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2011年4月

2011年4月30日 (土)

四国予讃線 松山駅 (愛媛県松山市) - 2011年4月初旬

 

 

  今年(2011年)の4月初旬に四国の松山市に桜を見に観光で訪れた時の松山駅での駅撮りの写真。

前日の夜に岐阜を出発して、神戸三ノ宮からジャンボフェリーの深夜便で高松に渡り、あくる朝早く高松駅から普通電車で新居浜まで行き、新居浜駅で後から追いついてくる特急で松山に着いたところ。

そして、最後の2枚は松山を発って高松へ向かう前の夕方の写真です。

 

  これは新居浜駅。

  岡山発特急「しおかぜ1号」+高松発特急「いしづち5号」の松山行きが到着。

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  松山駅駅舎(既出写真)。

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  松山駅にて。

  新居浜から乗車した特急は1番線の高松寄りに到着。

  そして同じ1番線の宇和島寄りに特急「宇和海」が到着、そして連絡します。

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  3番線には連絡の普通伊予大洲行きキハ32の単行。

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  手前 宇和島行き特急「宇和海9号」と向こう3番線は伊予大洲行き普通気動車のキハ32。

  新居浜から乗ってきた特急に両列車とも10分前後で連絡します。

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  夕方の松山駅。もう17時過ぎという時間。

  私が乗ったのは2番線の多度津行き電車。

  3番線は伊予大洲行き普通です。

  予讃線の電化区間は高松駅から松山駅の南にある伊予市駅までです。

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  同じく夕方の松山駅。キハ32の2連が待機しています。

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  撮影 2011/04/06

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2011年4月28日 (木)

岐阜城 - 岐阜県各務原市の東部(苧ヶ瀬(おがせ)あたり 旧鵜沼町)から

 

  もう少し東に行くと鵜沼駅(JR)、新鵜沼駅(名鉄)という各務原市内でもはるか東よりの苧ヶ瀬(おがせ)という所。

苧ヶ瀬池から農村歌舞伎の芝居小屋である村国座のある村国神社を訪れて、その帰りに名鉄苧ヶ瀬駅に戻る途中の田園地帯で岐阜城が小さく見えました。

最初に気がついたのは伊吹山でしたが、ひょっとして見えるのではと目を凝らしてみると、手前の山の左手遠くにかすかに見覚えのある姿を捉えることができました。

 

  肉眼でも見えますが、写真は望遠レンズで写しています。

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  左にカメラを振ると伊吹山とJR岐阜駅横にあるシティ・タワー。

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  撮影 2011/04/21

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2011年4月27日 (水)

名鉄 各務原線(かかみがはらせん) - 名電各務原(めいでんかかみがはら)駅と苧ヶ瀬(おがせ)駅

 

  名鉄各務原線(かかみがはらせん)沿線の各務原市内旧鵜沼町内にある苧ヶ瀬池(おがせいけ)を訪れたときの写真。

苧ヶ瀬池は各務原市東部の旧鵜沼町内にある池で、春は桜、秋は紅葉と地元の人にとっては身近でかつ格好の行楽地です。

また、地元の人のみではなく私ども岐阜市民にとっても昔からの馴染みの行楽地で、私も小さいときに芋ほり(さつまいも)の観光で訪れたことがあります。

自然のみの行楽地ですが、目の保養とリラックスできる雰囲気が日常を忘れさせてくれます。

出発地の田神駅からは急行に乗ってしまったので、いったん急行停車駅の名電各務原駅で降りて、後続の普通電車で次の苧ヶ瀬駅に降り立ちました。

 

  名電各務原駅(めいでんかかみがはらえき)にて。

  岐阜行き急行の6000系電車4両編成。

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  同じく名電各務原駅にて。犬山行き普通 6500系4両編成。

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  苧ヶ瀬駅にて。向こうが新鵜沼、犬山方面。

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  苧ヶ瀬池(おがせいけ)。桜は終わりで新緑が美しいとき。

  もう少ししたら「つつじ」の花でしょうか。

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  苧ヶ瀬駅にて。

  3500系 4両編成 犬山行き普通。

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  撮影 2011/04/21

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2011年4月24日 (日)

岐阜県各務原市(かかみがはらし)を散策(2)- 村国神社と村国座(江戸時代から明治時代の芝居小屋)

 

  さて、新緑で美しい苧ヶ瀬池(おがせいけ)の周辺ですが、ここから北の方にさらに歩いて行くと村国座という昔の農村歌舞伎の芝居小屋が良い状態で保存されています。

現在も村国座では子供歌舞伎が行われているとのこと。

村国座は村国神社という古い神社の境内にあり、もともとは神社への奉納という形で歌舞伎芝居が行われていた場所であったそうです。

この日はたまたま管理をしている人がいらっしゃって、芝居小屋の換気のためでしょうか、要所要所の戸が開け放たれていたので、これを幸いと許しを得て入り口から何枚か写真を撮らせて頂きました。

 

  もう一人の人にお話を伺うと、どうも羽場(はば 同じ旧鵜沼町内で苧ヶ瀬よりもう一つ東に名鉄の駅がある)にも芝居小屋があるとか、そんな話を伺ったので、帰ってから調べてみたら津島神社に皆楽座(同じく各務原市)という芝居小屋があるみたいです。

しかも名鉄羽場駅(はばえき)から500mぐらいしかなくて、これはチョッと機会を逸したかな、と思いました。

で、もう少し調べてみると岐阜県は地芝居の木造芝居小屋が多く残っていて、Wikiによると岐阜県には11の芝居小屋があるということです。

 

