« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »

2010年3月

2010年3月31日 (水)

醍醐寺(京都市伏見区)へ花見(1) - 山科駅から  

 

  天気が良かった火曜日に豊臣秀吉の「醍醐の花見」で有名な醍醐寺へ行ってきました。

ソメイヨシノはまだまだでしたが、醍醐寺には大きな「しだれ桜」がたくさんあり、その「しだれ桜」が満開でした。

平日でしたが物凄く人が出ていて、さすがに人気のあるお寺です。

なお醍醐寺は「古都京都の文化財」のひとつとして世界文化遺産に登録されています。

 

  見所は大雑把に言って四ヶ所。

下醍醐と呼ばれる内の「伽藍」、ここには国宝の五重塔や国宝の金堂などがあります。

同じく下醍醐の「三宝院(さんぼういん)庭園、殿舎」、こちらは庭園とともに書院の襖絵が見所です。

そして、三宝院の向かい側にある「霊宝館」、仏像、曼荼羅、古文書など夥しい宝物を見ることができます。

この三ヶ所のある下醍醐に対して山を登ること1時間ぐらいの(人によります)上醍醐が四ヶ所目の見所です。

この四ヶ所はそれぞれが拝観料600円が必要ですが、上醍醐は別にして、下醍醐の三ヶ所は「二施設拝観券」で1000円、「三施設拝観券」が1500円と割引があります。

上醍醐はわかりませんが、いずれも施設内にすばらしい「しだれ桜」があり、ひとつも外せない、と実際に入ってみて思いました。

 

  朝9時ごろ、出かけるときの岐阜駅前。

  平日9時台なので米原へは大垣乗換え。

  1本早めの快速で大垣まで行き、並ぶと確実に座れます。

  「米原行きに連絡」の電車では座ることは難しいです。

P3300001_2

 

  米原で乗り換えて山科駅で下車しました。

  米原乗り換えは数分の時間しかありませんが、ほぼ座れるので慌てないのが肝要です。

  席がない場合でも一人分でしたら、後部の車両にはあることが多いですよ。

  山科駅の南の駅前です。

  駅前にはすぐ踏み切りがあります。

P3300004_2

 

  踏み切りは京阪電車の京津線です。

  大津の浜大津駅始発で京都地下鉄に乗り入れます。

  この京阪山科駅からすぐ西の方で地下鉄東西線に合流します。

  私はここから地下鉄東西線で六地蔵行きに乗って醍醐駅で降りました。

 

  京阪山科駅にて800系4両編成 浜大津行き。

  浜大津では道路上を走行するので有名です。

Pict0138_2

 

  地下鉄醍醐駅の地上。

  北の方をのぞんでいます。

  左右のビルをつなぐ橋がありますが、右手(東)方向には通り抜けができ、

  その道を行くと醍醐寺への近道になります。

P3300006_2

 

  ビルとビルの連絡橋の上から北にあるバス停。

  この写真は帰りの時のものですから閑散としていますが、来たときには大変な人で、

  行列をなしていました。

  バスは醍醐コミュニティバスで、醍醐寺へは1時間に2本、4号線です。

  職員が配置されていました。

  一乗車200円。

  一日乗車券が300円で、往復乗車するならこの一日乗車券がお薦め。

  バスの醍醐寺までの所要は3分です。

  歩いても10分から15分ぐらいですが、ちょっと起伏があるので、足の弱い人はバスが良いかも知れません。

  普通の足の人であれば歩いてもそんなに困難はありません。

  小さなバスなので座ることは期待しない方が良いです。

  醍醐寺の駐車場はお寺の南側にあるので、車の人はこちらへ。

  駐車料金は普通車で700円です。

                                                    醍醐寺のホームページはこちら。

Pict0131_2

 

  ここから醍醐寺に入ります。

  まだ拝観入口ではありません。

  これは総門。

Pict0004_2

 

  仁王門までの参道ですが、仁王門から中が「伽藍」で、五重塔や金堂などがあります。

  左側が「三宝院」、右側が「霊宝館 」です。

Pict0011_2

 

  「三宝院」の入り口です。

  国宝の唐門は残念ながら工事中でした。

Pict0127

 

  「三宝院」の前の右側に「霊宝館」があります。

  この先に駐車場があります。

Pict0123

  撮影 2010/03/30

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月29日 (月)

えちぜん鉄道 - 三国芦原線(みくにあわらせん)

 

  えちぜん鉄道は福井駅から芦原温泉や東尋坊への「三国芦原線」、永平寺口から勝山への「勝山永平寺線」の2路線からなる鉄道です。

もともとは京福電鉄の鉄道でしたが、勝山方面の廃止論議のなか相次いで事故を起こし、福井でのすべての鉄道部門の維持継続が困難になり、廃止の方向となりました。

この事故のニュースは私もよくおぼえています。

その後、地元自治体や一般株主が「えちぜん鉄道」を第三セクター方式で立ち上げ、施設を譲渡してもらい現在にいたっています。

 

  「えちぜん鉄道」福井駅。

  「三国芦原線」と「勝山永平寺線」ともに福井発ですが、福井口駅で分岐します。

Pict0017

 

  「三国芦原線」の三国神社駅。

  芦原温泉にはこの駅から二つ前の「あわら湯のまち」駅下車です。

  芦原(あわら)温泉はあわら市、三国町は坂井市となります。

Pict0018

 

  三国町の玄関駅の三国駅。

  坂井市は福井県の北部にあり、東西に長く、西端は東尋坊、三国の町、

  東端には旧丸岡町にある丸岡城が見所です。

  東尋坊へは三国駅、または芦原温泉、JR芦原温泉駅から。

  詳しくは京福バスで。

Pict0080

 

  三国駅にて。

  となりの終点駅三国港(みくにみなと)駅に向かい、折り返し福井に帰ることに。

  やはり終点駅には行ってみたいもの。

Pict0087

 

  三国港駅にて。

  国鉄時代の三国線から存在した眼鏡橋。

  国鉄三国線は現在の芦原温泉駅と三国港とを結んだ路線。

  廃止以後、京福電鉄が引き継ぎました。

  眼鏡橋は国登録有形文化財です。

Pict0092

 

  三国港(みくにみなと)駅にて。

  折り返して福井駅に戻りました。

Pict0091

  撮影 2010/03/20

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月27日 (土)

福井駅 - JR福井駅、えちぜん鉄道福井駅、福井鉄道福井駅前駅

 

  福井には「JR」のほかに「えちぜん鉄道」、「福井鉄道」がありますが、今回は「福井鉄道」に乗車することはできませんでしたし、「えちぜん鉄道」も「三国芦原線(みくにあわらせん)」のみしか乗ることはできず、観光スポットの数を考えると、これからも何回か訪れることになるでしょう。

