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2011年7月 8日 (金)

高山市(岐阜県高山市)を観光(3) - 古い町並から桜山八幡宮と高山祭屋台会館

 

  高山陣屋の目の前にある赤い欄干の中橋を向こう側(東側)に渡って、三町(さんまち)伝統的建造物群保存地区の「古い町並み」を宮川に平行の方向である南から北に向かいます。

この「古い街並」は城下町の商家町として発達した南北の街並みを指し、格子窓のある商家や、酒屋など古い街並みであると同時に観光客相手のお店として現在も生きている街並みとして、高山市の観光を支えています。

南から北に普通に歩いて10分ぐらいで、いったん西の駅前方向から飛騨国分寺、鍛冶橋と続いてくる大通りに出ます。

これを横断してさらに北に歩いていくと今度は日下部民芸館や吉島家住宅を中心とした下二之町大新町(しもにのまち おおじんまち)伝統的建造物群保存地区の「古い町並」の中に入って行き、秋の高山祭り(八幡祭)を例祭として催す桜山八幡宮の前の参道に至ります。

この桜山八幡宮の境内には高山祭屋台会館と日光東照宮の10分の1の模型がある桜山日光館があり、特に屋台会館には常に4台の現役の屋台などが展示されていて、動く陽明門ともいわれる屋台を間近に見ることができます。

 

  中橋から高山城跡のある城山が望めます。

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  三町(さんまち)伝統的建造物群保存地区の「古い町並」に足を踏み入れます。

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  平日ですが写真以上に人は多かったです。

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  造り酒屋の看板といわれる杉の葉を玉にした「酒ばやし」のあるお店。

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  藤井美術民芸館。

  大人700円。私は入りませんでした。

  ここからすぐに大通りに出ます。

  ここまで中橋から歩いて10分ぐらいの距離です。

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  大通りを渡ってさらに北に歩いて行きます。

  そして、こちらは下二之町大新町(しもにのまち おおじんまち)伝統的建造物群保存地区の中心的存在の手前から日下部民芸館と吉島家住宅。

  いずれも国指定重要文化財で拝観はそれぞれ500円です。

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  さらに5分ぐらいで桜山八幡宮の参道にいたります。

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  いったん八幡宮とは反対側にある宮川に架かる宮前橋を西側に渡ってみました。

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  宮前橋から南隣の弥生橋と城山。

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  桜山八幡宮を参拝します。

  この鳥居をくぐってすぐの左側に高山祭屋台会館があります。

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  参道に面してある高山祭屋台会館の入り口。

  拝観料は上にある桜山日光館とセットで大人820円、高510円、小中410円です。

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  屋台会館はあとにして八幡宮を参拝しました。

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  こちらが拝殿。

  最近はどこの神社でも「正式の参拝の仕方」が書いてありますが、私はあまり気にしていません。

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  屋台会館の様子。

  袴姿の巫女さん?に案内、説明をしていただきましたよ。

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  上の写真の白い鳥居の右手にある桜山日光館の内部。

  飛騨の匠(たくみ)と関係のある(左甚五郎が有名)日光東照宮の10分の1の模型が展示されています。

  大正時代に33人の技術者によって製作されたもので、精緻に作られています。

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  宮前橋を渡って高山駅に向かって帰ります。

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  高山駅に帰ってきました。

  高山の皆さんにはとても親切にしていただきました。

  結局、高山市の見所の3分の1ぐらいしか見れなかったですね。

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  撮影 2011/07/05

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コメント

高山は、高校生の頃から何度も足をはこんだ街で、最近は2008年リーマンショック前の8月後半に。相場はすでにきな臭くなっていて、携帯で株価をチェックしながら観光してました^^;

金森氏に関しては、東郷 隆、洛中の露―金森宗和覚え書、文春文庫がお奨め。金森可重の長男で廃嫡されるが、茶人として大成した金森重近を題材に、大坂の陣あたりの小説の中ではよくできてると思います。
あとは、郡上一揆やね。田沼意次がどうからんだとか、興味深いです。

金森宗和もそうやけど、安土桃山から江戸初期の茶人達のかぶき方は尋常ではないね。利休を筆頭に、山上宗二、古田織部、上田宗箇など、面白い人がいっぱいいます。

古田織部:司馬遼太郎、割って城を、「軍師二人」取集、講談社文庫
上田宗箇:津本陽、風流武辺、朝日文庫

投稿: tera | 2011年7月10日 (日) 05時13分

久し振りです。お元気ですか。
teraさんが高山に何度も足を運んでいたと言う話は初耳でした。
それから、なかなか興味ある情報を有り難う。またアマゾンあたりで検索して捜してみます。
ということはteraさんは郡上八幡あたりも詳しいのですかね。
この日は郡上八幡も考えたのですが、郡上八幡はいつでも行けるという近さなので、高山を選びました。

投稿: mino | 2011年7月10日 (日) 07時31分

「取集」→「所収」です。酔っぱらって書いてるので誤字が^^;
郡上八幡は、2回訪れただけであんまりしらないんや。でも、レストランの店頭に置いてある料理のサンプル製造が盛んなところでね。蝋細工、見学しにいきました。それと何年か前に、郡上一揆の映画があってね、少しびっくりしました(江戸時代やってる人は郡上一揆は有名やろうけど、一般的にはマイナーなので^^)

投稿: tera | 2011年7月11日 (月) 05時22分

それでも、2回も行ってるんですね。
郡上踊りが始まりましたが、郡上踊りは郡上一揆の副産物ですからね。
一揆の代表が幕府に直訴をするのですが、直訴は御法度で死刑です。
代表の農民が死を決意して郡上を出発する際に、送る側も涙を流し着物の袖を濡らす、雨が降っているわけでもないのに。
この様子が何曲かある踊りの歌詞にあります。
今の人たちは判りませんが、私たちの世代の岐阜の人は皆この顛末を知っていますよ。

投稿: mino | 2011年7月11日 (月) 06時40分

え~~~、そうなんや!みんな知ってるんや。そんなふうに語り継がれ残っていく歴史って、ほんまもんやねえ

投稿: tera | 2011年7月12日 (火) 03時03分

皆、と言うのは言い過ぎかも知れない^^。

投稿: mino | 2011年7月12日 (火) 18時55分

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