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2011年12月

2011年12月31日 (土)

田辺城(京都府舞鶴市) - 西舞鶴は田辺城の城下町

 

  以前に書いたとおり、現在の舞鶴市は軍港としての東舞鶴と田辺城の城下町としての西舞鶴からなっています。

織田信長の命で守護大名の一色義道を滅ぼした細川藤孝は、信長から丹後を与えられて、当初の宮津城からこの地に移り築いて居城としたのが田辺城で、以後丹後の拠点として発展したのが現在の西舞鶴です。

その後、藤孝は隠居して子の忠興に田辺城を与え、自らは宮津城に居を構えていましたが、関ヶ原の戦いの折には宮津城を焼き払い田辺城に立てこもっています。

このときの「古今伝授の書」にまつわるエピソードは割愛して、戦後、細川家は九州小倉に転封、替わって東軍として功のあった京極高次、高知兄弟のうち弟の高知が丹後一国12万3千石で田辺城に入りました(ちなみに兄の高次は若狭一国8万5千石で後瀬山城に、後に小浜城を築く)。

しかし、京極高知は再興した宮津城に入り、田辺城は破却されてしまいます(一国一城令による)。

その後、高知の死後、遺言により嫡男の高広に宮津藩7万5千石、三男(Wiki「田辺城」の項では次男に、他は三男となっている)の高三(たかみつ)に田辺藩3万5千石、養子の高通(Wiki「田辺城」の項では高信となっているが高通が多い)に峰山藩1万3千石が分け与えられ、そのうちの田辺藩の高三が田辺城を再興して、後に入封してきた牧野氏も改築を施して明治まで存続することになります。

 

           今年(2011年)最後の記事になりました。

                                 では、良いお年を。

 

  西舞鶴駅にて。留置線に287系3両編成がいました。

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  西舞鶴駅前。前日からの雪がまだ残っています。

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  駅舎内からみた駅前広場。

  右手が北で、一本目の道を右手に歩いて行くと5分足らずで城門の前に出ます。

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  現地での案内板を拡大してみましたが、本丸の赤い部分と一帯が今の舞鶴公園になっています。

  二の丸と書いてある字の下には舞鶴西警察署と見えます。その前に現在の城門があります。

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  こちらは市立明倫小学校の南に残っている田辺藩の学問所「明倫館」の門。

  城門から見える位置にありますよ。

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  城門。少し北側から。

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  城門の正面。道路を挟んである舞鶴西警察署の建物前から。

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  少し南側からの城門。

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  城門の南側から公園内に入りました。二層櫓の彰古館が向こうに見えます。

  城門と彰古館内は無料の資料館となっています。

  別に郷土資料館が小学校の北側にあります。こちらも料金は要りません。

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  城門と彰古館のつなぎ目の高台から公園を。

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  公園の東は道路と舞鶴線に接しています。

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  城門の内側の天守台跡。

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  隣の東屋から天守台跡。

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  こちらは彰古館から東に連なる本丸を画す石垣。

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  上の石垣の東側に回り込んで。

  公園内の右手には「カフェふろーら」というカフェがありますが、行かなかったんで、どういうカフェかは判りません。

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  もう少し東に引くと城門が見え、位置関係がわかります。

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  公園の東端に出ると、こんな様子。

  道路の横にはフェンスを隔てて舞鶴線が通っています。

  高いフェンスで電車の写真は無理です。

  すぐ南側に陸橋がありますが、車の専用橋で上がれずここも無理でした。

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  公園の南東隅から城門の方を写して、ここから田辺城を後にしました。

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  撮影 2011/12/17

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2011年12月26日 (月)

岐阜城 - 雪の残る午後

 

  岐阜城のある金華山(稲葉山)の南、少し東から(北一色という地名のあたり)の写真。

前日の日曜日から雪となって、月曜日の午後、日差しの中まだ雪が残っている岐阜城です。

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  高架道路は国道156号線の岐阜東バイパス。

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  撮影 2011/12/26

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2011年12月22日 (木)

西舞鶴駅(京都府舞鶴市)にて - 田辺城跡を訪れる途次に

 

