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2011年1月

2011年1月31日 (月)

西小倉駅(北九州市小倉北区) - 小倉城への最寄りの駅

 

  西小倉駅は小倉駅の一つ西にある北九州市の駅です。

小倉城を早朝に訪ねて、お城の北にあたる場所にある西小倉駅から次の訪問地である門司港へ向かう途中での写真。

取り敢えず写したという駅撮りです。

JR九州の車両はバラエティーに富んでいてなかなか楽しいものがあります。

 

  西小倉駅。

  小倉城を西に出て、松本清張記念館からまっすぐ北に歩くと駅前に至ります。

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  小倉駅と西小倉駅の間は鹿児島本線と日豊本線の重複区間で、

  博多発の大分方面への特急は一度西小倉駅を通過して小倉駅まで行き、小倉駅でスイッチバックをして再び西小倉駅を経て大分方面に向かいます。

 

  門司港行き普通。乗り損ねました。

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  東の方向にすぐ見えている小倉駅です。

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  5番線から小倉行きが出て行きます。

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  小倉発田川後藤寺行き日田彦山線直通のキハ147形。

  キハ147はキハ47を改造して出力増強を計った車両(Wikiより)ということです。

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  博多発大分行き特急「ソニック7号」。

  一度小倉駅に向かい、再び西小倉駅を経て大分に向かいます。

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  鹿児島本線 門司港発荒尾行き 快速811系。

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  白いソニックの大分発博多行き特急「ソニック10号」885系。

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  撮影 2011/01/05

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2011年1月27日 (木)

阪堺電車(はんかいでんしゃ)住吉公園駅(大阪市住吉区)

 

  前の記事でも書きましたが、大阪市と堺市の間を結んでいる阪堺(はんかい)電車は基本的に二つの路線から成っています。

一つは大阪市浪速区の恵比寿町駅から住吉駅(電停)を経て堺市の浜寺駅前駅までの阪堺線、もう一つは天王寺駅前駅から住吉駅(電停)を経て住吉公園駅までの路線と住吉駅から阪堺線に入り南に向かい我孫子道(あびこみち)駅までの路線が上町線です。

運用は路線とは別に行われていて、朝夕の例外を除いて恵美須町~住吉~我孫子道、天王寺駅前~住吉~住吉公園、天王寺駅前~住吉~我孫子道~浜寺駅前が基本です。

我孫子道(あびこみち)駅は大阪市の南端にある駅で本社と車庫があります。

我孫子道駅から南に大和川を渡ると堺市となります。

 

  住吉大社前の住吉鳥居前駅(電停)付近。

  背中のほうには南海電車の住吉大社駅があります。

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  鳥居前の道の西の奥にある高架の南海電車住吉大社駅。

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  阪堺電車の住吉公園駅は南海電車住吉大社駅の東隣り下にあります。

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  阪堺電車住吉公園駅。

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  天王寺駅前行きが出発して行きます。

  道路に出るとすぐに住吉駅(電停)です。

  そこから恵美須町駅方面と天王寺駅前方面に分かれます。

  住吉駅(電停)は住吉大社前の住吉鳥居前駅(電停)のすぐ北にあり見える距離にあります。

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  空の住吉公園駅ホーム。

  天王寺駅前方面へ行く場合、住吉鳥居前駅からでは座れないと思ったらこの駅からの天王寺駅前行きに乗れば座れる可能性が高いです。

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  撮影 2011/01/06

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2011年1月24日 (月)

阪堺(はんかい)電車(大阪市、堺市)で散策(3) - 通天閣とその界隈

 

  住吉大社を参拝の後、さらに北に向かい通天閣を訪れました。

阪堺電車の北の終点は上町線の天王寺駅前と阪堺線の恵美須町の二つで、住吉大社の住吉鳥居前電停からはどちらにも行くことができます。

通天閣へは阪堺電車が最も最寄りの駅で恵美須町駅から3分、JRは環状線の新今宮駅で10分、その他地下鉄は堺筋線恵美須町駅から徒歩3分、御堂筋線動物園前駅から徒歩10分です。

私の場合は天王寺駅前を久しぶりなのでチョッと覗いてみたいう思いがあったので天王寺駅前行きに乗ってみました。

途中から阿倍野筋という南北の通りに入り路面電車となり、天王寺駅前の交差点前で駅に入ります。

交差点の北東側がJR天王寺駅、南東側が近鉄南大阪線の阿倍野橋駅で地下鉄御堂筋線と谷町線の天王寺駅もあります。

交差点のすぐ北に掘割になっているJRを橋で渡ると再び交差点になっていて、北側左手が天王寺公園、北に行くと右手奥に四天王寺があります。

通天閣とその界隈の新世界は天王寺公園の西側にあたり、交差点から公園の南側の通りを西に歩いて行きスパワールドの手前、交番のあるところで北に折れるとそこから通天閣界隈の雰囲気の通りに入っていきます。

 

  阪堺(はんかい)電車の天王寺駅前駅。

  南に伸びる阿倍野筋(現在は「あべの筋」と書くんですね)。歩道橋の上から。

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  JRの北側の道路。

  実際にはこの道路を来たのではなく、JRの南側の道路を歩いて、やっと北側に渡る踏み切りを見つけて渡ったところです。

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  環状線の外回り、新今宮方面の電車103系。

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  天王寺方面への内回りの201系。

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  「関空、紀州路快速」223系、もうすぐ天王寺駅。

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  南から新世界のジャンジャン横丁に足を踏み入りれます。

  今は活気がありますね。なんといっても昔に比べて若い女性やカップルが多いことですね。

  昔ではちょっと考えられませんでした。

  昔とは戦後の昭和と言う意味で、戦前はやはり東京の浅草のような活気のある街だったそうですが。

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  将棋と囲碁の三桂クラブ、もう少し奥に王将クラブ。

  特に坂田三吉との関係で新世界といえば将棋は切り離せません。

  通天閣下には坂田三吉を称えた王将碑があります。

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  ジャンジャン横丁から角にあるディスカウントショップ、いかにも大阪らしいコテコテ感満載。

