました。

 

  如来寺、うすくち龍野醤油資料館がある四辻。

  もう少しで鶏籠山(けいろうざん)です。

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  醤油資料館のレンガつくりの洋館です。

  資料館の一部。

  龍野の醤油醸造の歴史は天正15年(1587年)に始まるとされています等の展示もあると思われます。

  実は私は時間の都合で入りませんでした。

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  通りの奥から洋館のある四辻の方を。

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  鶏籠山(けいろうざん)を背景にした如来寺の入り口。

  それから洋館は正確に言えば角ではなく、少し通りの奥にあります。

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  如来寺の東門の方。

  この道をさらに行きます。

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  如来寺東門の前から。

  灯篭の向こう側の建物が和菓子屋さんの「御菓子司清風」。

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  如来寺の横をさらに行くと、次の四辻に。

  もう鶏籠山のふもとになりますが、そこに醤油資料館の別館があります。

  こちらは平日はお休みです。

  ここを左に折れて行くと龍野城の前の坂の下に出ます。

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  撮影 2009/12/17

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2009年12月19日 (土)

「たつの市」(兵庫県たつの市)を散策(3)2009年12月 - 醤油の町 旧市街地へ

 

  「たつの市」を象徴的な言葉で表すとしたら、まず江戸時代には脇坂氏の城下町であったこと。

二つ目には醤油の一大生産地であったこと(現在でも続いている)。

童謡「赤とんぼ」の作詞者で詩人の三木露風の出身地であることなどであろうと思います。

そのほか「そーめん」でも有名ですが、醤油やそーめんは関西地区限定で、私も大阪に来てはじめて知りました。

龍野の醤油は「うすくち醤油」で、現在も各メーカー合わせて「うすくち」醤油の割合が大きいと地元の人にこの日聞きました。

 

  さて駅前通りを10分ほど歩きますと出雲街道の国道179号線との交差点に出ます。

これを右に折れて179号線を少し行くと揖保川(いぼがわ)に架かる龍野橋の東詰めに出ます。

 

  龍野橋の東詰めから対岸の「たつの市」の旧市街地を。

  龍野古城があった鶏籠山(けいろうざん)が見えます。

  鶏籠山(けいろうざん)は右手のこんもりとした山です。

  この山の下に城下町が広がっています。

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  関西の人なら皆知っている「ヒガシマル醤油」の工場。

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  揖保川を渡りきりますと、国道は堤防を右手に行き、真っ直ぐに下りると龍野の町です。

  そしてすぐに迎えてくれるのが姫路信用金庫の建物。

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  この姫路信用金庫の建物を右に折れます。

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  しかし、東丸の醤油蔵の建物はもう一本向こう側なので、細い路地を抜けます。

  ちゃんと小路の名前の表札がありました。

  全くの偶然ですが有名なのでしょうか。

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  ちょっとした小路にも雰囲気があります。

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  「ヒガシマル」の屋号のついた醤油蔵。

  この建物の裏側に「龍野醤油資料館」があります。

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  撮影 2009/12/17

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2009年12月18日 (金)

「たつの市」(兵庫県たつの市)を散策(2)2009年12月 - 姫新線本竜野駅にて

 

  江戸時代は1672年以来の脇坂氏の城下町として栄えた龍野、のちに竜野となり、現在では仮名表記の「たつの」市は、姫路から姫新線で25分の距離にある古い町です。

旧城下町は道も細く入り組んでいますが、ゆっくり歩いて散策すると、お城あり、武家屋敷あり、醤油の記念館あり、お寺ありとなかなか飽きない町です。

今回はお城を中心に4時間ぐらい歩きましたが、町の半分ぐらいしかまわれませんでした。

今度来るときは桜の季節がよいかもしれません。

しかしやはり岐阜からは遠いですね。

岐阜駅7時ごろ出発で本竜野駅到着は11時半過ぎで4時間半かかっています。

「たつの」には3時間ぐらいを当て、さらに姫新線を佐用方面の三日月に行きたかったのですが、「たつの」に長居をし過ぎて行きそびれてしまいました。

 