  舞鶴市は京都府の北部の人口8万8千人ほどの都市で、田辺城(舞鶴城)の城下町であった西舞鶴と軍港としての東舞鶴からなっています。

この日はその内の西舞鶴にある田辺(舞鶴)城跡を訪れて、その途次の西舞鶴駅。

舞鶴線は綾部~東舞鶴間で、西舞鶴駅は途中駅となります。

西舞鶴駅は北近畿タンゴ鉄道宮津線の始終発駅でもあり、前身の旧国鉄宮津線(のちJR西日本宮津線)の分岐駅でもありました。

 

  もう数十年も昔の話になりますが、親戚との二人連れで姫路を朝一番で出発して播但線で和田山、和田山から山陰線で豊岡、豊岡から宮津線で天橋立で途中下車して、雪の降りしきる中、天橋立を死にそうになりながら向こう側に歩いて渡って、帰りはバスを見つけて駅にやっと戻り、そのあと小浜線、北陸線経由で米原から岐阜に帰った思い出があります。

まだ高校生の時でした。

その日はもの凄い豪雪で、特に北陸線はダイヤが滅茶苦茶になっていて、敦賀駅では本当に途方にくれたのを思い出します。

ただ、その時の西舞鶴、東舞鶴から小浜線での印象が全く無くて、西舞鶴、東舞鶴での乗り換え等の記憶が飛んでいて、今では当時の事をまったく思い出すことができません。

 

  これは、まだ綾部駅。

  福知山発東舞鶴行きの113系普通に乗り込むところ。

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  西舞鶴駅2番線に到着。

  1番線は欠番となっていますが、留置線があり、287系の3両編成が留置されていました。

  普通電車は東舞鶴へ。

  綾部から西舞鶴まで20分ちょっと。西舞鶴から東舞鶴までは一駅ですが7分かかります。

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  JRの4番線と同じホームを柵で仕切ってKTR(北近畿タンゴ鉄道)のホームとしています。

  豊岡行き普通が出発して行きました。

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  西舞鶴駅西口。

  橋上駅舎なので通り抜けが出来、東口もあります。

  田辺城へはこちらの出口から北へ5分程度の距離です。

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  田辺城から帰ってきて、駅舎の南側からKTRのホーム。

  KTRの車両基地が向こう側右手にあります。

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  KTRの改札口。

  KTRの駅員さんが居る時は横の通路からJR4番線に出られます。

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  東舞鶴行き普通の223系の2両編成が2番線に到着。

  4番線ホームから。

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  3番線からの綾部、福知山方面の電車を待ちます。

  2番線から287系を。

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  撮影 2011/12/17

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2011年12月18日 (日)

冬の綾部駅(京都府)にて - 西舞鶴への途次

 

  福知山での所用のついでに西舞鶴の田辺城を訪れた際の綾部駅。

山陰線の駅である綾部駅からは東舞鶴までの舞鶴線が分岐しています。

普通電車の運用面においては福知山から綾部を経て東舞鶴までを運行する電車と、綾部と東舞鶴間を運行する電車があります。

また、綾部駅では京都から併結してきた特急「まいづる」と特急「はしだて」もしくは「きのさき」が併結を解除され、「まいづる」は舞鶴線へ、「はしだて」と「きのさき」は山陰線の福知山方面に分離していきます。

もちろん、逆は綾部駅で併結されて京都に向かいます。

しかし、「はしだて」と「きのさき」は東舞鶴との「まいづる」の運行の無い時間には単独で運行されます。

 

  豊岡発北近畿タンゴ鉄道経由の福知山方面からの特急「はしだて2号」の綾部駅到着。

  ホームの京都方面にはすでに東舞鶴発の特急「まいづる6号」が到着、待機していて、すぐに併結が行われます。

  これらの列車は北近畿タンゴ鉄道タンゴディスカバリー車両を使用。

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  綾部駅は地上駅高架駅舎で1番線~3番線まであります。

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  京都への前方部。

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  京都方面へ出発して行きました。

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  福知山発園部行き普通223系2両編成の到着。

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  同上。3番線から。

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  福知山発東舞鶴行き普通113系2両編成が到着。

  この電車で西舞鶴へ向かいました。

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  撮影 2011/12/17

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2011年12月16日 (金)

