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2011年11月

2011年11月30日 (水)

鹿児島市と人吉市(熊本県)を観光(3) - 桜島桟橋と鹿児島駅前市電のりば

 

  千巌園(せんがんえん)、尚古集成館を後にして「カゴシマシティビュー」 のバスで、かごしま水族館前バス停で下車。

次の目的地は鶴丸城跡ですが、水族館横の桜島桟橋からJRの鹿児島駅まで歩いて、鹿児島駅前から市役所前まで市電に乗ることにしました。

 

  ところで、今回の旅行は、空の便を利用するなど、私のいつもの一人旅とは異なっています。

というのは、今回は複数での連れ立った旅で、私のようにお金より時間が豊富という人たちではなく、むしろ時間はお金で買っても惜しくは無いという、そういう人々との旅行なので、私のポリシーとは少々異なった旅行となった訳です。

それでも、普段の私のポリシーでの旅行では味わえない、大変面白い経験をして、旅行としては素晴らしいものとなりました。

 

  この写真は、千巌園への途中の往きのバスの中から桜島フェリー乗り場を写したもの。

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  フェリー乗り場の建物を抜けて北側に行きます。

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  北側からフェリーと桜島。

  桜島フェリーの旅客運賃は大人150円と大変安いです。

  所要時間は15分、昼間帯は15分ごとの運行。

  要するに安くて頻繁に運行されているフェリーです。

  車は1070円(3m~4m未満)と1480円(4m~5m未満)、何れも運転手を含む、という運賃設定です。

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  残念ながら桜島に渡る時間も無く、鹿児島駅に向かいます。

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  桜島桟橋には次のフェリーがすでにスタンバイしています。

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  鹿児島駅の東側にはJR貨物の鹿児島貨物ターミナル駅があります。

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  鹿児島駅駅舎。

  鹿児島中央駅は新幹線を擁して華やかさに包まれていますが、こちらは駅名とは裏腹ですね。

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  鹿児島駅前の一角にある市電の鹿児島駅前のりば。

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  一番左の電車に乗りました。

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  前後の運転席が独立していて、ちょっと珍しい市電を見ました。

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  市役所前電停にて。

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  撮影 2011/11/26

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2011年11月29日 (火)

鹿児島市と人吉市(熊本県)を観光(2) - 千巌園(せんがんえん)と尚古集成館、鶴嶺神社

 

  鹿児島中央駅の在来線を少し見てから、鹿児島市内観光に出発。

まず、市内観光の足とも言うべき「カゴシマシティビュー」1日乗車券600円を購入しました。

「カゴシマシティビュー」は観光名所をループ状に回るバスですが、1日乗車券で市電、市バスも乗車でき、かつ施設の入館割引を受けることができます。

1日乗車券に1日パスポートが付いてきますので、そこに割引対象施設と割引料金が示されています。

「カゴシマシティビュー」の普通乗車は1回180円、市電は160円です。

ただし、民間バスには適用されませんので、注意が必要です。

「カゴシマシティビュー」には「城山・磯コース」と「ウォーターフロントコース」があり、前者は30分~35分間隔の1日17本、後者は75分間隔で1日8本の運行がされています。

また、夜に「夜景コース」2本があります。

城山からの桜島の眺めが良いそうで、城山には「カゴシマシティビュー」が登ってくれますが、今回は時間的に無理と言うことで、鶴丸城本丸にあった黎明館(歴史資料センター)に入館できなかったことと合わせて残念なことをしました。

 

  千巌園(せんがんえん)バス停にて。

  鹿児島中央駅バス停では「カゴシマシティビュー」の「ウォーターフロントコース」の青いバスが最初に来たので、このバスでまずは「千巌園」へ。

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  千巌園拝観入り口。

  御殿には入らない庭園コースで入園。

  大人1000円(1日乗車券+1日パスポートを提示で900円でした)。

  千巌園(せんがんえん)は江戸時代初期の島津光久によって築庭された大名庭園です。

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  門を入るといきなり正面に「島津義弘公所要の鎧兜」が展示してありました。

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  復元された150ポンド砲。

  その後ろには反射炉跡がありますが、ここで鋳型に流して作っていたのですね。

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  菊花展はほぼ終わり。

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  御殿までの途中には薩摩揚げや薩摩芋のきんつばとか両棒餅(じゃんぼもち)など地元の名物を食べることのできるお店が幾つもあり、飽きさせません。

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  やがて磯御殿の玄関口に。

  建物が埃(ほこり)っぽいのにお気づきだとおもいます。

  単に古い建物というだけでは説明がつかない感じです。

  市内のちょっとした目の行き届かない場所には火山灰らしきものが溜まっていて、車が通ったりすると灰を巻き上げたりします。

  鶴丸城の堀端の生け垣を跨いだら黒いズボンが白く汚れたりと、これは大変だ、と思いました。

  もちろん、普通の場所はきれいで、ちゃんとされていますよ。

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  御殿玄関の前にある錫門(すずもん)。

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  奥の庭に出たらこんな赤い甲冑をまとった武者がいたので、記念に。

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  庭園から桜島。桜島ってけっこう大きく見えるのですね。