  もちろん全国的にはたくさんの芝居小屋が残っていると思われますが、愛媛県内子町の内子座や香川県琴平町の金丸座は全国的にも有名で、私も以前に訪れたことがあります。

いろいろ検索してみると、そういう方面を扱ったブログやサイトも結構あるみたいですね。

 

  苧ヶ瀬池の西の道路のすぐ北に信号がありここを左に(西に)行きます。

  西に歩いて一つ目の信号から二本目の道を右に曲がり北に真っ直ぐ行くと村国神社の鳥居の前に出ます。

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  途中にこんな標柱の碑がありました。

  戦国時代に活躍した各務氏には斎藤道三から森可成、森長可、森忠政に仕えた各務元正という武将がいますが(森家の重臣)、この碑の裏側には「大領各務氏は奈良平安時代各務郡を支配した豪族」とあります。

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  村国神社の鳥居前に。

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  比較的新しい春日灯篭が綺麗に並んでいます。

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  もう一つ鳥居があり奥に社殿があります。

  村国神社は式内社。

  式内社とは927年にまとめられた延喜式に記されている格式ある神社です。

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  現在、各神社は宗教法人の神社本庁に束ねられていますが、この金幣社というのはあまり聞きません。

  確かな事はわかりませんが、神社本庁の支部とも言うべき岐阜県神社庁がどうも独自に金幣社、銀幣社、白幣社と格付けをしているようです。

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  境内横にある村国座。右下が入り口。

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  舞台横から。

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  二階にも桟敷があるのがわかります。

  裏にも回りましたが奈落がありました。

  表面的には学校の講堂という雰囲気ですが、よく考えたら学校の講堂は芝居小屋からきているのかも。

  いずれにしても地域の、そして県の、国としても大事な文化財ですからいつまでも良い状態であればよいですね。

  そして、偶然にも中が見られたのは本当に幸運でした。

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  左手の建物が村国座。

  同じ道を戻り名鉄各務原線苧ヶ瀬(おがせ)駅から岐阜に帰りました。

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  苧ヶ瀬駅。

  踏み切りから新鵜沼方面を。

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  岐阜行き急行通過。

  苧ヶ瀬駅は普通しか停車しません。次の普通電車で岐阜方面に帰りました。

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  撮影 2011/04/21

 

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2011年4月22日 (金)

岐阜県各務原市(かかみがはらし)を散策(1) - 苧ヶ瀬池(おがせいけ)

 

  岐阜県各務原市を散策といっても、各務原市は広く、この日はその中で旧鵜沼町内のほんの一部を歩いたに過ぎません。

各務原市は1963年に旧那加町、蘇原町、鵜沼町、稲場町が合併してできた比較的新しい都市です。

その後2004年に旧川島町を編入して14.5万人の人口を持っていますが、どこか一つの中核的な都市を中心に集まった都市ではないので、現在でも市の中心がどこなのかが判りづらい都市となっています。

 

  市内には航空自衛隊の岐阜基地があります。

戦前には陸軍の飛行場で、現在も隣接している川崎重工業では戦闘機の「飛燕」などが作られていました。

そこの辺りは父の話をいろいろ聞いていて面白いのですが、ここはそういうブログではないので割愛です。

 

  さて、この日に歩いて訪れたのは旧鵜沼町内にある苧ヶ瀬(おがせ)の池とその北の方にある農村歌舞伎の芝居小屋の村国座です。

苧ヶ瀬池は古くからこの地にあったという池で、溜め池として利用されていますが、岐阜や地元にとっては気軽なレクレーション場所として知られたところです。

春には桜、秋には紅葉と、地元の人がチョッと訪れるには良いところです。

ずば抜けて風光明媚という訳でもないですから、まあ地元の名所といった位置付けでしょうか。

 

  田神駅にて。

  名鉄電車各務原線沿線にありますから、今日は名鉄岐阜駅からではなくて一つ東の田神駅から乗車。

  やってきたのは急行でした。

  急行といっても岐阜市内は各駅停車で各務原市内の新那加駅から急行となります。

  この日降りる苧ヶ瀬駅は普通しか停車しないので、名電各務原駅(めいでんかかみがはらえき)でいったん降りて後続の普通を待って乗り換えました。

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  苧ヶ瀬駅(おがせえき)。

  1時間のうちに運行される4本のうち2本が急行なのでこの駅では30分ごとの2本。

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  苧ヶ瀬池には駅から普通に歩いて10分くらいで着きます。

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  桜はほぼ姥桜(うばざくら)状態ですが、山の新緑が美しいです。

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  池の周りは遊歩道が整備されています。

  ベンチや屋根のある東屋(あずまや)、芝生などでくつろぐことができます。

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  桜が満開の時にはいいんだろうな、と思いつつ遊歩道を歩いて北のほうへ。

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  八大白龍大神という神社。

  苧ヶ瀬池には龍神や竜宮への入り口であるとか、様々な伝説があるといいます。

  池には神の使いといわれる大きな鯉が夥しくいます。

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  こちらは八大龍王総本殿。

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  神様のいる本殿は池の中。

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  各務原市の地図。

  面積的に広いという意味ではなくて、焦点が拡散しているので、だだっ広い感じの町になっている印象です。

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  撮影 2011/04/21

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2011年4月21日 (木)

「ことでん」 高松築港駅あたり - 香川県高松市

 

  松山市には伊予鉄道がありますが、ここ高松市には「ことでん」こと高松琴平電気鉄道があります。

高松築港駅は琴平線と長尾線両線の始発駅で、「ことでん」のターミナル駅とも言うべき瓦町駅で両線は分岐します。

またもう一つの志度線が瓦町駅を始発駅として屋島を経て志度まで伸びています。

 