人吉駅から熊本駅 - 鹿児島市、人吉市観光からの帰り

 

  今回の二日間に亘る鹿児島、人吉の観光を終えて、人吉から熊本、熊本から博多まで新幹線、そして福岡空港から中部国際空港まで空路を利用して、名鉄岐阜駅に帰ってきたのはその日の23時すぎでした。

今回の旅は、特急を多用したり、飛行機を利用したりと、いつもの旅とは異なったものになりましたが、これはこれで楽しい旅となりました。

 

  人吉駅にて。

  16時48分人吉発別府行き 特急「九州横断特急8号」 キハ185系

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  車内の様子。

  特急は人吉から八代に至るまで一貫して球磨川沿いを走り、目を楽しませてくれます。

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  八代から鹿児島本線に入り、熊本駅に到着。

  熊本駅で、乗客が殆んど入れ替わります。

  列車はこのあと豊肥本線を経由して九州を横断し、大分から別府へ。

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  熊本駅新幹線ホームへ。

  12番線、熊本を18時26分発の「つばめ360号」博多行き800系が到着。

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  11番線に待機中の800系。

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  「みづほ604号」新大阪行きに乗車します。

  博多まではノンストップで30分ちょっと。

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  熊本駅ホームの博多方面。

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  「みずほ604号」が到着。

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  撮影 2011/11/27

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2011年12月13日 (火)

鹿児島市と人吉市(熊本県)を観光(12) - 人吉市内を歩く(4)(人吉城跡(3))

 

  人吉城の城郭の主要部分である三の丸から二の丸、そして本丸まで登って、再び二の丸へ下りて、二の丸からは東側の方から一気に球磨川沿いの御下門(おしたもん)跡に下りました。

この後は、球磨川沿いに西に歩いて水ノ手門、そして、下の図の間米蔵とあるあたりに橋が球磨川に架かっており、この橋を渡って人吉城を後にしました。

いったん球磨川の北側に渡った後に、もう一本西に架かる橋の中程まで行って角櫓を写真に収めたのを最後に駅の方に戻って行きました。

途中、11月下旬としては暖かくて、体中汗びっしょりとなったので、人吉温泉の銭湯に入ろうということになり、観光案内図に記載されている銭湯を探して汗を洗い流し、さっぱりとして人吉駅に向かい、人吉発16時48分の特急「九州横断特急8号」別府行きに乗り込みました。

二日間に亘った鹿児島市と人吉市の旅行はこれでお終い。

あとは熊本から新幹線で博多まで、そして福岡空港から名古屋国際空港へ22時前に帰り、名鉄で岐阜に帰ってきたのは23時過ぎとなりました。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図です。

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  御下門(おしたもん)跡。

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  西の方に戻ります。

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  堀合門。城主が住む御舘(みたち)の北門。

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  水ノ手門跡。球磨川への出入り口です。

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  球磨川に架かる橋の上から水ノ手門跡と堀合門の方。

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  上のほう、人が見えるのは三の丸跡。

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  水ノ手門跡から向こうの球磨川沿いの石垣。

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  球磨川下流の西方向。

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  向こうの橋からこちらの西にある橋にやって来ました。

  こんもりとした高台が人吉城跡です。右奥の高い部分は中世の原城跡です。

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  橋の上から角櫓を写して、人吉城はここまで。

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  球磨川の左手には人吉温泉があります。

  銭湯も温泉ということで、銭湯を探しました。

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  町中の銭湯。大人300円でした。

  観光案内の地図に記載されているのを探し出しました。

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  人吉を16時48分発別府行き 特急「九州横断特急8号」で人吉を離れました。

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  撮影 2011/11/27

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2011年12月11日 (日)

鹿児島市と人吉市(熊本県)を観光(11) - 人吉市内を歩く(3)(人吉城跡(2))

 

  人吉藩主家の相良(さがら)氏は現在の静岡県牧之原市、旧相良町(さがらちょう)の相良荘に住していたことから相良氏を名乗りました。

伊豆で挙兵した源頼朝に協力せず、鎌倉幕府が成立すると、相良頼景は肥後国多良木荘に追放され、ここに後に肥後国南部に勢力を張る肥後国の相良氏が成立します。

頼景の長男の長頼は武功で人吉荘を得て、ここに多良木の上相良、人吉の下相良が並立することになりますが、室町時代の1448年に下相良の相良長続が上相良を滅ぼし、球磨、八代、葦北の三郡の統一に成功します。

