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2012年2月

2012年2月27日 (月)

豊川稲荷(愛知県豊川市)を訪れる(3) - 豊川稲荷(1)

 

 

  豊川稲荷は「円福山 豊川閣 妙厳寺」(えんぷくざん とよかわかく みょうごんじ)という曹洞宗のお寺です。

 

    豊川稲荷公式ホームページから直接引用させて頂くと、

一般的に「稲荷」と呼ばれる場合は「狐を祀った神社」を想像される方が多数であると思われますが、当寺でお祀りしておりますのは鎮守・(とよかわだきにしんてん)です。が稲穂を荷い、白い狐に跨っておられることからいつしか「豐川稲荷」が通称として広まり、現在に至っております。

                              (豊川稲荷公式ホームページから引用)

つまり、当寺では「稲荷神」が祀られている訳ではありません。

 

  豊川駅前の駅前通り。

  遠くの木々の繁みの上に本殿の屋根が覗いて見えます。

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  今回は大通りの駅前参道ではなく、右手に歩いて行き、表参道から門前に。

  駅前を振り返ったところ。

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  突き当たって左に折れると表参道です。

  手前の大きな狐さんの居るのは観光案内所。様々なパンフレットがあります。

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  総門が見えてきました。

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  道路を挟んで総門。

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  総門の前から表参道を振り返って。

  お年寄りばかりに見えますが、そうばかりでもありませんでしたよ。

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  総門内に入ると、奥に山門が見えます。

  豊川稲荷での最古の建造物で、今川義元の寄進によるものです。

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  山門の右手には鐘楼があります。

  何回も書きますが、新しいレンズフードを使用したのですが、想定内ながらも広角では四隅がこの有様です。

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  当寺での最古の建造物の山門。

  1536年の建立。今川義元の寄進。

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  法堂(はっとう)。本堂とも言います。天保年間(1830~1843年)の再建。

  妙厳寺の本尊の千手観音像が安置されています。

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  さて、当寺の信仰の中心である吒枳尼天(だきにてん)を祀っている本殿はこちら。

  左手の建物は寺宝館です。

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  この案内図が解かりやすいと思います。

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  撮影 2012/02/24

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2012年2月25日 (土)

豊川稲荷(愛知県豊川市)を訪れる(2) - 三明寺(さんみょうじ 豊川市)の三重塔

 

  名鉄名古屋本線の国府(こう)駅から分岐して、終点の豊川稲荷駅までが名鉄豊川線。

名古屋方面からの直通急行と国府(こう)駅乗り換えの普通があります。

豊川線は1時間に4本の運行(直通急行も豊川線内は各駅停車)が確保されています。

また、JRでは豊橋から飯田線で豊川駅まで1時間に3本から4本の頻度で電車が運行されています。

 

  豊川へは、以前から二、三回訪れていますが、豊川稲荷へ行く前に、必ず豊川駅の東側にある三明寺(さんみょうじ)を訪れることにしています。

三明寺には重文指定の三重塔があり、毎回見に行きます。

 

  名鉄の豊川稲荷駅。

  国府(こう)駅で普通電車に乗り換えて来ました。

  東隣にはJRの豊川駅があります。

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  JRと名鉄が共有する駅前広場。

  新しいレンズフードを使用しましたが四隅がケラれています。

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  豊川駅東西自由通路。

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  自由通路にあるJRの豊川駅改札。

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  豊川駅の東側は至って殺風景。商店がまったくありません。

  東の道路の向こう側に木が繁っている三明公園があり、そこを突っ切って、向こう側に階段を下りると左側に三明寺(さんみょうじ)があります。

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  寺域が定かでは無く、どこからが境内かわからない位です。

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  宝飯(ほい)の聖泉。

  宝飯(ほい)はこのあたりの郡名。

  旧宝飯(ほい)郡は、現在の豊川市、蒲郡市、豊橋市にまたがっています。

  小坂井町が2010年に豊川市に編入され消滅しました。

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  宝飯の聖泉は現在は周囲の宅地化などで枯れてしまっています。

