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2010年8月29日 (日)

赤穂城と赤穂の町を散策(1) - 忠臣蔵の町(だけではない)

 

  赤穂線の旅、最後の目的地である赤穂市の播州赤穂駅に降り立ったのは11時前でした。

しばらく播州赤穂駅構内で電車の写真を撮って後、陽射しが強い駅前に出ました。

南に向かって駅前通りがのびていますが、南に行き着くところが赤穂城の大手門前です。

途中、斜めに交差する交差点の角のポケットパークで息継ぎの井戸を見て、ここから南西方向にある花岳寺(かがくじ)に寄りました。

花岳寺は歴代赤穂藩主の菩提寺で忠臣蔵での関連する展示物が収蔵されている義士宝物館やお墓などがあり、これらは拝観料が必要な奥に集中しています。

拝観料は400円です。

残念ながら今回私は拝観しなかったのですが、後悔しています。

花岳寺に来てこれらを拝観しなかったのは全く訪れた意味がありませんでした。

もう少し下調べをしておくべきでしたね。

花岳寺の前の道を南に行くとお堀端に出ます。

その左手の方に大手角櫓と大手門があり、ここから城内に入ります。

お城全体では拝観料を取る所はなく、門が開いている9時から4時半までは自由に出入りできます。

しかも制限がかかるのは本丸だけです。

 

  播州赤穂駅駅前。

  駅舎は橋上駅舎で地上駅。

P8210008

 

  駅前には当然のように忠臣蔵の主人公の大石内蔵助の像が立っています。

P8210010

 

  南にのびる駅前通り。

P8210016

 

  駅前通りを行き着くとお堀端の大手隅櫓と大手門に。

  向こうが駅です。

P8210021

 

  途中の交差点にある息継ぎの井戸。

  1701(元禄14年)に赤穂藩主浅野長矩(ながのり)が江戸城内で吉良義央(きらよしひさ)に切りつけ、

  それにより浅野長矩(ながのり)は切腹、

  その一報を知らせるための早かごが江戸から赤穂城下に入り二人の藩士が息を継ぐために水を飲んだという井戸です。

  この一報は切り付けたという報告でまだ切腹については知らなかったと言うことでしたか。

  昔は散々浪曲や講談でやってましたが、半分は物語ですからね。

 

  ところで、赤穂の町については忠臣蔵だけではないと副題につけました。

  これは何と言っても赤穂は塩の生産で有名で、城の端にある歴史博物館に行くとその様子が詳らかになります。

  そしてもう一つは上水道が非常に発達した城下町であったということです。

  もともと海沿いにある赤穂では地下水は塩分が含まれていて飲料水にはならない。

  そこで千種川を7kmさかのぼって水をひき赤穂の町に上水道として一戸ずつに配水されたといいます。

  江戸時代の日本三大上水道とも言われています(その他江戸の神田上水、広島の福山上水、中津水道、近江八幡水道等がある)。

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  花岳寺(かがくじ)の山門。

  もと赤穂城の塩屋惣門。

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  花岳寺本堂。

  天井の大額、「竹に虎」の絵は必見。

  本堂に入れば誰でも見れます。

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  左の建物は座禅堂で、その右手にロープが張ってありますがここから奥を有料で拝観できます。

Pict0140

 

  花岳寺の前の道を真っ直ぐ南に行くも良し、いったん東に戻り駅前大通りを南に行くも良し。

  大手隅櫓です。

Pict0144

 

  大手門と大手隅櫓の定番写真です。

Pict0146

  撮影 2010/08/21

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