戦国時代に入っては相良義滋が戦国大名化して子の相良晴広の時代に最盛期を迎えます。

しかし、晴広の子の義陽(よしひ/よしはる)の時代に南から島津義久の侵攻を受け降伏。

義陽はその後、甲斐宗運と戦い戦死するも、義陽の次男の頼房が家臣の力も得て秀吉から人吉2万石を安堵、その後の関ヶ原の戦いでも、西軍に属して戦うも本戦後に東軍に寝返り、家康からも所領を安堵され、ここに人吉藩2万2千石が成立して、維新まで領地替えも無く存続しました。(Wiki参照改変)

 

  下の図はいつもの「余湖君のお城のページ」からの引用です。

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  相良護国神社のある御館跡から上に登ります。

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  登りきると三の丸の石垣下です。

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  手前の石垣が三の丸で、もう一段高い位置にある石垣が二の丸です。Dsc02541

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  ここの石段から上ります。

  奥にも石段がありますが、帰りはそちらから下りて、そのまま上の図の御下門まで一気に下り切りました。

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  二の丸から三の丸を見下ろして。

  芝生と排水溝のみの広場と化しています。

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  二の丸から本丸への石段。

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  本丸への石段から二の丸を見下ろして。

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  本丸。

  実質上使われることは無く、護摩堂があったそうで、天守はありませんでした。

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  帰りは御下門の方に下りました。

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  左の石垣が二の丸で、二の丸に上った時の石段が見えています。

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  石垣の向こう側に三の丸が見えます。

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  一気に御下門跡まで下りてきました。

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  撮影 2011/11/27

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2011年12月 9日 (金)

鹿児島市と人吉市(熊本県)を観光(10) - 人吉市内を歩く(2)(人吉城跡(1))

 

  西南戦争での西郷さんのゆかりのお寺(西郷軍の本営となった)である永国寺から、門前の道路を東に歩いて行くと人吉城跡の大手門跡です。

下の図はいつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用です。

上が南で下が北の図です。したがって、人吉駅は図では球磨川の下方向にあります。

そして、大手門から右の西方向に永国寺があります。

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  永国寺の山門から東の人吉城跡を望んでいます。

  前の道路を左に行くと球磨川を渡って人吉駅前に行けます。

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  反対に東から永国寺を。

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  棟川に架かる大手の橋からの復元多聞櫓ほか。

  多聞櫓は写真が残っていて、外観を忠実に復元しています。

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  棟川が球磨川に合流しています。

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  棟川の南の方。

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  大手門内に入ったところ。

  内側には道路があります。背中の方には人吉市役所。

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  このあたりは武家屋敷跡で、向こうの高台が三の丸、二の丸、本丸のある城郭の中心部。

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  武家屋敷跡の北側にある人吉城歴史館。

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  上の引用図の御館とある部分に上がります。

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  ここから上に上がります。

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  上がり口を横から。道路になっています。

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  上に上がると左手に相良護国神社。

  ここから奥に進み少し登る事になります。

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  撮影 2011/11/27

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2011年12月 8日 (木)

鹿児島市と人吉市(熊本県)を観光(9) - 人吉市内を歩く(1)(国宝青井阿蘇神社と永国寺)

 

  人吉市での見所は、私の独断と偏見で述べますと、やはり第一には相良家の城下町ということで人吉城跡、そして相良家の菩提寺である願成寺(がんじょうじ)、西南戦争時の西郷さんのゆかりの永国寺、そして興味が無くても訪れておきたい国宝の青井阿蘇神社、あとは人吉温泉と急流球磨川の川下りというところでしょうか。

また、鉄道ファンには熊本~人吉を結ぶSL人吉があります。

と言っても、この私の思いつきは、初めて人吉を訪れて1日か半日でどこに行くか、という問いに対する答えというほどのものです。

実際には、関連サイトで市内の見所が他にもたくさん紹介されています。

 

