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2011年8月

2011年8月30日 (火)

西鉄久留米駅(福岡県久留米市)にて - 2011年8月上旬の九州旅行

 

  今年(2011年)の8月の上旬に九州の秋月と久留米を訪れた際の西鉄久留米駅。

城下町秋月からバスで甘木鉄道甘木駅へ戻り、甘木駅から甘木鉄道で小郡駅降車、歩いてすぐの西鉄小郡駅から西鉄で西鉄久留米駅に着いたところの写真です。

 

  久留米市は人口30万人の旧城下町です。

  JR久留米駅には九州新幹線が開通して、西鉄久留米駅とともにターミナルとして機能している活気のある街でした。

  そのうちの西鉄久留米駅駅前にて。

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  西鉄小郡駅から乗ってきた急行花畑行き。

  クロスシートの快適な電車でした。

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  普通福岡(天神)行きが到着。

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  大牟田発福岡・天神行き特急。

  残念ながら今回は特急に乗る機会はありませんでした。

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  特急は1時間に2本(昼間帯)で、天神大牟田線内では特急のみが福岡・天神と大牟田を直接結んでいます。

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  撮影 2011/08/03

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2011年8月28日 (日)

福知山市(京都府福知山市)へ(2) - 所用で観光は無し(2011年8月下旬)

 

  個人的な所用で出かけた福知山市。

福知山市は旧丹波国の中心的な都市で、大きなお城のあった城下町です。

その福知山市は旧丹後国の舞鶴市と共に京都府北部の中心的都市で、舞鶴市は9万人弱、福知山市は8万人弱の人口を擁しています。

福知山を最初に大きく発展させたのは戦国時代の明智光秀で、今でも明智光秀への市民の信望は厚いと言われます。

江戸時代には朽木氏(くつきし)3万2千石の城下町で、明治まで朽木氏が治めました。

福知山藩の立藩は先日の久留米城の記事で触れた摂津有馬氏で、その後、天領、岡部家一代、稲葉家一代、天領、(深溝)松平(ふこうずまつだいら)家一代と続き、最終的に1669年に常陸土浦から朽木氏が3万2千石で入り明治に至ります。

 

  福知山駅からはKTR(北近畿タンゴ鉄道)宮福線が出ていて宮津とを結んでいます。

  余りのボロボロの車両でちょっとビックリしました。

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  そのボロボロさは狙っているのか?と思うほど。

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  福知山駅南口。

  裏口にあたり、市役所や福知山城は反対側の北口から。

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  南口駅前にあるC-11型蒸気機関車。

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  大雨となりダイヤが乱れるなか、4番線に停車中の新大阪発城崎温泉行き 新型車両287系 特急「こうのとり13号」(「こうのとり13号」←間違いかも知れない。ダイヤが乱れている中で該当する列車がこれしかない。)。

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  こちらは2番線の福知山発京都行き 新型車両287系 特急「きのさき18号」(「きのさき18号」←これも該当する特急がこれしかない)。

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  2番線から特急「きのさき18号」が出発。取り敢えず綾部まで行って東舞鶴発の「まいづる12号」と併結か。

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  5番線に到着の普通223系。

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  特急「きのさき18号」の出発後に2番線に入線した綾部から舞鶴線の東舞鶴行き普通の113系2両編成。

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  1番線に東から(福知山線か山陰線かわからない)到着の223系普通。

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  20分遅れで到着した新大阪発城崎温泉行き 旧型車両183系 特急「こうのとり15号」。

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  東舞鶴行き普通113系が綾部方面に出発。

  30分以上の遅れでした。この時点でまだ綾部以東は雨のため不通。

  この後、4番線から4両編成の223系快速 福知山線経由大阪行きの電車で帰りました。

  定刻より十数分遅れ(定刻は17時5分)でした。

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  撮影 2011/08/23

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2011年8月25日 (木)

福知山市(京都府福知山市)へ(1) - 所用で観光は無し(2011年8月下旬)

 

  所用で京都府の福知山市に行ってきました。

この日は各地の山間部で大雨となり、山陰線、福知山線でもかなりの雨量があったらしく、山陰線は一時不通となり、福知山線もダイヤが大幅に乱れました。

山陰線は綾部~立木間が不通となり、京都経由では何時帰ることができるか判らない状況にあったので、福知山線利用で大阪経由で帰ることになりました。

福知山線もダイヤは大幅に乱れ、大阪からの特急「こうのとり」が定刻どおりに到着せず、17時5分福知山発大阪行き快速は十数分の遅れで出発。

岐阜に帰ってみると、やはり高山線が下呂付近での大雨でダイヤが乱れていたようです。

 

  京都駅の山陰線ホーム。

  京都発天橋立行き特急「はしだて1号」183系と221系普通。

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  亀岡駅の普通電車221系。

  京都発が10分遅れの快速園部行きが亀岡駅ですぐ追いつくように来ます。

  京都~亀岡間は1時間に4本の運行でその内2本が園部行き。

  したがって、亀岡~園部間は1時間に2本の運行。

  このうち1本が快速で園部で福知山行きに接続します。

  園部~福知山間はこの接続する電車のみの1時間に1本の運行となります。

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  園部行きが亀岡駅に到着。同じく221系の4両編成です。

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  福知山駅にて。

  園部駅から乗車してきた223系のワンマン電車2両編成。

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  同じホームですぐに豊岡行きに接続しています。

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  豊岡方面。

  そういえば、山陰線で福知山以西へはもう長いこと行っていません。

  多分1990年代までさかのぼるのでは。

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  福知山駅北口。こちらが玄関口です。

  駅を出て、右(東に)に歩いていくと市役所、さらに福知山城に行くことができます。

  道は大通りの一本道です。お城には歩いて15分ぐらいでしょうか。

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  撮影 2011/08/23

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2011年8月24日 (水)

夏の旅行 宇野から茶屋町、岡山へ - 帰路につく

 

  一連の九州から四国を経た旅行は、宇野を最後に、あとはひたすら岐阜へ。

2泊3日の2泊をフェリー使用の旅は、やはり少し無理が有ったようで、深夜便のフェリーの使用は必要以上に旅行地域の範囲を拡げ過ぎてしまいました。

まあ、でも楽しい旅であったことには満足しています。

 