それに「越美北線の旅」というのもありますね。

越前大野へは行った事がありますが、この時は往復共路線バスを利用していて、越美北線は一度も利用したことがありません。

 

  福井駅前の西口側(表)。

  バス停が駅前の通りにあるので、駅前には広い空間があります。

Pict0009_2

 

  福井駅にて。

  敦賀から福井駅到着時。

  乗ってきた521系は折り返しの敦賀行き。

  向こう側に金沢行きの乗り継ぎの521系が待機しています。

  そういえば金沢への521系の乗り入れ実現は今回(2010年3月13日)のダイヤ改正からでしたね。

P3200021_2

 

  福井鉄道の福井駅前駅。

  バス停のある駅前大通りの一本南側の裏通りにあります。

  数年前の名鉄岐阜駅前を思い起こします。

  この車両は岐阜の名鉄600V区間が廃線となって福井鉄道にやって来ました。

Pict0007_2

 

  福井駅東口。

  新幹線用の路盤ですが、福井に新幹線がやって来るのはまだ先の話です。

  新幹線が来たときには「えちぜん鉄道」も高架にということらしいのですが。

Pict0010_2

 

  「えちぜん鉄道」福井駅。

  二つ目の駅の福井口で「三国芦原線」と「勝山永平寺線」に分岐します。

Pict0014_2

  撮影 2010/03/20

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月25日 (木)

一乗谷朝倉氏遺跡 - 越前三国町(坂井市)と一乗谷朝倉氏遺跡(福井市)を散策(4)

 

  三国町から「えちぜん鉄道」で再び福井駅に戻ってきたのが15時29分。

そこから駅前通りのバス停に行き、9番乗り場から路線バスの「東郷線」で一乗谷の朝倉氏遺跡に向かいました。

この「東郷線」は1日に7往復しか無い過疎バス路線で、私が乗車した15時50分のひとつ前が12時20分というとんでもない路線です。

ですから、一乗谷へは普通は車で、または観光バスでの利用が一般的です。

  朝倉館前バス停に到着が16時17分で定刻どおりでした。

というか、福井駅前からの乗客が2、3人で、乗ってくる乗客はゼロでしたから、信号待ち以外ほぼ止まることなく一乗谷の朝倉館前バス停に着いたのです。

どんなふうに回ろうかと地図に見入っていたら、通りかかったおばちゃんが、「まずあっち」と朝倉館跡を指差し、「そしてあっちの方に行くの」と復元町並み(あとでわかったのですが)の方を指差して、親切にも教えてくれましたので、お礼を言って、そのおばちゃんの言うとおりに行ってみました。

そのため、復元町並みの「拝観時間4時半までに入場」を少し過ぎてしまい、走って入場口に駆け込みました。

しかし、実際には入場時間は4時45分とパンフに書いてありましたから、冬場は4時半ということなのでしょう。

この後、ゆっくりと暮れて行く中、1時間かけて山側の諏訪館跡庭園から中の御殿跡、湯殿跡庭園等を歩き、再び朝倉館前バス停に戻り、18時5分の最終のバスで福井駅に戻りました。

 

  福井駅前。

  駅前の大通りにあるバス停に行きます。

Pict0003

 

  復元町並みへの入り口近くの休憩所にある一乗谷の地図。

  左の谷への入り口が北方向です。

  谷は左右の山に挟まれ、北から南に谷が入り込んでいます。

  朝倉館の上の山が詰めの城になっていて、有事にはここが拠点になります。

  私の住んでいる岐阜の岐阜城も基本的にこの形態です。

Pict0127

 

  朝倉館跡への入り口にある唐門。

  奥右手の方に朝倉義景の墓があります。

  朝倉氏はもともとは越前の守護斯波氏(しばし)の守護代で、

  のち戦国大名として越前を支配しますが、織田信長と対立し朝倉義景のときに信長に滅ぼされます。

  1573年のときです。

Pict0104

 

  唐門と谷の奥の南の方、復元町並みの方向をのぞんだところ。

Pict0103

 

  復元町並みの入り口。

  入場料は210円です。

  売店と休憩所もありますし、ベンチもあり、駐車場も脇にあります。

  車で来るにはここの駐車場が便利です。

Pict0137

 

  復元町並みの通り。

  もう時間的に観光客は数えるほどになっていました。

Pict0108

Pict0122

 

  川の上流、南にある城下町を守るために築かれた土塁の上城戸(かみきど)跡。

Pict0128

 

  山側の少し高台にある諏訪館跡庭園への入り口。

  このあと、高台を北にたどり湯殿跡庭園まで歩き、先の朝倉館跡の上まで来ましたが、

  工事中で下りられず引き返しました。

Pict0151

 

  湯殿跡庭園から見下ろした朝倉義景の墓。

Pict0162

 

  定刻が18時5分の福井駅方面行きのバスは2分遅れでやって来ました。

  このあと福井から敦賀、米原、大垣と電車を乗り継ぎ、岐阜には23時過ぎになってしまいました。

Pict0003_2

  撮影 2010/03/20

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月24日 (水)

湊町(みなとまち)の三国町(福井県坂井市) - 越前三国町(坂井市)と一乗谷朝倉氏遺跡(福井市)を散策(3)

 

  毎年5月に行われる三国神社の祭礼の三国祭は、北陸三大祭として有名で、山車が三国の町を練り歩きます。

一昨日の記事でも触れましたが、各地区の山車は全部で18あるそうで、毎年六つの山車が出て街中を練り歩くそうです。

私は写真で見ただけですが、三国神社の門前の道路が人、山車、お店で溢れかえります。

もともと三国は江戸時代に北前船の寄港地として栄えた町です。

その江戸時代の三国祭りについては、たびたびの大火で記録が失われていて、古い時代の祭りがどのようなものであったかが分からないそうです。

      興味のある方はこちらを読んでください。

 

  門前から三国神社の随身門をのぞみます。

  この門前の道に人があふれ、武者人形の山車が並びます。

Pict0035

 

  門前から三国の街中を歩いて行きます。

  こういう鍵辻と言うんでしょうか、このあたりはもう道路の色が違えてあります。

  観光客への配慮ですね。

  三国神社からこの道筋は一直線で、

  逆にいえば街中のシンボルとも言える旧森田銀行からは三国神社までこの道を来ればたどり着くということです。

  私のように「えちぜん鉄道」の三国神社駅で降りて、複雑な道を探して、

  裏道を登って三国神社にたどり着くような面倒なことをしなくてもよかったのでした。

Pict0038

 

  要所要所の古い家には、説明板が設置してあり由来等がわかります。

Pict0041

 

  旧森田銀行本店。

  森田家は三国の豪商で銀行を創業しました。

Pict0053

 