  今回、人吉での滞在予定時間は3時間半くらいで、結果的に歩いて回れたのは順番に青井神社、永国寺、人吉城跡の三ヶ所のみで、当初から訪れる予定であった相良家の菩提寺の願成寺(がんじょうじ)は時間の都合で断念しました。

そのうち、今回は青井神社と永国寺を訪れた様子です。

 

  人吉駅前。

  駅前にはお土産屋さんがあります。

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  駅前の大通りを南方向に200mぐらい歩いて右手の西側に青井神社があります。

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  大通りの二つ目の信号を右に折れ、最初の左への道を曲がるとこの神社の横に出ます。

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  青井阿蘇神社は9世紀に阿蘇三社の分霊を当地に祀ったのが始まりと言われています。

  現在の国宝に指定されている一連の社殿は相良家第20代にして初代人吉藩主の相良長毎(さがらながつね)(または頼房 よりふさ)によって慶長年間(17世紀初めの1615年~1618年)に造営されたものです。

  国宝に指定されているのは右から本殿(ほかに棟札、銘札)、廊(少し見づらいですが)、幣殿、拝殿、ここには写っていない楼門です。

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  拝殿正面。素朴でかつ風格があります。

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  そして楼門。

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  赤い鳥居と欄干は少し雰囲気を壊している気がしますが。

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  再び駅前からの大通りに戻ってさらに南下して球磨川を渡ります。

  東の方に人吉城跡のある山々が見えます。

  全体を形どっている山々は中世の居城であった原城跡で、江戸時代の近世の城郭は手前の低い部分にあります。

  中州の木々と重なり合っている辺りが近世の城郭跡です。

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  青井神社からは1Kmぐらい、橋を渡って一つ目の信号が永国寺の門前です。

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  永国寺の創建は15世紀の初めの室町時代。

  山門。

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  1877年の西南戦争では薩軍(西郷軍)が田原坂(たばるざか)や熊本攻城戦等で敗れて、一時人吉盆地に入ってここ永国寺に本営を置いています。

  この時、人吉城はすでに破却されていて使えなかったようですね。

  官軍に対して砲撃をするための砲台を城跡の二ノ丸に築いたそうです。

  しかし、この人吉も一ヶ月で官軍に占領され小林に退却していきました。

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  仁王門。

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  本堂。

  永国寺はこの西南戦争ですべて焼失しました。

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  東方向に永国寺から延びる道路は大手門跡から人吉市役所へ。

  三叉路の左手が駅前方向です。

  突き当たりの台地状に繁っている木々が二ノ丸跡。

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  撮影 2011/11/27

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2011年12月 6日 (火)

鹿児島市と人吉市(熊本県)を観光(8) - 吉松から人吉へ (ループ線とスイッチバック、日本三大車窓)

 

  さて、鹿児島中央駅から特急「はやとの風2号」で錦江湾(鹿児島湾)の桜島を眺めたり、嘉例川駅や霧島温泉駅、大隅横川駅での数分の途中下車で駅そのものを楽しむという、JR九州が提案してくれた鉄道旅を楽しんで、終着の吉松に到着しました。

そして、ここからはやはり観光列車の普通「しんぺい」で、沿線を楽しみながらの鉄道旅となります。

この区間は鉄道ファンにも有名なループ線、スウィッチバックの続く路線で、日本三大車窓など雄大な景色も相まって、一度は訪れたい路線です。

また、吉松~人吉間は1日5往復というもの凄い過疎路線でもあります。

吉松発は6時、9時、11時、15時、18時台で11時と15時台が普通「しんぺい」で運行されます。

人吉発が7時、10時、13時、17時、19時台で10時と13時台が普通「いさぶろう」で運行されます。

観光列車としての「しんぺい」も「いさぶろう」も普通列車として運行されているのは、地元の人が普通運賃で利用できるようにという考え方に基づいています。

とは言え、「しんぺい」も「いさぶろう」も観光列車ということもあり、平日の2両運用での自由席は7席で、残りすべては座席指定となっています。

展望席については、座席指定の客も自由席の客も利用できるので、自由席のお客さんは展望席を利用するとお得です。

ただし、「しんぺい」、「いさぶろう」の展望席には椅子が無く立ち席という形になります。

 