  コテコテ感はここからが本番です。

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  少し西に歩いて通天閣への南から。

  さらにコテコテ感はパワーアップして最高潮に。

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  家族連れや女性連れ、若いカップルや外国人(中国人、韓国人等)など様々な観光客で賑わっていました。

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  通天閣への入り口。

  二階に上がってから拝観料(大人600円)を払いさらに上の展望台に。

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  天王寺公園の市立美術館と向こうにJRの天王寺駅。

  このあたりには茶臼山があり大坂城を攻めた大坂冬の陣では家康が本陣を置いたところです。

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  難波パークス方面。

  南海電車の難波駅、地下には近鉄難波駅があります。

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  北西の方向に見えるオリックスバッファローズの本拠地の大阪ドーム。

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  ビリケンさん。

  足の裏を掻くとご利益(ごりやく)があるというので人気に火が点きました。

  もともとはアメリカ生まれとは調べて判りました。

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  新今宮駅。

  JRと南海電車との乗換駅です。

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  通天閣の展望台からの阪堺(はんかい)電車。

  恵美須町駅から出たばかりの電車で右に駅があります。

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  撮影 2011/01/06

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2011年1月21日 (金)

阪堺(はんかい)電車(大阪市、堺市)で散策(2) - 住吉大社

 

  堺市の浜寺駅前駅から堺市内を北上して大阪市と堺市の境界の大和川を渡って大阪市内に入り、住吉大社前の住吉鳥居前電停で降り、住吉大社を参拝しました。

住吉大社はもちろん初めてではなく、以前にも何回も訪れましたが、その時は参拝のためと言うよりも文化財としての神社を見に来たという感じでした。

この日はまだ一月六日で正月の雰囲気があって、チョッとうきうきしたものが有りました。

関西の人はご存知ですが住吉大社は初詣客の多さでは京都の伏見稲荷と並んで有名で、全国的に見てもたいそう多くの初詣客が訪れる神社です。

 

  阪堺電車の住吉鳥居前電停は文字通りj神社のまん前にあります。

  南海電車の住吉大社駅も鳥居前の道路を反対側の奥に行ってすぐのところにあります。

  南海電車は高架駅になっています。

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  神社の鳥居。奥は反橋の太鼓橋。

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  鳥居を入って太鼓橋。

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  太鼓橋の上から。

  道路を渡って奥に南海電車の住吉大社駅が高架であります。

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  太鼓橋を渡って中に入ります。

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  門内に入ると第三本宮と第四本宮が並んでいます。

  そして第三本宮の後ろに第二本宮、第二本宮の後ろに第一本宮と並んでいます。

  各本宮の拝殿、本殿いずれも国宝に指定されています。

  それから正式な参拝順は第一本宮からだそうですが、どうしても第三本宮から手を合わせてしまいます。

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  右が第三本宮、左が第四本宮。

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  第三本宮の後ろにある第二本宮。

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  さらに一番奥に第一本宮。

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  お決まりの横からの太鼓橋。

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  実は阪堺電車上町線の終点駅の住吉公園駅が写真の右手の南海電車の住吉大社駅のそばにあります。

  阪堺電車の路線は区分上は2路線があり天王寺駅前~住吉~住吉公園が上町線、浜寺駅前~住吉~恵美須町が阪堺線となっています。

  そして両路線は住吉鳥居前のすぐ北にある住吉電停(駅)でクロスしていて、

  実際の運行は路線名とは関係なく浜寺駅前から来た阪堺線の電車は住吉駅から上町線に入って天王寺駅前まで運行されたりしています。

  現在(20011年1月現在)では朝夕などの例外を除き、浜寺駅前~住吉~天王寺駅前、住吉公園~住吉~天王寺駅前、恵美須町~住吉~我孫子道が基本的な運行となっています。

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  撮影 2011/01/06

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2011年1月20日 (木)

阪堺(はんかい)電車(大阪市、堺市)で散策(1) - 浜寺から住吉大社まで

 

 

  南海電車の岸和田から羽衣駅まで急行で、羽衣で普通電車に乗り換えて次の浜寺公園駅で下車しました。

駅前の通りを行くと府道204号線に出て、その西側に大きな浜寺公園があります。

現在は浜寺公園の外側には浜寺水道を挟んで埋立地があり工場地帯となっていますが、昔は海水浴場があって今で言う一大レジャースポット(Wikiによる)であったそうです。

南海線の浜寺公園駅から歩いて府道204号線に出ますがこの府道沿いに阪堺電車の浜寺駅前駅があります。

ここからフリー切符を購入して阪堺電車で堺市から大阪市にかけての散策に出発しました。

浜寺駅前から北に向けて(実際には北北東ぐらい)走り、堺市内の宿院(しゅくいん)で途中下車したあと、さらに堺市内をを抜けて、大和川を渡り大阪市内に入ってから再び途中下車して住吉神社を参拝しました。

そして、参拝ののち阪堺電車で天王寺駅前まで行き、電車の乗車はここまででとして、そこから歩いて新世界にある通天閣を訪れました。

九州の大分県杵築市(きつきし)の城下町から始め、大分県日出町(ひじまち)の暘谷(ようこく)城跡、小倉城、門司港レトロ、岸和田城と、フェリーと18切符で巡ってきた旅も大阪通天閣を一連の旅行の締めくくりにして、岐阜を出発してから四日目に岐阜に戻りました。

 

  南海電車の浜寺公園駅。

  現在の駅舎は1907年(明治40年)に建てられたもの。

  国の登録有形文化財に登録されています。

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  駅前の通り。

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  阪堺電車の浜寺駅前駅と府道204号線、向こう側が浜寺公園。

