« 樽見鉄道の旅 - 北方町(岐阜県本巣郡北方町 きたがたちょう)を散策(1) | トップページ | 樽見鉄道の旅 - 北方町(岐阜県本巣郡北方町 きたがたちょう)を散策(3) »

2011年2月28日 (月)

樽見鉄道の旅 - 北方町(岐阜県本巣郡北方町 きたがたちょう)を散策(2)

 

  大垣駅から樽見鉄道で20分足らずの北方真桑(きたがたまくわ)駅に到着し、レールバスが去るの見届けてから歩いて北方町に入りました。

名鉄揖斐線が2005年に廃止されてからは北方町の最寄の鉄道駅は隣りの本巣市に位置する樽見鉄道の北方真桑駅のみとなりました。

駅から歩いて数分で本巣市の東にある北方町に入ることができます。

昨日は名鉄の旧美濃北方駅と名鉄揖斐線の廃線跡の写真を上げましたが、そこからさらに東に商店街を歩いていくと南北に伸びる百年記念通りに出ます。

南に行くと北方町役場や北方バスターミナルがありますが、反対の北に歩くと当地の北方城を本拠地としていた安藤守就(あんどうもりなり 美濃斎藤氏の有力な家臣で稲葉良道(一鉄)、氏家直元(卜全)と共に西美濃三人衆と呼ばれていましたが斎藤龍興の代に相次いで織田信長方に寝返り、稲葉山城(岐阜城)落城後は織田家家臣として各地を転戦しました)の戦死の地跡があります。

信長に従って各地を転戦していた守就(もりなり)は1580年に突然武田家との内通を疑われて追放され、北方城には稲葉良道が入りましたが、1582年の本能寺の変に乗じて挙兵、北方城を奪取するも逆に稲葉良道に攻められて戦死しました。

 

  樽見鉄道 北方真桑(きたがたまくわ)駅にて。

Dsc01455

 

  百年記念通り。

  右手の商店街の道から出てきました。南を向いています。

Dsc01488

 

  北の方に歩いていきます。

Dsc01483

 

  碑が建っていましたが工事整備中で、まだセメントが乾いていない状態です。

Dsc01485

Dsc01486

Dsc01487

 

  南に戻って再び東にのびる商店街を歩いていきます。

  電線が凄いですが、岐阜城と金華山(稲葉山)が真東に見えます。

  北方町は結構岐阜市に近いのです(岐阜市の西隣にあります)。

Dsc01565

 

  商店街は大井神社に突き当たって終わります。

Dsc01491

 

  南側が神社の正面です。

  大井神社は北方町の氏神で例祭が「北方まつり」。

  樽見鉄道北方真桑駅からこの神社までは歩いて20分ぐらいです。

Dsc01502

 

  神社から南に道路が伸びていますがこのあたりが北方戸田氏の陣屋跡、また北方城跡です。

Dsc01504

 

  道路に北方城跡への案内があります。南を向いています。

Dsc01505

 

  住宅街を入って行くと北方城跡の碑が案内板と共にありました。

Dsc01511

 

  大井神社から南に(下の図では上に)伸びる道路の東側に北方城があったことを示しています。

Dsc01510

 

  道路に面して常誓寺というお寺。

Dsc01512

 

  この道路の左右に江戸時代の旗本北方戸田氏5千石の陣屋がありました。

  もちろん直接治めていたのは代官で、旗本は将軍の直属軍ですから江戸の屋敷にいます。

Dsc01514

Dsc01515

 

  南に四つ辻がありますが今度は西に戻ります。

  その行き当たりに北方町の大きな見所の円鏡寺があります。

Dsc01517

  撮影 2011/02/26

|

« 樽見鉄道の旅 - 北方町(岐阜県本巣郡北方町 きたがたちょう)を散策(1) | トップページ | 樽見鉄道の旅 - 北方町(岐阜県本巣郡北方町 きたがたちょう)を散策(3) »

東海地方(岐阜県、愛知県、三重県、静岡県)」カテゴリの記事

お城」カテゴリの記事

鉄道」カテゴリの記事

神社仏閣」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

町並み、街道、宿場町、道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 樽見鉄道の旅 - 北方町(岐阜県本巣郡北方町 きたがたちょう)を散策(2):

« 樽見鉄道の旅 - 北方町(岐阜県本巣郡北方町 きたがたちょう)を散策(1) | トップページ | 樽見鉄道の旅 - 北方町(岐阜県本巣郡北方町 きたがたちょう)を散策(3) »