  この旧森田銀行のある付近が三国の街中の散策の中心地となっています。

  観光客も多く見受けられました。

  山車(だし)蔵も銀行のレンガ造りも街もなんとなくひとつの雰囲気に溶け合っていて良いですね。

  多分、山車蔵のつくりがポイントですね。

Pict0056

 

  銀行の内部が公開されています。

  気軽に入りましょう。

Pict0065

 

  他にも見所がありますし、できれば東尋坊などもまわりゆっくりしたいのですが、

  なにしろ福井駅に4時前には戻らなくてはなりません。

  まだ、一乗谷朝倉館遺跡へ行く予定で、

  しかも路線バスで行くという無謀な計画が立ててあります。

  三国駅前の通り。

Pict0075

 

  三国駅の入っている駅ビルです。

  もう少し時間が取れる人は、線路をまたぐ歩道橋を向こうに渡り、

  三国町郷土資料館(みくに龍翔館)で三国の町について知り、

  山の上から三国の展望を楽しむのもよいと思います。

Pict0077

 

  三国駅にて。

  福井行きをやり過ごして、福井から来る電車で終点の三国港駅に向かいます。

Pict0082

  撮影 2010/03/20

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月22日 (月)

「えちぜん鉄道」で三国町三国神社まで - 越前三国町(坂井市)と一乗谷朝倉氏遺跡(福井市)を散策(2)

 

  福井駅に到着が11時42分でした。

まず福井に着いてしたことといえば、駅前西口(表玄関)に出て、福井鉄道の福井駅前駅を見に行ったことです。

この福井鉄道には、以前には名鉄岐阜市内線、美濃町線、揖斐線の600V区間で運用されていた懐かしい電車が、岐阜の600V区間のすべての廃線に伴って福井鉄道に譲渡されて来ています。

たまたまいたのは懐かしい連接車の電車で、福井鉄道で言う780形か880形と思われる電車でした。

あれが何年か前には名鉄岐阜駅前の路上にいたのですが。

  何枚か写真を撮ってから、時間的に余裕は20分ぐらいしかない無いので、東口に向かい、北陸新幹線用の路盤を横目に見て「えちぜん鉄道」の福井駅に入ります。

まず窓口で、土日祝日年末年始のみ発売される「一日フリーきっぷ」800円(小児400円)を購入しました。

今回乗車する「三国芦原(みくにあわら)線」の終点の三国港(みくにみなと)駅までが片道750円なので、かなりお得な一日乗車券です。

 

  福井駅西口。

  新幹線用の路盤。

  右側に「えちぜん鉄道」の福井駅があります。

Pict0012

 

  建物の奥に改札口があります。

  切符窓口もあります。

Pict0013

 

  1両の「三国芦原(みくにあわら)線」の三国港(みくにみなと)行きに乗車します。

  1面2線で「勝山永平寺線」も当駅からで、二線は二つ目の駅の福井口駅で分岐します。

Pict0015

 

  福井駅から約40分で芦原(あわら)温泉の「あわら湯のまち」駅に到着します。

  JR芦原温泉駅からは少し距離がありますが、特急が停車しますから、

  後はバスで15分ぐらい、タクシーでしたらもっと早いでしょう。

  今日は目的地ではないので、次の次の三国神社駅で下車しました。

  三国神社駅の次が三国駅で、三国の町の散策は普通はこちらの駅から歩きます。

  また景勝地の東尋坊までは三国駅からバスで10分足らずです。

  バスはJR芦原温泉駅から出て、芦原ゆのまち、三国駅前、東尋坊、松島水族館、

  芦原ゆのまち、JR芦原温泉駅と一周します。

  もちろん反対まわりもあります。

  この路線は基本的に1時間に1本の運行です。

          詳しくは京福バスのホームページで。

  <路線バス>から<路線名から探す>の金津・東尋坊線ですべてのバス停の時刻がわかります。

  ほかも路線さえわかれば同じ要領で各バス停の時刻がわかります。

  ただ、運賃は均一区間以外まったくわかりません。

Pict0019

 

  三国神社駅で下車して、後ろの階段を下りて、そこの道を迷わずまっすぐに行きます。

  ホームの前の方にも駅からの降り口があるようですが(はっきりと確かめていない)、

  そちらからはわかりません。

  で、後ろからの階段を下りてその道をまっすぐ行くと信号の交差点があり、

  渡って左側がスーパー「みくにショッピングワールド・イーザ」。

  それを過ぎて、すぐに又道路ですが、道路は右手に大きくカーブしていきますが、

  右手に細い道があるのでそちらを行きます。

  その先が下の写真です。

  細長い建物は三国神社のお祭りでのハイライトの山車(だし)を収めた蔵です。

  区ごとに山車(だし)があり全部で18あるそうです。

  町の中でいくつも見ました。

Pict0021

 

  すぐに三国神社の裏に出られる階段を見つけました。

  探していたのはこの裏道ですが、

  普通の徒歩旅行者はこんなことはしないので、参考にはなりませんね。

Pict0022

 

  すぐに登れる階段で、拝殿、本殿の裏に出て、まわり込むとこの立派な拝殿の前に。

                三国神社の公式ホームページはこちら。

  観光客は、お祭りの時以外には来ないですね。

Pict0026

 

  こちらが表で随身門越しに。

Pict0030

 

  随身門。

  山車はこの前で奉納されるのでしょうか。

Pict0034

 

  階段を下りた道を右にひたすら行きます。

  上の写真では向かって左です。

  町並みを散策しつつ、道路は決してまっすぐではなく鍵辻になったりしていますが、

  とにかくこの道筋を歩いていくと、やがて観光客も見かけられるようになります。

  たいていの見所はこの道筋にあります。

  基本はこの道筋ですが、お寺等がこの道筋を外れてあるので、あとは各自の判断です。

  とにかく古い町ではありがちですが、道に迷います。

  三国町観光協会のホームページにある「三国探索マップ」は、

  観光スポットの位置関係はよくわかりますが、地図としては全然役には立たないので、

  様々なサイトの地図の最大縮尺でのダウンロード&印刷をしておくと便利です。

  三国町だけではなく「観光マップ」というのは、とかくそういうものですから。

Pict0037

  撮影 2010/03/20

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2010年3月21日 (日)

JR西日本521系と125系 - 越前三国町(坂井市)と一乗谷朝倉氏遺跡(福井市)を散策(1)

 

  青春18きっぷを使っての日帰り旅行の第二弾です。

福井県の福井市周辺で私的(わたくしてき)に行ってみたいスポットは幾つもあるのですが、なんと言っても岐阜から福井までは遠いので(普通電車のみで行くと)、日帰りであれば二つの観光スポットを周るのが限界です。