  ここで「のんびりおでかけん」と言う切符を購入しました。

  「のんびりおでかけん」は「阪堺電車の全線1日フリー乗車券+通天閣の入場券」で大人800円、小児400円。

  また全線1日フリー乗車券「てくてくきっぷ」600円が別にあります。

  通天閣の入場料は通常では大人600円です。

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  浜寺駅前から出発。

  1時間に5本の運行数です。

  殆んどが天王寺駅前行き。

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  堺市内。

  南から行くと御陵前(ごりょうまえ)電停あたりから大通り内を走ります。

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  寺地町(てらぢちょう)を出たところ。

  次の宿院(しゅくいん)で途中下車。

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  宿院(しゅくいん)で下車。

  この大きな交差点を北西(左)に行くと南海本線堺駅の南に、

  右の南東方向に行くと南海高野線の堺東駅の南から仁徳天皇陵の北側を通ってJR阪和線の三国ヶ丘駅に到ります。

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  宿院からさらに北に向かい、大和川を渡って大阪市内に入り、

  阪堺電気軌道(これが正式な社名)の本社と車庫がある我孫子道(あびこみち)を過ぎ、

  住吉大社前の住吉鳥居前電停で再び途中下車して住吉神社を参拝。

 

  住吉鳥居前電停にて。

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  撮影 2011/01/06

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2011年1月18日 (火)

南海電車で岸和田城へ(2) - 九州からの帰り(3)

 

  九州からの帰りの最終日は大阪府南部にある岸和田市の岸和田城を訪れました。

JRで堺市の東羽衣まで行き、そこから羽衣駅で南海線に乗り換え、岸和田市にある蛸地蔵駅で下車して歩いて岸和田城へ行きました。

蛸地蔵駅は岸和田駅の次の駅で、目的地の岸和田城へは歩いて10分の距離にあります。

 

  秀吉の頃には岸和田城は紀州攻撃の拠点として用いられ、1584年の岸和田合戦で紀州勢の攻撃を撃退した後、秀吉は翌1585年から紀州征伐を行い泉南の紀州勢の諸城の攻撃から始まり紀州に入り根来寺、粉河寺を落とした後、雑賀、後に紀南までを攻略していきます。

この岸和田合戦での因縁が蛸地蔵で、岸和田側に幸運をもたらした蛸地蔵は近くの天性寺(てんしょうじ)に本尊の一つとして祭られています。

詳しい因縁話はウィキの天性寺の項等を参照してください。

 

  江戸時代の岸和田藩は1640年以降明治まで岡部氏が治めました。

石高は5万3千石でした。

岡部氏はもともとは今川氏の家臣で後に武田氏、徳川氏に仕えて家運を開き、譜代大名として岸和田藩を治めました。

全国的に有名な岸和田だんじり祭りは三代目の長秦(ながやす)が伏見稲荷を城内に勧請し、五穀豊穣を祈願して稲荷祭りを行ったのが起源だそうです。

 

  蛸地蔵駅。

  現駅舎は1925年(大正14年)竣工。

  ステンドグラスのある駅舎で、ステンドグラスには岸和田合戦の模様が描かれているそうですが、資料をしらべて初めて知りました。

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  岸和田高校の横から視界が開けるとお城全体が目に飛び込んできます。

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  お城と対面して岸和田高校の校舎があり、その下の道路から。

  岸和田高生は毎日校舎から岸和田城を眺めているのですね。

  でも、この年頃でお城の価値を感じている高校生などはいないと思いますが。

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  多聞櫓。ここから本丸に入ります。

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  模擬天守と小天守。

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  天守入り口の階段から見下ろして。

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  西側からの岸和田城。

  岸和田城で現存しているのは石垣とお堀のみで、他は後の建築です。

  ここから後ろに少し行った道路沿いにはだんじり祭りのだんじりや祭りの様子が展示されている「だんじり会館」があります。

  すぐのところにあり、無料ですから気軽に訪れましょう。

  私は以前に入っているので今回はパスしました。

  なお岸和田城天守閣拝観は300円(中学生以下は無料)です。

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  蛸地蔵駅にて。北に戻ります。

  普通で岸和田駅、急行で岸和田駅から羽衣駅、羽衣駅から普通でひと駅の浜寺公園駅に向かいます。

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  浜寺公園駅。

  現駅舎は1907年(明治40年)のもの。

  1998年、国の登録有形文化財に登録。

  蛸地蔵駅といい浜寺公園駅といいなかなかの文化財駅舎です。

  このあと阪堺(はんかい)電車の浜寺駅前駅に行きます。

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  撮影 2011/01/06

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2011年1月16日 (日)

南海電車で岸和田城へ(1) - 九州からの帰り(2)

 

  朝の5時に高松からのジャンボフェリー深夜便で三ノ宮の神戸港に着いて、歩いて15分のJRの三ノ宮駅へ。

ここから今冬最後の青春18切符の5枚目を使用します。

各駅停車で大阪駅、さらに環状線で天王寺へ向かい天王寺駅からは阪和線の快速に乗り換えました。

ラッシュ時の快速で鳳(おおとり)までの短区間での快速です。

途中停車駅は堺市駅のみで、鳳駅では折り返しの快速になりすぐに乗客を乗せて出発して行きました。

鳳駅からは西方向に羽衣線(正式には阪和線に含まれる)が東羽衣駅まで伸びていて、東羽衣駅からは歩いてすぐの羽衣駅で南海線に乗り換えることができます。

南海線の羽衣駅は急行停車駅なので岸和田駅までを急行で、岸和田駅から普通に乗り換えて蛸地蔵という駅で降りると、そこから歩いて10分で岸和田城に行けます。

 

 