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  庭から御殿。

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  御殿前の庭から桜島。

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  水力発電用ダム跡。ここが、ほぼ一番奥。引き返します。

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  磯御殿に戻ってきて正門に行くために下におります。

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  正門。

  外の国道10号線に面していますが、ここからは出入りできません。

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  拝観入口から入ってすぐの場所にある反射炉跡。

  銑鉄を鋳型に流し込んで大砲を作りました。

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  向かって右側が千巌園、左に尚古集成館、そして両方に挟まれた奥に鶴嶺(つるがね)神社があります。

  鶴嶺(つるがね)神社は島津氏初代からの歴代当主とその家族、分家筋の玉里家歴代当主とその家族を祀った神社です。

  明治2年(1869年)の創祀。

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  左手に尚古集成館。

  千巌園のチケットで入れます。

  幕末の藩主島津斉彬は富国強兵、殖産興業を推し進めるためにこの地に工場群を作りました。

  これが集成館事業です。

  尚古集成館は旧集成館機械工場で、国重文にも指定されています。

  中の展示も注目です。

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  別館の前から本館。

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  まだ、異人館などがあり後ろ髪を引かれる想いですが、再び「カゴシマシティビュー」のバスに乗り「かごしま水族館前」バス停(桜島桟橋)まで行きます。

  その後は鹿児島駅まで歩いて市電に乗り換え、市役所前で下車して鶴丸城跡へ。

  今度はは「城山・磯コース」のバスが来ました。

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  撮影 2011/11/26

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2011年11月28日 (月)

鹿児島市と人吉市(熊本県)を観光(1) - 中部国際空港から鹿児島へ

 

 

  鹿児島市と熊本県の人吉市、そして、その間の鹿児島から人吉までの観光列車の旅をしてきました。

二日の日程しか取れなかったので往復は空の便を利用。

名鉄岐阜駅を空港特急「ミュースカイ」で6時3分に出発して、中部国際空港からの鹿児島便で鹿児島空港へは9時45分着でした。

そして、リムジンバスで鹿児島中央駅には10時半過ぎ。

ということで、鹿児島市内滞在はほぼ5時間と、かなり駆け足の観光となりました。

 

  名鉄岐阜駅にて。

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  名鉄岐阜駅、8両編成の空港特急「ミュースカイ」2000系。

  けっこう乗客が多いです。名古屋からも多くの乗客が乗車して来ました。

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  中部国際空港駅。岐阜からは、ほぼ1時間です。

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  完全に明るくなった空港。伊勢湾の向こうは三重県です。

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  鹿児島便は定時の8時15分中部国際空港を出発。

  写真は南紀白浜空港と思われます。

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  足摺岬の上空を過ぎて九州へ。

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  鹿児島空港へも定時に到着しました。

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  空港から鹿児島市内へのリムジンバスの直行便は40分足らずで鹿児島中央駅へ。

  写真は熊本へのバスみたいです。

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  鹿児島空港からのリムジンバス。市内まで1200円。

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  鹿児島中央駅。

  残念ながら新幹線ホームへは行っていません。在来線に入場券で入りました。

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  鹿児島中央駅にて。

  鹿児島本線伊集院行き普通 817系。

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  手前415系電車、向こう側 指宿枕崎線 キハ200系気動車。

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  撮影 2011/11/26

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2011年11月25日 (金)

柏原(かしわばら 米原市)からの帰り - 清滝の里の徳源院を訪れて

 

  柏原駅は自動券売機が無いにもかかわらず、駅員さんが居ない時間帯があります(帰りがそうだった)。

どうしたらいいの、と駅舎内を見渡していたら、電車内で切符を買い求めてくださいという張り紙を見つけて、やっと納得。

この日は多少時間ができたので、清滝の里にある徳源院の庭園の紅葉と三重塔を見に来ました。

その合間の鉄道の写真です。

 

  柏原駅駅舎。

  普段であれば向こう側に伊吹山が見えるのですが。

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  柏原中学校から清滝の里に向かう途中で北側(正確には北東かな?)が開けます。

  冬場には雪を頂いた伊吹山がバックとなる、古くからの鉄道写真の有名な撮影ポイントです。

  私の居る場所は道路上なので、この位置はベストポイントではありませんが、ベストポイントがどこなのかは私自身も知りません。

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  柏原駅にて。

  米原発大垣行き普通 313系がやって来ました。

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  柏原からの電車は大垣駅の1番線に入り、岐阜、名古屋方面への電車は5番線からでしたので、すぐ横の切り欠きになっている樽見鉄道の6番線を覗いて見ました。

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  もうそろそろ出発の様子。東方向に出発して、途中まで東海道線と平行して走ります。

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  5番線の豊橋行き新快速の313系。

  これに乗ります。

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  岐阜駅前。大垣からは11分。

  柏原までの4時間のミニ旅行でした。

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  撮影 2011/11/14

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2011年11月24日 (木)

柏原宿と清瀧寺徳源院京極家墓所(旧柏原町 現米原市)(3) - 京極家墓所と徳源院三重塔

 