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  宝飯の聖泉の隣にある三徳稲荷。

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  境内の東の位置、本堂の前方に三重塔があります。

  1531年の建立で重文指定。

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  向こうが本堂です。本堂は1712年の再建。

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  豊川駅に戻り、自由通路の豊川駅改札前にある狐さん。

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  撮影 2012/02/24

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2012年2月24日 (金)

豊川稲荷(愛知県豊川市)を訪れる(1) - 名鉄名古屋本線 知立(ちりゅう)駅(愛知県知立市)にて

 

  朝早くに所用があり、それに「かこつけて」、久し振りに豊川市の豊川稲荷を訪れました。

最近、B級グルメの祭典であるB-1グランプリが話題ですが、今年は北九州で開催されるのですが、来年のB-1グランプリは、この日訪れた豊川市で開催されることに決定しています。

もともと、豊川市では豊川稲荷のお稲荷さんということで、いなり寿司をご当地グルメとして押しています。

これらがきっかけなのでしょうか、今月(2月)を区切りとして、名鉄とのタイアップで「いなり食べ比べ豊川1DAYフリー名鉄電車全線1DAYフリーきっぷ」 2800円が発売中だったので、普段は企画には乗らない私ですが、今回はちょっと乗ってみた、という訳です。

途中、知立(ちりゅう)で三河線に乗り換え、刈谷まで道草をして来ましたが、基本的には名鉄岐阜駅と豊川稲荷駅との往復、という行程となりました。

 

  知立駅前から駅舎。

  右手には名鉄バスやコミュニティバスのバス停があります。

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  まったく気づきませんでしたが、知立駅は高架化の工事中のようです。

  完成予定が知立市のHPでは平成26年度を目どにしているようです。

 

  三河線の碧南発知立着の電車が到着。

  三河線は北は知立から豊田を経て猿投駅まで。

  南は知立から刈谷を経て碧南までの路線で、どちらも東から知立駅に入ってきます。

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  同上。6000系の2両編成。

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  4番線に入り、折り返して碧南行きになります。

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  金山発東岡崎行き普通3300系4両編成。

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  名鉄岐阜発豊橋行き特急「パノラマスーパー」 前から1000系(特別車2両)+1200系(普通車4両)+増結1800系(普通車2両)。

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  碧南行き電車後部から名古屋、岐阜方面に去っていく「パノラマスーパー」

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  向こうが猿投(さなげ)行き。

  手前が碧南(へきなん)行き。

  どちらも手前の同じ方向に出発します。

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  撮影 2012/02/24

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2012年2月20日 (月)

名鉄岐阜駅(岐阜市)にて - 阿久比町(愛知県)の坂部城跡からの帰り

 

  知多半島にある阿久比町の坂部城跡を訪れた後、JRで名古屋市に戻り、金山駅で少し道草を食い、JRから名鉄に乗り換えて名鉄岐阜駅に帰ってきました。

 

  金山駅からは特急「パノラマスーパー」で名鉄岐阜駅に帰ってきました。

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  展望車のある有料の特別車2両が1000系です。

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  岐阜側の一般車4両が1200系(派生型に1230系があります- 私には区別がつきません)。

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  中央改札口。

  改札を出ずに右手の通路を行き、階段を下りると各務原線(かかみがはらせん)ホームがあります。

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  各務原線ホームは5、6番線。

  ちょうど5000系電車が出発していきました。

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  次の先発電車の1800系犬山行き普通電車。

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  6番線の右側の待避線は、かって美濃町線への直通電車が発着した7番線の名残。

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  撮影 2012/02/05

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2012年2月18日 (土)

金山駅(名古屋市)での ひとコマ - JRから名鉄に乗り換え

 