  吉松駅駅舎と駅前。

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  人吉からの普通「いさぶろう」が吉松駅に到着。

  折り返して普通「しんぺい」人吉行きとなります。

  「いさぶろう」の名前の由来はこの区間が建設された当時の逓信大臣山縣伊三郎(やまがたいさぶろう)から、「しんぺい」は同区間開業時の鉄道院総裁の後藤新平からです。

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  「いさぶろう」の到着に接続して鹿児島中央行き特急「はやとの風1号」が出発します。

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  2号車の内装ですが、入口に整理券の箱があるのが、ワンマンの普通列車でもあることをうかがわせます。

  この日は3両でしたので車掌さんがいました。

  また、平日の2両の時でも客室乗務員さんが乗務していて、車内販売のほかに車内改札もします。

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  そろそろ、出発。

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  最初は真幸(まさき)駅に停車。5分間停車。

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  ここで、この区間一度目のスイッチバックをします。

  一度向こうにバックして右上の勾配を上って行きます。

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  ホームの中ほどに駅名の真幸からの意味を込めての「幸せの鐘」があり、幸せ度に応じて鳴らすのがよいということです。

  こういう一つのことでも、観光をしている中ではとても良い思い出になるのです。

  たしか、特急「はやとの風」での霧島温泉駅では子供駅長さんが居たみたいです。

  私は遠くにいてみることが出来ませんでしたが。

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  真幸駅(まさきえき)駅舎も開設当初の木造駅舎です。

  また、この真幸駅は肥薩線唯一の宮崎県(えびの市)の駅です。

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  駅の上の上り勾配を列車が行きます。駅の人々が手を振って送ってくれました。

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  日本三大車窓のひとつと言われますが、霧島連山なども雲にかすんでしまっていて、この日はもう一つで残念でした。

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  次は矢岳駅(やたけえき)。木造駅舎とD-51が駅前に保存されています。

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  ここから下りのループ線に入るところという、大畑駅(おこばえき)が展望できる位置で列車が停止してくれます。

  僅かの位置なので、一両ごとに車両の中央辺りが良く展望できる位置に停止してくれます。

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  大畑駅(おこばえき)での停車時間は3分と少なく、乗客は買い物もままならず出発しました。

  2往復の内、半分が3分停車ですが、もう2回は5分停車します。

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  人吉駅には13時3分に到着。

  吉松発が11時49分でしたので1時間14分の所要での鉄道旅でした。

  その間、駅は紹介した三つしかありませんでしたが、あっという間の1時間で、充分楽しめる鉄道旅でした。

  また、「はやとの風」、「しんぺい、いさぶろう」共に女性の客室乗務員さんが乗車をしており、記念グッズやお弁当、お茶、コーヒーなどの車内販売もあったことを付け加えておきます。

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  人吉駅駅前。

  人吉は人吉藩 相良家(さがらけ)2万2千石の城下町です。

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  撮影 2011/11/27

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2011年12月 5日 (月)

鹿児島市と人吉市(熊本県)を観光(7) - 鹿児島中央から吉松へ(特急「はやとの風」による鉄道旅)

 

  指宿で一泊して、あくる日は鹿児島中央駅から吉松までの、観光列車の特急「はやとの風2号」での鉄道旅です。

そして、吉松から人吉までは、やはり観光列車の普通「しんぺい2号」での鉄道旅。

これらの二つの観光列車は要所要所の駅で3分から7分間を停車して、この間に観光客は駅に降りて土産物を買ったり、駅舎を見たり、記念撮影をしたりして楽しみます。

こうして、観光列車の旅を楽しんで、人吉には13時3分に到着。

今回の旅行は人吉での観光が最後で、人吉発16時48分の特急「九州横断特急8号」別府行きで人吉を離れました。

熊本で新幹線に乗り換え、博多から福岡空港へ向かい、22時前には中部国際空港に到着して、名鉄岐阜駅に帰ってきたのは23時過ぎでした。

今回は複数での連れ立った旅でしたので、何時もの私の一人旅とは違うものになりましたが、たまにはこんな旅も良いかもしれません。

ということで、今回は吉松までの様子。

 