  宇野港のフェリー。宇野~高松便ではないフェリー。

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  宇野港沿いの東にあるJR宇野駅。

  かっての本州-四国の大動脈としての駅ではなく、今では静かなローカル線の終点駅となっています。

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  駅の東に昔の宇高連絡船の発着した埠頭が残っていると聞いていたのですが、良く判りませんでした。

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  駅構内で茶屋町行き電車を待っていると、やってきたのは213系の2両編成。

  ワンマン運転の電車で、昼間帯に茶屋町駅と宇野駅を往復運転しているようです。

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  宇野駅はこうして見ると完全にローカル線終点駅。

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  茶屋町駅に到着。

  宇野線の電車は瀬戸大橋線の上下ホームに挟まれた間に入ります。

  茶屋町駅は倉敷市にあり、倉敷駅との間に路線バスもあります。

  また、宇野駅は玉野市となります。

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  岡山発 宇多津経由の琴平行き 115系普通電車が出発。

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  宇多津経由の岡山行き普通。

  宇野発の電車は茶屋町駅で上下とも普通電車に接続しています。

  逆に宇野からの電車は折り返してすぐに宇野に向かうので、瀬戸大橋線上下線からも宇野へはすぐの接続となっています。

  このあと、岡山方面には高松からの坂出経由の快速マリンライナーがやって来ますが、普通電車の方が3分早く先着します。

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  岡山発高知行き特急「南風15号」と茶屋町駅に近づく高松発岡山行き快速「マリンライナー40号」。

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  岡山駅にて。

  茶屋町駅から乗ってきたマリンライナーと姫路方面の山陽線相生行き普通電車。

  乗客が乗り込んだ後で、立ち客もいる状態でしたので、座れないのなら赤穂線で行こうかとも考えましたが、車内を覗くと意外にも通路側に2つ3つと席が空いていました。

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  結局、この普通電車で相生に向かうことにしました。

  相生で乗り換え、そして姫路で乗り換えれば米原までは一直線です。

  この写真が今旅行の最後の写真となりました。

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  撮影 2011/08/04

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2011年8月22日 (月)

夏の旅行 四国高松港から宇野港へ - 1時間で瀬戸内海を対岸へ

 

  この日、松山から高松にやっと到着して、玉藻公園の北側にある高松港のフェリー乗り場から宇野に渡ることにしました。

高松港から対岸の宇野港までは65分で、徒歩乗船者の運賃は390円でした。

高松港を12時30分に出港しました。

 

  宇野からのフェリーが車を降ろします。

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  まず、乗客を先に乗船させます。

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  航行中には上がれない甲板に出てみました。

  玉藻公園(高松城跡)に残る月見櫓。

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  出港して暫らくは右手に屋島が見えます。

  屋島の手前に埠頭が見えますが、向こう側にもう一つ埠頭があり、その西側の岸壁から神戸三ノ宮とのジャンボフェリーが発着します。

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  高松駅前のビル群が少しずつ遠ざかっていきます。

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  クルーズ船らしき船が高松沖を東に向かって行きます。

  帰ってから調べてみると、「ふじ丸」というチャーター専門の旅客船でした。

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  はるか西の方向に見える瀬戸大橋。

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  船室はこんな感じです。

  先頭には冷房の効いた船室があり、一寸した売店も備わっていて、「うどん」でしょうか、そんな物も作って貰えます。

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  もうすぐ、宇野港。

  島と島のあの奥なのでしょうか。

  海は陸上と比べると距離感が全く違いますね。

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  宇野港に近づきます。

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  やはり先に乗客を下船させます。

  宇野~高松間はかっては本州と四国を結ぶ宇高(うこう)連絡船という鉄道連絡船があって、本四間の大動脈でしたが、1988年に瀬戸大橋が開業して鉄道連絡としての役目は終えました。

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  東に数分歩くと小ジャレた宇野駅がありました。

  宇高(うこう)連絡船が発着したという埠頭が残っていると聞いていたので、少しそちらの方に行ってみましたが、あまり良く分からず引き返しました。

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  宇野駅の構内。

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  撮影 2011/08/04

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2011年8月20日 (土)

夏の旅行 九州から四国へ(4) - 松山から高松へ(途中 津島ノ宮駅に停車)

 

  早朝、小倉からのフェリーで松山観光港に到着して、伊予鉄高浜駅まで海岸道路を歩き、伊予鉄の1番電車で松山市駅まで乗るという道草をして、JR松山駅から7時前の電車で高松に向かいました。

 

  松山発の電車は伊予西条行き。

  伊予西条で7000系電車に乗り換え。

  伊予西条駅にて。

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  多度津よりの海岸寺駅と観音寺よりの詫間駅の間にある津島ノ宮駅。

  年に二日、8月4日と5日のみしか営業していない駅で、普段は時刻表にも載っていません。

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  海上に浮かぶようにある津嶋神社の夏季大祭だそうで、チョッと途中下車してもよかったですね。

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  高松駅に11時31分に到着。

  一番端の9番線に到着した7000系快速サンポート南風リレー号。

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  7番線の特急「いしづち13号」松山行き 2000系気動車 子供に人気のアンパンマン列車。

  宇多津駅で岡山からの特急「しおかぜ9号」と連結して松山まで。

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  5番線からは岡山行き 「快速マリンライナー28号」。

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  多度津発の普通 121系電車の到着。

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  いつものお馴染みの高松駅駅舎。

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  向こうの方に高松駅が見えますが、駅から東の水城通りから。

  交差点の南側に玉藻公園(高松城跡)の入り口があり、さらにその南に琴電の高松築港駅があります。

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  水城通り沿いにある高松城の月見櫓。

  江戸時代からの現存櫓で重文。

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  さて、この水城通り沿いにフェリー乗り場が並んでいるのですが、高松~宇野間のフェリーがちょうど出港したばかり。