  阪和線上りホームの4番線から羽衣線5番線に待機の103系3両編成。

  羽衣線に途中駅はありません。

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  左の柵には6番線があった頃の名残が。

  JR阪和線と南海電車を直接結ぶ路線で、この時間帯はそこそこのお客さんです

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  東羽衣駅にて。

  鳳(おおとり)駅では地上駅ですが、ほぼ全線が高架線です。

  一編成で折り返し運転します。

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  東羽衣駅のホームの端っこから見下ろした南海線の踏み切り。

  踏み切りの左手(南)に羽衣駅ホームがあります。

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  踏切からJRの東羽衣駅。

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  羽衣駅にて。

  急行に乗りたいので普通はやり過ごし。

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  岸和田駅にて。

  乗ってきた関空急行が去っていきます。

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  この普通電車に乗った訳ではないのですが、岸和田駅で普通に乗り換えます。

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  そして一つ目の蛸地蔵(たこじぞう)駅。

  岸和田城までは歩いて10分です。

  駅名の由来は近くにある天性寺のお地蔵さんです。

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  撮影 2011/01/06

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2011年1月15日 (土)

門司港駅から門司、下関、岩国へ - 九州からの帰り(1)

 

  門司港の観光で九州での予定も終り、ここから長距離移動となる帰途につきました。

とは言え、18切符ではこの日のうちには岐阜まで帰る事はできず、一度四国の高松まで行きジャンボフェリーの深夜便で一夜をやり過ごしました。

最終日は関西で予定を未定にしておいて、その後岐阜に帰るということで予定を組んでいます。

最終日の予定は体力、気力次第でしたが、実際にはかなりの余裕が残っていたので、南海電車で岸和田城、阪堺電車で住吉大社から天王寺で通天閣等を回り、結局一日中大阪近辺を鉄道を使ってウロウロしました。

もっとも大阪は殆んどが大阪在住の頃に行ったところばかりでしたが、ただ唯一阪堺電車を全面的に利用したのは初めてでした。

 

  まだ門司港駅。

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  門司駅で下関行きに乗り換え待ち。

  やってきたのは門司港行きですが、この後下関行きが来ます。

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  下関駅に到着。

  117系がいたのにはちょっとビックリ。下関で117系を見たのは初めて。

  もちろん私が知らなかっただけの話ですが。

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  山陰線の小串行きキハ47系普通。

  そろそろこの系統は淘汰されていくのでは、特にJR東海なんかでは早い内になくなりそうですね。

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  岩国駅。

  岩国で最大1時間50分の時間がとれるとわかり、日が暮れる中、バスで錦帯橋へ行ってみました。

  岩国駅から錦帯橋までバスで20分、往復で40分。

  結局錦帯橋滞在はわずか20分で帰りのバスに。

  ちなみにバス料金は片道240円でした。

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  着いた頃にはもう暗くなり始めていました。

  錦帯橋を渡るのには300円が必要なんですがもう職員さんは帰ったあとでした。

  通路は開放されていて、料金箱は設置されていましたが実質志納状態でした。

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  向こうに渡っても仕方がないので川原に下りて。

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  錦帯橋の岩国駅方面へのバスのりば。

  この写真でこの日はカメラを収めて、次の写真は翌日の堺市の鳳駅となりました。

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  撮影 2011/01/05

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2011年1月14日 (金)

門司港駅と九州鉄道記念館 - フェリーと18切符で九州へ(10)

 

  九州1日目は大分県の杵築の城下町と日出町(ひじまち)の暘谷(ようこく)城址を訪れ、その日のうちに取って返して小倉で一泊、あくる日二日目は朝のうちに小倉城を訪れそのまま西小倉駅で電車に乗り込み門司港駅にやって来ました。

門司港を訪れたのは今度が三度目で、二度目は時間つぶしで喫茶店でぶらぶらしただけの印象の無い訪問でしたが、最初に訪れた時は夏の夕方で暮れていく空と街の照明が徐々に明るさを増していく門司港レトロのその雰囲気は素晴らしいもので、ベンチで長い間佇んでいたのを思い出します。

今回はそのときとは真逆で天気は悪いしあちこちで工事中という最悪の状態で、門司港レトロはもう放っといて、さっさと駅前に戻り2003年にできた九州鉄道記念館に行ってきました。

九州鉄道記念館は旧九州鉄道本社の本館、車両展示場、ミニ鉄道公園の三エリアからなっています。

この日は冬休みという事で子供連れの家族が多く訪れていました。

電車の運転シュミレーターではお父さんが子供そっちのけで思わず頬が緩みました。

 

  門司港駅駅舎。

  1914年(大正3年)1月の建築の木造駅舎。

  国の重要文化財。

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  5番線折り返し博多行き普通817系。

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  手前4番線は813系。

  JR九州は電車の形式がわかりやすくて便利です。

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  九州の鉄道起点を示す0哩(マイル)標。

  駅は2面4線で3番線は無く左から1、2番、4、5番線の順にあります。

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  駅舎内は業務地域以外は全部では無いですが見学できます。

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  駅舎の南のバス乗り場の方から九州鉄道記念館に歩いていきます。

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  隣接する車両基地(門司港運転区)。

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  トロッコ列車で運行される門司港レトロ観光線の九州鉄道記念館駅のホーム。

  冬場は定期運行はありません。

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  九州鉄道記念館入り口。

  大人300円(中学生以下150円、4歳未満無料)です。

  またミニ鉄道公園のミニ列車1台1回につき300円。

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  本館内1階。

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  旧九州鉄道本社の本館。

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  撮影 2011/01/05

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2011年1月13日 (木)

小倉城(福岡県北九州市小倉北区) 早朝に駆け足で - フェリーと18切符で九州へ(9)

 

  早朝に小倉駅前の小倉モノレールを見学して、小倉駅からは南西の方向にある小倉城を訪れました。

もう少し時間が遅ければ小倉城天守閣、小倉城庭園、松本清張記念館の三ヶ所をまとめて見れたのですが残念でした。

庭園からの天守閣を写したかったですね。

取り敢えず小倉祇園八坂神社に入り、東に通り抜けして城内には東から入り西の松本清張記念館に出ました。

そこから少し北に歩けばすぐに西小倉駅です。

小倉城に隣接して北九州市役所があるのですが、通勤者は殆んど西小倉駅から流れていました。

 