  鹿児島中央駅4番線から5番線で待機する特急「はやとの風2号」。

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  指宿から乗ってきた指宿枕崎線の快速「なのはな」キハ200系は、折り返し山川行き普通として出発して行きました。

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  5番線の観光列車の特急「はやとの風2号」。

  お客さんはほぼ乗車済み。

  乗ってみると指定席は満席のはずが随分と空席があるので、どこから乗ってくるんだろうと言う話に。

  けっきょく、次の鹿児島駅から満席になりました。

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  列車は錦江湾(鹿児島湾)沿いに北上し、右手に桜島がずーっと見えます。

  午前中なので逆行になりますが、窓のガラス越しに何枚も撮ってみました。

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  この辺り(姶良市(あいらし))からは少し内陸に入り、桜島を写すポイントが無くなっていきました。

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  加治木駅にて。

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  隼人駅。霧島市です。

  ここから日豊本線から分かれ、いよいよ肥薩線に入ります。

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  最初の停車駅の嘉例川(かれいがわ)駅。

  7分も停車してくれます。

  木造駅舎で一挙に有名になりましたが、ひなびた特急列車(失礼)とひなびた周りの風景がマッチしています。

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  駅前で記念写真。

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  駅舎内には列車を降りたたくさんの乗客。

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  次に停車したのは霧島温泉駅。ここでは5分間の停車。

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  次の駅は大隅横川駅。この駅でも5分間の停車。

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  ここでは隼人方面行きの普通列車と交換。

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  次の栗野(くりの)駅では普通の1分間停車で、すぐに出発して吉松駅に到着しました。

  列車は折り返して鹿児島中央行き 特急「はやとの風1号」となります。

  「はやとの風」はこの列車一編成で運用されており、平日は1両を予備に回し、2両編成で運行されます。

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  吉松駅駅舎と駅前。

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  駅の外から。

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  駅前横に静態保存されているC-55蒸気機関車。

 

  観光列車の人吉行き「しんぺい2号」までは40分ほどの待ち合わせです。

  人吉から「いさぶろう1号」として吉松駅までやって来ます。

  鹿児島中央行き「はやとの風1号」は「いさぶろう1号」に接続して出発して行きました。

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  撮影 2011/11/27

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2011年12月 3日 (土)

鹿児島市と人吉市(熊本県)を観光(6) - 指宿から鹿児島中央駅へ

 

  翌日は朝早くに目が覚めて、海に面した部屋のベランダから大隅半島からの朝陽を見ることができました。

食事を済ませた後、ホテルを後にして指宿駅に向かい、指宿(いぶすき)発8時8分の山川発鹿児島中央行き 快速「なのはな」で鹿児島へ。

鹿児島中央駅には9時4分に到着。

そして鹿児島中央発9時25分の観光特急「はやとの風2号」で今日の旅が始まりました。

 

  ホテルのベランダから北の方。

  地元の人でしたらこれだけでホテルが特定できるのでしょうね。

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  東の方、少し南より。向こう側はは大隅半島です。

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  指宿駅前通りの商店街。

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  突き当りが指宿駅。

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  指宿駅駅前と駅舎。

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  快速「なのはな」キハ200系2両編成が到着。

  転換クロスシートで快速としては快適でしたよ。

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  「うすき」駅の駅名でわかるとおり、「宿」を「すき」と読むんですね。

  指宿(いぶすき)もそうです。

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  鹿児島中央駅に到着。

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  黒いマスクの川内(せんだい)行き普通817系電車。

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  5番線に観光列車の特急「はやとの風2号」が入線。

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  車両の中央に展望席があります。

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  この日は日曜日のため3両編成ですが、平日は2両編成のようです。

  もともとはキハ40形系統の車両を改造したものです。

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  2号車の内装。

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  撮影 2011/11/27

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2011年12月 2日 (金)

鹿児島市と人吉市(熊本県)を観光(5) - 指宿(いぶすき)へ

 