  清滝の里にある徳源院の庭園を観賞したあとは外に出て、京極家の墓所と三重塔を拝見。

 

  近江源氏である佐々木氏は、承久の乱(1221年)で活躍した佐々木信綱の死後、近江の領地を4人の息子で分割相続、長男が大原氏、次男が高島氏、三男が宗家となり六角氏、四男が京極氏の祖となります。

近江の領地のうちほぼ南部を六角氏、ほぼ北部を京極家が領しましたが、応仁の乱以後は京極氏は浅井氏などの台頭で没落、六角家は織田信長の上洛戦で滅びます。

しかし、京極氏は高次、高知兄弟が信長、秀吉、家康に仕え、関ヶ原の戦いでは東軍に与して大津城に篭城して戦い、その功として高次が若狭後瀬山城で若狭一国(後に小浜城に移る)、弟の高知は丹後宮津城で丹後一国を領しました。

両家ともその後の変遷で高次流は丸亀藩6万石、後に多度津藩に1万石を分地、高知流は宗家は宮津藩で一度は改易、のちに高家となり、分家が丹後田辺藩から豊岡藩、もう一つの分家が峰山藩で維新まで存続しました。

 

  このうち高次流の丸亀藩藩主京極高豊の時に、この地と播磨に所有していた領地との交換を幕府に申請して認められ(1672年)、清滝寺を復興してここに一族の墓碑を集め、整理して、高豊の父の高和の法名に基づいて、これを徳源院としたそうです。(Wiki改変より)

 

  三代目「道誉ざくら」と高豊が寄進した三重塔。

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  清滝寺京極家墓所についての案内板。

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  墓碑の配置図。

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  京極家墓所。

  一番手前の石廟は京極高次のもの。   右の門から入ります。

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  門の脇にある支藩の多度津藩藩主の墓碑。

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  境内からは木が生い茂っていて三重塔を写すポイントが無いので外に出ました。

  トイレが門前にあります。

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  南に回りこんで三重塔。

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  もと来た参道を柏原駅に戻ります。

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  柏原駅。

  駅員さんがいなくなっていて、自動券売機も無いので、車中で車掌さんから切符を買いました。

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  米原発大垣行きの普通 313系電車がやって来ました。

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  撮影 2011/11/14

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2011年11月22日 (火)

柏原宿と清瀧寺徳源院京極家墓所(旧柏原町 現米原市)(2) - 清瀧神社と徳源院庭園

 

  柏原中学校の前の道路を北に歩いて行くと、やがて「ここは清滝です」という碑が迎えてくれます。

まだ新しい碑で、前回訪れたときにはありませんでした。

そのまま、里の中に入っていくと四つ辻に徳源院の方向を指し示す標識があり、その指し示した左に道をとると、一本道で徳源院の角に行くことができます。

 

  清滝の里の入り口の碑。

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  まっすぐ西(歩いていると方向が解らなくなります)に参道。

  手前左手はバス(観光バス)の駐車場。さらに、奥には車の駐車場もあります。

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  同じくバスの駐車場の前から。

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  徳源院の角を左に曲がれば入口というところで、小川を挟んで右側に清瀧神社があります。

  少し覗いてみました。

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  なんとも素朴な社殿です。中の社殿を保護するための覆いにも見えますが。

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  向こうが徳源院。

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  この左手が入口。

  今日はタクシーが2台、徳源院を訪れたお客さんを待っていました。

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  タクシーのドア横から入口を2枚。

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  本堂。

  右手に拝観入口があり、中に入って300円です。

  建物の中から庭園と本堂と本堂の左右の寺宝が拝観できます。

  京極家墓所も拝観料に含まれます。

  徳源院へは何度も訪れていますが、建物の中に入ったのは初めてでした。

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  以下、庭園です。お茶も出していただきました。

  住職さんのお話だと、例年だと真っ赤に色づく時期なんですが、ということでした。

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  外に出て、墓所と三重塔を見ます。

  外には「道誉桜」という桜の木があり、春の見所です。

  左右に二代目と三代目があります。

  道誉というのは佐々木道誉(京極高氏)という室町幕府開府に尽力した武将です。

  知っている人は知っているという有名な武将です。

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  撮影 2011/11/14

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2011年11月20日 (日)

高山駅(岐阜県高山市) を跨線橋から - 晩秋の高山にて

 

  もう紅葉もほぼ終わりと言う11月初旬の高山。

高山城跡の城山と寺町の東山寺院群を歩いて、高山駅に戻ってきたところ。

帰る前に、駅から南にある陸橋(跨線橋)から高山駅を望んで見ました。

 

  高山駅駅舎。

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  南から高山駅を。

  右側の待避線のキハ85は富山からの「ワイドビューひだ」への増結用。

  1番線の特急は高山発15時36分の大阪行き「ワイドビューひだ36号」+名古屋行き「ワイドビューひだ16号」 キハ85系。

  2番線は高山終着のキハ48の2両編成。

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  遠くに飛騨古川発高山終着のキハ48 国鉄色が到着。

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  跨線橋の南、大阪&名古屋方面へのキハ85系、煙に巻かれました。

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  撮影 2011/11/08

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2011年11月19日 (土)