  ここからフェリーで宇野に渡ります。

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  手前にあった四国フェリー。

  奥にも水城通りが尽きるあたりに宇高国道フェリーがあります。

  四国フェリーで行くことに決め、時刻表によると次は12時30分出港。

  大人390円でした。自動券売機か窓口で購入します。

  所要時間は65分。

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  やがて、宇野からのフェリーが到着しました。

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  撮影 2011/08/04

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2011年8月19日 (金)

夏の旅行 九州から四国へ(3) - 伊予鉄道市内線で松山市駅前からJR松山駅へ

 

  3日間の旅行で2日目は九州、3日目はフェリーで前日の夜の小倉港から四国の松山観光港へ、そして松山市内に入って、以後はゆるゆると岐阜までの帰り道。

途中、道草を食わなければ倉敷で3時間の観光、または呉で2時間の観光といろいろ選択肢がある中、まず伊予鉄道で松山市駅まで乗ってみるという道草を食い、とろあえずJRの松山駅に市内電車で向かうことにしました。

 

  松山市駅前にて。

  しばらく待っていると1番電車がやって来て乗客を降ろしました。

  そうこうしている内に2両目もやって来ました。

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  1両目は道後温泉行き。

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  待っていた乗客を乗せるとすぐに出発。

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  電車は松山市駅前電停を出るとすぐに北に方向を変えます。

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  2両目がJR松山駅経由の環状系統の電車で、これに乗り込みました。

  写真は北に向かっていて突き当りが南堀端。

  お堀の南側に出て、右の東に向かうと大街道、道後温泉方面へ。

  左の西に向かうとJR松山駅方面です。

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  突き当りがJR松山駅というところ。西に向かっています。

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  JR松山駅前に着きました。

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  環状系統の電車は更に北に向かいます。

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  JR松山駅。

  かろうじて6時49分発の伊予西条行きに間に合いました。

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  撮影 2011/08/04

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2011年8月18日 (木)

夏の旅行 九州から四国へ(2) - 伊予鉄道高浜駅から松山市駅まで

 

  前日の夜に小倉港を出港して翌早朝に松山観光港に到着。

連絡の伊予鉄リムジンバスを避けて、海岸沿いを散歩がてら歩いて伊予鉄高浜駅へ。

今日中に岐阜まで帰らなければならないのですが、松山から岐阜まで夜に帰るまでに多少とも観光できる時間があるので、その一部を松山の伊予鉄に乗ることに時間を割きました。

伊予鉄道高浜線は高浜から松山市まで、高浜~梅津寺(ばいしんじ)間の一駅間部分を除き複線電化区間です。

松山市~横河原(よこがわら)間の横河原線は全線単線電化区間で、高浜線との直通運転で高浜線、横河原線ともに1時間に4本の運行がされています。

伊予鉄道の郊外線にはもう1本、松山市~郡中港(ぐんちゅうこう)間の郡中線があります。

郡中線も全線単線電化区間で1時間に4本の運行が確保されています。

伊予鉄道の郊外線である高浜線、横河原線、郡中線ともに1時間に4本の運行が確保されているということは、沿線の利用者にはたいそう便利であろうと思われます。

 

  高浜駅にて。5時50分発の1番電車。

  元京王電鉄の3000系の伊予鉄仕様で伊予鉄でも3000系と呼びます。

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  高浜駅ホームから見える海。

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  3000系の3両編成車両内。

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  梅津寺(ばいしんじ)駅。

  海岸にあるのは高浜線ではここだけみたいでした。

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  梅津寺駅から電車は離れ、ここからは複線区間になります。

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  古町(こまち)駅には車両基地があります。

  市内線の車両基地も古町駅にあります。

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  松山市駅に到着。駅ビル下に2面3線のホームがあります。

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  松山市駅改札。

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  高島屋の入った駅ビルの前には市内電車の松山市駅前電停があります。

  松山市駅は郊外線と市内線の乗換駅だけではなく、バスの発着も頻繁にあるターミナル駅となっています。

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  市内線の電車がやって来ました。

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  お客さんをこちらで降ろします。

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  撮影 2011/08/04

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2011年8月16日 (火)

夏の旅行 九州から四国へ(1) - 松山観光港から伊予鉄道高浜駅まで

 

  大阪南港から九州の新門司港へ名門大洋フェリーで渡り、その日は当初の予定とは全く異なる旅程で、福岡県朝倉市の城下町秋月と久留米市の久留米城跡を訪れました。

その後、久留米から二日町、小倉で途中下車をしつつ、夜になって門司港で夕涼みをし、再び小倉に戻り小倉港からフェリーで出港して九州を離れました。

 

  あくる日の早朝に松山観光港に到着。

フェリー到着時刻にあわせて待機しているリムジンバス(JR松山駅まで400円)を横目に見て、海岸通りを伊予鉄の高浜駅まで歩きました。

高浜駅の一番電車が5時50分で、観光港から高浜駅までは歩いて10分から10数分なので、朝の海を眺めながらゆっくりと散歩気分で駅に向かいました。

フェリーが少し遅延したことと、余りにもゆっくりし過ぎて、高浜駅に着いたのは5時40分頃になってしまいました。

 

  小倉港から乗船してきた「フェリー はやとも2」、松山観光港にて。

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  なが~い通路を歩いて行きます。

  松山観光港からは呉、広島航路もあります。

  計画段階では小倉港-松山観光港-呉港のルートで呉を観光というプランも考えましたが、高松から昔の宇高連絡線の宇高フェリーに乗り宇野に出てみたかったので、今回は却下としました。

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  海岸沿いの道路をブラブラ。爽やかな朝でした。

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  途中には小さな漁港もありました。

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  乗ってきたフェリーが遠くに見えます。

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  写真を撮りながらブラブラ海岸通を歩いて行きます。

  高浜駅はこの道路沿いにあるので、一本道で迷うことはありません。

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  漁船が朝早くから行き交います。

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  街並みに入り、左にあるスロープが高浜駅入り口です。

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  伊予鉄高浜駅は木造駅舎でした。

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  すぐ向こうはやはり海です。

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  駅入り口のスロープから。

  手前に松山観光港との間の連絡バス乗り場があります。

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  松山市駅から横河原行き一番電車 3000系(元京王電鉄3000系を伊予鉄仕様に)3両編成。

