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2011年1月18日 (火)

南海電車で岸和田城へ(2) - 九州からの帰り(3)

 

  九州からの帰りの最終日は大阪府南部にある岸和田市の岸和田城を訪れました。

JRで堺市の東羽衣まで行き、そこから羽衣駅で南海線に乗り換え、岸和田市にある蛸地蔵駅で下車して歩いて岸和田城へ行きました。

蛸地蔵駅は岸和田駅の次の駅で、目的地の岸和田城へは歩いて10分の距離にあります。

 

  秀吉の頃には岸和田城は紀州攻撃の拠点として用いられ、1584年の岸和田合戦で紀州勢の攻撃を撃退した後、秀吉は翌1585年から紀州征伐を行い泉南の紀州勢の諸城の攻撃から始まり紀州に入り根来寺、粉河寺を落とした後、雑賀、後に紀南までを攻略していきます。

この岸和田合戦での因縁が蛸地蔵で、岸和田側に幸運をもたらした蛸地蔵は近くの天性寺(てんしょうじ)に本尊の一つとして祭られています。

詳しい因縁話はウィキの天性寺の項等を参照してください。

 

  江戸時代の岸和田藩は1640年以降明治まで岡部氏が治めました。

石高は5万3千石でした。

岡部氏はもともとは今川氏の家臣で後に武田氏、徳川氏に仕えて家運を開き、譜代大名として岸和田藩を治めました。

全国的に有名な岸和田だんじり祭りは三代目の長秦(ながやす)が伏見稲荷を城内に勧請し、五穀豊穣を祈願して稲荷祭りを行ったのが起源だそうです。

 

  蛸地蔵駅。

  現駅舎は1925年(大正14年)竣工。

  ステンドグラスのある駅舎で、ステンドグラスには岸和田合戦の模様が描かれているそうですが、資料をしらべて初めて知りました。

Dsc01165

 

  岸和田高校の横から視界が開けるとお城全体が目に飛び込んできます。

Dsc01166

 

  お城と対面して岸和田高校の校舎があり、その下の道路から。

  岸和田高生は毎日校舎から岸和田城を眺めているのですね。

  でも、この年頃でお城の価値を感じている高校生などはいないと思いますが。

Dsc01169

 

  多聞櫓。ここから本丸に入ります。

Dsc01186

 

  模擬天守と小天守。

Dsc01191

 

  天守入り口の階段から見下ろして。

Dsc01193

 

  西側からの岸和田城。

  岸和田城で現存しているのは石垣とお堀のみで、他は後の建築です。

  ここから後ろに少し行った道路沿いにはだんじり祭りのだんじりや祭りの様子が展示されている「だんじり会館」があります。

  すぐのところにあり、無料ですから気軽に訪れましょう。

  私は以前に入っているので今回はパスしました。

  なお岸和田城天守閣拝観は300円(中学生以下は無料)です。

Dsc01208

 

  蛸地蔵駅にて。北に戻ります。

  普通で岸和田駅、急行で岸和田駅から羽衣駅、羽衣駅から普通でひと駅の浜寺公園駅に向かいます。

Dsc01210

 

  浜寺公園駅。

  現駅舎は1907年(明治40年)のもの。

  1998年、国の登録有形文化財に登録。

  蛸地蔵駅といい浜寺公園駅といいなかなかの文化財駅舎です。

  このあと阪堺(はんかい)電車の浜寺駅前駅に行きます。

Dsc01216

  撮影 2011/01/06

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