  お城跡の西側にある高松築港駅から電車は南にカーブを切り、南のお堀端を東に向かいます。

  高松城の丑寅(艮 うしとら)櫓の南のお堀端を行く長尾行き長尾線電車。

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  玉藻公園「(高松城跡)の東入り口である旭門前から丑寅櫓と「ことでん」

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  同じくお城跡の南のお堀端を行く琴平線電車。

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  高松築港駅。

  JR高松駅とは200mぐらいしか離れていません。

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  高松築港駅にて。長尾線電車が停車中。

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  琴平線電車が高松築港駅に到着。

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  撮影 2011/04/07

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2011年4月19日 (火)

伊予鉄道 大手町駅(電停)の平面交差 - 愛媛県松山市

 

  松山城から松山駅まで徒歩で戻る途中に伊予鉄の市内線と郊外電車の高浜線が平面交差している場所がありました。

市内電車が松山駅前から東に向かい、一つ目の電停が大手町で、北からは郊外電車の高浜線がやって来て駅前通りで市内電車と平面交差して大手町の駅に入ります。

高浜線はこのあと郊外線と市内線が集中するターミナル駅の松山市駅に向かいますが、残念ながら今回は時間が足らず、松山市駅を訪れることはできませんでした。

 

  北の高浜からやって来た元京王電車の3000系。

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  市内電車が運行されている駅前通りを踏み切りで渡るとすぐ大手町駅。

  高浜線は15分間隔で運行されています。

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  3000系が揃いました。

  高浜線は一区間を除いて複線ですが、他の路線は全て単線のようです。

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  市内電車の大手町電停は踏切を挟んで東西にあり、市内電車は郊外線の電車が通りを通過する時は電停で待機します。

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  大手町駅に進入する610系電車。2両編成です。

  3000系は3両編成。

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  3000系と610系が大手町駅で揃いました。

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  3000系が大手町駅を出発して高浜に向かいます。

  高浜線の終着駅の高浜の先には松山観光港があります。

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  撮影 2011/04/06

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2011年4月18日 (月)

玉藻公園(たまもこうえん 高松城跡)の周りを一周 - 香川県高松市

 

  前日に松山から高松に戻り、高松で一泊して後、高松周辺を観光しようという事で取り敢えず 高松城跡である玉藻公園に行って見る事にしました。

しかし、高松港に面した水城通り(みずきとおり)を歩いてみると桜は全く咲いておらず(4月7日時点で)、玉藻公園内も推して知るべし、ということで結局お昼前には高松を離れ、瀬戸大橋から岡山、赤穂線で播州赤穂、赤穂で乗り継いで姫路、姫路では連絡していた新快速を1本やり過ごして姫路発の新快速で米原まで、米原から大垣乗り継ぎで高松から全線を電車で乗りとおして岐阜まで帰りました。

今回は粘ってでも高松周辺や岐阜までの途中での観光をするという気概が全く無く、高松駅での写真を最後にカメラをバッグから取り出すことは一度もありませんでした。

それでも高松では玉藻公園の外を一周して、いつもと同じような写真を何枚か撮りました。

 

  午前中の高松駅駅前

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  高松城北側の水城通り(みずきどおり)沿いにある高松港の桟橋に到着のフェリー。

  「水城通り」は高松城が日本三大水城であったことからつけられた愛称。

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  高松港のすぐ北にある男木島(おぎしま、おぎじま)、女木島(めぎじま)を結ぶフェリーです。

  よくよく考えれば小豆島も近いのですね。

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  東の方、屋島と四国フェリー。

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  水城通り沿いにある月見櫓と水門、渡櫓。

  いずれも江戸時代からの遺構で重文指定です。

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  小さなお城だと天守代わりに使えそうな立派な櫓です。

  右が水城通り、さらにその右に高松港。

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  水城通りの東端にある歩道橋からの水城通りの眺め。

  この辺りから南に折れ城跡の東側に回り込みます。

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  玉藻公園(高松城跡)東の入り口の旭門。

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  東の入り口の旭門のお堀に架かる旭橋から旧東の丸 丑寅櫓(うしとらやぐら 艮櫓とも書く)。

  現存の櫓でこちらも重文指定を受けています。

  この櫓はもともとはこの場所では無く、現在の県民ホールあたりにあった東の丸にあったそうです。

  お堀端を「ことでん」の電車が行き交います。

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  ぐる~っと南から西に来て「ことでん」の高松築港駅。

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  琴電高松築港駅のすぐ北にある玉藻公園(高松城跡)の正門ともいうべき西の門。

  高松駅のすぐ東(200mぐらい)にあります。

  入園料は大人200円です。

  奥に見えるのは先ほどの月見櫓。

 

  現在天守閣のあった天守台の工事が行われているそうです。

  天守閣復元は長年の市民の願いで、資料と資金が調えば着工にいたるのでしょうね。

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  南にのびる中央通り。

  左手に玉藻公園の碑と平屋の琴電高松築港駅駅舎。

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  高松駅にて。

  高松発11時10分の岡山行き「快速 マリンライナー26号」。

  私はこのあとの11時40分発の「快速 マリンライナー28号」で長い岐阜への帰途につきました。

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  撮影 2011/04/07

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2011年4月15日 (金)

松山市(愛媛県)へ桜を見に行く(6) - 大手門からくだり二の丸、堀之内へ、そして夜に高松へ

 

