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2011年10月 7日 (金)

静岡鉄道 (静岡県静岡市) - 新清水駅と新静岡駅

 

  地方には様々な地方鉄道がありますが、その殆んどが明治から大正、昭和初期にかけての設立で、当時の鉄道を起業するという精神には感服せざるを得ません。

また、鉄道を起業できるお金が地方にあったという事にも感嘆せざるを得ません。

 

  鉄道の起業目的も様々で、特に寺社への巡礼の足としての鉄道の例は多かったみたいですね。

また、人や物資を最寄の港湾に運ぶ目的で鉄道が敷設される例も多かったと思われます。

 

  私の住んでいる岐阜から谷汲への電車が前者の良い例です。

2001年に廃止された時点では名鉄の一地方路線でしたが、最初は谷汲鉄道として発足しています。

谷汲には西国第三十三満願霊場の華厳寺があって、そこへの足としての鉄道でした。

谷汲鉄道は黒野~谷汲間の鉄道でしたが、ちょうどそれまで岐阜(忠節)から北方(現在の北方町)まで来ていた鉄道が黒野まで延伸されるのに合わせて作られています。

これが1926年4月のことで年号で言えば大正15年(同じ年に昭和初年となる)です。


  さて、静岡鉄道ですが、もともとは静岡市内の製茶問屋のあった場所から清水港へお茶を運ぶのが目的で1906年に設立された(旧)静岡鉄道が前身ということです(Wikiより)。

お茶の輸送とは静岡らしい話ですね。

 

  久能山東照宮を参拝した後、久能山の南側の階段を下りて、久能山下(くのうやました)バス停から1日に4本ぐらいしかない清水方面へのバスで新清水バス停に降り立ちました。

三保の松原へ行く予定を変更して、静岡鉄道を走破して新静岡まで乗ってみることにしました。

写真は新清水駅と新静岡駅の駅撮りのみです。

 

  大通りに面した新清水駅。別に繁華な所ではありませんでした。

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  電車の運行間隔が昼間帯でも6~7分毎で、入った電車はすぐに出発して行きます。

Dsc00440

 

  後ろから写真を撮っていて、乗ろうかと思う間も無く出て行ってしまいました。

  容赦ないです。

Dsc00441

 

  しかし、少し待てば次の電車が来ます。

Dsc00446

Dsc00447

 

  新静岡駅に到着。

  途中の駅などでも転落防止の防護柵などが設置されていて、安全面で良いと思いました。

Dsc00448

 

  もう、すぐに出発していきます。

Dsc00450

 

  新清水~新静岡間は所要時間20分ほど、運賃290円です。

  ちなみにJRの清水~静岡間は運賃230円です。

  ただ、気軽に乗れる電車なので沿線の人々には重宝されていると思います。

Dsc00453

  撮影 2011/09/10

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コメント

>鉄道の起業目的も様々で、特に寺社への巡礼の足としての鉄道の例は多かったみたいですね。
>また、人や物資を最寄の港湾に運ぶ目的で鉄道が敷設される例も多かったと思われます。

おいらは鉄道のことは全然知らんのやけど、昔、鉄道史はすこしだけ勉強しました。
明治の関西の私鉄は、島安次郎の関西鉄道が有名やけど、今の近鉄や南海は高野山、観心寺や浜寺の海水浴場とかをつないで敷設してます。日清戦争の大本営を広島・呉に置いたのも鉄道で輸送できるからやね。
大正昭和の私鉄は、郊外住宅と遊覧地ブームで、阪急神戸線沿線、箕面、千里や南海の大美野、近鉄の生駒等。小林一三さんとかで、宅地開発の利益で鉄道建設費を賄うという新しいアイデアやね。
鉄道史に関しては、原田勝正さんが有名やけど、武知京三さんの以下の本がお奨めです。

都市近郊鉄道の史的展開、日本経済評論社
日本の地方鉄道網形成史 鉄道建設と地域社会、柏書房

投稿: tera | 2011年10月 8日 (土) 05時57分

成る程。さすがにtera氏は詳しいですね。
ひとつ質問したいのですが、記事の中でも書いたのですが、当時は一体どこから起業資金が出ていたのでしょうか?
あの頃って結構地方で銀行とか、鉄道とかが起業されていますよね。
現在の日本を見ると、地方の疲弊は目に余るもので、資金の調達という面では非常に困難なように見えます。
中央集権という意味では、当時と現在とでは体制的には殆んど変わっていないのに、なぜ地方であれだけ起業できたのかが解らない。
それとも単に、時代が異なるので、現在の起業の形態や資金調達の方法が異なっていて、我々には見えて無いだけなのでしょうか。
紹介して貰った本は何れも主に関西や都市部での鉄道の形成史のようですが、もっと田舎と言うと怒られますが、そういう地方での起業の実体はどうだったのか。
もし良い本や、論文でも良いですから、思い当たるものがあれば紹介して下さい。

投稿: mino | 2011年10月 8日 (土) 07時36分

薄れていく記憶の知識で申しわけないんやけど^^:、例えば大阪で有名な阪堺鉄道(今の南海)は、松本重太郎や藤田伝三郎などのいわゆる政商達が資金を持ち寄り、地元の名望家に出資させてつくったんやないかなあ。明治の中頃と第一次大戦前後は、私鉄創業ラッシュなんやけど、資金は地元の名望家だったと思います。
江戸時代はいうまでもなく、昭和の戦争体制期までは「地方分権」の時代なんやろね

投稿: tera | 2011年10月 9日 (日) 03時53分

地方の名望家ですか。
確かに、地方へ行くと、必ずその地方に貢献した名望家の旧家とかが残っていますね。
現在では地方でお金を持っていて地元に貢献するっていうと、オーナー個人ではなく企業というイメージがあるのも時代の流れですね。

投稿: mino | 2011年10月 9日 (日) 17時01分

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