今回はそんな中で、三国湊の古い街並みを「えちぜん鉄道」で、そして福井市の戦国の大名であり織田信長によって滅ぼされた朝倉氏の城下町跡の一乗谷を訪ねました。

三国からすぐ北の景勝地東尋坊は今回は見送り。

同じく坂井市の本丸岡にある丸岡城、永平寺町の永平寺も見送りになりました。

 

  岐阜と福井が遠いと言っておきながら、岐阜駅出発が8時半では少し遅い気がするのですが、とにかく大垣まで新快速で行き、後からやって来る米原直通の電車を待ちます。

岐阜で待ってもいいのですが、土日祝日の米原直通電車は岐阜あたりではまず座れません。

どうせ米原まで立つのであれば立っている時間を短くして大垣から乗るというのが合理的というものです。

まあ、当日は8両編成でもそのとおりになりました。

 

  さて、米原からは521系の2両編成でした。

実はこの日、米原、敦賀間と敦賀、福井間の往復すべての乗車車両がこの521系でした。

長距離旅行者の私たちにはクロスシートのこの車両はうれしい限りですが。

福井に着いたのがお昼前で、この後「えちぜん鉄道」で三国町にむかいます。

 

  米原駅の521系2両編成。

  ほぼ満席で、立ち客も。

  ただし立ち客は近郊客のようでした。

P3200003

 

  敦賀駅にて。

  乗って来た521系電車は切り欠きの4番線に入りました。

P3200007

 

  1番線には小浜線の125系電車が待機していました。

P3200011

P3200013

 

  福井駅に到着は12時少し前。

  駅前が広々としています。

  なぜかなあ、と思っていたらバス乗り場が駅前広場にないからですね。

  バス乗り場は駅前大通りにあります。

  また、少し時間をとって駅前の少し左手の福井鉄道の駅をのぞいて見ました。

  以前岐阜市内を中心に運行されていた路面電車がいて、とても懐かしかったです。

P3200022

 

  バス停のある駅前大通りは西口ですが東口には「えちぜん鉄道」の福井駅があります。

  東口には先行して北陸新幹線用の路盤のみができています。

Pict0011

 

  えちぜん鉄道福井駅。

  土日祝日のみの1日フリーパス800円を購入して出発します。

Pict0017

  撮影 2010/03/20

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月18日 (木)

伊勢への日帰り旅(6)(「春の青春18きっぷ」で津、鈴鹿、鳥羽へ) - 鳥羽城跡城山公園

 

  鳥羽城は戦国時代に水軍の将として活躍した九鬼氏の城でした。

九鬼嘉隆は志摩地方の豪族や北の伊勢の北畠氏と争い、織田信長の伊勢侵攻で信長に組し家運を開きました。

その後信長、豊臣秀吉に仕え水軍の将として重宝されます。

しかし、関が原の戦いで嘉隆は西軍に、息子の守隆は徳川家康に従い東軍に属し、結果はご存知のとおり西軍が敗れました。

戦後、守隆は家康に父の助命嘆願を願い出、それが受け入れられるも、守隆の家来のさしがねで嘉隆は自害してしまうという結果になってしまいます。

この後、九鬼家は守隆が後を継ぎ、鳥羽藩5万6千石の大名となります。

しかし、守隆が1632年に亡くなると九鬼家内部で跡目争いが起き、幕府は改易にこそしなかったものの鳥羽城と領地は召し上げられ、五男の久隆が家督を継ぎ摂津三田に転封、争った三男の隆季が丹波綾部に転封となり、ここに名実共に九鬼水軍は消滅しました。

その後、鳥羽藩は領主がめまぐるしく替わり、やっと1725年に稲垣氏が入り明治まで稲垣氏8代が治めました。

石高は3万石でした。(以上 Wiki等を参照)

 

  北側からの城山公園への登り口。

Pict0035

 

  北からの登り口を上がるとトイレのある一つ目の広場にでますが、

  ここはもうひとつ上の広場で、

  昨日の記事で紹介した三ノ丸広場から登ってくるとこの広場に上がります。

  下からも見えたのですが、九鬼氏の左三つ巴の家紋が入れてある大船の帆状の布が立ててあります。

  また、九鬼氏の軍旗には「七曜」という紋がいれてあったそうですが、

  調べてみると、本家三田藩九鬼家の家紋は「七曜(しちよう)」、

  綾部藩九鬼家の家紋は「左三巴(ひだりみつどもえ)」となっていますね。

Pict0039

 

  先ほどまでフェリー桟橋に繋がれていた伊勢湾フェリーの鳥羽丸の出港。

Pict0038

 

  近鉄特急のすれ違い。

  伊勢志摩ライナーが 賢島行き。

  向こうが鳥羽駅方面です。

Pict0043

 

  「三ノ丸広場」から見上げた階段状の石垣群を上から見下ろしたところ。

Pict0049

 

  もうひとつ上にあがると本丸の石垣の下に。

  この石垣は様々なところの写真で見かけました。

  写真で見ると明るくみえますが、もう結構暗いです。

Pict0054

 

  本丸跡です。

  左手にひもで囲ってあるところが、天守台があったところであると案内がありました。

  奥には旧鳥羽小学校に下りる階段があります。

  小学校のグラウンドであった名残で遊具や相撲の土俵がのこっていました。

  機械がすでに入っているのですが、この後どのように整地されるのでしょうか。

Pict0057

 

  どんどん暗くなる一方でさすがに帰る事にしました。

Pict0064

 

  同じ道を下まで降り、暗くなった道を鳥羽駅まで歩いて、鳥羽駅に着いたのは6時半過ぎでした。

  鳥羽発最終の快速である「みえ24号」はすでにホームで待機していました。

  18時24分着の名古屋発快速「みえ15号」の折り返しと思われます。

  車内で待ち19時13分に発車、名古屋着21時03分。

  名古屋から 岐阜へは普通電車で帰り、今日の日帰り旅行は終わりです。

Pict0073

  撮影 2010/03/11

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月17日 (水)

伊勢への日帰り旅(5)(「春の青春18きっぷ」で津、鈴鹿、鳥羽へ) - 鳥羽城三ノ丸広場(3月20日に完成式典)

 