  本丸の天守群を観覧した後、外に出て、本丸広場を経て大手門跡から黒門口登城道を二の丸から堀之内の公園に下りました。

松山城への登城道はロープウェイ・リフトを含めると5通りあるそうで、昔ながらの登城道は大手門に至る黒門口、搦め手の乾櫓に至る古町口で、登りでも歩いて20~30分だそうです。

その他にはスロープになっていて登りやすくなっている県庁裏登城道とロープウェイ街東雲口登城道があるとのこと。

大手門跡あたりで地元のKさんという方とふとした事で知り合い、この後案内をいただきがてら一緒に下までくだり、登り石垣や下からの松山城の説明をいただきました。

その後郊外線(高浜線)の大手町駅まで歩いて駅前でお別れしましたが、この場を借りてその時のお礼を申し上げます。

 

  大手町まで来れば松山駅まではもうすぐでした。

松山発17時40分の多度津行き普通で松山を離れ、夜遅くに高松の宿にたどり着きました。

 

  天神櫓の桜。

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  本丸広場からの天守群。

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  毎回出している図ですが、「余湖くんのお城のぺージ」からの引用です。

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  筒井門の裏から。

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  大手門跡あたり。

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  大手門跡から太鼓櫓。

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  黒門口登城道の石垣。

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  二の丸史跡庭園の横に下りてきました。

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  二の丸史跡庭園の横からの石垣。

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  二の丸史跡庭園入り口。

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  堀之内に下りて。

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  下から見た天守群。

  手前右が小天守、そのうしろに大天守、手前左の櫓が南隅櫓、その奥が北隅櫓。

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  二の丸から大手門にのびる「登り石垣」。

  山腹からの侵入を防ぐための石垣で松山城には北と南にあり、こちらの南側はほぼ完全な形で残っています。

  「登り石垣」は豊臣秀吉の朝鮮出兵で現地に造られた「倭城」で行われた石垣普請の手法で、

  日本国内では松山城、彦根城、洲本城に残っています(他にも存在するという情報があります)。

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  山上左が天守群、右端が太鼓櫓。

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  これで堀之内から出て松山城とはお別れです。

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  郊外線の大手町駅。

  東京や関東の人ならわかる元京王の電車。

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  松山駅にて。

  帰りの電車の多度津行き7000系普通電車。

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  撮影 2011/04/06

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2011年4月13日 (水)

松山市(愛媛県)へ桜を見に行く(5) - 松山城 天守へ

 

 

  天守閣へは拝観料が必要です。

観覧券は500円です。

松山城の天守閣は創建当初は五重であったそうですが、後に三重に改修されました。

理由はいろいろ考えられるそうですが不明とのことです。

このときの三重の天守も落雷で焼け、現在の天守は1852年に完成、1854年に落成した三代目です。

 

 

  いつものように「余湖くんのお城のページ」というサイトからの引用の図です。

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  天守群の手前に建物がありますがここが拝観受付です。

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  入ってすぐによく見かける天守の写真です。すぐ右に一の門があります。

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  今度は左に二の門がありここで初めて今日一番の咲きっぷりの桜を見ました。

  奥に菅原道真を祀った天神櫓があります。

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  二の門と桜を振り返ったところ。

  この右手に三の門があります。

  ここは大天守の真下になりますが入り口はもう二つ門をくぐります。

  背中の方の大天守を左に回りこむと仕切門があります。

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  三の門をくぐると筋鉄門(すじがねもん)が見えます。

  これをくぐると最後の内庭。

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  筋鉄門(すじがねもん)から内庭に入って左から北隅櫓、玄関多聞、内門。

  右に人が見えますがこちらが内部への入り口。

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  搦め手口の乾櫓。

  写ってませんが右に野原櫓があります。

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  内庭で先ほどの左が本来の玄関、そして内門が正面に、その右から拝観で入る入り口です。

  私は中に入って内門から玄関、そしてこちら側にやってきています。

  すぐ右が小天守で上に上がります。

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  小天守の階段。

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  小天守から大天守。間に筋鉄門があります。

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  大天守に上がり、大天守の中。

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  大天守から本丸広場。

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  北隅櫓越しに見える瀬戸内海。

  島は興居島でしょうか(地図で推測)、とするともう少し右手こちらの側に松山港がある筈。

  今日伊予鉄の郊外電車でこちらの高浜まで行くつもりでしたが、さすがに時間が無かったですね。

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  大天守から太鼓櫓と戸無門。

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  天守の東方向にある艮(うしとら)門と艮門東続櫓。

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撮影 2011/04/06

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2011年4月12日 (火)

伊予鉄道市内電車 - 愛媛県松山市(松山城はちょっとお休み)

 

  松山市での公共交通を担っているのが伊予鉄道です。

松山市ではご存知の通り市内を走る路面電車が有名ですが、伊予鉄道はその他バスと郊外電車が松山市都市圏の文字通り足となっています。

 

  松山駅前電停にて。北に向かいます。

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  松山駅前電停から大きく左に(東に)カーブを切り道後温泉方面に。

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  地元の人であればすぐに判ると思うのですが、どこの辺りで撮ったのか。

  県庁前あたりか。

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  道後温泉駅。

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  道後温泉駅にて。右手奥に桜が見えているのが道後公園(湯築(ゆづき)城跡)。

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  大手町駅あたりの郊外電車との平面交差。私の背中の方がもうすぐ松山駅。

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  松山観光港や三津浜港方面からの高浜発横河原行き郊外電車。

  大手町駅に到着。

  市内電車は大手町電停で待機します。

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  撮影 2011/04/06

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2011年4月11日 (月)