  小倉駅前。

  小倉モノレールが真南に伸びています。

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  北側からの天守閣。

  なお、小倉藩の立藩は細川忠興で細川家二代の後小笠原家15万石で明治まで続きました。

  幕末から明治初めまではちょっと複雑で長州征伐との絡みで藩庁を移さざるをえなくなり豊津藩として廃藩置県にいたりました

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  小倉祇園八坂神社。

  ここ、北から入って東に抜けられます。

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  八坂神社を東に抜け出て北東からの天守閣。

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  東側から城内に入りました。

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  城内に入ったところ。

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  城内からの天守閣。

  時間が早いので登ることはできませんでした。

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  西から城外にでると松本清張記念館があります。

  天守閣、庭園、清張記念館の三ヶ所共通拝観券があり700円です。

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  櫓をかたちどった漬物処「糠蔵」。

  お漬物の販売所とか。

  城内では気付きませんでした。

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  お城の北側の道路。先ほどの八坂神社の入り口があります。

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  北に少し歩くと西小倉駅の前に出ます。

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  撮影 2011/01/05

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暘谷駅(ようこくえき) 日豊本線 大分県速見郡(はやみぐん)日出町(ひじまち) - フェリーと18切符で九州へ(8)

 

  暘谷駅(ようこくえき)は大分県日出町(ひじまち)の日豊本線の駅で、近くには江戸時代を通じてこの地を治めた日出藩(ひじはん)木下家3万石(のち5千石分地で2万5千石)の居城であった日出(ひじ)城址があります。

杵築の城下町を巡ったあと、杵築駅から10分の暘谷駅(ようこくえき)には午後3時頃に降り立ちました。

小倉、杵築寄りの隣に別に日出駅がありますが、町役場や町の中心はこちらの暘谷駅が最寄りです。

とは言え暘谷駅はいたってシンプルで複線の両側に対面式ホームがあるのみです。

ちなみに小倉側の隣の日出駅から大分駅までは複線区間となっています。

 

  暘谷駅(ようこくえき)。

  駅員さんがいらっしゃいました。

  城跡がある南側から。

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  大分発博多行き特急「ソニック38号」の接近。

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  小倉発南宮崎行き特急「にちりん21号」 暘谷駅通過。

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  柳ヶ浦行き普通815系。

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  柳ヶ浦行き普通 暘谷駅停車。

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  博多発大分行き特急「ソニック33号」 暘谷駅通過。

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  撮影 2011/01/04

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2011年1月11日 (火)

日出(ひじ)城跡(暘谷(ようこく)城跡) 大分県速見郡(はやみぐん)日出町(ひじまち) - フェリーと18切符で九州へ(7)

 

 

  杵築駅から別府、大分方面に10分で暘谷(ようこく)駅に着きました。

町の名前のついた隣の日出(ひじ)駅は日豊本線開業当初からあった駅ですが、町役場や町の中心部はお城跡のある暘谷(ようこく)駅が最寄の駅です。

暘谷駅は複線の線路の両側に対面式のホームがあるだけの、いたってシンプルな構造になっています。

駅の南側に2,300m歩くと日出(ひじ)の城跡があります。

本丸の石垣とお堀、天守台などがかなりの規模で残っています。

そして、その敷地をほぼ日出小学校が占めています。

ぐるりとある石垣の上に小学校があるので、まるで「日出小学校城」みたいです。

お城跡の海に面した南側は城下公園として整備されていて、遊歩道やベンチなどが設置されており、目の前に広がる別府湾の素晴らしい景色を楽しむことができます。

 

  シンプルな暘谷(ようこく)駅。

  日出(ひじ)城を別名暘谷(ようこく)城というのは、

  三代藩主の木下俊長が中国の古書の淮南子(えなんじ)から引用して名づけたと言われています。

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  今年(2011年)の3月のダイヤ改正で定期列車としての運行を終了する485系 大分発小倉行き特急「にちりん92号」、暘谷駅通過。

  右が小倉方面。

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  駅からは上り道で、住宅街に入っていくと右側に藩校の建物の致道館があります。

  工事中という感じでちょっと乱雑なたたずまいでした。

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  下の図は「余湖くんのお城のページ」というHPからの引用です。

  出典元が明記されていれば転載が可なので引用させていただきました。

  この図の本丸の石垣と本丸周りのお堀がほぼ残っています。

 

  日出藩は豊臣秀吉の正妻の高台院(おね)の兄の木下家定の三男の木下延俊(のぶとし)が藩祖。

  関ヶ原の戦いでは東軍に付き家康から日出(ひじ)3万石で封じられました。

  2代目の俊治(としはる)の時に弟に5千石を分地して2万5千石、明治まで他に移ることなくこの地を治めました。

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  致道館からさらに行くと石垣に沿って海岸の方に下りていく道から本丸西側のお堀に入れます。

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  右側が本丸で、南から北の道路の方をのぞみます。

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  上の写真の本丸西側のお堀を道路側の北から海の方を。

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  お堀を海側から歩いて突き当たった本丸の北側の道路沿いのお堀。

  小学校の正面玄関をのぞんで。

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  小学校正面玄関の石垣の下のトンネル部分を抜けて道路に上がったところです。

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  小学校玄関先の碑。

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  お城の裏門にあたる裏門櫓あとにある「時の鐘」。

  ここから小学校のグラウンドへの入り口にもなっています。

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  さらに海側に。

  石垣の下には犬走りがあり、そこからも行けますが、お堀に沿った東側の道路を下ります。

  道路の東側にある中学校のグラウンドは二の丸の一部です。

  正面の石垣が天守台の石垣。

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  海側に回り込み小学校のグラウンドに上がり天守台へ行きます。

  この日は冬休みなので普段であるならロープで立ち入り禁止になっている筈です。

  ロープは横に移動され通路は開放されていました。

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  登り口。

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  グラウンド内にある天守台。

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  天守台への階段。

  普段でしたらここも小学生が登らないように囲いがしてあったろうと思われる棒などが横にありました。

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  天守台から別府湾。

  なかなか雄大な眺めです。

  こんな小学校は羨ましいですね。

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  「城下カレイ」で有名な当地ですが海にある定置網はそのカレイの網でしょうか。

  頂上部が雲に覆われた由布岳?