  鶴丸城跡から照国神社を経て、天文館通電停から再び市電を利用することに。

鹿児島中央駅に近い加治屋町(かじやちょう)電停まで乗り、そこから最後に「維新ふるさと館」に寄ってから鹿児島中央駅に帰りました。

鹿児島中央駅からは、指宿枕崎線(いぶすきまくらざきせん)のディーゼルカーで南下すること1時間、温泉の町として有名な指宿で下車して、この日はここで一泊。

 

  昔から温泉町として有名な指宿ですが、イメージしていた温泉街の面影は無く、日本の他の温泉町と同じように、市街地にはシャッターの降りたお店が多かったですね。

指宿を訪れている宿泊客は多いはずですが、その人たちが全く町に出ていないようです。

旅館やホテルに宿泊している人を町に引っ張り出さなければいけないのでは、と思いました。

宿泊客の絶対数も減っているのでしょうかね。

 

  加治屋町(かじやちょう)電停で下車。

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  鹿児島市電では道床部分の芝生化を進めていると聞いています。

  加治屋町電停にて。

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  「維新ふるさと館」への途次の道路脇に大山巌生誕の地の碑。

  大山巌は日露戦争では元帥陸軍大将として満州軍総司令官を勤めています。

  年末のNHK「坂の上の雲」では登場するかも知れませんね。

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  そして、この公園には西郷隆盛生誕の地の碑があります。

  向こう側が川になっていますが川沿いの右手の方に「維新ふるさと館」があります。

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  「維新ふるさと館」の建物。入館料は大人300円。

  「カゴシマシティビュー」の1日乗車券(600円)に付いて来る1日パスポートによる割引で240円で入館。

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  維新を楽しく知ることができる、という考え方で作られているようです。

  より深く知りたいひとは鶴丸城跡本丸跡にある黎明館が良いかもしれません。

  ほかにも、市内には様々な施設があり、市内の施設を全部回ろうとすると、時間がいくらあっても足りません。

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  橋の上から「維新ふるさと館」。

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  鹿児島中央駅方向に歩いていて、ふと駐車場を見ると「カゴシマシティビュー」のバスが揃い踏みで駐車していました。

  ここで待機をしていたのかと。

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  鹿児島中央駅から指宿枕崎線(いぶすきまくらざきせん)の指宿駅までキハ200の普通に乗車。

  この列車はロングシート仕様でした。

  あくる日の朝には「快速なのはな」で鹿児島中央駅まで乗車しましたが、その列車は転換クロスシート仕様でした。

  今年(2011年)の春には観光特急「指宿のたまて箱」が新設された指宿枕崎線です。

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  指宿駅にて。対向列車のキハ47。

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  指宿駅駅前。

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  撮影 2011/11/26

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2011年12月 1日 (木)

鹿児島市と人吉市(熊本県)を観光(4) - 鶴丸城跡(鹿児島城跡)から天文館

 

  77万石の大藩の居城としては恐ろしく小さなお城、というより居館といっていいほどの控えめな島津藩の居城が鶴丸城です。

北側に本丸、南側に二ノ丸といたってシンプルなお城跡で 、1601年に(完成は1604年)島津忠恒(家久)によって築城されました。

背後の城山が後詰めの城とされていましたが、後にはほとんど使われる事が無くなり、立ち入り禁止区域となったそうです。

 

  いつものように「余湖くんのお城のページ」からの引用です。

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  鹿児島駅前から乗ってきた市電を市役所前で降りました。

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  鹿児島市役所。

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  市役所の横の道を右に入って行きます。

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  城山方向に200mぐらいで国道10号線沿いにある鶴丸城のお堀端に。

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  本丸跡には現在は「鹿児島県歴史資料センター黎明館」があります。

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  大手枡形を内部から。

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  本丸の南から一段下りたところが二ノ丸で、現在は鹿児島県立図書館などがあります。

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  図書館の南側には鹿児島市立美術館。

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  市立美術館の横、通りに面して西郷隆盛像がありました。

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  西郷隆盛像から更に200mくらいで照国神社の鳥居の前に。

  照国神社の祭神は11代藩主の島津斉彬(なりあきら)。

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  海側に歩いて繁華街の天文館アーケード街。電車道に出ます。

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  再び電車に乗って鹿児島中央駅方面へ。

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  撮影 2011/11/26

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