松山市(愛媛県)へ桜を見に行く(4) - 松山城 大手門跡から天守

 

  今回は大手門跡から本丸広場、そして拝観領域の天守へと進みます。

桜については少し遅かったのでしょうか、見事に咲いているという訳にはいきませんでした。

それにしても、これだけの文化財が残っているというのは、とても羨ましいですね。

 

  伊予松山藩は関が原の戦いで東軍に味方した加藤嘉明が20万石で立藩、松山城の造営に着手、しかし嘉明は1627年に会津藩へ42万石で転封。

その後に出羽上山から蒲生忠知が24万石で入封するも1634年忠知は嗣子無く死去してここに蒲生家は断絶。

1635年伊勢桑名藩より松平定行が15万石で入封、以後松平家が明治まで松山を治めます。(Wiki参照)

松山城の創建は加藤嘉明ですが彼の治世の内には完成せず1627年に完成とあります。

 

  また、松山の松平家は久松松平家といい、家康とは異父兄弟となる3人の弟の内の末弟の次男が松平定行で、松山藩松平家の祖となりました。

もともと久松家は織田家の家臣であり、家康の母である伝通院が久松家に再婚先として入り、当主の俊勝との間に男子を3人儲けていて、桶狭間の戦いの後、自立した家康が俊勝らを引き受け異父弟に松平姓を与えて一門としたのが久松松平家の始まりです。

なお、久松家は庶子が継ぎ、引き続き織田家の家臣として残りました。

 

  一番最初に、いつもの「余湖くんのお城のページ」というサイトからの引用の松山城の図です。

Matuyamatyo

 

  左手が大手門跡で下に下りていくと二の丸御殿に至ります。

  右手へはロープウェイ、リフト乗り場。上に見えるのは太鼓櫓です。

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  太鼓櫓を背にして戸無門。

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  上から戸無門と奥に太鼓櫓。

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  戸無門から筒井門。

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  筒井門から中に入って太鼓櫓。

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  巽櫓。

  写ってはいませんが左手に太鼓門がありそれを抜けると本丸広場に出ます。

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  やっと本丸の広場にたどり着き天守が一番奥に見えます。

  巽櫓の広場側にお店とトイレのある休憩所、お店があります。

  広場にはたくさんのお客さんがいました。

Dsc01873

 

  順番は前後しますが天守からの本丸広場の眺め。

  残念ながら桜はイマイチでした。

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  撮影 2011/04/06

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2011年4月10日 (日)

松山市(愛媛県)へ桜を見に行く(3) - 秋山兄弟生誕地から松山城へ

 

  大街道(おおかいどう)は昔からの松山市の繁華街で、私は小説(「坂の上の雲」など)などでその地名を知りました。

大街道の電停で市内電車を降りて、大街道のアーケード街とは反対の北に松山城への登り口となるリフトとロープウェイの駅があるので、そこまで歩いて行きます。

途中、この辺りにある秋山兄弟の生誕地を訪れました。

北に向かう通りを案内に従って右に折れて100m行くと秋山兄弟生誕地がありました。

生誕地であって生家ではありません。

家が復元? されていますが、近年建てられたもので、あくまで生誕地であるということです。

 

  秋山兄弟というのは明治時代の軍人で兄好古(よしふる)は陸軍、弟真之(さねゆき)は海軍で最終階級はそれぞれ大将、中将です。

二人とも日露戦争では兄が陸軍の騎兵を指揮し、弟は海軍の連合艦隊の参謀としてそれぞれ活躍しました。

秋山兄弟と正岡子規の友情と当時の明治の雰囲気が活き活きと描かれた小説、司馬遼太郎の「坂の上の雲」で二人の活躍が広く知られるようになりました。

 

  大街道電停にて。

  市内電車の新型の方の電車にはグリーンバージョンもあったのですね。

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  秋山兄弟生誕地。

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  拝観受付の横に兄の秋山好古の乗馬像があります。

Dsc01835

 

  向かい側の東屋に弟の真之の銅像があります。

  右手奥にある家の内にも入りました。

  受け付けの人に記念写真を4枚も撮って貰いましたが、のちの思い出になりますね。

  拝観料は300円でした。

Dsc01837

 

  表通りに戻りさらに北に歩いて行くと松山城ロープウェイとリフトがあります。

  どちらも往復500円でした(どちらに乗ってもよいです)。

  私は伊予鉄道の「松山城下めぐりきっぷ」がありますから、係りの人に提示をすると往復2枚の切符を頂きました。

  結局復路の切符は使わなかったのですが。

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  リフトとロープウェイは並行しています。

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山上のロープウェイ駅。

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  山上駅前。

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  天守閣までの途中にあった松山城の図。

  上が南でロープウェイ、リフトの駅からは東と書いてある道を来ます。

  「長者が平へ」と書いてありますがロープウェイ、リフトの駅はその「長者が平」にあるようです。

Dsc01854

 

  次の図はいつものように「余湖くんのお城のページ」というホームページから引用させて頂きました。

  ロープウェイ、リフトの山上駅から最初に遭遇するのが図の右の巽櫓で、石垣下から右奥に見えます。

  そして、そこから石垣の下を大手門まで歩きます。

Matuyamatyo

 

  巽櫓(たつみやぐら)を下から見上げたところ。

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  大手門の跡。

  ここから下の二の丸に下りる事ができます。

  天守閣にはさらに上に。

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  大手門跡横から太鼓櫓(たいこやぐら)、ずーっと向こうに天守閣群の一部が見えています。

  ここからさらに上に行きます。

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  撮影 2011/04/06

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2011年4月 9日 (土)