  知多半島 阿久比町(あぐいちょう)の坂部城跡を訪れた後、帰りは武豊線で大府までやってきて、岐阜行きの普通に乗車したものの、金山駅で降りたくなり、ここでJRから名鉄に乗り換え、岐阜へ帰りました。

金山駅はJR、名鉄、地下鉄の集中したターミナル駅です。

金山駅では名鉄の上下2本のホームをJRの東海道線と中央線のホームが挟み込むという形態となっています。

 

  JR東海道本線のホームから名鉄の名古屋方面のホームを。

  2200系特急岐阜行き。

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  こちらは南に向かう特急「パノラマスーパー」。

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  JRの名古屋駅に向かう特急「ワイドビューしなの」383系の後部。

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  名鉄一宮行き急行。

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  撮影 2012/02/05

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2012年2月15日 (水)

大府駅(愛知県大府市)にて - 阿久比町の坂部城跡からの帰り

 

  阿久比町の坂部城跡からの帰り、名鉄武豊駅から武豊駅まで歩いて、JRの武豊線で大府駅まで乗車して、名古屋行きの区間快速でしたが、キハ25形が目に入ったので、一度下車して、乗り換え待ちをしました。

その時の写真。

 

  武豊駅から乗ってきた区間快速名古屋行きのキハ75形から大府駅で降り、見送ります。

  大府駅のキハ75形4両編成。

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  キハ25を見てみたいと思っていましたが、大府駅で捕捉しました。

  大府駅のキハ25形2両編成。

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  ワンマン運転なんですね。同じくキハ25形。

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  1番線からキハ25形。

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  大府発着の普通岐阜行き311系。

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  313系の普通岐阜行きが到着。

  金山まで乗車して、名鉄に乗り換えました。

  名鉄に乗り換えたのは、特に意味は無く、その時の気分でした。

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  撮影 2012/02/05

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2012年2月12日 (日)

阿久比町(愛知県)の坂部城跡を訪れる(5) 帰り(2) - JR武豊線武豊駅

 

  名鉄の坂部駅から阿久比(あぐい)駅、知多武豊駅まで南下して、東へ500mほど歩いて、今度はJR武豊線の終点駅である武豊駅へ。

 

  武豊線は、最初は中山道沿いに作る鉄道、その後は東海道に変更されて、建設のための資材を武豊港から運ぶために敷設された鉄道路線でした。

現在は非電化の単線路線ですが、2010年から電化工事が始まり、2015年春の開業を目指しています(Wikiより)。

 

  名鉄の知多武豊駅の南の踏み切りの道路をまっすぐ東に歩いて、突き当りを左(北)に100m行くと武豊駅があります。

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  駅前にある胸像は武豊駅駅手 高橋熙(さとし)。

  1953年の台風13号による高潮で線路が流失し、武豊に向かっている列車に危険を知らせようと、高橋駅手が発炎筒を持って走り、その発炎筒で列車は危険を察知して引き返し、乗客らは難を逃れたものの、高橋駅手自身は殉職してしまいました。

  このことが全国に報道されて、募金によってこの胸像が立てられた(Wikiより)そうです。

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  行き止まりの南の方。

  静かな佇まいで、名鉄の知多武豊駅とは大きな違い。

  乗客数も名鉄のほうが4倍の乗降数とか(武豊駅、知多武豊駅比べで)。

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  大府方面。

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  待つこと30分以上、キハ75形が4両編成で到着。

  名古屋行きの区間快速として折り返しました。

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  キハ25形の方を念頭に置いていたのですが、キハ25は大府駅で捕捉しました。

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  撮影 2012/02/05

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2012年2月11日 (土)

阿久比町(愛知県)の坂部城跡を訪れる(4) 帰り(1) - 坂部駅(阿久比町)から知多武豊駅へ

 