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  次の梅津寺(ばいしんじ)駅までは単線。

  梅津寺~松山市間が唯一複線で他路線は単線。

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  撮影 2011/08/04

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2011年8月15日 (月)

夏の旅行 九州へ(10) - 門司港駅から小倉、小倉港から九州を離れる 

 

  さて、久留米城跡から今度は西鉄久留米駅ではなくJR久留米駅までを西鉄バスで行き、快速の門司港行きで北に。

途中、二日市駅で途中下車、さらに小倉駅で途中下車して門司港駅へ。

門司港駅には19時過ぎの到着となりました。

しばらく、駅前の桟橋近くで夕涼みをしながら時間を潰して、再び門司港駅から小倉に向かいます。

そして、小倉駅の北口である新幹線口から北に真っ直ぐ15分ぐらい歩いて小倉港へ。

小倉港から21時55分出港、翌日の朝5時松山観光港に入港の「フェリーさんふらわー」のフェリーに乗船。

部屋グレードは2等寝台D。

名門大洋フェリーの特2等洋室と同じ相部屋ながら、こちらはコンセントが無く、通路が狭い、隣りの船室との防音が完璧では無く、壁の向こう側の寝台の物音が聞こえる等、値段の割には少し残念という感じでした。

 

  JRの久留米駅にて。鳥栖行きの普通817系。

  門司港行きは左の4番線で、すぐに乗り込みました。

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  小倉駅で途中下車。

  北九州(小倉)モノレール(北九州高速鉄道)。

  小倉駅南口前にて。

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  人で賑わう小倉駅南口前。

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  門司港駅駅舎。

  国の重要文化財に指定されていて門司港レトロのシンボル的存在です。

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  門司港駅構内にある「0マイル標」。

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  門司港駅改札。

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  駅前のすぐ北は関門海峡に面した公園です。

  そこから関門橋。

  対岸の山は火の山みたいですね。

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  下関の唐戸港とを結ぶ関門汽船の桟橋があります。

  下関と城下町長府、そして対岸の門司港レトロを1日で巡る観光コースはお勧めです。

  西鉄バス(門司側)、サンデン交通(下関側)、関門汽船が利用できる「関門周遊パスポート」1400円(子供700円)というフリーきっぷがあります。

  詳細はサンデン交通のホームページにあります。

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  向こうの方が門司港レトロの中心で様々なお店や古い建物などがあります。

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  関門汽船の船が到着するようです。

  5分で下関唐戸港と門司港を結びます。片道大人390円(子供200円)。

  自転車も混んでいなければ可です。18時台までは20分間隔で運行されています。

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  門司港駅から大牟田行き快速で小倉に戻ります。

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  小倉駅北口から北に歩くこと15分で小倉港に。夜が明ければ松山です。

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  撮影 2011/08/03

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2011年8月14日 (日)

夏の旅行 九州へ(9) - 西鉄小郡駅(福岡県小郡市(おごおりし)) 甘木鉄道小郡駅とは徒歩数分で連絡

 

 

  朝倉市の城下町秋月からバスで甘木鉄道甘木駅に戻り、再び甘木鉄道で基山駅に向かいました。

ここから久留米に向かうにはそのまま甘木鉄道で終点基山駅まで行き、基山駅でJRに乗り換えてJRの久留米駅までというルートがあります。

しかし、甘木鉄道小郡駅と西鉄小郡駅が連絡可能の近さで、西鉄で久留米に行くこともできると云う事がわかり、西鉄に乗ってみたいという欲求もあって、小郡駅で甘木鉄道を降り、西鉄に乗り換えることにしました。

その時の西鉄小郡駅。

 

  帰ってから調べてみると、甘木鉄道は小郡駅から西鉄小郡駅に乗り換えられるように、甘鉄小郡駅の位置をわざわざ移動させた、ということもわかりました。

甘木鉄道はこういう努力もあって、三セクの鉄道の中でも優れた営業成績を残しているということです。

 

  大分自動車道と並ぶように高架の甘鉄小郡駅。

  階段を下りると西鉄の線路横の道路に出ます。南にすぐに西鉄小郡駅があります。

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  西鉄小郡駅駅前。

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  久留米、大牟田方面への大善寺行き普通の急行到着、追い抜き待ち。

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  久留米、大牟田方面急行 花畑行きが出発。

  西鉄小郡駅は急行停車駅。特急は停車しません。

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  西鉄福岡・天神行き普通電車。

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  やはり久留米、大牟田方面大善寺行き普通。

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  久留米、大牟田方面 花畑行き急行が到着。

  これに乗って西鉄久留米まで。クロスシートの快適な車両でした。

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  撮影 2011/08/03

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2011年8月13日 (土)

夏の旅行 九州へ(8) - 久留米城跡(2) 有馬氏21万石の居城

 

  久留米藩21万石の有馬氏についての顛末は昨日の記事で書いた通りです。

 

  ちなみに、久留米の有馬氏を摂津有馬氏とか赤松有馬氏と呼ぶのは、九州の戦国大名として有名な肥前有馬氏の存在があります。

肥前有馬氏は現在の島原半島南部の長崎県南島原市の北有馬にある日野江城を根拠地とした戦国大名でした。

有馬晴純の時代に全盛期を迎え、その後有馬氏は一度は龍造寺氏に押されるものの義貞の時代には秀吉の九州の役で秀吉に従い本領を安堵されています。

また、義貞や子の晴信はキリシタン大名としても有名です。

現在の南島原市の南有馬に有馬氏が築いた支城の原城は後にキリシタンによる島原の乱の舞台となりました。

この肥前有馬氏も江戸時代には大名として最後は越前丸岡藩5万石で明治維新を迎えています。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用の図です。本丸のみの図です。

Photo

 

  本丸の南西隅。

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  東面の石垣の北側部分。登り口があります。

Dsc03494

 

  東面の南側部分。

  残念ながらレンズフィルターが曇っていたらしく、門司港駅まで気づきませんでした。

Dsc03497

 

 

  本丸への登り口がある東面。

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Dsc03455

Dsc03452

 