柏原宿と清瀧寺徳源院京極家墓所(旧柏原町 現米原市)(1) - 柏原駅から柏原宿を抜けて清滝の里へ

 

  所用の合間で4時間ぐらいの時間ができ、でかけることにしました。

取り敢えずJR岐阜駅から大垣駅までの切符を買って大垣駅まで。

途中、美濃赤坂へ、と頭に浮かびましたが、美濃赤坂行き電車までは30分以上あることが大垣駅でわかり、代わりに柏原の徳源院を久し振りに訪れようということになりました。

清滝寺徳源院には京極家の代々の墓所があります。

また、徳源院は春は桜、秋は庭園の紅葉が有名なお寺ですが、これまで、この時期に訪れたことはありませんでした。

 

  柏原駅(かしわばらえき)。

  天気はとても良かったのですが、伊吹山は霞みのかなた。

  自動券売機が無いのに駅員さんがいないことがある駅で、厄介です。

  以前はそんなことは無かったのに。

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  駅を南に、すぐに東西の中山道。東を振り返ったところ。

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  古い民家も保存されています。

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  本陣跡。

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  中山道柏原宿 西のほう。

  左手の車が駐車してある家が伊吹艾(もぐさ)のお店。

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  安藤(歌川)広重の中山道を題材にした「木曽街道六十九次」の柏原宿に描かれている「亀屋左京」。

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  柏原宿には「もぐさ」を扱うお店が9軒もあったそうです。

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  西に向かう途中にある日枝神社。

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  日枝神社の社殿。

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  柏原中学校の校門前から少し西に歩いていくと北側が開けます。

  バックに伊吹山があり、東海道線はここで北に大きくカーブしていて、昔から鉄道写真のポイントとして有名な場所です。

  私の撮っている場所は道路上で、たまたま電車が大垣方面から来たので写したというものです。

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  道はいつの間にか北方向を向いていて、清滝の里の入り口には碑が立ってました。

  以前には無かったものです。

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  今は新しい現代的な民家が多いのですが、道路を北に入っていくと「徳源院」へと指し示す標識があり、ここを左に曲がります。

  駅から徳源院までは2kmぐらいでしょうか。

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  撮影 2011/11/14

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2011年11月16日 (水)

高山市(岐阜県高山市)を観光 晩秋編(6) -帰りに 高山別院から飛騨国分寺に寄り道

 

  今回の晩秋の高山観光は城山(高山城跡)と東山の寺町の寺院群を主に訪れました。

帰りは国道158号線に出て、この大通りは西に下っていくと国分寺通りと呼ばれているようですが、この大通りを高山駅に向かって帰りました。

途中、高山別院、古い町並みを覗きつつ、飛騨国分寺の大イチョウを見に行き、その後、駅まで戻りました。

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  東山寺院群の北の端から、国道158号線に下りて来て、このまま駅の方にこの大通りを歩いて帰ります。

  見えるのは大雄寺(だいおうじ)の楼門。

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  歩いて行くと、大通り沿いに高山別院があります。

  観光バスがどんどん境内の一角にある駐車場に入っていきました。

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  門越しに本堂。

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  鐘楼の向こうは駐車場で大型バスがたくさん。

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  さらに駅の方に歩いて行きます。

  辻々からは南の方に城山が見えます。

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  古い町並み、東側の道。

  大通りを渡って北に行くと日下部民芸館、吉島家住宅から桜山八幡宮の表参道へ。

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  もう一つ駅側の古い町並み。

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  宮川に架かる鍛冶橋から北の方。

  桜山八幡宮の鳥居が見えます。

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  少し拡大。鳥居はもう一つ向こう側の橋の東詰め(右側)。

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  宮川の鍛冶橋を渡ってしばらく歩いて行くと右手に飛騨国分寺があります。

  残念ながら大イチョウはあまり色づいていませんでした。

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  飛騨国分寺の本堂は重文。

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  飛騨国分寺三重塔。

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  願掛けなで「さるぼぼ」。飛騨国分寺の門前にあります。

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  高山駅に帰ってきました。

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  撮影 2011/11/08

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2011年11月15日 (火)

高山市(岐阜県高山市)を観光 晩秋編(5) - 寺町の東山寺院群を歩く

 

 

  城山から下って高山城跡の三の丸跡にある飛騨護国神社を訪れた後、東に(下の案内板では上に)歩いて川上別邸史跡公園を経て、少し高台に南北に連なるようにある寺町の東山寺院群を南から北へ、順に歩いてみました。

 

  東山遊歩道を示す案内板の全体。赤の線が東山遊歩道。

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  今日の記事に関係する部分を拡大した図。

  ちなみに歩いたのは右側からですが、寺院の紹介は左側(北側)から。

  久昌寺-雲龍寺-(東山白山神社)-大雄寺-洞雲院-(国道158号線)-素玄寺-(東山神明神社)-天照寺-法華寺-善応寺-宗猷寺、

  これだけの社寺の境内を右から(南から)歩いて、最後は国道158号線を駅方向の西(図の下)に下りました。

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  宗猷寺(そうゆうじ)。

  1632年飛騨国主金森重頼と弟の重勝が父の可重の菩提のため建立。

  臨済宗妙心寺派。

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  この日に見た寺院建築ではこの本堂と大雄寺(だいおうじ)の楼門(山門)が特に堂々としていました。