  姫路駅3番線の キハ127系 播磨新宮行き。

  姫路駅の在来線は3面8線という面白い形態をしています。

  下の3番線は西に向かっての切り欠きホームで、姫新線。

  その向こうの線路は1番線です。

  3番線の向かい側は4番線で東の方に切り欠きの2番線があります。

  主に1番線、2番線が播但線、3番線、4番線が姫新線です。

  山陽本線は5番から8番までオーソドックスな2面4線です。

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  キハ127系の内部。ご覧のとおりです。

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  下り方面の車両にトイレがあります。

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  本竜野駅に着いてみたら駅舎の新築中でプレハブの仮駅舎でした。

  レトロな城下町にレトロな駅舎では駄目だったのでしょうか。

  外の人間がとやかく言うべきではありませんが。

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  駅前の様子。

  橋上駅舎になるみたいですね。

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  駅の完成予想図。

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  撮影 2009/12/17

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2009年12月17日 (木)

「たつの市」(兵庫県たつの市)を散策(1)2009年12月 - 脇坂氏の城下町、醤油とそーめんと「赤とんぼ」の町

 

  兵庫県の播磨地方の「たつの市」へ行ってきました。龍野(竜野)は脇坂氏の城下町です。

ただ脇坂氏の血統は早々と絶え、他家から養子が入っています。

もともとは外様大名ですが、養子に入ってきた家の関係で譜代大名となり、幕政にも参画しています。

 

  姫路駅の南口。

  表は工事中でした。

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  姫路駅のキハ127系 播磨新宮行き。

  たつの市(本竜野駅)は姫路から姫新線で25分ぐらいです。

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  撮影 2009/12/17

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2009年12月15日 (火)

南予 宇和島(愛媛県宇和島市)から高知県へのルート

 

  愛媛県の南にある宇和島市から公共交通機関で高知県に抜けるルートには主に二つあります。

一つはJR四国の予土線で窪川に至るルート、もう一つは宇和島自動車(宇和島バス)で宇和海の海岸沿いに宿毛に抜けるルートです。

一つ目のルートは念願かなって2006年に実行できましたが、残念ながら窪川までは夜にかかったので全くの闇の中でした。

このとき、宇和島から窪川まで全線を乗車したのは私を含めて男性5人でしたが、このあと全員が高知まで同乗しました。

窪川からの列車がほぼ最終だったはずでしたから、多分全員高知に宿泊、もしくは帰宅だったと思います。

私もこの時は高知に一泊しました。

 

  2006年は冬でしたが、もう一つのルートのバスでの宿毛へのルートは2000年の夏の真っ盛りでした。

それだけに夏の宇和海の眺めは素晴らしいものがあり、何回途中下車をしようと思ったことでしょう。

しかし、途中で時間を取れるような日程ではなかったので、ほぼ2時間かけて宿毛駅までバスの旅を楽しみました。

この時は、松山駅で「四万十・宇和海フリーきっぷ」の片道タイプを購入し、松山から宇和島まで途中下車をしつつ特急を使用し、宿毛から高知まで特急を使用と、かなり贅沢な旅行でした。

2000年の四国旅行でしたが、このフリーきっぷは現在でも販売されています。

宿毛駅でバスを降りる際に、このきっぷをバスの運転手に提示したところ、手にとって随分と表裏まんべんなく眺めて、「ふーん」といいながら初めて見たというような様子は今でも思い出してしまいます。

バスは現在でもほぼ1時間に1本の運行です。

 

  宇和島城天守閣。

  全国に12ある現存天守のうちの一つ。      (撮影 2005/08/10)

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  土佐くろしお鉄道宿毛(すくも)駅。(撮影 2000/08/09)

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  土佐くろしお鉄道宿毛駅にて。

  特急「あしずり」。(撮影 同上)

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  土佐中村市にある幡多(はた)郷土資料館(土佐中村城)。

  宿毛から高知への途中で下車。       (撮影 同上)

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  高知城天守閣。

  宇和島城と同じ現存天守閣。       (撮影 2006/12/28)Pc280013

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2009年12月12日 (土)

愛媛県南予地方 - 「ディープ愛媛」 

 

  四国は四者四様の歴史と風土がありますが、それぞれの県でも地域によってまた趣きがあるようです。

勿論、私は四国に住んだことは無く、旅行者として訪れるのみで、その地にある文化や歴史の上っ面を眺めているだけにすぎません。

地方に(私の住んでいる岐阜も一地方ですが)行くと、今では批判の的になっている「箱物」といわれている資料館や博物館が必ずあります。

しかし、私にとってはこれらの「箱物」はその地方の文化や歴史を知る上では欠かせないもので、旅行先にそのような資料館、博物館がある場合には必ず訪れることにしています。