  北側に回り込みます。

Dsc03500

 

  北側から筑後川にかけて。

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  本丸内にある篠山神社。祭神は藩祖有馬豊氏以下。

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Dsc03436

 

  篠山神社本殿横にある大井戸。

Dsc03465

Dsc03470

 

  有馬記念館。

  レストランと入館料200円(大人)の有馬家ゆかりの歴史資料や美術工芸品が展示されている展示室があります。

  競馬に、ファン投票により選出された出走馬でレースが行われる【有馬記念】というGⅠレースがありますが、これは久留米藩藩主の有馬氏の子孫である15代当主の有馬頼寧(ありま よりやす)氏が日本中央競馬会第2代理事長のときの氏の発案で行われるようになったレースで、氏が亡くなったあとに【有馬記念】という名が冠せられるようになりました。

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  レストランの窓際の席から望遠で。

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Dsc03472

 

  バスで今度はJR久留米駅へ。

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  撮影 2011/08/03

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2011年8月12日 (金)

夏の旅行 九州へ(7) - 久留米城跡(1) 久留米藩21万石摂津有馬氏の居城

 

  朝倉市(福岡県)の城下町秋月から甘木観光バス、甘木鉄道、西鉄を乗り継ぎ西鉄久留米駅までやって来ました。

この西鉄久留米駅の駅ビルの北側に西鉄バスターミナルがあり、そこからバスで久留米城跡に近い大学病院バス停まで行き、徒歩で数分の久留米城跡を訪れました。

その久留米城を藩庁とする久留米藩は、1620年に丹波福知山藩8万石の有馬豊氏(ありま とようじ)が13万石の加増の21万石で入封し、以後、明治まで代々有馬氏が治めました。

 

  久留米の有馬氏は摂津有馬氏とも呼ばれ、もともとは中世守護大名の赤松氏の庶流で室町時代に現在の兵庫県三田市の有馬郡(【有馬温泉】で有名)の地頭に補された事から、有馬氏を称しました。

有馬氏の嫡流は代々有馬郡を治め続け、戦国時代には織田信長の侵攻の後、1574年に摂津一国の国主として荒木村重が治めるようになると、その下に服従するようになります。

ところが、翌年、有馬国秀は村重に有岡城に呼び出され不義があると問い詰められ、その結果、身の潔白を証明するとしてその場で自害。

国秀には子が無くここに嫡流は断絶します。

しかし、有馬氏の庶流で播磨国の淡河(おうご 現在の神戸市北区)に本貫地を持つ有馬則頼(ありま のりより)がこのころ有馬郡に進出して、天正五年(1577年)の豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)の播磨侵攻に従い淡河(おうご)城主1万5千石、のちに九州の役、文禄の役にも従い1601年に旧領摂津国有馬郡内に三田城で2万石の大名となります。

一方、有馬則頼の子の有馬豊氏は横須賀(現在の静岡県掛川市)3万石の渡瀬繁詮(わたらせ しげあき)の家老を務めていたところ、渡瀬氏は1595年の関白秀次の事件に連座して改易され、有馬豊氏が繁詮(しげあき)の所領3万石と家臣を引き継ぐ形で所領が安堵されることになります。

有馬豊氏はその後も秀吉に仕え、秀吉亡き後は徳川家康に近づき、関が原の戦いでは東軍に属し、戦後、丹波福知山6万1千石で福知山城主となり、後に父の則頼の遺領もあわせて8万石の大名となります。

その後も、大阪冬の陣、夏の陣(夏の陣は1615年)の両陣にも参陣して、1620年には筑後一国を治めていた柳川藩32万5千石の田中忠政(田中吉政の子)が嗣子無く病没して改易となり、筑後の所領は分割され、有馬豊氏がその内の久留米に21万石で移封され、代々久留米を治め、明治に至ります。(Wiki、武家家伝を参照)

 

  西鉄久留米駅のバスセンターからバスに乗ります。

  大学病院下車、所要13分220円。

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  例によって「余湖くんのお城のページ」から引用します。

  引用元の「余湖図コレクション」。

  本丸部分の図で、東から南、西に石垣が残っています。

Photo

 

  上の図で南側の坂になっている部分が現在の入り口になっています。

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入り口の右手の石垣。

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  上と同じ石垣。

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  南面の左手の石垣。

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  南面の石垣を西から。

  背中の方には筑後川の堤防があります。

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  西面の石垣。

  石垣上の建物は有馬記念館です。

  レストランがあり、窓際の席からは筑後川が一望できました。

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  西面の奥(北)は崩れかけた石垣が。

  これ以上は民家があって進めず、戻って筑後川の堤防に上がってみました。

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  筑後川に架かる九州新幹線と在来線鹿児島本線。

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  鹿児島本線の電車が行き交います。向こう側が九州新幹線。

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  撮影 2011/08/03

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2011年8月10日 (水)

夏の旅行 九州へ(6) - 基山駅(きやまえき 佐賀県基山町)にて 甘木鉄道が分岐

 

  博多から福岡県を南下する鹿児島本線は、途中、福岡県内に西から張り出すような形をして突き出ている佐賀県の東端をかすめて、再び福岡県の久留米に抜けるというコースを取ります。

鹿児島本線はそのうちの佐賀県の中の基山町、鳥栖市という2都市を通りますが、その基山町にある基山(きやま)駅です。

快速停車駅の基山駅からは甘木まで甘木鉄道が分岐しています。

 

  基山駅にて。

  長崎発博多行き特急「かもめ4号」 885系 1番線を通過。

  基山駅はJR2面3線と甘木鉄道の1面1線。

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  門司港発荒尾行き普通電車 813系。

  基山駅の3番線にて。甘木鉄道基山駅ホームから。

Dsc03280

 

  基山駅の甘木鉄道甘木行き。

  甘木鉄道の車両基地や本社は甘木駅にあります。

  途中の郡山市にある郡山駅で西鉄郡山駅に歩いて数分で連絡しています。

  また、終点の甘木駅でも西鉄甘木駅に、これも歩いて数分で連絡しています。

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  撮影 2011/08/03

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2011年8月 9日 (火)