松山市(愛媛県)へ桜を見に行く(2) - 道後温泉から石手寺、そして湯築城跡(ゆづきじょうせき 道後公園)(18切符とジャンボフェリーで)

 

  松山駅には10時頃に到着、荷物をコインロッカーに入れ、観光案内所に行き伊予鉄道の「松山城下めぐりきっぷ」2200円を購入していよいよ出発です。

まずは市内電車で道後温泉まで行き、そこからバスで(そのバスは松山駅からでも行ける)まず石手寺を訪れました。

その後、再びバスで道後温泉に戻り、まず子規記念博物館、そして道後公園を散策しました。

道後公園は河野氏の居城であった湯築城(ゆづきじょう)の跡です。

土塁や堀など当時を偲ばせる遺構がはっきりとした形で残っています。

 

  松山駅の一角にある観光案内所で「松山城下めぐりきっぷ」を購入しました。

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  松山駅前電停から道後温泉行きの電車で道後温泉へ。

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  道後温泉駅に到着。

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  道後温泉駅駅舎。

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  道後温泉のアーケード。有名な道後温泉本館などへは今回も行けずじまい。

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  すぐ横のバス停から石手寺に向かいます。

Dsc01785

 

  石手寺バス停。門前のまん前にあります。

  ⑧系統のバスはこの交差点を南に曲がりますが、この系統のバスは「松山城下めぐりきっぷ」で乗り放題になっています。

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  ここから入ります。両側にお店が並んでいます。

  石手寺は四国八十八箇所霊場の第五十一番札所。

Dsc01789

 

  国宝の二王門です。670年前に建てられたそうです。

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  正面に本堂。鎌倉期の建造物で重要文化財です。

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  私の個人的なお目当てはこの三重塔。

  しかし心残りは時間的に宝物館には入れなかったこと。

  「松山城下めぐりきっぷ」では宝物館の拝観券も付いていました。

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  弘法大師お茶堂。お線香の煙が絶えません。

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  同じ経路を反対にバスで引き返し、道後公園北口のバス停で降りて子規記念博物館に入館しました。

  2階、3階に常設展示があり、なかなか勉強になりました。

  ひとつひとつの説明をじっくり読み込みたかったのですが、なにしろ今日のメインは松山城なので時間が足りませんでした。

  じっくり読み込み観覧するとなかなか充実した内容です。

Dsc01809

 

  今日の記事のメインは湯築城跡です。

  下の図は「余湖くんのお城のページ」というホームページからお借りしたものです。

  引用元が明記されていれば引用は可ということでお借りしました。

  「余湖くんのお城のページ」へのリンクです。

 

  湯築城跡は松山城に隠れて城跡としては目立ちませんがなかなかのものです。

  土塁がしっかり残っていますし、何よりも城の全体像が良く保存されています。

  私が初めて訪れた当時は発掘調査が行われている最中でした。

  次に訪れたときはその調査も終わり、資料館等を拝見することができましたが、松山城という大きな文化遺産を抱えながらも、湯築城跡の発掘調査というなかなか目が届かないところまでちゃんとして頂いているのには頭が下がる思いです。

 

  湯築城は河野氏の居城で、河野氏は越智氏の流れを汲むといわれています。

  河野氏は一時大規模な水軍を擁して勢威を張ったりしましたが、1585年の秀吉の四国攻めの過程で秀吉配下の小早川隆景の庇護下に入り、後には嗣子無く河野家は57代で滅亡しました。 

  結局、戦国期までに伊予の領国を発展させることができなかったことで、戦国、近世大名にはなるきることはできませんでした。 

  私の近くでは三河の吉良氏を思い出します。

Yudukityo_2

 

  西側の内堀。内堀と外堀の間は花見客でたいそう賑わっていました。

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  電車の通りからの公園の入り口ですが、城跡ではこちらが裏口にあたる搦手(からめて)門跡なのですね。

  土塁がよく残っています。

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  こちらは外堀ですが、堀際にはつつじでしょうか、その植え込みがありますが、その内側にはちゃんと土塁が見えます。

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  道後公園電停からいよいよ松山城に登るべく大街道電停まで行きます。

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  大街道のアーケード街を南にみて、反対の北にあるロープウェイ・リフト乗り場まで歩きました。

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  撮影 2011/04/06

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2011年4月 8日 (金)

松山市(愛媛県)へ桜を見に行く(1)- 高松から松山へ(18切符とジャンボフェリーで)

 

  記事タイトルは「松山市へ」となっていますが、より正確に言えば「松山城の桜を」見に「松山市へ」行ったということです。

 

  本格的に松山城を訪れたのは本当に久し振りです。

時間が余ったので暗くなったけどチョッと寄って見よう、ということはありましたが松山城を目的として訪れたのは今回で2回目です。

桜の方はもうひとつ物足らなかったのですが、ただなによりも天気が素晴らしくて、空は晴れ渡り気候も暖かくて絶好の観光日和でした。

 

  取り敢えず私の四国旅行には定番のジャンボフェリーの深夜便で高松東港に渡りましたが、この日のフェリーは30分以上の遅延で、連絡バスが高松駅に到着したのが6時前でした。

フェリーにはありがちな事ですが、遅延の理由は車の乗降による遅れで、その他には風のせいなどというのもあって冬などにはよく遅れていました。

 

  今回は高松発6時16分発の伊予西条行き普通電車で新居浜まで行き、新居浜駅からは14分後に追いついてくる特急「しおかぜ1号&いしづち5号」を松山まで利用しました。

最初は高松から松山までの全区間を利用しようかとも思いましたが、それではさすがに18切符の顔も立たない、という事で取りやめにしました。

 