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  善応寺(ぜんのうじ)地蔵堂。曹洞宗のお寺。

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  法華寺(ほっけじ)。法華宗陣門流の寺院。

  加藤清正の孫の光正が改易となり1632年高山に配流され、翌年亡くなったのを三代藩主金森重頼が哀れみ、菩提をとむらったお寺。

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  天照寺。現在はユースホステルを運営しています。

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  東山神明神社

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  神明神社絵馬殿。県指定文化財。

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  社殿ですが、賽銭箱もないし、神様は鎮座しているのか、ちょっと首を傾げる様子の社殿でした。

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  下の広場でゲートボールをしいています。

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  素玄寺。

  高山初代藩主の金森長近の菩提寺として1609年二代藩主金森可重が開いたお寺。

  ただし、現在は金森長近の墓所は京都の大徳寺にあります。

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  大雄寺(だいおうじ)。浄土宗のお寺。

  元は吉城郡(よしきぐん)上広瀬村(現高山市国府)にあった同寺院を金森長近が現在の場所に移築。

  飛騨地方における念仏門最初のお寺だそうです。

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  県指定の鐘堂。1689年。

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  立派な楼門です。1807年。市指定文化財。

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  東山白山神社。

  右に大雄寺、左を雲龍寺に挟まれた間の坂を上って行きます。

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  大雄寺楼門と城山。

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  一番奥に社殿。

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  白山神社の鳥居の横から雲龍寺に入ります。

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  雲龍寺ではなんと言っても一風変わった鐘楼門です。

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  久昌寺の中から雲龍寺の鐘楼門。

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  国道158号線を西に下ります。

  大雄寺(だいおうじ)の楼門が見えます。

  この道を真っ直ぐ下ると高山別院、古い町並み、宮川を渡って飛騨国分寺へ。

  これが帰り道となりました。

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  撮影 2011/11/08

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2011年11月13日 (日)

高山市(岐阜県高山市)を観光 晩秋編(4) - 飛騨護国神社から川上別邸史跡公園

 

  城山(高山城跡)の本丸屋形跡から照蓮寺へ下りて、二の丸公園のお店で食事をして後、北側に下り、高山城跡の三の丸跡にある飛騨護国神社を訪れました。

そして、今度は東にある東山の寺町の寺院群に向かいました。

 

  下の案内図では上が東、左が北です。

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  上の案内図を拡大したもの。今日の記事に関係のある地域を拡大しました。

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  飛騨護国神社の社殿。けっこう素朴でいい味を醸し出しています。

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  北側が正面です。

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  護国神社は高山城の三の丸跡にあります。

  その三の丸の三方を囲むようにお堀があったそうですが、東側半分が残っています。

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  そのお堀跡ですが、いろいろ手が加わっているようです。

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  護国神社から東の江名子川沿いにある川上別邸史跡公園へ。

  川上家は高山の町年寄を勤めた家。その別邸があったところです。

  江戸後期の蔵が保存されています。

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  公園にはミニ庭園があります。

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  江名子川の河段から公園内にある蔵。

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  東山寺院群へ小路を少し上がります。

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  撮影 2011/11/08

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2011年11月12日 (土)

高山駅のキハ85系 - 晩秋の高山観光で

 

  11月の初旬に高山を観光してきましたが、紅葉はほぼ終わりという、さすがに飛騨の秋は早い。

往きは岐阜から高速バスで、帰りはJRと、前回に高山を訪れた今年の7月初旬とまったく同じ経路をとりました。

岐阜~高山の高速バス(岐阜バス)は片道2500円、往復4500円(いずれも要予約 一日5往復、濃飛バスと共同運行)、一方JR高山線岐阜~高山間の片道運賃は2520円です。

しかも、JRの場合は片道の普通列車による所要時間はほぼ3時間、高速バスは2時間なので、特急「ひだ」を利用すると、さらに費用的に分が悪くなります。

ただし、バスは正直疲れます。

というわけで、疲れた帰りはJRに乗って帰りました。

 

  高山駅。

  高山市内の城山(高山城跡)、東山の寺町の寺院群、今回はこの二ヶ所を中心に5時間ぐらい歩いて、戻ってきたところ。

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  キハ85系3両編成。

  名古屋~富山間 特急「ひだ」の名古屋~高山間での増結用車両。

  この車両は富山発15時10分(高山発16時44分)の特急「ワイドビューひだ18号」に増結されました。

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  同じく上のキハ85系。

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  美濃太田発高山終着の普通 キハ48 の2両編成。

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  撮影 2011/11/08

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2011年11月11日 (金)

高山市(岐阜県高山市)を観光 晩秋編(3) - 城山(高山城跡)に登る(2)

 