夏の旅行 九州へ(5) - 甘木鉄道甘木駅から小郡、西鉄小郡を経て西鉄久留米駅まで

 

  城下町秋月の眼鏡橋バス停から甘木観光バスに乗り、甘木鉄道甘木駅に11時過ぎに帰ってきました。

すぐに駅に入り、甘木駅11時17分発の基山行きで出発。

この後は、いろいろ迷いつつも、結局、久留米城跡を訪れることにして、久留米に向かうことに。

甘木鉄道の基山への途中に郡山という駅がありますが、ここで西鉄郡山駅が徒歩数分で接続していて、ここから西鉄で西鉄久留米駅へ向かうことにしました。

 

  甘木鉄道甘木駅にて。

  基山に向けて出発。色違いのディーゼルカーに乗ることができました。

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  途中、松崎駅にて列車交換。

  天気は快晴にちかく、良いほうに予報が外れました。

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  大分自動車道沿いの高架駅の郡山駅に到着。

  郡山駅は郡山市にあります。

Dsc03384jpg

 

  駅から西鉄の線路沿いに下ります。

Dsc03391

 

  すぐ前の踏切から、西鉄小郡駅に入る急行。

  このあと同じ車両の急行で西鉄久留米駅まで移動しましたが、クロスシートで乗り心地は良かったです。

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  線路沿いに南にすぐという距離に西鉄小郡駅があります。

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  西鉄小郡駅にて。花畑行き急行が到着。

  花畑は西鉄久留米の次の駅です。

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  快調に筑紫平野を駆け抜けていきます。

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  そして、西鉄久留米駅にやって来ました。

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  西鉄久留米駅。

  JR久留米駅には新幹線もやってきていますし、印象として活気のある町でした。

  それと、意外に大きな都市だと感じました。さすがブリジストンの企業城下町です。

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  西鉄久留米駅の北側(左側)にバスターミナルが見えます。

  ここからバスで北の方にある久留米城跡の最寄の大学病院バス停に向かいます。

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  撮影 2011/08/03

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2011年8月 8日 (月)

夏の旅行 九州へ(4) - 城下町 秋月(福岡県朝倉市)(2)

 

  甘木鉄道甘木駅からのバスで20分足らず、郷土館前バス停を降りてすぐ南に入ると橋があります。

橋をわたってすぐ右に秋月美術館、少し行って左に秋月郷土館があります。

残念ながら、私の場合、バスの時間の関係で郷土館に入館することができず、大変心残りな秋月となってしまいました。

秋月郷土館は入館料は500円。

ここだけは是非とも見ておきたいですね。

さらに南に歩いて行くと再び橋があり、左手にお堀と石垣、櫓台跡の石垣があり、ここからが秋月城跡の見所です。

城跡の全体は、現在は秋月中学校の敷地となっており、入り口付近はともかく、中に入ることはできません。

古処山(こしょさん)城を居城とした秋月氏に関してや福岡黒田藩の支藩としての秋月黒田藩については前日の記事≪夏の旅行 九州へ(3) - 城下町 秋月(福岡県朝倉市)(1)≫を参照して下さい。

 

  郷土館前バス停からすぐ、橋を渡ります。

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  右手に秋月美術館。

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  少し先の左手に秋月郷土館。大人500円、高校生300円、小中生200円です。

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  民家が途切れて左手に古処山(こしょさん)。

  中世以来秋月氏が代々居城としてきた古処山城の跡です。

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  ここから秋月城跡。

  実際には陣屋で無城大名ですが、黒田氏秋月藩は城主格の大名として遇されています。

  1623年、黒田長政の三男長興(ながおき)に5万石が分知され立藩されました。

  道路両側は桜並木。

  道路はかっての馬場跡です。

Dsc03359_2

 

  例によって「余湖くんのお城のページ」からの引用です。

  その中の「余湖図コレクション」へのリンク。

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  上の図の北西隅にある櫓台の石垣。

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  南の方をのぞんで瓦坂とお堀、石垣。

  城跡内は秋月中学校。

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  瓦坂とその説明。藩政時代はお館正門とありますね。

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  もう少し奥に行くと秋月中学校の正門があります。

Dsc03331_2

 

  校舎と古処山(こしょさん)。

  夏休みで人影はありませんでしたが、車の出入りはたびたびありました。

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  もう一つ奥に進むと長屋門があります。

  秋月を紹介する写真には必ず登場します。

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  中に入ってみると石垣に囲まれた一段高めの敷地があります。

  草が一面に生えていました。上の図の1にあたります。

  ここから南に行くとかっての大手門だったといわれている黒門があります。

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  黒門。

  奥に階段を登っていくと垂裕神社(すいようじんじゃ)があります。

  主祭神は秋月藩初代藩主の黒田長興(ながおき)。

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  垂裕(すいよう)神社拝殿。

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  郷土館前バス停からバス道路を逆に秋月バス停を経て眼鏡橋バス停まで歩きました。

  もう、このあたりでは時間との戦いになってしまいました。

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  眼鏡橋。

  どうってことは無いのですが、石造アーチ橋で1810年の架橋とか。

  木造の橋はたびたび洪水で流されたのでわざわざ長崎から石工を呼び、一度は完成直前に崩れてしまい、再度造り直したということです。

  結局、着工から完成まで5年の歳月をかけています。

  長崎に眼鏡橋があることは有名ですが、秋月藩が福岡藩の代理で長崎警備の任にあったときに、眼鏡橋を見て藩主が秋月にも、と考えて着工されたという経緯があるということです。

  それ以来一度も流失することは無かったそうです。

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  今まで静かだった眼鏡橋に急に子供を含む10人くらいのハイカー?がやってきて賑やかに。

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  眼鏡橋バス停にて。

  甘鉄甘木行きバスがやってきました。

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  撮影 2011/08/03

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2011年8月 7日 (日)

夏の旅行 九州へ(3) - 城下町 秋月(福岡県朝倉市)(1)

 

