« 「たつの市」(兵庫県たつの市)を散策(5)2009年12月 - 龍野城(1) 脇坂氏5万1千石の居城 | トップページ | 「たつの市」(兵庫県たつのを散策(7)2009年12月 - 「たつの市」を散策し帰途に »

2009年12月22日 (火)

「たつの市」(兵庫県たつの市)を散策(6)2009年12月 - 龍野城(2) 脇坂氏5万1千石の居城

 

  脇坂安政が信濃飯田から龍野に5万3千石(後に分知で5万1千石)で転封してきたのは1672年で、一時天領になったりで安定しなかった龍野はこれ以後明治まで脇坂氏が治めました。

脇坂氏の由来は、系図の上でも戦国武将の脇坂安治の父安明以前は不明で、脇坂家は安治の代で世に出たと言うことができます。

しかし、安治から数えて3代目の安政は堀田家の養子で、この時点で血筋は絶えており、家名だけは残ったということができます。

もちろん、このような出来事は日本では普通であり、武士に限らず養子は普通のことでした。

脇坂安政の出身は堀田家でしたが、当家は幕府の中で重きをなした家柄で、その力もあったのか幕末期には脇坂家から老中となる藩主も出て幕政に関与することになります。

 

  さて、龍野のお城から北西の方には、初代の安治を祭神とする龍野神社がありますが、結局この神社も含めて、今回龍野の町を全部まわることはできず、2時過ぎには「本龍野」駅に向けて帰ることになりました。

 

  本丸にある御殿。

  1979年に再建されたものです。

Pict0071

 

  御殿内部より西の方を。

  龍野神社は方向としてはこちらの方。

Pict0075

 

  御殿の内部。

Pict0079

 

  御殿の廊下ですが、中庭の方がアルミサッシになっているのが残念です。

Pict0082

 

  御殿は無料です。

Pict0083

 

  登ってきた櫓門とは反対側から出ました。

  こちらには模擬櫓があります。

  また鶏籠山(けいろうざん)山頂にある龍野古城への登り口があります。

Pict0084

 

  門から外に出ました。

Pict0087

 

  模擬櫓を下から。

  大体、龍野城の写真といえばこの櫓。

Pict0089

  撮影 2009/12/17

|

« 「たつの市」(兵庫県たつの市)を散策(5)2009年12月 - 龍野城(1) 脇坂氏5万1千石の居城 | トップページ | 「たつの市」(兵庫県たつのを散策(7)2009年12月 - 「たつの市」を散策し帰途に »

近畿地方」カテゴリの記事

お城」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「たつの市」(兵庫県たつの市)を散策(6)2009年12月 - 龍野城(2) 脇坂氏5万1千石の居城:

« 「たつの市」(兵庫県たつの市)を散策(5)2009年12月 - 龍野城(1) 脇坂氏5万1千石の居城 | トップページ | 「たつの市」(兵庫県たつのを散策(7)2009年12月 - 「たつの市」を散策し帰途に »