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2011年8月12日 (金)

夏の旅行 九州へ(7) - 久留米城跡(1) 久留米藩21万石摂津有馬氏の居城

 

  朝倉市(福岡県)の城下町秋月から甘木観光バス、甘木鉄道、西鉄を乗り継ぎ西鉄久留米駅までやって来ました。

この西鉄久留米駅の駅ビルの北側に西鉄バスターミナルがあり、そこからバスで久留米城跡に近い大学病院バス停まで行き、徒歩で数分の久留米城跡を訪れました。

その久留米城を藩庁とする久留米藩は、1620年に丹波福知山藩8万石の有馬豊氏(ありま とようじ)が13万石の加増の21万石で入封し、以後、明治まで代々有馬氏が治めました。

 

  久留米の有馬氏は摂津有馬氏とも呼ばれ、もともとは中世守護大名の赤松氏の庶流で室町時代に現在の兵庫県三田市の有馬郡(【有馬温泉】で有名)の地頭に補された事から、有馬氏を称しました。

有馬氏の嫡流は代々有馬郡を治め続け、戦国時代には織田信長の侵攻の後、1574年に摂津一国の国主として荒木村重が治めるようになると、その下に服従するようになります。

ところが、翌年、有馬国秀は村重に有岡城に呼び出され不義があると問い詰められ、その結果、身の潔白を証明するとしてその場で自害。

国秀には子が無くここに嫡流は断絶します。

しかし、有馬氏の庶流で播磨国の淡河(おうご 現在の神戸市北区)に本貫地を持つ有馬則頼(ありま のりより)がこのころ有馬郡に進出して、天正五年(1577年)の豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)の播磨侵攻に従い淡河(おうご)城主1万5千石、のちに九州の役、文禄の役にも従い1601年に旧領摂津国有馬郡内に三田城で2万石の大名となります。

一方、有馬則頼の子の有馬豊氏は横須賀(現在の静岡県掛川市)3万石の渡瀬繁詮(わたらせ しげあき)の家老を務めていたところ、渡瀬氏は1595年の関白秀次の事件に連座して改易され、有馬豊氏が繁詮(しげあき)の所領3万石と家臣を引き継ぐ形で所領が安堵されることになります。

有馬豊氏はその後も秀吉に仕え、秀吉亡き後は徳川家康に近づき、関が原の戦いでは東軍に属し、戦後、丹波福知山6万1千石で福知山城主となり、後に父の則頼の遺領もあわせて8万石の大名となります。

その後も、大阪冬の陣、夏の陣(夏の陣は1615年)の両陣にも参陣して、1620年には筑後一国を治めていた柳川藩32万5千石の田中忠政(田中吉政の子)が嗣子無く病没して改易となり、筑後の所領は分割され、有馬豊氏がその内の久留米に21万石で移封され、代々久留米を治め、明治に至ります。(Wiki、武家家伝を参照)

 

  西鉄久留米駅のバスセンターからバスに乗ります。

  大学病院下車、所要13分220円。

Dsc03420_2

 

  例によって「余湖くんのお城のページ」から引用します。

  引用元の「余湖図コレクション」。

  本丸部分の図で、東から南、西に石垣が残っています。

Photo

 

  上の図で南側の坂になっている部分が現在の入り口になっています。

Dsc03425

 

入り口の右手の石垣。

Dsc03428

 

  上と同じ石垣。

Dsc03492

 

  南面の左手の石垣。

Dsc03424

 

  南面の石垣を西から。

  背中の方には筑後川の堤防があります。

Dsc03482

 

  西面の石垣。

  石垣上の建物は有馬記念館です。

  レストランがあり、窓際の席からは筑後川が一望できました。

Dsc03483

 

  西面の奥(北)は崩れかけた石垣が。

  これ以上は民家があって進めず、戻って筑後川の堤防に上がってみました。

Dsc03485

 

  筑後川に架かる九州新幹線と在来線鹿児島本線。

Dsc03489

 

  鹿児島本線の電車が行き交います。向こう側が九州新幹線。

Dsc03488

  撮影 2011/08/03

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