  名門大洋フェリー新門司港から連絡バスで門司駅に6時前後、門司駅6時25分発鹿児島本線大牟田行き快速で基山駅には8時22分到着。

基山からは甘木鉄道でほぼ30分の甘木駅に。

そこからは甘木観光バスの路線バスで秋月に向かいました。

甘木駅バス停の秋月行きと(秋月)郷土館前バス停の甘木駅行きのバス時刻表の記事を先ほどあげておきました。

また、その記事にもリンクを貼っておきましたが

甘木観光バスのすべての路線バスが掲載されている朝倉市のホームページです。

 

 

  甘木駅前のバス停で時刻表を調べているとすぐにバスが先に見える駐車場からやって来ました。

  甘木観光バスの路線バスですが、この会社のホームページには時刻表の情報が無く、甘木鉄道や個人ブログなどで時刻表を調べましたが、結局、帰りの時刻表がわからないままに。

  朝倉市のホームページに甘木観光バスのすべての路線バス時刻表が掲載されていると知ったのは岐阜に帰ってからでした。

Dsc03303

 

  秋月城跡のすぐ北の郷土館前バス停ではなく、一つ手前の秋月バス停でバスを降りました。

Dsc03305

 

  郷土館前のバス停まで歩いて、すぐ南に向かって秋月城跡の方に。

  ここで、帰りのバスの時刻表を確認して愕然。11時台に甘木駅行きが無い。

  その前は10時48分で、次が12時ちょうど。

  12時ではさすがにこの後の予定を考えると遅いので、10時48分が目標時間となりました。

  したがって秋月での滞在が1時間ちょっととなってしまい、あとあと悔いが残ることになってしまいました。

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  城跡に向かって橋を渡ります。

  川の下流には眼鏡橋があり、帰りはその眼鏡橋バス停からバスに乗り甘木駅に戻りました。

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  秋月氏の居城跡である古処山(こしょさん)。標高859.5mと結構高いです。

 

  秋月氏は鎌倉時代から古処山城を根拠地として一帯を治めてきましたが、室町期から戦国時代には少弐氏(しょうにし)、大友氏、大内氏(後に毛利氏)ら有力大名に囲まれて、まさにサバイバル。

  大内氏との戦いでは一度は古処山城を失う羽目にもなります。

  そして、島津氏が九州を席捲しつつある時に豊臣秀吉の九州征伐(1587年)があり、秋月種実、種長父子は島津方として古処山城以下に籠城するも、支城がたった一日で落城、ここに父子は秀吉に降伏します。

  その後は島津攻めの先陣に立たされ、九州の役後は日向(宮崎県)国高鍋(最初は串間3万石 串間と高鍋は距離的には随分と離れていますが飛び地の所領であり1604年に高鍋城に居城を移した)に移封されます。

  のちの関が原の戦いでも最初は西軍でありながら、西軍が敗北するとみるや大垣城守備についていた秋月種長は城内に東軍を導きいれ、その功によって本領安堵を得て、秋月氏は高鍋藩3万石(後に分地して2万7千石)を治め明治維新を迎えました。

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  二つ目の橋を渡ってこの左手に秋月中学校がありますが、ここが秋月城跡です。

  お城とはいいますが、実質的には陣屋と言った方が良いですね。

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  例によっていつもお世話になっている「余湖くんのお城のページ」からの引用です。

  引用元のリンクです。

  現在の秋月城跡は福岡藩黒田家2代目の忠之(ただゆき)の時に父黒田長政の遺言により三男長興(ながおき)に5万石を分知し立藩した秋月藩の陣屋跡。

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  撮影 2011/08/03

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甘木観光バス 甘鉄甘木駅~秋月 甘木観光バス時刻表、運賃表(リンク先)

 

甘木観光バス秋月線の時刻表、運賃表は朝倉市のホームページにあります。

  下の秋月行きがPDFファイルですべて見ることができます。

  上記のリンクはリンク切れになっていましたので、2015年1月5日に更新しました。

  「朝倉市の公共交通について」はリンク切れ。

  下の時刻表は2011年現在の時刻表なので、上記のリンク先で確かめてください。

 

  =甘鉄甘木駅= バス停

 秋月(野鳥)行きバス時刻表(月~土)      秋月(野鳥)行きバス時刻表(日・祝日)

6    46                        6    ----

7    24                        7    47

8    14                        8   20  52

9    06                        9    47(だんごあん行き)

10   17                        10  22

11   17(だんごあん行き)             11  16(だんごあん行き)

12   27                        12   47

13   27(だんごあん行き)             13   47(だんどあん行き)

14   27  57(だんごあん行き)         14   48

15   32                        15   56(だんごあん行き)

16   35(だんごあん行き)             16  28

17   17  52                    17   35

18   17  45                    18  25   58

19     48                      19      ---      

20     55                      20      ---

 

  =郷土館前= バス停

 甘鉄甘木駅行きバス時刻表(月~土)     甘鉄甘木駅行きバス時刻表(日・祝日)

6   21  52                      6  ---

7   17  53                      7   51

8     41                        8  21  56

9    36                         9   20

10   48                         10  21

11   ---                          11  16

12  00  58                      12  04

13   ---                          13   36

14  01  58                      14   29 

15   33                         15   33

16  03                          16   36

17  11  47                      17  19

18  19  49                      18  03  53

19    17                        19  ---

運賃は 甘木駅~郷土館前 片道350円。

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2011年8月 6日 (土)

夏の旅行 九州へ(2) - 新門司港から甘木鉄道 甘木駅まで

 

  3日間の短い日程で無理に九州までフェリーでやってきて、まず目指したのは観光地としては非常にマイナーな(私の中ではそうでは無いのですが)黒田氏の城下町の秋月。

今回の九州への旅行では、最初は長崎を考えましたが、さすがに日程的に無理という結論となり、その後、柳川、太宰府、久留米、秋月の4候補地が残り、柳川と太宰府のどちらか、それにプラス久留米と秋月のどちらか、という旅行プランを立てました。

柳川と太宰府はいづれもかなりの時間をかけて見てみたいという場所なので両立は無理で、この柳川と太宰府のどちらかが主たる目的地となる予定でした。

しかし、門司で大牟田行きの快速に乗った時点で、なぜか秋月をまず訪れようと決意してしまったので、その後のプランはもうグチャグチャに。

 