  近鉄の鳥羽駅のひとつ南にある中之郷駅の南踏み切りを渡って、やっと山側の道路に出られました。

このあと、近鉄線に沿って鳥羽駅方向に歩いていくと工事中の「鳥羽城三ノ丸広場」がありました。

階段状の石垣と、ここから城山公園に上る事ができる階段が造成済みのようです。

地元の人に聞いたところ石垣は昔の石垣ということで、今まで鳥羽城跡でそのような石垣が残っているという話は聞いていませんでしたから、ちょっと驚きました。

帰ってから鳥羽市のホームページで確認したところ、3月20日に「鳥羽城三ノ丸広場」の完成式典を行います、とありました。

今週の土曜日ですね。

どうも鳥羽市は城山公園を全面的に工事を行い、お城跡を観光資源として活用しようとしているようです。

下の近鉄特急の写真に山の上にある旧鳥羽小学校の校舎が写っていますが、その上の本丸跡は旧鳥羽小学校のグランドとして使用されていました。

現在は小学校が2009年1月に移転しているので本丸跡も整地工事が施されています。

また、旧鳥羽小学校の校舎は昭和4年(1929年)建設の歴史のある建造物で、すでに登録有形文化財に指定される方向に動いているそうです。

この校舎で学び巣立っていった生徒は12000人以上だそうで、校舎が保存され有効に活用されるのは卒業生にもうれしいことですし、私たち外からの人間にとっても鳥羽市の歴史の一端に触れることができるのは素晴らしいことです。

尽力された皆さんに感謝です。

 

  中之郷駅の南側の踏み切り。

  近鉄志摩線はほぼ複線電化路線ですが、ここから南に一駅ぐらいが単線なんですね。

  電車は賢島行き特急。

  近鉄の路線区分ですが、伊勢中川、宇治山田間は山田線、

  宇治山田から鳥羽までを鳥羽線、鳥羽からは志摩線、だそうです。

  今までまったく意識していませんでした。

  山の上に見える茶色の建物が旧鳥羽小学校です。

Pict0010_2

 

  山側の道に廻りこめました。

  当然こちらにも出入り口のある中之郷駅。

Pict0011

 

  「鳥羽城三ノ丸広場」。

  この名前は鳥羽市が命名したもののようでで昔に存在したものではありません。

  階段の石垣や小屋の乗っている石垣は今回造成したもののようですが、

  左手上に階段状にいくつもある石垣は現在のものではなさそうです。

Pict0014

 

  昔の鳥羽城の様子を描いた絵図の説明板。

Pict0023

 

  「鳥羽城三ノ丸広場」の前から南の中之郷駅方面を。

  この道路、少しみえていますが短いトンネルがありました。

Pict0032

 

  こちらが鳥羽駅方向。

  こちらの方に歩いて、街中の道路におりてすぐに左手に城山への登り口がありました。

  今週の土曜日以後は「三ノ丸広場」からも上ることができます。

  また、城山の向こう側、西側には市役所などもあり、いくつか登り口があります。

Pict0025

 

  北に歩いていったら駐車場の上に。

  あとからこの上に登りました。

Pict0034

  撮影 2010/03/11

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月16日 (火)

伊勢への日帰り旅(4)(「春の青春18きっぷ」で津、鈴鹿、鳥羽へ) - 鳥羽市(伊勢ではなく志摩)の海岸沿いを中之郷駅まで

 

  津を15時28分発の快速「みえ11号」で出発、さらに南の参宮線終点の鳥羽へ向かいました。

タイトルに「伊勢への日帰り旅」とつけてしまいましたが、鳥羽市は伊勢ではなく志摩ですね。

津から鳥羽までは1時間足らずで、鳥羽到着は時刻表では16時22分ですが当日は2、3分遅れでの到着でした。

もうほぼ夕方なのですが、最初は鳥羽城跡には行く気はまったく無くて、地図から見る限り判りにくそうでしたし、まあ夕方の観光地鳥羽を散策できれば、というぐらいの気持ちで鳥羽駅に降り立ちました。

 

  津駅にて。

  那智勝浦発名古屋行き特急「(ワイドビュー)南紀6号」キハ85系。

Pict0136

 

  津駅にて、鳥羽行き快速「みえ11号」キハ75系。

  鳥羽に近づくにつれ乗客は減り、鳥羽到着時には一車両数人ぐらいになってしまいました。

  ですが、体験的には近鉄特急でも平日は空席率は激しいですし、時間も時間ですからこんなものでしょう。

Pict0139

 

  JR鳥羽駅。

  津から乗ってきた「みえ11号」は折り返し名古屋行き快速になります。

  鳥羽発16時49分発の快速「みえ20号」名古屋行き、となると思われます(2010年春のダイヤ改正前)。

  JRの鳥羽駅は0番線から2番線までの1面3線。

  右から0番線でキハ75系が停車しているのは1番線です。

  この日、普通列車が0番線から出て行くのを2度見かけました。

  看板を境にして向こう側が近鉄の鳥羽駅。

  近鉄の鳥羽駅は3番線から始まり6番線まであります。

Pict0143

 

  JRの鳥羽駅。

  近鉄とは一体で橋上通路を海側に行くと近鉄の改札口があります。

  ただしJRの鳥羽駅の改札口は地上にあり、近鉄は橋上駅舎の改札です。

Pict0144

 

  JR鳥羽駅前にある金刀比羅宮の鳥居。

  奥の方の山の上に金刀比羅宮鳥羽分社があります。

Pict0145

 

  さて、南の方に近鉄に沿って歩いていくと近鉄線のガードがあり、その下をくぐって海側の国道42号線へ出ます。

  鳥羽駅で最初から近鉄側から出れば海沿いに国道を歩いて行きます。

  すぐにミキモト真珠島と橋が見えてきます。

  橋のこちら側に入場入口があり、入場料は大人が1500円です。

Pict0149

 

  さらに南に歩くと鳥羽水族館があります。

  そしてこのあたりでようやく山側に鳥羽城跡の石垣が何段にもなっているのが見えるのに気づきました。

  山側に渡りたいのですが、国道42号線と近鉄線にはばまれて行くことができません。

  電車は近鉄の伊勢志摩ライナー賢島行き。

Pict0153

  写真が前後しているかも知れませんが、鳥羽水族館と伊勢湾フェリー乗り場を。

Pict0151

 

  鳥羽水族館の入口。

  右側は駐車場です。

Pict0003

 

  水族館の駐車場の南側を左に折れ、海側に行くとフェリーターミナルがあります。

  伊勢湾フェリーです。

Pict0004

 

  伊勢湾フェリーの3隻のうちの鳥羽丸。

Pict0005

 

  近鉄中之郷駅。

  鳥羽水族館から国道をもう少し南の方に行きます。

  フェリーターミナルの入口の交差点でこの駅舎を見ながら国道を山側に渡ります。

  駅の南に踏み切りがあり、ここでやっと山側に渡ることができます。

Pict0008

  撮影 2010/03/11

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月14日 (日)

伊勢への日帰り旅(3)(「春の青春18きっぷ」で津、鈴鹿、鳥羽へ) - 津城跡 (藤堂家32万石)

 

