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2011年8月13日 (土)

夏の旅行 九州へ(8) - 久留米城跡(2) 有馬氏21万石の居城

 

  久留米藩21万石の有馬氏についての顛末は昨日の記事で書いた通りです。

 

  ちなみに、久留米の有馬氏を摂津有馬氏とか赤松有馬氏と呼ぶのは、九州の戦国大名として有名な肥前有馬氏の存在があります。

肥前有馬氏は現在の島原半島南部の長崎県南島原市の北有馬にある日野江城を根拠地とした戦国大名でした。

有馬晴純の時代に全盛期を迎え、その後有馬氏は一度は龍造寺氏に押されるものの義貞の時代には秀吉の九州の役で秀吉に従い本領を安堵されています。

また、義貞や子の晴信はキリシタン大名としても有名です。

現在の南島原市の南有馬に有馬氏が築いた支城の原城は後にキリシタンによる島原の乱の舞台となりました。

この肥前有馬氏も江戸時代には大名として最後は越前丸岡藩5万石で明治維新を迎えています。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用の図です。本丸のみの図です。

Photo

 

  本丸の南西隅。

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  東面の石垣の北側部分。登り口があります。

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  東面の南側部分。

  残念ながらレンズフィルターが曇っていたらしく、門司港駅まで気づきませんでした。

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  本丸への登り口がある東面。

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  北側に回り込みます。

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  北側から筑後川にかけて。

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  本丸内にある篠山神社。祭神は藩祖有馬豊氏以下。

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  篠山神社本殿横にある大井戸。

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  有馬記念館。

  レストランと入館料200円(大人)の有馬家ゆかりの歴史資料や美術工芸品が展示されている展示室があります。

  競馬に、ファン投票により選出された出走馬でレースが行われる【有馬記念】というGⅠレースがありますが、これは久留米藩藩主の有馬氏の子孫である15代当主の有馬頼寧(ありま よりやす)氏が日本中央競馬会第2代理事長のときの氏の発案で行われるようになったレースで、氏が亡くなったあとに【有馬記念】という名が冠せられるようになりました。

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  レストランの窓際の席から望遠で。

Dsc03475_2

Dsc03472

 

  バスで今度はJR久留米駅へ。

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  撮影 2011/08/03

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コメント

久留米藩は、摂津有馬氏なんや!有馬温泉や有馬記念と関係あるとは、びっくりです。キリシタン大名の九州有馬氏の末裔と思っておりました。

投稿: tera | 2011年8月14日 (日) 04時20分

実は、旅行の前に調べてみて私もビックリ!
有馬豊氏という武将の名前はPCゲームで知っていましたが、あまり印象が無い武将で、戦国の歴史の中でも大きな役割を果たしたとも思われないですしね。
したがって、有馬豊氏と久留米の有馬氏とが結びつかず、漠然と久留米の有馬氏はtera氏と同じように九州の有馬氏と思ってました。
色々な意味でチョットしたトリビアですね。

投稿: mino | 2011年8月14日 (日) 15時14分

九州のキリシタン大名については、イタリア語やスペイン語ができる研究者が1990年代辺りから新しい知見を出してます。ローマカトリック教会やスペイン・メキシコに、当時の宣教師の報告書や関係者の痕跡が残っているんやろうね。この分野で先鞭をつけたのは松田毅一氏かなと思うけど、もっと広くいえば網野義彦さん等の中世史研究の流れを受けて、海洋関係はこの20年で大いに盛り上がりました。小説家としては、隆慶一郎や白石一郎ですね。同じ流れで、伊達の支倉常長についても論文がいくつかあり、それを元にした小説もあります。

投稿: tera | 2011年8月15日 (月) 06時05分

面白い潮流があるんですね。
確かにスペインやポルトガル、イタリアローマ教皇庁などに、日本からと見られる遺品が随分とあるようですね。
当時の日本の武将や商人、町人、信者が送ったり、宣教師が蒐集したりしたのでしょうね。
白石一朗はtera氏に初めて本を紹介してもらいました。
また、本の紹介をよろしく。

投稿: mino | 2011年8月15日 (月) 16時34分

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