  徳川家康の生母である「於大の方」の再稼先の久松氏の居城であった坂部城跡を訪れた後、再び名鉄坂部駅に戻り、河和線(こうわせん)をさらに知多武豊駅まで南下しました。

知多半田駅から知多武豊駅はすでに知多半島の東側に位置し、東海道線の大府駅から分岐してくるJRの武豊線は、名古屋方面への競合路線となっています。

しかし、実質的に競合するのは武豊町と半田市周辺の駅のみで、それ以外では選択の余地は無く、住み分けが出来ているとおもわれます。

 

  坂部駅駅前広場。

  駅の西側にあり、こちら側に県道55号線、さらに西側に坂部城跡があります。

  東側には阿久比川が流れていて、半田市で衣浦港(きぬうら)あたりの海に注いでいます。

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  東側のホームに行くために、踏み切りで通過待ちをしているところに名鉄名古屋発河和(こうわ)行き特急の「パノラマスーパー」。

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  こちらは河和(こうわ)発名古屋行きの特急「パノラマスーパー」の一般車1200系の先頭。

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  金山行き普通の6000系。

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  坂部駅にて。

  普通知多半田行き3150系が到着。南隣の阿久比(あぐい)駅まで乗車。

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  阿久比駅にて。

  後続の急行内海(うつみ)行きがやって来ました。

  この後南下して知多半田、知多武豊から河和との間の富貴(ふき)駅から分岐する知多新線に入り、再び知多半島の西側の伊勢湾沿いの終点内海駅までの急行です。

  内海(うつみ)には名古屋地区では有名な海水浴場があります。

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  知多半田駅を過ぎて知多武豊駅で下車しました。

  ここから東にあるJRの武豊駅まで歩き、帰りは武豊線で帰ろうという算段です。

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  武豊町は味噌蔵などがある古い町並みがあり、散策も良いです。

  一方、半田市はお酢の町で、ミツカン酢(現在はミツカン)の本社があり、この二つの町並みを歩く計画をず~っと練っているのですが、なかなか実現できていません。

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  知多武豊駅にて。

  内海行き普通1800系。

  1800系はパノラマスーパーの増結用車両なので2両編成。

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  撮影 2012/02/05

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2012年2月 8日 (水)

阿久比町(愛知県)の坂部城跡を訪ねる(3) - 坂部城跡(久松松平家の発祥地)

 

  徳川家康の生母である於大の方(後の伝通院)の再婚先である久松氏の居城が阿久比町にある坂部城です。

久松氏は尾張知多半島の国人領主で、於大の方の再婚相手の久松俊勝の祖父である久松定益が1510年ごろに坂部城を築き、本拠としました。

隣の緒川城を拠点とする水野氏とは関係が深く、常滑の大野城を拠点とする佐治氏とは共に戦っており、於大の方が嫁いだ俊勝の亡くなった前妻も、水野氏からの女性だったそうです。

 

  前回の記事でも書きましたが、於大の方の父の水野忠政が亡くなると、跡を継いだ水野信元は織田家と同盟を結び、今川方であった松平広忠に嫁いだ於大の方は、後の徳川家康となる男子をもうけていましたが、今川を慮った広忠に離縁され、忠政の頃に拠点を移していた刈谷に戻ります。

そして久松家に再稼し、久松俊勝との間に男子を3人(女子は3人とも4人とも)もうけ、これが後に松平を名乗り久松松平家となります。

久松俊勝は桶狭間の戦い以後、家康に従い三河統一戦に従軍して、三河に領地を得て(現蒲郡市の上ノ郷城)、ここに妻子と共に移り、阿久比は前妻との間に生まれた庶長子の信俊に譲り、信俊が久松家を継いでいます。

 