  フェリーが遅延したことで思いもかけず屋島のシルエットを見ることができました。

  高松東港に入港直前のフェリー後部甲板から。

  源平の戦の「屋島の戦い」は向こう側、東側の入り江で行われました。

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  朝陽を受ける高松駅。

  いつも写真を撮ってしまう不思議な魅力のある駅舎です。

  行き止まり駅ならではの造りだからかもしれません。

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  高松駅4番線にて 高松発6時16分 伊予西条行き121系電車2両編成。

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  途中の車窓から丸亀城。

  小さな天守に石垣が引き立ちます。

  途中、川之江城の天守も見えたので写しましたがこれよりもひどく、出すのは諦めました。

Dsc01746

 

  多度津駅で9分停車。外に出てみました。

  連絡の土讃線琴平行きが出発。多度津は土讃線分岐駅。

  手前が121系電車、向こう側が7000系電車です。

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  新居浜駅にて。

  高松から乗ってきた121系伊予西条行き 新居浜駅で20分停車。

Dsc01751

 

  14分後に新居浜駅に到着した松山行き特急「しおかぜ1号&いしづち5号」 8000系電車。

  後部は高松発の車両と連結するので前部のみが流線型になっています。

  新居浜-松山 自由席特急料金と乗車券あわせて2900円でした。

 

  場所によっては乗車券と自由席特急券がセットになっている割引往復きっぷの「Sきっぷ」利用すると割安になります。

  特に普通列車の少ない松山以南では松山起点に設定されている「Sきっぷ」は重宝すると思います。

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  松山駅に到着。

 

  荷物の大半をコインロッカーにぶち込み、まず観光案内所に行き

        伊予鉄道の「松山城下めぐりきっぷ」  2200円を購入しました。

 

  これで、市内電車全線、バス指定路線、市内指定の観光施設の入場・拝観券、松山城ロープウェイ(往復)が利用できます。

  観光施設は<松山城天守閣>、<坂の上の雲ミュージアム>、<道後温泉本館、又新殿>、<子規記念博物館>、<石手寺宝物館>、<子規堂>が有効で2200円に込みになってます。

 

  また、常盤同郷会が<「坂の上の雲」のまち松山周遊特別割引券>なるものを2011年6月30日まで(4月29日~5月9日を除く)発行しておりこのチラシを提示すると各施設が割引となります。

  松山城 ロープウェイ・リフト(往復・大人)500円→400円、

  天守閣観覧(大人)500円→400円、

  坂の上の雲ミュージアム(一般)400円→320円、

  萬翠荘(大人)300円→240円、

  秋山兄弟生誕地(大人)300円→250円、

  子規堂(正宗寺)(大人)50円→40円、

  子規記念博物館(常設展)(個人)400円→320円。

 

  以上の施設に行くと最初の施設で申し込めば割引券替りとなるチラシがいただけます。

  有効利用してください。

Dsc01769

 

  市電の松山駅前電停。

  写真は北の方へ行く電車です。

Dsc01773

 

  道後温泉行きとなって折り返す電車もあります。

  乗車は私の立っているホームです。

  この路面電車で一気に道後温泉駅まで行きました。

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  撮影 2011/04/06

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お詫び - 黒野城跡の表記について

   

     お詫び

  

  2011年3月24日付けの黒野城跡の記事の中で、黒野と記すべきを黒田と何回にもわたり誤表記し、

  かつ長い期間放置したことをここにお詫び申し上げます。

       

  その他にも私の気付いていない誤表記等ありましたら、御指摘ください。

  今回は私自身が誤表記に気付き、訂正を致しましたが、

 

  人名、地名等の固有名詞の誤表記、年号や事実関係については以後も正確を期したいと思っています。

 

  ただ、表現上(言葉づかいという意味での)の誤りなどは、なるべくご容赦ください。

                                                                                                  2011年4月8日

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2011年4月 5日 (火)

名鉄岐阜駅 各務原線ホームの5000系 - 笠松からの帰り

 

  名鉄岐阜駅の各務原線ホーム5番線に犬山、新鵜沼方面からの5000系が到着。

名鉄ホームページの車両紹介の中では、余剰1000系パノラマスーパーの主要機器をステンレス新造車と組み合わせて5000系が制作された、という旨が記されています。

 

  岐阜駅各務原線ホーム5番線。

  折り返して新那加から急行の犬山行き普通電車となります。

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  外に出て踏切から5000系正面を。

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  撮影 2011/04/02

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2011年4月 4日 (月)

名鉄名古屋本線 笠松駅あたり(2) - 岐阜県笠松町 奈良津堤の桜

 

  名鉄名古屋本線の笠松駅の近くには奈良津堤の桜という名所があります。

 

  また笠松駅の南東側には地方競馬の笠松競馬場があり、競馬ファンには良く知られた存在の競馬場として有名です。

私は馬券を買ったことが無いので馬のことなどは全く解かりませんが、経営状態は厳しく最近は毎年のように存廃の話を聞きます。

 

  さて桜ですが、昨日書いたように、2車線道路を戴いた堤が競馬場の北から西側に回りこんで駅の南で名鉄線を踏み切りで西側に渡り、さらに南に伸び、木曽川の堤防にいたるまでが桜の木々の並木になっており、これを奈良津堤の桜と言います。

例年多くの人が訪れます。

名鉄線を挟んで競馬場の反対側に大きな駐車場がありますが、このあたりが場所を取ることができるということで、堤の道路上沿いに屋台が出て、花見客は堤の段差にシートを広げて花見をします。

