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2010年11月20日 (土)

垂井町(岐阜県不破郡垂井町)を散策(2) - 真禅院(明冶維新前は南宮大社の神宮寺)の三重塔

 

  美濃国一宮の南宮大社を参拝したあとは境内の北の横門から出て、西に歩くこと約1Kmの朝倉山真禅院を訪れました。

真禅院はもともとは南宮大社の神宮寺でしたが、明治になり神仏習合が廃されて神仏分離の政策が採られたので、南宮神社境内から明治初年に現在の位置に三重塔などが移築されました。

そのうち三重塔や本地堂は1642年に徳川家光による南宮大社再建の一環とし造営されたものです。

南宮大社は関が原の戦いの折に焼失していました。

また三重塔と本地堂と共に重要文化財に指定されている梵鐘は奈良時代から平安前期の制作と推定されています(Wikiより)。

駐車場が前にあり、ちょうど中型の観光バスが訪れて一挙に賑やかになりました。

 

  南宮大社の拝殿を北側から。

  奥の南に横門が見えますがこちらの北側にもあり、ここを北に出ます。

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  真禅院のある西に向かって道路が伸びています。

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  途中に県立不破高校が道を挟むように南北にありますが、その手前から見える南宮山。

  先ほどの拝殿の南の横門から登ることができます。

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  南宮大社からの道は真禅院のまえで北に方向をかえますが、そこにある駐車場からの三重塔。

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  道路が西に突き当たったところにある登り口。

  ここから道路は北に方向を変えます。

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  真禅院の境内。

  そんなに広くはありません。

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  江戸時代前期の造営の本地堂。

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  本地堂と共に重文の三重塔。

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  境内から新幹線と青い屋根の垂井駅が望めます。

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  もうひとつの下り口(登り口)。

  北に向きを変えた道路に下ります。

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  下に降ります。

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  北に歩いて朝倉運動公園に。向こうが真禅院。

  このあとさらに北に歩いて垂井の町並みに入っていきます

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  撮影 2010/11/17

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