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2011年4月 9日 (土)

松山市(愛媛県)へ桜を見に行く(2) - 道後温泉から石手寺、そして湯築城跡(ゆづきじょうせき 道後公園)(18切符とジャンボフェリーで)

 

  松山駅には10時頃に到着、荷物をコインロッカーに入れ、観光案内所に行き伊予鉄道の「松山城下めぐりきっぷ」2200円を購入していよいよ出発です。

まずは市内電車で道後温泉まで行き、そこからバスで(そのバスは松山駅からでも行ける)まず石手寺を訪れました。

その後、再びバスで道後温泉に戻り、まず子規記念博物館、そして道後公園を散策しました。

道後公園は河野氏の居城であった湯築城(ゆづきじょう)の跡です。

土塁や堀など当時を偲ばせる遺構がはっきりとした形で残っています。

 

  松山駅の一角にある観光案内所で「松山城下めぐりきっぷ」を購入しました。

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  松山駅前電停から道後温泉行きの電車で道後温泉へ。

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  道後温泉駅に到着。

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  道後温泉駅駅舎。

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  道後温泉のアーケード。有名な道後温泉本館などへは今回も行けずじまい。

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  すぐ横のバス停から石手寺に向かいます。

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  石手寺バス停。門前のまん前にあります。

  ⑧系統のバスはこの交差点を南に曲がりますが、この系統のバスは「松山城下めぐりきっぷ」で乗り放題になっています。

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  ここから入ります。両側にお店が並んでいます。

  石手寺は四国八十八箇所霊場の第五十一番札所。

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  国宝の二王門です。670年前に建てられたそうです。

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  正面に本堂。鎌倉期の建造物で重要文化財です。

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  私の個人的なお目当てはこの三重塔。

  しかし心残りは時間的に宝物館には入れなかったこと。

  「松山城下めぐりきっぷ」では宝物館の拝観券も付いていました。

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  弘法大師お茶堂。お線香の煙が絶えません。

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  同じ経路を反対にバスで引き返し、道後公園北口のバス停で降りて子規記念博物館に入館しました。

  2階、3階に常設展示があり、なかなか勉強になりました。

  ひとつひとつの説明をじっくり読み込みたかったのですが、なにしろ今日のメインは松山城なので時間が足りませんでした。

  じっくり読み込み観覧するとなかなか充実した内容です。

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  今日の記事のメインは湯築城跡です。

  下の図は「余湖くんのお城のページ」というホームページからお借りしたものです。

  引用元が明記されていれば引用は可ということでお借りしました。

  「余湖くんのお城のページ」へのリンクです。

 

  湯築城跡は松山城に隠れて城跡としては目立ちませんがなかなかのものです。

  土塁がしっかり残っていますし、何よりも城の全体像が良く保存されています。

  私が初めて訪れた当時は発掘調査が行われている最中でした。

  次に訪れたときはその調査も終わり、資料館等を拝見することができましたが、松山城という大きな文化遺産を抱えながらも、湯築城跡の発掘調査というなかなか目が届かないところまでちゃんとして頂いているのには頭が下がる思いです。

 

  湯築城は河野氏の居城で、河野氏は越智氏の流れを汲むといわれています。

  河野氏は一時大規模な水軍を擁して勢威を張ったりしましたが、1585年の秀吉の四国攻めの過程で秀吉配下の小早川隆景の庇護下に入り、後には嗣子無く河野家は57代で滅亡しました。 

  結局、戦国期までに伊予の領国を発展させることができなかったことで、戦国、近世大名にはなるきることはできませんでした。 

  私の近くでは三河の吉良氏を思い出します。

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  西側の内堀。内堀と外堀の間は花見客でたいそう賑わっていました。

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  電車の通りからの公園の入り口ですが、城跡ではこちらが裏口にあたる搦手(からめて)門跡なのですね。

  土塁がよく残っています。

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  こちらは外堀ですが、堀際にはつつじでしょうか、その植え込みがありますが、その内側にはちゃんと土塁が見えます。

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  道後公園電停からいよいよ松山城に登るべく大街道電停まで行きます。

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  大街道のアーケード街を南にみて、反対の北にあるロープウェイ・リフト乗り場まで歩きました。

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  撮影 2011/04/06

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コメント

河野氏関係では、有力国人衆の一人、来島村上家が豊後森藩領主として江戸時代を生きのびてるね。ただし、久留島と名をかえて、海とは無縁の土地で^^;
小説としては、白石一郎の「海賊たちの城」(島原大変、文春文庫、所収)

投稿: tera | 2011年4月10日 (日) 04時28分

3月の地震の頃、おいらも徳島から吉野川沿いに藍の町を訪ね、山を越えて高松へ。弟の案内で、金毘羅さん、善通寺と陸上自衛隊基地(旧善通寺師団、乃木さん関連)、丸亀城、屋島へ行きました。
丸亀城は、縄張りだけがやけに立派^^
資料館もよかったけどね

投稿: tera | 2011年4月10日 (日) 04時46分

久留島、海とは無縁の土地>そうでしたね。
しかし、それを言うと身から出た錆とはいえ、お家騒動で丹波の綾部と三田に飛ばされた九鬼氏は・・・。
そういえば白石一朗の本って以前借りたことありましたね。またこんな関係の本情報、お願いしますね。

投稿: mino | 2011年4月10日 (日) 06時14分

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