この日はまだ満開ではないためなのか、震災で自粛しているのかは判りませんでしたが、あまり多くの人が出ている感じではありませんでした。

 

  駐車場に面した堤の上から名鉄名古屋本線。

  岐阜発須ヶ口行き普通電車が笠松駅を出て南下。

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  堤の西側の笠松の町に下りてみました。

  八幡神社の舞殿、拝殿、本殿。

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  郷社 八幡神社とありましたので戦前の社格は郷社。

  帰ってWikiで調べてみたら、維新後一時笠松県が置かれたので当初は県社、すぐに笠松県は消滅して郷社となるとありました。

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  拝殿の前に舞殿(神楽殿とも)が備わった立派な神社です。

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  町を北に堤に沿って歩いてみました。

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  いったん堤の上に戻って。

  またまた普通電車の3150系の岐阜発須ヶ口行き。

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  堤は踏み切りを東に渡り右に(東に)笠松競馬場。

Dsc01708

 

  今度は左側に堤、右に競馬場を見ながら北に。

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  笠松競馬場東門ゲート。

  このあたりではもう競馬場の北側に来ていて、駅からは遠く離れてしまっています。

  北に歩いているのではなく東に歩いていたようです。

  堤の反対側に下りて駅の方に戻りました。

Dsc01719

 

  笠松駅東口。

  左手の地下通路を向こう側にくぐると駅前広場に出ます。

Dsc01720

 

  駅前広場の西側の踏み切りは竹鼻線。

  笠松駅から分岐します。

  昼間帯はすべて笠松発着の普通電車のみ1時間に4本ですが、朝夕の特に15時台以降の時間帯には岐阜との直通電車(岐阜ー笠松間は、ほぼ急行設定)があります。

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  正面改札。

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  2008年以降は特急停車駅となっています。

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  名鉄岐阜駅へ帰ります。

  岐阜まではもう停車駅はありません。

  岐阜ー笠松間の乗車賃は220円です。

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  撮影 2011/04/02

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2011年4月 3日 (日)

名鉄名古屋本線 笠松駅あたり(1) - 岐阜県笠松町

 

  木曽川堤駅から木曽川を渡ってひと駅の笠松駅にやってきました。

笠松駅からは竹鼻線が分岐しています。

竹鼻線の途中、江吉良(えぎら)駅からは羽島線となり新幹線岐阜羽島駅と連絡している新羽島駅に到ります。

現在では笠松から新羽島までは一つの路線として運用されていますが、本来は竹鼻線は江吉良駅以南までのびており、新幹線岐阜羽島駅が設置された折に江吉良から新幹線駅までが新線として分岐したのが羽島線でした。

しかし後に江吉良駅以南が廃線となり、現在の竹鼻線、羽島線が一体として運用する形が出来上がった訳です。

 

  笠松駅前の駅前広場。

  駅前広場は東に名古屋本線、西に竹鼻線と挟まれた形です。

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  笠松の桜の名所の奈良津堤の桜。

  奈良津堤の奈良津の由来を調べましたがどうもはっきりと書かれていないですね。

  ただ、堤の東側に奈良町という地名がありますから、このあたりに川湊があったということでしょうか(あくまで推測ですから信用しないように)。

  堤は笠松競馬場の北から西に回り込み名鉄を東から西に踏み切りで渡り、さらに南から途中直角に南東方向に向かい、木曽川の堤防に突き当たって道路はそのまま木曽川堤防上を西に向かいます。

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  駅を出て最初は西側に名鉄をのぞみます。

  特急「パノラマスーパー」の岐阜側。

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  「パノラマスーパー」の豊橋側。

  こちら側2両が1000系。

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  岐阜発須ヶ口行き普通の6000系。

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  岐阜行き普通。

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  駐車場から奈良津堤。

  競馬の開催日には駐車場は一杯になります。

  競馬場と駐車場の間に名鉄の線路があります。

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  線路と競馬場と岐阜城。

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  奈良津堤から。向こう側が笠松競馬場。

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  撮影 2011/04/02

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2011年4月 2日 (土)

名鉄木曽川堤駅(きそがわづつみ えき 名鉄名古屋本線)と木曽川堤 - 愛知県一宮市

 

  名鉄名古屋本線の木曽川堤駅は木曽川の南岸の愛知県一宮市側の駅です。

普通のみが停車して1時間に4本の15分ごとの運行です。

桜はまだ三分咲きか五分咲きといったところでした。

駅あたりには桜はそんなに多くなく東の方に見えましたが、結局駅付近からは離れず、そこそこ時間が経ってから、今度は岐阜県側の笠松駅近くにある奈良津堤の桜を見に行きました。

 

  木曽川堤駅の名古屋方面ホームのある駅舎。

  西側にも岐阜方面への駅舎があります。

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  駅で降りたところに岐阜方面への3150系普通電車が。

  ここからすぐに木曽川の橋梁を渡ります。

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  西側の駅舎に踏み切りを渡ったところ。

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  駅付近の桜はこのあたりだけ。

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  3150系普通電車名古屋方面 須ヶ口行きが到着。

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  木曽川の橋梁、かすかに岐阜城が見えるのですが。

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  岐阜行き急行のようです。

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  木曽川を渡って北岸の笠松駅に向かいます。

  笠松には奈良津堤の桜が名所としてあります。

  2200系特急 中部国際空港行きが通過。

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  前4両が3300系の急行豊橋行き6両編成。

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  この普通電車で岐阜方面の笠松駅に向かいます。木曽川の向こう側です。

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  撮影 2011/04/02

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