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  こんもりとした山が高崎山で手前の町なみは別府市のようです。

  高崎山の左手の大分市も望めます。

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  暘谷(ようこく)駅にて。

  18時過ぎの電車で小倉まで戻ります。

  今晩は小倉で一泊です。

  杵築と日出のお城と城下町を駆け足で回った一日でした。

  電車は暘谷(ようこく)駅発17時40分の佐伯行き普通 815系2両編成。

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  撮影 2011/01/04

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2011年1月10日 (月)

杵築の城下町(大分県杵築市(きつきし)) 南台から再び北台へ - フェリーと18切符で九州へ(6)

 

 

  杵築の城下町の記事も今日で最後です。

南台武家屋敷の見所の中根邸、一松邸、「きつき城下町資料館」を拝観し終わって、南台に上って来た「志保屋の坂」に戻りました。

ここから全部下りるのではなくて、南台の端を西に歩いて「飴屋の坂」まで行き、そこから谷あいの道路に下ります。

南台はまだ西に続くのですが、このあたりで切りをつけました。

 

  この城下町は本当に全部周ろうとすると1日以上かかってしまうほどの面白さがあります。

ただ、今日は最低限の見所は、佐野家を除いて拝見できました。

 

  さて、「飴屋の坂」から道路に下りて、その向かいにある「岩鼻の坂」を上って北台に戻り、北台武家屋敷の「酢屋の坂」の四つ辻を北に行き、最後に「番所の坂」を訪れました。

そして杵築バスターミナルからバスで杵築駅に戻り、次に訪れる暘谷(ようこく)への電車に乗り込みました。

杵築バスターミナルに着いたのが9時半前、杵築駅行きのバスに乗ったのが14時半ごろで、杵築の城下町には約5時間の滞在でした。

杵築城が工事中でなかった場合であればということを考慮すれば、あと2時間プラス食事の時間が必要でした。

 

  南台の「志保屋の坂」から北台の「酢屋の坂」をのぞみます。

  「酢屋の坂」を向こう側(北)に行くと「番所の坂」があります。

  手前の「志保屋の坂」の途中、左の方向に道がありますね。

  ここを歩いて「飴屋の坂」まで行きました。

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  「飴屋の坂」。

  向こう側が北台で向こうに小さく見える坂が「岩鼻の坂」です。

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  「飴屋の坂」を下から。

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  北台の「岩鼻の坂」から。

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  「酢屋の坂」と大原邸との四つ辻に戻ってきました。

  奥が北台の武家屋敷の磯矢邸や能見邸などがあり、「勘定場の坂」から下に降りると杵築城のある城山の登り口があります。

  右側はすぐ「酢屋の坂」。

  これを左に歩いて「番所の坂」に向かいます。

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  北浜口番所と「番所の坂」。

  横には車の通れる道路があります。

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  「番所の坂」を下から。

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  「番所の坂」を最後に杵築バスターミナルに戻りました。

  待合所のコインロッカーの荷物を収容して14時29分発のバスで杵築駅に。

  そして14時44分の佐伯行き電車に乗り込み次の訪問地の日出(ひじ)城跡のある暘谷(ようこく)駅に向かいました。

  前の記事にも書きましたが杵築駅と杵築バスターミナル間のバス料金は280円です。

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  暘谷駅(ようこくえき)にて。

  別府、大分方面に去っていく811系4両編成 佐伯行き普通電車。

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  撮影 2011/01/04

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2011年1月 9日 (日)

杵築の城下町(大分県杵築市(きつきし)) 南台武家屋敷 - フェリーと18切符で九州へ(5)

 

  杵築城が工事中で、やむなく城山を下り、下り口すぐの「勘定場の坂」を上り北台の武家屋敷を巡り、「酢屋の坂」までやってきました。

このあと、この北台にある「酢屋の坂」から南に一度下りて、道路を渡って反対側の「志保屋の坂」を上り、南台にある中根邸、「きつき城下町資料館」、一松邸を訪れました。

実はこの南台の西の方向には寺町があり、北台の佐野家と共に訪れる予定でいましたが、時間的に無理と判断して今回は諦めることとなりました。

 

  城下町散策マップ。

  城山の登り口にあります。

  北台への「勘定場の坂」は赤色の「現在地」からすぐです。

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  北台の「酢屋の坂」から南台の「志保屋の坂」をのぞみます。

  南の方から晴れ間がのぞいて来ています。

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  谷あいの道路を渡り南台の「志保屋の坂」から北台の「酢屋の坂」を。

  南台からは順光であることが良くわかる光の加減です。

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  南台の「志保屋の坂」からの家老丁という道に面してある家老屋敷の中根邸。

  無料で自由に拝観できます。

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  中根邸の前の家老丁はすぐに尽きて、右に行くと南台武家屋敷の奥に進み、その突き当たりに寺町があります。

  左には門があり(写真の門、家は中根邸)、こちらには「きつき城下町資料館」、一松邸、展望台があります。

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  「きつき城下町資料館」の入り口。

  奥には杵築城や八坂川の河口と杵築大橋、守江湾、遠くは四国の佐田岬までが眺望できる展望台があります。

  展望台への途中右側への階段を上がると一松邸。

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  「きつき城下町資料館」、受付のある1階ロビーに展示されている天神祭りの御所車。