  城山の本丸屋形跡から下りて来ました。

登った道とは異なる道を経て照蓮寺の南に下りて来たのですが、とにかく山の道がいくつも枝分かれしていて大変わかりにくかったです。

ただし、登れば本丸屋形跡に到達でき、下れば二ノ丸公園付近に下りることはできます。

お城カテゴリーになっていますが、高山城跡の詳しい様子はこの記事では余り解からないので、あしからず。

 

  取り敢えず照蓮寺の方に下りることがわかって一安心。

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  途中には日露戦争の広瀬武夫海軍中佐の胸像。

  中佐は小学校時代を高山市で過ごしたそうです。

  NHKの「坂の上の雲」のドラマでも登場しましたね。

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  落ち葉の絨緞を下ります。

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  高山城址の碑。

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  高山市の町並みが見えます。

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  照蓮寺の前に出ました。二の丸公園は写真の照蓮寺の向こう側です。

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  照蓮寺の本堂。

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  横から出ます。

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  塀沿いに二ノ丸公園の方に。振り返って。

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  公園内のお店で食事をして、その後、旧三の丸跡にある護国神社へ下りました。

  下の赤い線の城山から左に延びて切れているところが護国神社。

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  撮影 2011/11/08

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2011年11月10日 (木)

高山市(岐阜県高山市)を観光 晩秋編(2) - 城山(高山城跡)に登る(1)

 

  岐阜から高速バスで10時前に高山に着き、まず向かったのは高山城跡のある城山。

といっても、お城のカテゴリーにしてありますが、余り高山城跡の様子はこのブログでは役に立たないと思います。

 

  下の図はお城のサイト「余湖くんのお城のページ」から引用させてもらいました。

高山陣屋前の宮川に架かる赤い橋の中橋を渡ると右手に高山市政記念館、左手に古い町並みの小路がありますが、高山市政記念館の交差点からさらに東へ坂を登っていくと、下の図の武家屋敷と描いてあるあたりの道に出て、これを山の方へ登ると、図の庭樹院館と描かれている場所にいたります。

これが現在の二ノ丸公園です。

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  二ノ丸公園にある高山城と高山の町を建設した金森長近の銅像。

  織田信秀、信長、秀吉に仕え、関が原の戦いでは東軍に属して初代高山藩の藩主。

  秀吉の時代にすでに飛騨一国を与えられていました。

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  二ノ丸公園には駐車場があります。

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  二ノ丸公園から城山の周回道路を少し東側に回り込み、この道を登り本丸へ。

  登り口はほかにもあります。

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  落葉真っ盛りの道を登ります。

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  中段屋形を通ったことは確かですが、余りよくわからず登っています。

  登り詰めたところは搦め手。搦め手門跡の石碑がありました。

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  本丸に到達。本丸屋形跡の下にあるあずまや。

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  本丸屋形のあった石垣。石垣は復元だそうです。

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  本丸屋形跡の広場。

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  下りは南西側から下りました。

  多くの散策道があり、複雑に分かれています。

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  南之出丸周辺。その碑が見えます。

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  照蓮寺の文字を見てやっと安心しました。

  下って照蓮寺から二ノ丸公園です。

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  撮影 2011/11/08

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2011年11月 9日 (水)

高山市(岐阜県高山市)を観光 晩秋編 (1) - 岐阜からは高速バスで

 

  高山市への観光は今年二回目。

前回は7月の初旬でしたが、今回も前回同様に岐阜からは朝早くの高速バスで高山へ、帰りはJR高山線を利用しての日帰り旅でした。

前回の旅行では高山市でも比較的メジャーな観光地を巡りましたが、 今回は高山城跡の城山登山と東山の寺町を中心に歩いてきました。

残念ながら紅葉はほぼ終わり、逆に飛騨国分寺の大イチョウはまだ色づいていなくて、更に残念でした。

最初は世界遺産の白川郷へ、と考えていましたが、少し時期を逸しているのではないかと思い断念しました。

白川郷へは高山から濃飛バスで50分。

岐阜から白川郷への高速バスは無く、名古屋からになります。

岐阜からは郡上八幡営業所で名古屋からのバスに乗り換えて行く方法がありますが、ネックは1日に1往復しかないことです。

したがって、多少金額的に高くなっても、高山からの濃飛バスでの往復で、しかも予約なしでのバスが多いので(高山~(白川郷)~金沢のバスは要予約)融通が利いて急な思いつきの日帰りでも便利です。

 

  朝の7時半頃の名鉄岐阜駅の岐阜バス乗り場。

  殆んどのバスは大通りのバス停での乗り降りですが、高速バスや一部の郊外バスはここから乗ります。

  岐阜~高山線はB乗り場。手前のバスが高山への高速バスです。

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  岐阜を7時40分発、高山濃飛バスセンター到着が9時40分。

  ここのバス駐車場で降車します。

  向こう側のバスは飛騨の里と高山駅を結ぶ市内周遊バスの「さるぼぼバス」。

  他に市内周遊バスには「まちなみバス」があります。

  前者は一乗車200円、後者は一乗車100円です。両方含めた一日乗車券は600円です。

  でも、市内は皆さん歩いている人が多いですね。

  徒歩旅行者にとっては、飛騨の里方面への「さるぼぼバス」は必要になってきます(飛騨の里へ行くのであれば)。

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  高山駅駅舎。駅舎の右手が出口で、その目の前の左手の建物が観光案内所。