  鈴鹿市神戸(かんべ)を廻るのに意外と時間を取り、近鉄鈴鹿市駅を出発したのはほとんど予定通りの時間でした。

予定通りであるなら良いと言えばそうですが、ほとんどの場合、予定は余裕を持って作ってあるので、予定通りというのは私にとってはかなり余裕の無い状況なのです。

とにもかくにも最悪は避けられ、伊勢若松で名古屋発の急行に乗り換え、津駅の次の駅の津新町で下車し、徒歩10分で行ける津城跡に向かいました。

津は藤堂藩32万石の城下町で、藤堂藩は伊勢のほかに伊賀の地も合わせて統治しており、伊賀上野城も藤堂家の持ち城でした。

現在の津城跡は本丸と西丸の部分のみが残っており、本丸を囲むように石垣が残っています。

お堀も残っていますがかなり幅が小さくなっているといいます。

西側に道路を挟んで市役所がありますが、このあたりは内堀を挟んで本丸の外側を囲むようにあった二の丸の西側の部分にあたります。

下に城と現在の位置関係を示した写真があるので参照して下さい。

 

  津新町駅にて名古屋行き特急。

  線路が4本写っていますが、一番右は3番線で名古屋方面への当駅折り返しホーム。

  そして2番線が名古屋方面、1番線が中川方面です。

  また一番左に一本線路がありますが、こちらはJR東海の紀勢線で

  ちょうどこのあと津、名古屋方面への快速「みえ」が疾走していきました。

Pict0130

 

  西側にある津新町駅舎と駅前広場。

  津城、市役所へは駅南の踏み切りか地下道で東に渡ります。

Pict0077

 

  踏み切りを東へ向かいます。

  電柱が地下化されたすっきりとした通りです。

  津城、市役所へは一つ目か二つ目の信号を左に折れます。

  一つ目の信号を折れると市役所の西に出ます。

  二つ目の信号の通りは津城跡と市役所の間を通ります。

Pict0129

 

  市役所との間の通りから。

Pict0080

 

  西丸への入口から津市役所。

Pict0084

 

  石垣の上から日本庭園となっている西丸。

  西丸と本丸との間のお堀はなくなっています。

Pict0122

 

  現在の通りや建物等と城の位置関係。

  ①が本丸、②が西丸、③が東丸ですが東丸の方は跡形もありません。

Pict0086

 

  藩校有造館の正門であった入徳門。

  庭園内に移築されています。

Pict0091

 

  本丸内にある藤堂高虎公の銅像。

Pict0095

 

  復興された角櫓。

  本丸内から。

  こちら側が東のいりぐち。

Pict0098

 

  角櫓の北の石垣をのぼったところから。

  この奥に石垣を歩いていくと西丸の庭園を見下ろす先ほどの写真のところに。

Pict0115

 

  市役所の北にあるお城西公園。

Pict0128

 

  このあと、もと来た道を津新町駅まで戻り、近鉄で津駅に。

  もう3時過ぎですが、

  これから快速「みえ11号」でさらに伊勢ならぬ志摩国の鳥羽へ向かいました。

Pict0141

  撮影 2010/03/11

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月13日 (土)

伊勢への日帰り旅(2)(「春の青春18きっぷ」で津、鈴鹿、鳥羽へ) - 神戸(かんべ)城跡と龍光寺

 

  神戸(かんべ)高校の敷地の途切れた西側を南に折れると神戸(かんべ)城址公園があります。

神戸高校の敷地が神戸城の二の丸、三の丸の跡で、そのすぐ西の天守台の残る本丸跡を含む一帯が城址公園になっています。

坂を登ると本丸の広場に出ますが、登り口の右手にちょっとした公園があり、そこから天守台の石垣下に行きました。

天守台は野面積みという石垣の組み方で主に戦国時代に盛んに作られた組み方で、熊本城や姫路城などに見られる大規模な隙間のない石垣が用いられるのは関が原の戦い以後になるそうです。

神戸(かんべ)城は神戸氏が築城し、神戸氏に養子に入った織田信長の三男信孝が大規模に修築して五層六階の天守を築きましたが、1595年に解体されて、その後は天守が築かれることはありませんでした。

  さて、神戸城を駆け足で巡ったあと、再び鈴鹿市神戸の町を北に歩き、次に伊勢街道沿いにある龍光寺を訪れました。

ちょうど龍光寺では「かんべの寝釈迦祭り」という龍光寺の「大涅槃図」の開帳のお祭りを二日後に控えて、その準備作業で境内には多くの車が入りこんでいました。

この龍光寺には神戸城主の本多忠統(ただむね)が建てた書院が残っています。

 

  本丸への入口。

  昨日も同じ写真をあげました。

Pict0022

 

  北側の公園から直接天守台に。

Pict0023

 

  北西の方に廻り込みます。

Pict0026

 

  天守台の上から本丸広場。

Pict0039

 

  本丸内から天守台を。

Pict0029

Pict0032

 

  天守台を見ながら入口の坂をおります。

P3110020

 

  龍光寺の山門。

Pict0046

Pict0049

 

  龍光寺本堂。

  「かんべの寝釈迦祭り」の準備で境内はあわただしい様子でした。

Pict0050

 

  このあと近鉄鈴鹿線の鈴鹿市駅まで歩き、伊勢若松で急行に乗り換え津新町へ。

  鈴鹿市駅。

Pict0065

 

  鈴鹿市駅から名古屋線の伊勢若松駅まで三両編成の電車で向かいます。

  5分で到着します。

  鈴鹿市駅にて。

Pict0070

 

  近鉄名古屋線の伊勢若松駅にて。

  名古屋行きの普通が出て行くところ。

  左の4番線が鈴鹿線。

  伊勢若松は急行停車駅なので急行で津新町まで行きます。

  次は津城址を訪れます。

Pict0076

  撮影 2010/03/11

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月12日 (金)

伊勢への日帰り旅(1)(「春の青春18きっぷ」で津、鈴鹿、鳥羽へ) - 鈴鹿市神戸(かんべ)城まで

 

  三重県の津市の北側に位置する鈴鹿市は鈴鹿サーキットで全国的には有名ですが、市自体は様々な地域的、文化的要素からなり、城下町であった神戸(かんべ)、漁港でもあり伊勢街道の宿場町でもあった白子、東海道の宿場町の石薬師宿、庄野宿などから構成されています。

市役所は城下町の神戸にあり、主な駅は神戸の伊勢鉄道の鈴鹿駅と近鉄鈴鹿線の鈴鹿市駅、近鉄名古屋線の伊勢若松駅、白子駅、関西線の河曲(かわの)、加佐登(かさど)両駅などがあります。

今回は神戸(かんべ)城が鈴鹿市での目的地です。

この神戸の町を東海道の日永から伊勢神宮の内宮までの伊勢街道が通じています。

日永は現在の四日市市にあり、伊勢街道はこのあと神戸、白子、津、松阪を通り、伊勢にいたります。

  岐阜を8時半過ぎの普通電車で出発し、名古屋からは9時35分発の快速「みえ1号」鳥羽行きに乗り換え。

そして伊勢鉄道内の鈴鹿駅で下車しました。

鈴鹿駅には伊勢鉄道の普通以外に快速「みえ」、特急「南紀」も停車します。

 