  これ以外は写真はちょっとという感じでしたので他の写真はありません。

  杵築の江戸時代の城下町をジオラマで再現してあるのはとても判りやすかったです。

  その他特産品の豊後表(ぶんごおもて  このあたりで作られた畳表(たたみおもて)のこと)に関する展示とかは興味深かったです。

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  一松邸。

  一松氏は昭和の前期に国会議員として各大臣を歴任した政治家。

  この邸宅は昭和2年から2年間かけて建てられたそうです。

  職員の方に邸内全部を案内説明していただきました。

  今ではこれだけのしっかりとした木材を調達するのは困難では無いのかと思うほどの作りでした。

  職員さんの説明が無ければ全く気付くことなく帰っていました。

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  一松邸内からの杵築城。

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  展望台からの杵築城。

  左手一番遠くに見えるのが四国の佐田岬だそうです。

  一松邸の職員さんに教えていただきました。

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  撮影 2011/01/04

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2011年1月 8日 (土)

北九州高速鉄道(小倉モノレール) 北九州市小倉駅 - フェリーと18切符で九州へ(4)

 

  大阪南港から名門大洋フェリーで新門司港へ渡り、門司駅から2時間かけて大分県の杵築市に至り、杵築市、日出町を観光して再び日豊本線で小倉駅に戻り、小倉で一泊しての朝の小倉モノレール。

前日の夜は隣の平和通駅まで100円ということで、ホテルまで歩くつもりでしたが一駅だけですが乗ってみました。

正式には北九州高速鉄道というのですね。

 

  小倉駅前の歩道橋から。

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  モノレールの駅はJR小倉駅の中にあります。

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  モノレール駅の改札。

  反対側にJRの改札があります。

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  すぐに平和通駅が見えます。

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  一つ目の平和通駅。100円でした。

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  撮影 2011/01/05

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杵築の城下町(大分県杵築市(きつきし)) 北台武家屋敷 - フェリーと18切符で九州へ(3)

 

 

  大分県にある杵築市(きつきし)の杵築藩は1632年に小笠原氏で立藩され、小笠原氏が一代で去ったあと豊後高田藩から能見(のみ)松平家が3万2千石で入り明治維新まで続きました。

能見(のみ)松平家は松平宗家三代目の信光の八男光親を祖とする家柄になるそうで、ちなみに松平宗家九代目が徳川家康になります。

 

 

  さて、杵築の城下町はお城のある城山(江戸時代には天守はなかったそうです)と北台、南台という二つの高台に武家屋敷が並び、北台と南台の間の谷間部分に商人が居住し、その他寺町などや漁業者の住む地域などで構成されていたそうです。

このあたりの様子は南台にある「きつき城下町資料館」で詳しく知ることができます。

運が良ければ職員の方に直接に案内説明をしていただけます。

今回は正月明けで観光客も多くはなかったのでしょうか、私は全ての拝観場所で直接職員の人に説明して頂きました。

 

  城山に登る入り口にあった散策マップを昨日に続きアップしておきます。

  上が南で下が北なので、下の台地がが北台です。

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  城山に登る入り口で上のマップの説明板があり、赤で現在地としてある場所です。

  左がバスターミナル、右が北台への「勘定場の坂」です。

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  「勘定場の坂」から北台武家屋敷にあがります。

  残念ながら天気は良くなく時々時雨れて肌寒かったです。

  石畳が濡れていて雰囲気は良いですね。

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  「勘定場の坂」、磯矢邸の前から下を。

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  すぐに磯矢邸があり、ここで共通拝観券を購入しました。

  杵築城が工事中なので現在は暫定的な料金で600円でした(小、中生300円)。

  お城の工事前の共通拝観券は890円だった筈ですが、工事終了後は幾らに設定されるのでしょうか。

  共通拝観券で入場できるのは磯矢邸、大原邸、佐野家(以上北台)、

  「きつき城下町資料館」、一松邸(以上南台)、

  重光家(杵築駅とバスターミナルとの間ぐらいで車は勿論バスでも行けます)の六ヶ所です。

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  北台武家屋敷の奥の方を望みます。

  観光客もいますが居ないところを見計らって写しています。

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  奥(西)に向かって右側にある藩校の門。

  中の敷地にトイレがあります。

  敷地の向こう側は杵築小学校です。

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  藩校の門と反対側にある能見邸。

  藩主の能見松平家の一族の邸宅で寄贈をされて大改修の末去年2010年4月から一般公開となったそうです。

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  大原邸。

  上席家老屋敷で堂々とした大きさです。

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  大原邸玄関。

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  大原邸内庭園。

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  大原邸の西で四つ辻になります。

  まだ奥がありますがあとは一般的な住宅で、ここにはタクシーが観光客を乗せてきます。

  手前が「酢屋の坂」で向こうの高台が南台です。

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  「酢屋の坂」をいったん下りて南台に向かいます。

  坂を下から見上げたところ。

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  撮影 2011/01/04

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2011年1月 7日 (金)

杵築城 工事中 - フェリーと18切符で九州へ(2)

 

  名門大洋フェリー大阪南港発第1便で新門司港には1月4日の朝5時半定刻に着岸しました。

連絡バスで門司駅まで20分、小倉駅まではさらに20分で到着しますが、私は門司駅で下車しました。

バスは立ち客は無く、前回の夏の旅行での立ち客で満員であったときとは大きな違いでした。

この後、門司駅発6時31分の下関始発大分行きの415系4両編成の電車でひたすら大分県の杵築駅まで乗車しました。

杵築着が8時41分で所要が2時間ちょっと。

 