  備え付けの地図を手に入れて出発です。

  日本語のほか、普通の観光地では英語、中国語、韓国語の三ヶ国語が普通ですが、ここ高山ではかなりの言語にも対応しています。

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  上の高山駅を写した写真から振り返ると高山濃飛バスセンターがあります。

  バスが渋滞中。市内周遊バスも、白川郷等の高速バスもここから。

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  駅前を東に道路を渡り、もう少し南方向にある高山陣屋の方に歩いて行きます。

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  高山陣屋と陣屋前の朝市。

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  朝市は11時ごろまで。

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  高山陣屋は前回拝観したので、今回は入ることなく表門の前から目の前の赤い中橋へ。

  その中橋のたもとにある日枝神社。

  すっごく狭い場所にあるのですがチャンと巫女さんがいます。

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  中橋と城山。

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  中橋を渡ると右手に高山市政記念館。左手には「古い町並み」が北に(左手奥)に続きます。

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  高山市政記念館の交差点から奥の東に上りの道を登ります。

  途中には旅館や民家があります。

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  やがて、二ノ丸公園の入口に。右手は城山を周回する道路です。

  碑には城山公園と刻まれています。

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  左手の二ノ丸公園の真ん中に高山城と高山の町を開いた金森長近の像があります。

  二ノ丸公園には公園と駐車場、食事のできるお店があります。

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  撮影 2011/11/08

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2011年11月 8日 (火)

一宮市から岩倉市へ(愛知県)(2) - 岩倉城跡と織田信安墓所

 

  昨日の記事でこの旅行の話は終わったことになっていますが、岩倉市(愛知県)の散策の様子を最後に上げておきます。

 

  一宮市の浅野公園から再びバスに乗り、岩倉駅(名鉄犬山線 岩倉市)へ向かいました。

岩倉には織田信長と対立した織田伊勢守家の岩倉城跡と織田信安の墓所があります。

 

  尾張守護代家の職にあった織田家は、応仁の乱で東西に別れ、東軍の守護代大和守敏定、西軍の伊勢守敏広は激しく争うも、1479年に和議が成立して、それぞれ大和守は清洲、伊勢守は岩倉を拠点として分立し、そのまま尾張上四郡を岩倉城に拠る伊勢守系が尾張下四郡を清洲城に拠る大和守系が支配することになります。

その清洲の大和守家には三奉行があり、そのうちの弾正忠家は尾張西部の港町で門前町でもある商業都市の津島を手に入れ、その財力と武勇で頭角を表わし、織田家で秀でた地位を占めるようになります。

これが、信長の祖父の信定と父の信秀の頃です。

1551年に信秀が死去して跡を信長が継ぎますが、離反が相次ぎ、ここに信長の尾張統一戦が始まります。

詳しくはここでは述べませんが、主として三つの大きな敵、ひとつは清洲の織田大和守系と岩倉の織田伊勢守系、そして信長の一族の特に弟の信勝(信行)が信長の敵として立ちふさがりました。

ここでは、清洲と弟の信勝(信行)の話は割愛して、前二者を倒したあとには、岩倉の尾張上四郡の守護代の伊勢守系織田信安が信長の敵として残ります。

しかし、信安は自分の跡目を次男の信家に譲ろうとして、逆に長男の信賢に岩倉城から追放されてしまい、信長の敵は信賢となります。

1558年の浮野の戦いで信長は信賢を破り、翌1559年には信長は岩倉城を囲み落城させ、ここに織田伊勢守家は滅んでしまいます。

 

  後に、この岩倉の領地を巡って桶狭間の戦い(1560年)のあとの1562年に信長とは従兄弟の犬山城主の織田信清が反旗を翻し、犬山城が信長によって落城したのは1564年でした。

尾張一国内が信長にとって盤石になったのは、この時ではないでしょうか。

なお、岩倉城主であって長男の信賢に追放された信安は後に信長に許され、美濃白銀に所領を与えられ、晩年には総見寺(現在も安土城跡にある)の住職となったそうです。

                                     (以上Wikiほかを参照)

 

  戦国武将の浅野長政の宅跡の浅野公園を訪れて、再びバスでほぼ東の岩倉市へ。

  一宮駅方面を振り返って。

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  名鉄犬山線の岩倉駅前に着きました。

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  駅舎は無く、地下通路に下りると改札があります。

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  岩倉駅西口の駅前。

  バスは先ほど浅野公園から乗ってきたバスです。

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  地下の岩倉駅改札口。

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  改札の前を通り過ぎて、反対の東口。

  岩倉市の東に位置する小牧方面にバスが出ています。

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  犬山線に沿って南に少し歩いて南から岩倉駅を。

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  東口の駅前通りをまっすぐ東に歩いていくとある神明生田神社。

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  南側に回りこんで南に拝殿があります。戦前の神社の格付けは村社。