もともと文化というものを無駄というのなら文化などあり得ないわけで、私の理解では「箱物」を作る過程の建設業者の選定が不透明だったりを指してそこが批判されているものだと思っています。

しかし、維持にお金がかかると批判するのはお門違いです。

もともと文化は無駄の中から生まれるもので、精神世界にかかわるものですから、これを否定するのは宗教文化もすべて否定しなければならなくなってしまいます。

効率からは文化などあり得ません。

もちろん「箱物」を、その地域の文化継承、発展の拠点として使うことで、観光客だけではなく、地元の住民、特に子供の学びの場とすることは必要かもしれませんね。(どの地域でも実施されていると思いますが)。

 

  四国のなかでも私の好きな地方のひとつの南予(愛媛県 南伊予の意)。

  私の中では勝手に「ディープ愛媛」と呼んでいます。

  伊予大洲に木造で再建された伊予大洲城。

  これも分類上は「箱物」です。

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  左右の櫓は現存ですが、中央の天守部分のみ再建されました。

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  天守からの肱川(ひじかわ)。

  橋の左手方向が伊予大洲駅。

  歩いて10分から15分くらいでしょうか。

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  撮影 2005/08/11

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2009年12月10日 (木)

関西発「ムーンライト」 シリーズ

 

  私が関西発の「ムーンライト」シリーズを利用したのは1998年の「ムーンライト松山」がはじめてでした。

この旅行では松山等を周遊したあと八幡浜で一泊し、翌朝フェリーで八幡浜港から臼杵港に渡り、その後臼杵、杵築、宇佐、中津、小倉を二日で廻り、夜に小倉から博多発の「ムーンライト九州」で大阪に帰りました。

これが関西発「ムーンライト」シリーズの乗り始めです。

 

  ほかには私が九州への旅行に頻繁に使った「ムーンライト山陽」があります。

「ムーライト高知」と「ムーンライト八重垣」は一回も利用することはありませんでした。

九州への旅行で「ムーンライト九州」ではなく「ムーンライト山陽」を頻繁に使ったのは、後者が決定的に空いていたからです。

下関着が少々遅い時刻であったのは唯一の難点でしたが。

この関西発の「ムーンライト」シリーズが無い「青春18きっぷ」は、以前よりは力を発揮できなくなりましたね。

 

  松山駅にて。

  ムーンライト松山(既出写真)。

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  愛媛県 内子駅前にて。

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  内子の町並み。

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  撮影 2006/12/27

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2009年12月 9日 (水)

南海フェリー(の話) - 関西から四国へのルート

 

  前回の記事でジャンボフェリーについて述べましたが、今回は和歌山港と徳島港を結ぶ南海フェリーについて。

今では四国へのルートとしてジャンボフェリーを常用している私です。

しかし、それ以前には四国へのルートは南海フェリーを利用していて、朝早くに徳島へ渡るというというのが普通でした。

当時は大阪市内の阪和線沿線に住んでいたので出発は阪和線。

堺市の鳳駅まで行き、そこからミニ路線の羽衣線で東羽衣、南海本線羽衣駅乗換えで急行で和歌山市駅、そして和歌山港駅まで南海で、そこでフェリーに乗船という手順を踏んでいました。

そして、私が利用していたころの南海フェリーの四国側の港は小松島港で、私のような夜行便の船を利用する徒歩旅行者にとって最寄りの駅までの便利性というのは最も重要なファクターになりますが、その点小松島港はJR牟岐線の南小松島駅に徒歩10分で行けるという利便性があり本当によく利用させて貰いました。

しかし、その後はジャンボフェリーを知ってからあまり使わなくなってしまいました。

そして、決定的にもう使えないなと思ったのは、四国側の発着港が徳島港になり、最寄りの駅が徳島駅となったことです。

徳島港から徳島駅まで朝早くはバスが無く距離も4Km以上、徒歩ではどうしようもなくなってしまいました。

なまじっか昼間は路線バスがあるので、深夜だけのために送迎バスも運行できないのでしょうね。

   

  JR東羽衣駅(写真 既出)。

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  撮影 2005/12/16

 

  東羽衣駅の103系。

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  撮影 2005/12/16

 

