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2011年8月 7日 (日)

夏の旅行 九州へ(3) - 城下町 秋月(福岡県朝倉市)(1)

 

  名門大洋フェリー新門司港から連絡バスで門司駅に6時前後、門司駅6時25分発鹿児島本線大牟田行き快速で基山駅には8時22分到着。

基山からは甘木鉄道でほぼ30分の甘木駅に。

そこからは甘木観光バスの路線バスで秋月に向かいました。

甘木駅バス停の秋月行きと(秋月)郷土館前バス停の甘木駅行きのバス時刻表の記事を先ほどあげておきました。

また、その記事にもリンクを貼っておきましたが

甘木観光バスのすべての路線バスが掲載されている朝倉市のホームページです。

 

 

  甘木駅前のバス停で時刻表を調べているとすぐにバスが先に見える駐車場からやって来ました。

  甘木観光バスの路線バスですが、この会社のホームページには時刻表の情報が無く、甘木鉄道や個人ブログなどで時刻表を調べましたが、結局、帰りの時刻表がわからないままに。

  朝倉市のホームページに甘木観光バスのすべての路線バス時刻表が掲載されていると知ったのは岐阜に帰ってからでした。

Dsc03303

 

  秋月城跡のすぐ北の郷土館前バス停ではなく、一つ手前の秋月バス停でバスを降りました。

Dsc03305

 

  郷土館前のバス停まで歩いて、すぐ南に向かって秋月城跡の方に。

  ここで、帰りのバスの時刻表を確認して愕然。11時台に甘木駅行きが無い。

  その前は10時48分で、次が12時ちょうど。

  12時ではさすがにこの後の予定を考えると遅いので、10時48分が目標時間となりました。

  したがって秋月での滞在が1時間ちょっととなってしまい、あとあと悔いが残ることになってしまいました。

Dsc03308

 

  城跡に向かって橋を渡ります。

  川の下流には眼鏡橋があり、帰りはその眼鏡橋バス停からバスに乗り甘木駅に戻りました。

Dsc03309

 

  秋月氏の居城跡である古処山(こしょさん)。標高859.5mと結構高いです。

 

  秋月氏は鎌倉時代から古処山城を根拠地として一帯を治めてきましたが、室町期から戦国時代には少弐氏(しょうにし)、大友氏、大内氏(後に毛利氏)ら有力大名に囲まれて、まさにサバイバル。

  大内氏との戦いでは一度は古処山城を失う羽目にもなります。

  そして、島津氏が九州を席捲しつつある時に豊臣秀吉の九州征伐(1587年)があり、秋月種実、種長父子は島津方として古処山城以下に籠城するも、支城がたった一日で落城、ここに父子は秀吉に降伏します。

  その後は島津攻めの先陣に立たされ、九州の役後は日向(宮崎県)国高鍋(最初は串間3万石 串間と高鍋は距離的には随分と離れていますが飛び地の所領であり1604年に高鍋城に居城を移した)に移封されます。

  のちの関が原の戦いでも最初は西軍でありながら、西軍が敗北するとみるや大垣城守備についていた秋月種長は城内に東軍を導きいれ、その功によって本領安堵を得て、秋月氏は高鍋藩3万石(後に分地して2万7千石)を治め明治維新を迎えました。

Dsc03360

 

  二つ目の橋を渡ってこの左手に秋月中学校がありますが、ここが秋月城跡です。

  お城とはいいますが、実質的には陣屋と言った方が良いですね。

Dsc03359

 

  例によっていつもお世話になっている「余湖くんのお城のページ」からの引用です。

  引用元のリンクです。

  現在の秋月城跡は福岡藩黒田家2代目の忠之(ただゆき)の時に父黒田長政の遺言により三男長興(ながおき)に5万石を分知し立藩した秋月藩の陣屋跡。

Akidukityo

  撮影 2011/08/03

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