  向こうに見える洞雲院(とううんいん)から、今度は左手の坂部城跡へ。

  町立図書館のある場所が坂部城跡の一部で、となりの城山公園がお城の本丸跡だそうです。

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  すぐにこの碑のある場所に。

  右に行くと図書館の入り口、左が公園へ。

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  登って後ろを振り返ったところ。

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  ここから公園内に。左右には土塁の跡。

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  綿畑。於大の方が農民に綿花の種を与えた逸話から。

  そういえば、戦国時代後期から三河は綿花の産地だったんですね。

  於大の方の逸話は三河が綿花の産地ということと関係があるのでしょう。

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  残っている本丸の跡。

  ぐるりには土塁が見られます。

  図書館のある場所も城郭の一部であったようです。

  いずれにしても小規模な城跡ですが、やはり小高いところにあり、阿久比川の河岸段丘とも言われています。

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  反対側の町立図書館への通路。

  土塁の跡が見受けられます。石垣は最近の新しいものです。

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  町立図書館の正面。

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  図書館との通路から南側の崖へ。

  向こうに見える平地と比べると、比高があるのがわかります。

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  戻ってきました。本丸跡です。

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(久松)松平姓を名乗ることとなる家康の異父兄弟の3人とその子孫からは大名や旗本が多数輩出しました。

  長男の康元、次男の勝俊、三男の定勝と、それぞれの子孫のうち、

  明治まで続く大名は末子の定勝系から伊予松山藩、桑名藩、伊予今治藩の大名が出ました。

  その内、伊予松山藩から旗本が一家分家しましたが、その子孫が元NHKのアナウンサーの松平定知氏で、平成3年に当地を訪れ記念植樹をされています。

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  土塁跡がよく残っています。

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  元来た道を戻りました。

  阿久比川を見てから、名鉄の坂部駅からさらに南に。

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  撮影 2012/02/05

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2012年2月 7日 (火)

阿久比町(愛知県)の坂部城跡を訪ねる(2) - 洞雲院(とううんいん 久松家と於大の方(徳川家康の生母)の菩提寺)

 

  太田川駅で少し時間を費やしすぎて、予定より遅くに坂部駅に降り立ちました。

阿久比町(あぐいちょう)は知多半島のほぼ真ん中に位置し、戦国時代には久松氏が坂部城を居城としていました。

ちなみに、北東には水野氏の最初の居城の緒川城、さらにもう少し北東に刈谷城がありました。

阿久比の南東には現在の常滑市の大野城を居城とする佐治氏があり、水野氏と戦い、久松氏も佐治氏と戦うも後には和睦をしたとあります。

また、水野氏は松平家とは頻繁に通婚をしており、刈谷に移った水野忠政の時、娘の於大の方が松平広忠に嫁いで男子を産みます。

これが後の徳川家康です。

しかし、水野忠政の死後、跡を継いだ水野信元は織田信秀と同盟を結び、今川支配下の松平家とは敵方となり、於大の方は離縁され刈谷に戻ります。

そして、その3年後には信元の意向で於大の方は阿久比の久松俊勝と再婚して3男3女(4女とも)をもうけます。

この3人の家康の異父兄弟が(久松)松平を名乗り、後には3人のうちの末弟の定勝系からは伊予松山藩、今治藩、桑名藩の大名を輩出して明治に至っています。

  また、伊予松山藩からは旗本ととして一家が分家していますが、その子孫が元NHKのアナウンサーである松平定知氏です。

 

  坂部駅で下車。電車は知多半田から河和(こうわ)方面へ。

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  南を向いて、左に阿久比川、右に踏み切りを渡ってすぐに県道55号線があります。

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  県道を南に行こうとするすぐ右手に洞雲院(とううんいん)への門柱が。

  私はこれを奥に入りましたが、集落の中に入ってしまい、事前に地図を頭の中に入れていなければ迷うところでした。

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  県道をもう少し南に歩くと案内板があり、ここからですと車でも徒歩でもわかり易いです。

  写真は北を向いているので、駅は向こう右のほうです。

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  すぐに道路は二つに別れ、右が洞雲院、左が町立図書館との案内表示があります。