  名古屋駅13番線の快速「みえ1号」キハ75系の2両編成。

  名古屋を出るときはラッシュ並みの混雑でしたが、

  桑名、四日市と順次乗客は減り、鈴鹿で降りたときは立ち客は数人になっていました。

  この日、津から鳥羽までを再び快速「みえ」に乗りましたが、

  松阪以南の乗客の少なさを見ると平日の2両編成はやむを得ないかなと思いました。

P3110005

 

  伊勢鉄道の鈴鹿駅。

  神戸(かんべ)の町の東端に位置します。

  駅前広場は西側にありますがタクシーが1台いただけで、バス停は駅前にはありません。

  すぐ北で近鉄鈴鹿線と交差しています。

P3110010

 

  鈴鹿駅から伊勢鉄道に沿って南に200mぐらい行くと広い通りとの交差点に出ます。

  ここで旧伊勢街道と出会います。

  旧街道から交差点を。

Pict0010

 

  交差点からほぼ北西方向に市街地を行くと南北の通りにでます。

P3110012

 

  その通りの北の方向に見えるビルは鈴鹿市役所です。

P3110013

 

  通りを渡ってさらに旧街道を進むとやっと街道らしい風景に出会いました。

Pict0011

 

  地子町の常夜燈。

  この常夜燈は昭和5年の再建だそうです。

  伊勢街道の道標と常夜燈はこちらのサイトの写真で。

Pict0015

 

  旧伊勢街道が北に折れるところ、そこを街道から外れて西に行き、

  宗休寺というお寺の前が神戸高校の門前になります。

Pict0020

 

  門横には旧制の神戸中学の門柱が保存されていました。

  説明板が目につかなければ通り過ぎていました。

  この後、学校に沿って西に歩きます。

P3110017

 

  神戸高校の敷地が途切れた左手に神戸城の天守台が残る公園があります。

Pict0022

  撮影 2010/03/11

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月 7日 (日)

JR岐阜駅と名鉄岐阜駅 - 「岐阜シティ・タワー43」から

 

  去年(2009年)の8月10日にあげた記事で、未掲載の写真です。

JR岐阜駅の近くにある「岐阜シティタワー43」の最上階の展望室からの写真です。

展望室へは自由に行けます。

ほとんど同じような写真は、以前の記事でもあげました。

  駅前の工事はほぼ終わった状態(2009年8月)ですが、9月(2009年)の終わりですべてが完了しました。

 

  ほぼ東方向を見下ろしています。

  JR岐阜駅と名鉄岐阜駅との距離感がわかると思います。

  写真が縮小されているのでわかりにくいのですが、名鉄岐阜駅に2200系が停車中です。

Pict0015

 

  その2200系が名古屋方面に出て行くところです。

  良い望遠レンズがあればなかなかのスポットです。

  西側も遠望が利きます。

  ただしガラス越しになりますが。

Pict0019

  撮影 2009/08/08

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月 6日 (土)

名鉄新川橋駅(愛知県清須市) - 特急「ミュースカイ」2000系中部国際空港行き

 

  「清須市南部を散策」の時の名鉄新川橋駅にて。

空港特急ミュースカイの2000系。

この列車は名鉄岐阜駅発の中部国際空港行きで、全席特別車両券「ミューチケット」350円が必要です。

特急「ミュースカイ」は中部国際空港と岐阜(本線)、新鵜沼(犬山線経由)、名古屋を結ぶ有料特急です。

なお豊橋方面からの「ミュースカイ」は運行されていません。

平日の朝早くに1本だけ豊橋発の直通特急がありますが、平日、祝祭日問わず豊橋、中部国際空港間は神宮前駅乗換えとなります。

 

  新川橋駅にて。

  名鉄岐阜駅発の中部国際空港行き2000系。

Pict0063

 

  同じく新川橋駅にて。

  後ろから。

Pict0064

  撮影 2010/01/30

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月 5日 (金)

名鉄岐阜駅 - 名鉄本線と各務原線

 

  最近JR岐阜駅の記事が多かったですが、久しぶりに名鉄岐阜駅の様子。

名鉄岐阜駅は、高架の名鉄本線と竹鼻線直通電車が発着する1番線から4番線と、地上駅で各務原線が発着する5、6番線からなっています。

本線ホームは南北に、各務原線ホームは東西方向にあります。

 

  名鉄岐阜駅の東改札口。

  各務原線の地上駅があります。

P1100004

 

  東改札口の内側。

  すぐに各務原線のホームがあります。

  右に階段がありますが、本線との連絡通路となっています。

Pc170003

 

  各務原線、犬山線経由の犬山行き。

  各務原線ホームは5、6番線と1本の留置線からなっています。

P1100002

 

  こちらは表通りから本線のある中央改札口への階段。

Pc170006

 

  中央改札口の構内。

  すぐに本線ホームがあります。

  構内、向かって右手に各務原線への連絡通路があります。

P1100005

 

  本線は2面4線。

  左側が2番線の須ヶ口(すかぐち)行き普通の3150系二両編成。

  4両組成が3300系、2両組成が3150系だそうです。

  右側が3番線の1800系回送電車二両。

  1200系とそっくりな顔をしていますが、こちらは特急の「パノラマスーパー」の増結用で2両組成です。

  1200系は「パノラマスーパー」の展望車を含む特別車の1000系2両と編成を組む普通車4両部分で、本線では岐阜側の顔になります。

P1100007

 

  1番線の1700系。

  この編成もこちらの豊橋方面の特別車2両が1700系、

  うしろ岐阜方向普通車4両は2300系となります。

        (以上の情報は、名鉄ホームページの「車両一覧」を参照しました。)

P1100008

  撮影 2010/01/30 (2枚目、4枚目のみ 2009/12/17)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月 4日 (木)

京都清水寺(5) - 法観寺八坂の塔から帰途に

 

  八坂の塔は臨済宗法観寺の五重塔です。

一般に法観寺と呼びますが、Googleの地図には霊応山法観禅寺八坂の塔とあり、これが正式名称と解釈してよいのでしょう。

さて、八坂の塔の前の東大路通までの200m足らずの小路から見る風景がなかなか良いです。

2002年に来たときにはもう少し建物が雑然としていた記憶があり、その間に町並みが整えられたのでは、と思います。

 

  東大路通の方から見た八坂の塔。

  この日法観寺は拝観を受け付けていましたが、結局入りませんでした。

Pict0104

 

  この小路沿いにある八坂庚申堂で舞妓さん発見。

  と思いましたが、これは舞妓さん体験の一般の女性でした。

  帰ってから検索して調べましたが、八坂の塔の付近に舞妓さん体験のお店を2軒見つけました。

      ひとつは「町屋 花音(はなね)」さん。

      もうひとつは「ゆめみる夢」さん。

  どちらのお店も料金は「舞妓さん体験」プラス「写真撮影で」10500円からのようです。

  詳しくはリンク先のお店で直接調べてください。

  なおほかにも祇園あたりにも舞妓さん体験のお店があります。

Pict0095

 

  携帯で写している女性がカメラマンです。

  携帯は前の洋服を着た女性のもので、せがまれて記念撮影というところでしょうか。

  それとも舞妓さん姿の女性とは同じグループ?