  甘木鉄道は鹿児島本線の基山駅から分岐して終点の甘木駅まで30分ほどの行程の鉄道です。

秋月へはさらに甘木駅前からバスで20分ぐらい。

2006年に甘木市を中心として1市2町が合併して朝倉市となりました。

そのうち旧城下町の秋月は旧甘木市の中心部から北東約8kmにあります。

 

  そろそろ新門司港に近づきつつある朝5時頃、フェリーの船尾から。

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  港内に入りました。まだ薄暗いですが下船する頃にはすっかり明るくなりました。

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  無料連絡バスで20分、門司駅北口に到着。

  さらに20分でバスは小倉駅北口まで連絡してくれます。

  この日のバスの乗客は14、5人というところでした。

  2等船室利用の高校生の団体は貸し切りバスを利用していました。

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  門司駅北口。こちらには何もありません。

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  南側が表の門司駅。

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  門司港行きの電車が門司駅を出て行きます。

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  基山駅にて。

  門司を6時25分発の快速で基山着8時22分でした。

  乗ってきた大牟田行き快速の後尾。

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  すぐ隣に甘木鉄道のホームがありますが、一度、改札を出なければなりません。

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  基山発8時34分の甘木行き。

  JRの快速は基山を出ると次は鳥栖、その次が久留米という位置にあります。

  そして、基山駅のある基山町は佐賀県に属し福岡県に食い込んでいる形の最も東にあります。

  ちなみに鳥栖は佐賀県、久留米は福岡県。

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  甘木鉄道の車内。

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  次が終点甘木駅というあたりの田園風景。

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  甘木駅にに到着。所要時間29分でした。

  1時間あたりの本数は昼間帯で2本ときどき1本、朝夕は3本から4本と結構多く運行されています。

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  甘木駅駅前。

  すぐ近くには西鉄甘木駅もあります。

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  撮影 2011/08/03

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2011年8月 5日 (金)

夏の旅行 九州へ(1) - 大阪南港を名門大洋フェリーで出発

 

   三日間しかない日程で無理に九州まで足をのばして見ました。

火曜日のお昼に岐阜駅を出発して、大阪、環状線弁天町から地下鉄でコスモスクエア、乗り換えてニュートラムでフェリーターミナル下車で大阪南港へは15時台に到着しました。

いつもの通り、「ワンランクアップキャンペーン」で2等洋室の料金で利用できる特別2等洋室を予約済みで、インターネット割り引き2割引で新門司港まで6400円。

特別2等洋室B(第一便)が8700円、特別2等洋室A(第二便)9200円が本来の価格設定ですが、2等洋室(1便、2便とも同じ)の8000円の価格で特2洋(A、Bとも)が利用できて、さらにインターネットで2割引ということで6400円という乗船料金となります。

予約はそれぞれの便の特別2等洋室のほうを予約します。

 

  さて、大阪に着いて、前回までは西梅田から住之江公園経由でフェリーターミナル駅に向かいましたが、今回は環状線弁天町駅から地下鉄中央線経由のコスモスクエア駅乗換えでフェリーターミナルまで行きました。

運賃的にいうと、西梅田から住之江公園経由でニュートラムのフェリーターミナル駅までは310円、弁天町からコスモスクエア経由は270円でした。

 

  地下鉄中央線弁天町駅にて。

  コスモスクエア行きが到着。

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  地下鉄中央線の終点コスモスクエア駅。

  ここでニュートラムに乗り換えです。

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  大阪市営南港ポートタウン線(愛称 ニュートラム)の車両内部。

  小さな箱型の車両が4両で無人運転。

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  大阪南港にて。

  名門大洋フェリー第一便は16時50分出港、8月から10分出港時刻が早まりました。

  手前が第2便、乗船するのは向こう側の第1便です。

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  階段を上がって乗船します。

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  いよいよ出港。残された第2便は19時50分出港です。

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  かもめ埠頭の大阪~鹿児島(志布志)間を結ぶ「さんふらわー きりしま」を横目に見ながら港外に向かいます。

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  大阪南港を出港してから1時間ぐらい? 明石海峡大橋が見えてきました。

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  船尾から明石海峡大橋の神戸舞子側。

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  だんだん暮れていきます。

  部屋に戻りました。

  部屋は8人部屋の相部屋ですが2段ベッドの下のみの4人が乗客でした。

  コンセントはありましたよ。

  あくる日乗船した小倉~松山の深夜便のさんふらわーの2等寝台Dにはコンセントが無く、デジカメの予備のバッテリーを複数持ってきて良かったです。

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  撮影 2011/08/02

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2011年8月 2日 (火)

JR岐阜駅、名鉄岐阜駅周辺 - 2011年7月下旬

 

  大垣から戻ってきて岐阜駅の1番線ホームでしばし写真を撮りましたが、いつもと同じような写真ばかりです。

 

  富山発名古屋行き特急「しらさぎ8号」。

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  1番線ホームの東端からは名鉄岐阜駅に出入りする名鉄電車が望めます。

  「パノラマスーパー」1000系が名鉄岐阜駅に到着したところ。

  左に名鉄岐阜駅があります。

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  2番線の高山発名古屋行き特急「ワイドビューひだ10号」キハ85系と3番線の高山行き普通キハ48系。

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  特急「ワイドビューひだ10号」は2分停車で折り返し名古屋に向かいます。

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  岐阜駅前の広場。

  この広場を挟むように右の東側にバス乗り場、左の西側にタクシー乗り場があります。

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  駅前道路の3本のうち一番東の長良橋通りの左右にある名鉄岐阜バス停。

  JR岐阜駅バス乗り場とは目と鼻の先にあります。

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  上の長良橋通りに面してある名鉄岐阜駅入り口。

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  名鉄岐阜駅の東口。

  各務原線(かかみがはらせん)のホームがあります。

  階段を上がって通路を行くと名古屋本線のホームに出られます。

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  各務原線(かかみがはらせん)の普通電車犬山行きが東に去っていきます。

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  撮影 2011/07/24

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