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  そして、本殿の脇に山内一豊公生誕地の碑。

  実は以前の記事で紹介した旧木曽川町(現一宮市木曽川)の黒田城跡にも生誕地の碑がありました。

  一豊の父の盛豊は岩倉の伊勢守家の家臣でしたから、こちらという解釈もあるのでしょう。

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  素朴な感じの神明生田神社の本殿。

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  神社の東を南北に流れる五条川。

  この五条川は下流で清洲城の脇を流れます。

  岩倉での桜の名所です。

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  五条川を南に歩いて行くと東西に延びる県道の大通りに出ます。

  この県道を犬山線のある西の方に行くと県道沿いの南側に岩倉城跡の碑があります。

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  碑の横にある岩倉城復元想像図。

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  大通りを挟んで城跡の碑とは反対側にある休憩所。

  トイレと水のみ場、ベンチがあります。

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  県道の北側、右側を歩いていたら、横手の道にこんなのが。

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  県道は犬山線を陸橋でまたいでいます。

  フェンスの網の目の間から、新鵜沼行き特急「ミュースカイ」。

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  同じく陸橋から。

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  県道の陸橋を渡らずに手前を南に行くと、織田信安夫妻の墓所のある誓願寺。

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  誓願寺の本堂。左手の木の陰に墓所が見えます。

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  織田信安夫妻の墓所。

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  岩倉駅に戻り、犬山方面へ。

  電車は名古屋方面へのパノラマスーパ。

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  撮影 2011/10/26

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2011年11月 7日 (月)

名鉄各務原線(かかみがはらせん) 細畑駅にて - 岐阜県岐阜市

 

  犬山遊園駅から名鉄岐阜駅に向かう途中、高架の細畑駅(ほそばたえき)からの岐阜城を見たくて、つい降りてしまいました。

改札の外へは出ずに、プラットホームでブラブラして、次の電車に乗って名鉄岐阜駅に帰りました。

細畑駅は各務原線唯一の高架駅です。

 

  犬山遊園から乗ってきた名鉄岐阜行き5600系。

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  細畑駅からは北にカーブを描いてJR高山線をまたぎ、再び西にカーブを描きながら次の田神駅に至ります。

  新鵜沼~細畑間は一貫して高山線の南を走りますが、ここから高山線の北側になります。

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  細畑駅ホームから岐阜城。やはり電柱が邪魔になりました。

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  岐阜発犬山行きの6800系。

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  同上。

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  パノラマスーパー増結用の1800系2両。

  一宮市の浅野公園から岩倉市散策の旅はこれで終わり。

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  撮影 2011/10/26

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2011年11月 3日 (木)

名鉄犬山線 犬山遊園駅 で途中下車 - 愛知県犬山市

 

  名鉄犬山線岩倉駅から私の勘違いで一旦柏森駅で降車してしまい、再び後続の特急に乗って、今度は私の意志で犬山遊園駅で下車。

犬山遊園駅は木曽川に架かる犬山橋のすぐ南にあります。

犬山遊園駅の南が犬山駅、橋を渡って北は岐阜県の新鵜沼駅。

名古屋方面からは新鵜沼駅までが犬山線で、名古屋方面からの電車は新鵜沼駅止まりですが、各務原線(かかみがはらせん)の電車のみは、名鉄岐阜駅と犬山駅の間を運行していて、新鵜沼駅は途中駅となります。

犬山遊園駅は2008年まではモンキーパークモノレール線の乗換駅でした。

 

  柏森駅から乗ってきた特急を降りて、少し駅の外に出てみました。

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  内海行き急行5000系が犬山、名古屋方面へ。内海は知多半島の知多新線終着駅。

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  犬山遊園駅の西口。

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  各務原線(かかみがはらせん)の岐阜行き。

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  西口にある犬山観光マップ。

  犬山駅からは三本に路線が分かれてるのが良くわかります。

  一番西から犬山線、小牧線、広見線。

  小牧線、広見線は基本的に犬山駅が始終着駅です。

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  特急増結用の一般車1800系の名鉄岐阜発犬山行き普通、犬山橋を渡りきったところ。

  ご存知のように昔は一般道路との共用橋で有名でした。

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  犬山橋を渡ってくる豊橋行き特急2200系。

  よく見ると後ろに赤い車両2両を増結していますね。

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  橋の東側に日本ライン下りの船着場兼犬山の鵜飼い観覧船乗り場があります。

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  新鵜沼行き急行。

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  西側の河岸道路から新旧犬山橋。

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  犬山橋から犬山城。

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  犬山遊園駅西口に戻って、再び岐阜方面へ。

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  撮影 2011/10/26

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2011年11月 1日 (火)

名鉄犬山線 柏森(かしわもり)駅 - 愛知県丹羽郡扶桑(ふそう)町

 

  名鉄電車車中で、車掌のアナウンスを聞き間違えて降りてしまった柏森駅。

私にとって、この辺りは余りなじみの無い土地です。

扶桑町役場は扶桑駅が最寄の駅ですが、特急(一部有料)は柏森駅のほうに停車します。

 

  岩倉駅から乗ってきた新可児行き準急。

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  犬山線から名古屋本線の豊橋行き特急「パノラマスーパー」1000系。

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  同じく柏森駅の「パノラマスーパー」。

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  撮影 2011/10/26

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