  坂部城跡は図書館とその横の城山公園。

  図書館だけではなく城跡の名前も記しておいて欲しいですね。

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  お寺の門は建設中で、左横から入りました。

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  本堂も新しい装いです。

  お寺には於大の方の遺髪(分納されたもの)などが伝えられています。

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  境内の左手の墓地を上に登ります。

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  右奥が葬地。

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  こうして見ると、於大の方の夫の俊勝は坂部城の三代目の城主ということになりますね。

  後に俊勝と於大の方との間の3人の異父兄弟は家康に従い、

  阿久比は俊勝の前妻との間の庶長子の信俊に与えられ、

  織田家の家臣として佐久間信盛の下に入るも、信盛に讒言されて非業の死を遂げ、坂部城も攻められて落城をしています。

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  撮影 2012/02/05

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2012年2月 6日 (月)

阿久比町(愛知県)の坂部城跡を訪れる(1) - 名鉄太田川駅

 

  この日(2月5日)は日曜日でしたが、所用のために夕方前の4時ごろまでに岐阜に帰らなくてはならない事情で、半田市を散策する予定の旅を、愛知県知多半島の阿久比町にある久松氏の居城跡である坂部城跡のみを訪れる旅となりました。

 

  朝早くの6時30分頃に名鉄岐阜駅を特急電車で出発して、最初から訪れる予定だった常滑線の太田川駅で途中下車。

名鉄岐阜駅から名古屋本線で名鉄名古屋を経た神宮前駅からは、名古屋本線と常滑線とに分岐しますが、常滑線をさらに南下すると知多半島の根元にある東海市の太田川駅に至ります。

この太田川駅からはさらに河和線(こうわせん)が分岐します。

 

  太田川駅から常滑、中部国際空港へは伊勢湾沿いの知多半島の西側を路線が伸びていますが、河和線(こうわせん)は太田川から知多半島を斜めに横切り、半島の東側にある半田市、武豊町を経て河和駅(こうわえき 知多郡美浜町)に至ります。

阿久比町(あぐいちょう)はこの西側から東に半島を斜めに横切る途中の、半島の自治体の中では唯一海に面していない中央部にあります。

阿久比には徳川家康の母の再婚先の久松家の居城の坂部城跡があります。

それに関しては坂部城跡の時に。

 

  名鉄常滑線(とこなめせん)太田川駅は東海市にある駅で、常滑線から河和線(こうわせん)が分岐する駅です。

  高架化が去年(2011年)の12月に終わり、運用が始まりました。

  駅前工事や仮駅の撤去などはこれからというところ。

  駅前東側の様子。こちらが表のようです。

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  2階が2面4線、3階が1面2線という変則的な高架駅です。

  3階の2線はいずれも名古屋方面行きとなっています。

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  西側にはまだ仮駅の線路が残っています。

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  そして仮駅のプラットホームも撤去はまだ。

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  西側の狭い広場にバス停があります。

  これも仮のバス停だそうで、東側の駅前広場が完成すれば、そちらに移動します。

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  3階のホームに上がってみました。

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  3階ホームは5、6番線。

  6番線の普通金山行き。

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  名古屋方面の北。

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  伊勢湾の海岸線は名古屋地区有数の工業地帯。

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  河和発名古屋行きの特急が来そうなので待ってみました。

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  パノラマスーパーがやって来ました。

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  後ろの1000系の展望車。

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  2階のホームに下りてみます。

  2階から河和線(こうわせん)で阿久比町へ向かいます。

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  2階ホームから見た3階ホーム。

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  海岸沿いの工場から煙が立ち昇っています。

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  河和(こうわ)行き普通が到着。

  随分と時間を費やしてしまいました。

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  撮影 2012/02/05

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2012年2月 4日 (土)

雪の朝(2) - 名鉄 各務原線(かかみがはらせん)細畑駅(岐阜市)

 

