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2010年7月14日 (水)

桑名市(三重県)を散策 (4) - 九華公園 (桑名城跡)

  九華公園の東南、揖斐川沿いにある赤須賀神明社(あかすかしんめいしゃ)を後にして九華公園に入りました。

南の二の丸橋から入り、橋でつながれた島を渡って本丸跡にたどり着き、本丸の南東部分にある辰巳櫓跡に登ってから下の本丸跡の広場に降りました。

本来の出入り口はこの本丸跡の西にありますが、そちらからは出ずに本丸跡の東のグラウンド沿いの細い道を北に行き、市民プールの横を抜けて市民プールの正門らしき所から大通りに出ました。

この大通りは桑名駅の駅前通りの一番北の通りが真っ直ぐに東に伸びて、桑名市民プールの前まで来ている道路です。

そして道路を挟んで吉之丸コミュニティパークがあり、その西南隅に桑名藩初代藩主の本多忠勝の像がありました。

本多忠勝は徳川家康の家臣団の中でも特に四天王と呼ばれるほどの武勇にすぐれた武将でしたが、歴史好きの人であればこのことはもうよくご存知のはずです。

桑名藩は本多家二代、松平(久松)家五代、松平(奥平)家七代、再び松平(久松)家五代で明治維新を迎えました。

そして、桑名藩の歴代藩主の中でも歴史に名を刻んだ藩主には、(初代の本多忠勝を除いて)幕末に京都所司代を勤めて幕府軍として「鳥羽伏見の戦い」などで戦った松平定敬(まつだいら さだあき)がいます。

松平定敬はすぐ近くの美濃の高須藩(岐阜県海津市)の藩主松平義建(まつだいら よしたつ)の八男で、兄には次男の尾張徳川家藩主の慶勝(よしかつ)、五男の一橋徳川家当主の一橋茂栄(ひとつばし もちはる)、七男の会津藩主松平容保(まつだいら かたもり)がおり、いずれも高須藩から養子に出ています。

さて、本多忠勝の像から北に行くと堤防沿いに蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)が再建されています。

 

  九華公園の南端の二の丸橋から入ります。

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  橋伝いに奥に入っていきます。

P7100022

 

  木が立ち並んでいるのが本丸跡で右端の少し小高くなっているのが辰巳櫓跡です。

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  辰巳櫓跡。

  大砲の由来が全くの不詳になっているそうで。

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  辰巳櫓跡から振り返って。

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  本丸跡にある鎮国守国神社(ちんこくしゅこくじんじゃ)。

  久松松平家が陸奥白河藩(福島県白河市)の時代に松平定綱(鎮国公)を祀ったのが始まりで、

  桑名移封に伴い神社も桑名に移転し、後に松平定信(守国公)をも祀った神社です。

Pict0088

 

  本多忠勝像。

  もう向こうには堤防が見えます。

Pict0089

 

  蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)。

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  撮影 2010/07/10

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