  カメラマンの女性は本格的な一眼レフのカメラを持参しています。

Pict0102

 

  清水寺あたりでは着物姿の観光客の女性をたびたび見ましたが、

  今年(2010年)の3月13日(金)から3月22日(日)の期間、

  <着物> 着用の人に限り、京都の地下鉄、市バスが無料というサービスがあります。

          こちらのサイトを参考にしてください。

  この石畳の路を行くと東大路通に出ます。

  バス停がありますから京都駅には直接行くことができます。

Pict0094_2

 

  東大路通。

  左手が南で、そちらに歩いていくと、500mぐらいで大谷本廟のある東山五条の交差点に出ます。

  この交差点から五条坂、「茶わん坂」を清水寺まで歩いて、ぐるっと一周して戻ってきたわけです。

  そして五条通を西に戻り、京阪電車の清水五条駅から東福寺駅に。

Pict0106

 

  京阪電車の東福寺駅。

  すぐ隣にあるJR奈良線の東福寺駅で乗り換え京都駅に戻りました。

Pict0107

 

  京都駅奈良線ホーム。

  左から8番線、9番線、10番線が奈良線。

  10番線に奈良行き普通の103系。

  ただし撮影時間は清水寺への出発時のものです。

P2070012

  撮影 2010/02/27

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月 3日 (水)

京都清水寺(4) - 三年坂から二年坂、法観禅寺八坂の塔へ

 

  さて、清水の坂をおりて五条坂と出会うあたりで北に下りる坂があります。

これが三年坂で、ほぼ北に向かって道が続き、左右にはお土産さんや飲食店が並んでいます。

この道を200mほど行くと西方向に大きく曲がります。

そのまま行くと八坂の塔のある法観寺にいたりますが、この大きく曲がる所にさらに北に向かう二年坂があります。

観光客の多くは八坂の塔には向かわずこの二年坂を下りてさらに北に向かいます。

北のほうには高台寺、さらに八坂神社、円山公園があります。

私はそのまま西に道をとり、八坂の塔に向かいました。

こちらの道は人通りもまばらになりました。

 

  三年坂を下ります。

Pict0076

 

  三年坂をお店の軒先から。

Pict0079

 

  三年坂を下から。

Pict0083

 

  三年坂から二年坂方向にいたる途中で。

  皆さんあちこちお店を覗いて楽しそうです。

Pict0084

 

  さて、こちらが二年坂です。

  大変混みあっています。

  こちらへ行くのは次の機会にして八坂の塔の方へさらに歩きます。

 

  八坂の塔が見えてきました。

Pict0090

  撮影 2010/02/27

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月 2日 (火)

京都清水寺(3)2010年2月 - 久し振りに京都へ

 

  子安の塔から再び下におり、今度は舞台の下方向に歩いて音羽の滝の前に出ます。

音羽の滝は人気があり行列ができるほど。

その後、舞台や諸堂、三重塔の下を通りもとの仁王門の横に至ります。

下に向かって左手の坂が「茶わん坂」(清水新道)、右手が清水道で、今度は人ごみの中、清水道を三年坂まで下りました。

 

  奥の院あたりからの京都の町と三重塔。

Pict0057

 

  下の道を音羽の滝の方へ。

Pict0060

 

  音羽の滝。

  行列ができるほど。

Pict0065

 

  清水道から仁王門を。

  仁王門が鮮やかです。

  さすがに人の多さは半端ではありません。

Pict0070

 

  途中の八つ橋の「おたべ」で有名なお土産屋さんの「おたべちゃん」。

  初代「おたべちゃん」は1967年(昭和42年)に登場し、

  写真のマスコット人形の「おたべちゃん」は二代目。

  現在四代目までありますが、

  二代目を除き初代、三代、四代目はいずれもイラストで包装パッケージや配送車等に使用されているそうです。

  したがって人形はこれだけのようです。

  顔を上下にゆっくりとコックリコックリします。

  それが舞妓さんの愛くるしさをかもし出しています。

Pict0072

 

  途中、奇跡的に人波が途切れたところ。

  あまりモザイクばかりではゲンナリしますから。

Pict0075

 

  三年坂。

  ここから北方向におり、このまま行くと二年坂に。

Pict0077

  撮影 2010/02/27

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月 1日 (月)

京都清水寺(2)2010年2月 - 久し振りに京都へ

 

  拝観受付から中に入ると、短い廻廊があります。

拝観料は大人300円で、本堂とその前の舞台がその対象で、この部分は国宝に指定されています。

そして、本堂と舞台を抜けて裏口から出ると阿弥陀堂、奥の院の方へ。

舞台を写すのはこちらの方からが良い。

さらに舞台とは反対側にある子安の塔の前からは舞台や三重塔など諸堂が一望できます。

 

  本堂の方に短い廻廊があります。

Pict0029_3

 

  舞台はこちらの方から。

  以前に訪れた際には、奥の院から子安の塔の方へ行くお客さんはほとんどいませんでしたが、

  現在ではこれが順路として案内されています。

Pict0046_2

 

  写真が前後しますが、舞台から見える京都タワー。

  京都タワーの右手の方に建物を囲っているような白っぽいのは東本願寺の阿弥陀堂の工事中の様子です。

  そのさらに半分瓦屋根が写っているのが工事が終わった御影堂(ごえいどう)です。

  帰ってから東本願寺関係を検索して調べましたが阿弥陀堂の工事は2011年からとなっていました。

  したがって、堂の工事にはまだ手がつけられてはいないようです。

Pict0031_3

 

  舞台の上から見える音羽の滝。

Pict0032

 

  子安の塔の前からの風景。

  ここは一度下りてまた上にのぼるのですが、

  「通り抜けはできませんが、諸堂が見渡せます」というような意味の案内が立っていて、

  「へえー」といいながら上ってみて、そして一同その風景に「なるほど」と口々に納得していました。

  で、肝心の子安の塔は工事中で、今回唯一の心残りでした。

Pict0052

 

  これも写真が前後していますが、三重塔。

Pict0050_2

  撮影 2010/02/27

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »