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2011年10月19日 (水)

旧児島市(現岡山県倉敷市)と福山市(広島県)を訪ねる(6) - 下津井の「むかし下津井回船問屋」と鷲羽山からの瀬戸大橋

 

  旧野崎家住宅からジーンズロードを経て、元来た道を戻り、武左衛門通りに面した天満屋の一階で食料を調達して、祝日に有り勝ちなデパートの子供たちの大声の中、椅子に座ってそれを食して、しばし休憩の後に外に出ました。

通りの天満屋の反対側の「天満屋ハッピータウン」バス停で下電バスの下津井循環線「とこはい号」に乗り込んだのが15時30分頃。

下津井循環線「とこはい号」は1時間に1本片方向のみの循環バスで、JR児島駅-児島文化センター-鷲羽山ハイランド遊園地前-下津井港前-城山公園入口-下津井漁港前-田ノ浦港前-鷲羽山第二展望台-競艇場正門前-JR児島駅南-児島支所前-児島文化センター南-JR児島駅(バス停は抜粋です)の順で巡回します。下電の循環バス「とこはい号」はこちらで。

 

  JR児島駅15時30分発の下津井循環線「とこはい号」、当バス停は15時31分。

  ほぼ定刻どおりに来ました。

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  天満屋ハッピータウン前の道路は塩田王の野崎武左衛門から「武左衛門(ぶざえもん)通り」と命名されています。

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  下津井港前バス停で下車。所要は約15分で250円。

  バスの運転手さんから「むかし下津井回船問屋」はここではありませんよ、と何度も念を押されました。

  「むかし下津井回船問屋」の最寄のバス停は「下津井漁港前」バス停です。

  もちろん、私は解かっていて降りているのです。

 

  1910年の岡山-宇野間の宇野線の開通と宇高連絡船の運航開始以前は下津井~丸亀間が本州と四国を結ぶ主要なルートの一つとして、特に琴平への参拝ルートとして賑わっていましたが、宇野線と宇高連絡船が運航開始されるとお客はそちらに流れてしまいます。

そのため、なんとかお客を取り戻そうと下津井と国鉄の間に鉄道を敷設しようという計画が持ち上がり、塩田王の野崎家や回船業、醸造業を営んでいた永山家等の児島、下津井の有力者と対岸の丸亀の有力者が資金や用地を提供して下津井軽便鉄道期成同盟を1910年に結成。

営業許可申請と免許の許可を得て、1911年に着工、1913年に茶屋町~味野町(のちの児島)が先行開通、翌1914年下津井~味野町が開通して全線21.0Kmが開通しました。

これが下津井電鉄の前身の下津井軽便鉄道です。

その後の鉄道の経緯や盛衰については割愛しますが、最後まで残った児島~下津井間の下津井電鉄が廃止されたのは1991年1月1日(実際のさよなら運転は1990年12月31日)です。

現在は「下津井みなと電車保存会」の有志が車両などを修理、復元を行っています。

そして、廃線跡は倉敷市によってサイクリングロードとして利用され、もう一つの楽しみ方として提供されています。

 

  そんないわれのある下津井電鉄の下津井駅のあった下津井港に真っ先に降り立ってみたのです。

  下津井港から東に見える瀬戸大橋の方向。

  ここから散歩がてら海岸通りを東に向かって歩いてみました。

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  下津井城跡のお話もあるのですが、これも割愛して、またの機会に。

  海沿いにせり出すように小山があり、そこには祇園神社があります。

  バス道路は南に迂回してぐるりと東に向かいます。

  この祇園神社のある小山の西に下津井港、東に下津井漁港があります。

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  祇園神社に登ってみます。

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  神社を下りて漁港のほうの「むかし下津井回船問屋」へ。

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  下津井漁港前バス停の横の路地を北に入り込みます。

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  右手すぐに「むかし下津井回船問屋」。無料です。

  回船問屋を復元した資料館と半分休憩所的な場所で、食事処と土産物店が備わっています。

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  今度は反対に路地をバス停のほうに。

  最終一本前の16時台のバスで<帰る>、というつもりでしたが、鷲羽山第二展望台で下車して瀬戸大橋の夕日を見ることに。

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  鷲羽山第二展望台バス停に16時57分。

  バス停から歩いて登って15分で展望台へ。

  駐車場は展望台付近から下へ三ヶ所ぐらいありました。この時間駐車場は充分な余裕でした。

  展望台にはレストハウスがあります。

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  なかなか壮観な眺めです。

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  展望台はこんな感じ。レストハウスは右手奥で展望もききます。

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  鷲羽山第二展望台バス停付近から児島の町と海岸。

  バスは最終の当バス停17時57分発。

  JR児島駅南バス停で殆んどが下車。

  私は児島駅から岡山を経て宿を予約している福山まで。

  ただし、途中人身事故で岡山へは1時間半以上の遅れで、妹尾駅で1時間以上停車していました。

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  撮影 2011/10/10

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コメント

鷲羽山の展望台は昔いったことがあり、けっこう歩き回ったこと、瀬戸内がとてもきれいやったことなどの記憶があります。
下津井のことも少し知ってたんやけど、時間がなくて。残念、見ておくべきやったわ^^;
軽便鉄道は大正期がブームやけど、このあと福山ということは、鞆の軽便鉄道かな。楽しみです^^
tera2さん。船のホームページをやってるんやから、瀬戸内の津の一覧とその由来を含めてまとめてよ

投稿: tera | 2011年10月20日 (木) 05時38分

こうして見ると、下津井はまだ下津井城跡とか、下津井漁港からもう少し東の田之浦漁港辺りからの下からの瀬戸大橋とか東からの瀬戸大橋とか、まだまだ見所がありますね。特に下津井城跡は石垣がかなりの規模で残っているようです。
そんなに高い山では無いので半日あれば、っていう感じですね。
それから、福山の鞆ノ浦へは行きませんでした。鞆港と下津井港は天秤にかけてどちらか一方と決めていましたから。
けっきょく、思ってもみなかった牛窓には行ってしまいましたが。

投稿: mino | 2011年10月20日 (木) 21時14分

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