  和歌山市駅(写真 既出)。

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  撮影 2005/12/16

 

  和歌山市駅(写真 既出)。

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  撮影 2005/12/16

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2009年12月 8日 (火)

ジャンボフェリー高松港 - 屋島山上より

 

  関西から四国へのルートは色々ありますが、「青春18きっぷ使用の場合」私は三宮港からのジャンボフェリーを利用して高松に入ります。

また、本州側の岡山以遠に出かけるときも一度高松に渡ってから快速「マリンライナー」を利用して岡山に出て、広島方面その他に向かいます。

現在は岐阜に住んでいますが、大阪在住の頃にもこの手は頻繁に使っていました。

当時、大阪をどんなに早く出発しても岡山には8時半ごろにしか着けないのに比べ、上記の手を使うと岡山発の6時半ごろの電車に乗ることができ、その後の展開が非常に楽になります。

帰りも岡山着がかなり遅くても、高松に23時ぐらいに着けばフェリーに間に合い、朝には三宮港に戻ってくることができます。

フェリーを少し高い夜行列車、少しやすいビジネスホテルぐらいに考えれば良いでしょうか。

 

  屋島山上から高松の駅のある方向を。

  高いビルのあたりにJR高松駅があります。

  手前の海への出っ張りの向こう側にジャンボフェリーの高松東港があります。

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  高松東港をアップに写したもの。

  船が見えますがこれがジャンボフェリーの船と思われます。

  ただこの位置では旅客が乗れないと思いますが、まだ移動中だったのでしょうか。

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  撮影 2009/10/14

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2009年12月 7日 (月)

高松駅 3番線、4番線 2009年10月- 香川県高松市

 

  10月に高松、琴平周辺を観光した際の1コマ。

朝早く神戸からジャンボフェリーで高松東港に着き無料送迎バスで高松駅へ。

すぐに駅で「ことでん・JRくるリーんきっぷ」1900円を購入しその日一日の足を確保しました。

ほかに琴電のみの「一日フリーきっぷ」1200円もあります。

琴電高松築港駅は、高松駅から数分の東の方に。

その後、琴平、屋島、栗林公園の順に観光し、高徳線で栗林公園北口から高松駅に帰ってきたところの午後4時過ぎの写真です。

 

  高松駅3番線の高徳線特急「うずしお17号」徳島行き。

  4番線は予讃線観音寺(かんおんじ)行き。

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  金刀比羅宮から見える讃岐富士。

  丸亀城からは何回も見ていますが、琴平からははじめてでした。

  ちょっとモヤがかかっていいますね。

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  撮影 2009/10/14

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2009年12月 4日 (金)

名古屋駅前2009年11月 - 久しぶりの「大名古屋ビルヂング」

 

  久しぶりに名古屋駅前に降り立ちました。

裏口にあたる太閤通口へはしばらく前に「あおなみ線」に乗り換えるときに出ましたが、表は本当に久しぶりでした。

 

  JR名古屋駅の前から南の方を。

  丸い異彩を放つビルは名古屋モード学園スパイラルビル。

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  JRセントラルタワーズの南側。

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  駅前のメインストリートの桜通 (さくらどおり)と駅前のモニュメント。

  奥が桜通です。

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  桜通の角にある「大名古屋ビルヂング」は健在ですね。

  駅前の見所スポットとなりました。

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  撮影 2009/11/23

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2009年12月 3日 (木)

琴平駅にて2009年10月 - 阿波池田へ連絡

 

  高松5時44分発の琴平行きは、ちょっと趣味の悪いカラーリングの113系。

琴平では4分の待ち合わせで阿波池田行きに連絡します。

琴平からは非電化区間です。

また阿波池田からの区間は運行本数も少なく、18切符などで高知方面に行くときにはスケジュールを組むのに苦労する区間です。

 

  琴平駅の1番線に到着した113系。

  すぐに阿波池田行きの単行気動車に連絡です。

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  連絡はホームの反対側の2番線。

  すでに気動車が待機しています。

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  阿波池田での高知行きへの連絡は50分余の待ち合わせです。

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  琴平駅。

  現駅舎は1936年(昭和11年)に建てられたもの。

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  琴平駅前。

  途中に橋がありますがその手前に琴電琴平駅があります。

  「こんぴらさん」は突き当たって左へ行きます。

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  撮影 2009/10/14

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