  今日(2月4日)は暖かくなりましたが、2月2日の朝早くは雪景色の中、名鉄高田橋駅付近で名鉄とJR高山線との間を行ったり来たりして、雪が舞う中で小一時間滞在しました。

そして、8時前に名鉄岐阜方面に戻り、細畑駅で途中下車。

平日なので、通勤、通学客を乗せた電車はほぼ満員で名鉄岐阜駅に向かって行くなか、ここでも小一時間ほどブラブラして、その後名鉄岐阜方面に帰りました。

 

  名鉄岐阜行きの普通5000系がホームに滑り込んで来ました。

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  名鉄各務原線(かかみがはらせん)は東の新鵜沼から一貫してJRの高山線の南側を併走しますが、ここから高架で高山線を北側に跨ぎます。

  北にカーブしていく5000系。

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  名鉄岐阜発中部国際空港行き普通 新鵜沼から準急 3500系+3100系の6両編成。

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  細畑駅に接近してくる名鉄岐阜行き普通6800系。

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  撮影 2012/02/02

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2012年2月 3日 (金)

雪の朝 - 名鉄 各務原線(かかみがはらせん)高田橋駅(岐阜市)

 

  前日から雪が降り始め、その翌日の朝早くに家を出て、名鉄各務原線(かかみがはらせん)で岐阜市内の高田橋駅で下車しました。

もし、天気が良ければ、岐阜城も視界に入る場所ですが、雪は全く止む気配が無く、1時間ぐらい寒い思いをして、以前にも取り上げた各務原線唯一の高架駅である細畑駅まで戻りました。

ちなみに、高田橋駅は各務原線の岐阜市内の駅としては最も東にあり、次の新加納駅は各務原市になるという位置にあります。

 

  高田橋駅。

  名鉄岐阜行き普通が停車中。

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  岐阜方面に去って行きました。

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  高田橋駅の北、200m~250mの距離をJRの高山線が並行しています。

  長森駅を出たばかりで、次は各務ヶ原市の那加駅。

  岐阜発飛騨古川行き普通キハ48 2両編成。

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  名鉄岐阜発鳴海行き急行 5000系4両編成。

  高田橋駅は通過。

  新鵜沼駅、犬山駅から犬山線で、その後名古屋本線に入り鳴海駅までの急行です。

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  高山発岐阜行き普通。

  少し変則的な編成で、前からキハ40、キハ48、キハ40。

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  撮影 2012/02/02

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2012年2月 2日 (木)

岐阜城 - 雪の日の午後

 

  岐阜の雪は午前中には収まり、昼から午後にかけての所用がてら、ある病院の屋上やJR岐阜駅の横にある岐阜シティ・タワー43の展望室から。

 

  お昼ごろには日差しが出てきました。ある病院の屋上から。

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  岐阜シティ・タワー43の展望室から。

  ガラスの反射があって、あまり上手くはいきませんでした。

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  これもある病院の屋上から。

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  同じく病院の屋上から。

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  岐阜シティ・タワー43の43階展望室からJR岐阜駅を見下ろして。

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  名古屋行きの特急「しらさぎ」。

  単線の高山線が東に伸びています。

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  撮影 2012/02/02

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2012年2月 1日 (水)

京都駅の特急「はるか」と特急「スーパーはくと」 - 京都駅2番線から

 

  前回の記事の続きの京都駅にて。

九州から戻った後、京都駅から山陰線で一度は嵯峨嵐山駅へ向かい、嵐山の南禅寺前まで行ったものの、何となく気持ちが折れていて、そのまま京都駅に戻ってきてしまい、米原方面に向かうために2番線で電車待ちをしていた時の2枚。

位置的に両方とも電車の後方からのものとなってしまいました。

 

  30番線の関空特急「はるか23号」 281系 待機中。

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  倉吉発京都着11時47分の特急「スーパーはくと4号」 HOT7000系。

  回送となり0番線から待避線に移動中。

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  撮影 2012/01/10

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