  前回、杵築を訪れたのは1998年で、当時はお城だけが目的であったので城下町を全部見ることができなくて、随分心残りで帰った思い出があります。

この1998年には大阪から夜行列車「ムーンライト松山」で松山に朝早く着き、松山市、宇和島市を観光して八幡浜市で一泊。

翌日は朝早くに八幡浜港から臼杵港にフェリーで渡り臼杵市、大分市を観光して大分市で一泊して、そのあくる日に杵築を訪れたのが初めてでした。

  その当寺の杵築の印象は、お城はともかくこれだけの城下町の雰囲気が残っている町は少ないのではと思ったのと同時にやはり宣伝不足なのではと思いました。

 

  杵築駅に到着。

  当駅で4分間停車です。

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  杵築駅駅舎。

  市内中心部へはバスで20分です。

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  中心部にある杵築バスターミナル行きのバス。

  杵築駅前と杵築バスターミナル間は所要約20分で運賃は280円でした。

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  市内中心部にある杵築バスターミナル。

  大分などへもバスが出ています。

  待合室、切符券売窓口があります。

  また、コインロッカーがあり(あまり使われている様子が無かった)、ここで200円で身軽になりいよいよ散策始まり。

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  城下町散策マップ。

  大体ですが上が南、下が北の散策マップです。

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  杵築城のある城山に登りますが途中に青筵(せいえん)神社が鎮座しているので、鳥居がお出迎え。

  神社の創建は昭和11年と新しい。

  筵は「むしろ」で江戸時代から日出(ひじ)藩、杵築藩、国東などで青筵の生産が活発に行われて、豊後地方の特産品として有名だそうです。

  このあと訪れた「きつき城下町資料館」で少しだけですが学んできました。

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  城山にある青筵(せいえん)神社。

  生産に功のあった杵築藩主や日出(ひじ)藩主、府内(現在の大分)の商人などが祭神として祭られています。

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  もうすぐ、と思ったのですが。

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  ええーっ!

  やむなく引き返しました。

  サイトでなぜ事前に気がつかなかったのでしょうか。

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  南台にある展望台からの杵築城と守江湾の眺め。

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  大きくすると天守閣には鉄パイプの足場がはっきりと見えます。

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  撮影 2011/01/04

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フェリーと18切符で九州へ(1) - 名門大洋フェリーで

 

  大阪南港発の名門大洋フェリー第一便で17時に出発。

船室は特2等洋室でした。

現在、高速道路無料化等への対策として名門大洋フェリーではランクアップキャンペーンとして2等洋室の料金で特2等洋室が使用できます。

2等洋室の運賃は7600円、それに対して特2等洋室B(第1便船)の運賃が8300円、特2等洋室A(第2便船)が運賃8800円です(いずれも通常期運賃)。

したがって今回は特2等洋室Bを選択、さらにインターネット割引が2割引きなので6080円での利用となりました。

8人部屋の2段ベッドですがカーテンでプライバシーは確保できました。

12人部屋もあったみたいです。

結局この日は私の8人部屋の利用者は5人でしたが、二人は相談して出て行ってしまい(設備が不満だったのか)、最後まで3人でした。

備品はスリッパと毛布、そしてコンセントが各ベッドにひとつ、TVは共用でした。

今回は冬の利用で早々に暗くなってしまいすぐにベッドに潜り込みました。

 

  岐阜から大阪まで18切符1枚使用で、

  西梅田から地下鉄四つ橋線で住之江公園、南港ポートタウン線乗換えでフェリーターミナル下車。

  住之江公園駅にて。

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  フェリーターミナル駅にて。

  住之江公園駅からの所要は約8分です。

  そういえばこのニュートラムは乗務員の全くいない無人運転の乗り物です。

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  駅からの長い通路。

  かもめ埠頭へはこの通路の途中で降りて(案内あり)そこのバス停から。

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  この日乗船した第1便。

  第1便は新門司港に5時半に到着します。

  徒歩旅行者のための連絡バスは5時40分出発で門司駅北口までは20分、小倉駅北口まではさらに20分と見積もっておけば無難です。

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  手前に待機する第2便。

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  冬の便はすぐに暮れてしまいますし、何よりも寒いです。

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  撮影 2011/01/03

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2011年1月 3日 (月)

木津駅(京都府木津川市) - 奈良線、関西本線、片町線(学研都市線)

 

  去年(2010年)の年末の木津駅。

この日は京都から奈良線「みやこ路快速」で木津駅までやって来ました。

片町線(学研都市線)の起点駅で1時間に2本、30分おきに折り返しで出発して行きます。

また、関西本線は加茂駅までが電化区間で三重県亀山方面へは加茂駅乗り換えでキハ120気動車で行きます。

 

  京都駅、奈良からの「みやこ路快速」221系が到着。

  折り返して奈良行きで木津まで乗車。

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  木津駅1番線から宝塚行き207系快速が出発。

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  片町線は木津駅を出るとすぐに大きく左にカーブしていきます。

  同じく207系宝塚行き快速。

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  加茂駅からの奈良、天王寺方面への「大和路快速」221系。

  天王寺からは環状線を一周して天王寺に戻ってきます。

  したがって、大阪駅まで直通運転になります。

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  加茂駅に向かう「大和路快速」の後ろ。

  中央が奈良線の線路です。

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  片町線、木津駅に到着の207系。

  1番線に入り折り返します。

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  撮影 2010/12/28

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2011年1月 2日 (日)

謹賀新年 2011年 - 岐阜市内からの伊吹山

 

  あけましておめでとうございます。

今日、2011年1月2日の岐阜市内の様子です。かなり寒いですが良く晴れていました。

 

  なつかしいマウスパッドの上に鏡飾りですが、お餅ではなく砂糖が入っています。

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  JR岐阜駅の駅前空中歩道(正式にどう言うかは知らない)から。

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  JR岐阜駅前北側の3本の駅前通りの内、真ん中の金華橋通り。

  他に名鉄岐阜駅前のバス停がある長良橋通り、忠節橋通りがあります。

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  岐阜市内から見える雪化粧の伊吹山。

  岐阜市からはほぼ西の方向です。

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  同じく伊吹山。

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  撮影 2011/01/02

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