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2011年8月28日 (日)

福知山市(京都府福知山市)へ(2) - 所用で観光は無し(2011年8月下旬)

 

  個人的な所用で出かけた福知山市。

福知山市は旧丹波国の中心的な都市で、大きなお城のあった城下町です。

その福知山市は旧丹後国の舞鶴市と共に京都府北部の中心的都市で、舞鶴市は9万人弱、福知山市は8万人弱の人口を擁しています。

福知山を最初に大きく発展させたのは戦国時代の明智光秀で、今でも明智光秀への市民の信望は厚いと言われます。

江戸時代には朽木氏(くつきし)3万2千石の城下町で、明治まで朽木氏が治めました。

福知山藩の立藩は先日の久留米城の記事で触れた摂津有馬氏で、その後、天領、岡部家一代、稲葉家一代、天領、(深溝)松平(ふこうずまつだいら)家一代と続き、最終的に1669年に常陸土浦から朽木氏が3万2千石で入り明治に至ります。

 

  福知山駅からはKTR(北近畿タンゴ鉄道)宮福線が出ていて宮津とを結んでいます。

  余りのボロボロの車両でちょっとビックリしました。

Dsc03746

 

  そのボロボロさは狙っているのか?と思うほど。

Dsc03747

 

  福知山駅南口。

  裏口にあたり、市役所や福知山城は反対側の北口から。

Dsc03753

 

  南口駅前にあるC-11型蒸気機関車。

Dsc03752

 

  大雨となりダイヤが乱れるなか、4番線に停車中の新大阪発城崎温泉行き 新型車両287系 特急「こうのとり13号」(「こうのとり13号」←間違いかも知れない。ダイヤが乱れている中で該当する列車がこれしかない。)。

Dsc03757

 

  こちらは2番線の福知山発京都行き 新型車両287系 特急「きのさき18号」(「きのさき18号」←これも該当する特急がこれしかない)。

Dsc03760

 

  2番線から特急「きのさき18号」が出発。取り敢えず綾部まで行って東舞鶴発の「まいづる12号」と併結か。

Dsc03764

 

  5番線に到着の普通223系。

Dsc03769

 

  特急「きのさき18号」の出発後に2番線に入線した綾部から舞鶴線の東舞鶴行き普通の113系2両編成。

Dsc03773

 

  1番線に東から(福知山線か山陰線かわからない)到着の223系普通。

Dsc03774

 

  20分遅れで到着した新大阪発城崎温泉行き 旧型車両183系 特急「こうのとり15号」。

Dsc03779

 

  東舞鶴行き普通113系が綾部方面に出発。

  30分以上の遅れでした。この時点でまだ綾部以東は雨のため不通。

  この後、4番線から4両編成の223系快速 福知山線経由大阪行きの電車で帰りました。

  定刻より十数分遅れ(定刻は17時5分)でした。

Dsc03783

  撮影 2011/08/23

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コメント

またまた歴史の雑感で恐縮やけど、朽木氏といえば足利将軍家と関係の深い一族やね。小説では、宮本昌孝の「剣豪将軍義輝」(徳間文庫)がお奨めです。宮本氏の小説では、斎藤道三を題材にした、ふたり道三、徳間文庫も面白かったわ。
朽木氏の本領の朽木谷は、小浜~京を結ぶ鯖街道筋であったこと(海路と陸路を結ぶ地)、また木地師の拠点だったことも興味あります。木地師については、谷川健一の「日本の地名」(岩波新書)が面白くて、尾張の丹羽氏、伊勢の丹生から高野山の丹生都比売神社等西に数々の丹生地名をつらね、阿波吉野川沿い、伊予河野氏、豊後の丹生から肥後の菊池、阿蘇、八代の名和氏まで、地質学での中央構造線沿いに南朝方を支援した氏族が多いこと、木材、木材製品、鉱物資源と顔料や水銀、それに付随して鍛冶屋・鋳物師や山伏・修験道などの宗教勢力が活躍した交易路であったこと、それに海賊衆や湖賊衆等水の民が交わること等、まさに網野さんの領域やね。
もう一つ、福知山雑感やけど、3年前に出石から城崎に遊びに行ったときの帰り、福知山の「日本の鬼の交流博物館」に寄ろうと思ってたのに時間の関係で行けなかったのが残念。酒呑童子も興味津々で^^、次の機会に書きたいです


投稿: tera | 2011年8月29日 (月) 06時07分

朽木氏って一寸面白い存在ですよね。元々は近江源氏の佐々木氏の流れを汲んでいて、佐々木氏は道誉の時代に室町幕府の開府に尽力していますから、近江に在住の佐々木氏一統は常に足利将軍家と繋がりがあったみたいですね。
網野さんと言えば、teraさんはこの辺りは結構好きみたいでしたが、久し振りに網野さんの名前を聞きました。
それから、酒呑童子の大江山は福知山からは直ぐなんですね。
やはり、「興味津々」と言うのは、「民俗学的な視点」からなんでしょうか。
また、楽しみにしています(ついでに本などについても)。

投稿: mino | 2011年8月30日 (火) 05時18分

歴史小説は、スケールの大きな歴史家の仕事がでないと、難しいと思うわ。歴史ファンは無茶苦茶多くて、特に戦国や江戸のことはみんなよく知ってはるからなあ(時代小説は別で、江戸人情物等にそれなりに面白いものはあるけどね)。網野さんの仕事があり、隆慶一郎さんや白石一郎さんの小説が出せたんやと思います。1990年代以降の中世近世の歴史学は、戦闘技術の実証研究(日本馬の研究も含めて)や日記の考証等が進んだと思うけど、大きな歴史像を変えるまでにはいたってないのとちがうかなあ

投稿: tera | 2011年8月30日 (火) 06時07分

成るほどね。
つらづら考えて見るに、歴史の捉え方ってその時代の思想や思潮に随分と左右はされているんですよね。
実際には事実は一つなんだけど。

投稿: mino | 2011年8月30日 (火) 15時59分

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