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2012年3月 1日 (木)

豊川稲荷(愛知県豊川市)を訪れる(4) - 豊川稲荷(2)

 

  暫く家庭の事情でで更新できませんでしたが、久し振りに豊川稲荷の2回目です。

前回、書いたように、豊川稲荷は曹洞宗のお寺で、稲荷神を祀っているのではなく、当寺で祀っている「だきにてん」が稲穂を荷い、白い狐に跨っていることから、いつしか豊川稲荷と呼ばれるようになったというのが、他のお稲荷様とは異なっています。

とは言っても、現在では当寺の信仰の中心は「だきにてん」を祀っている本殿です。

本殿自身は明治から昭和にかけて造営された、比較的新しい建物です。

 

  境内の案内図。位置関係がとてもわかりやすいです。

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  二つ目の鳥居越しに「だきにてん」が祀られている本殿。

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  これは法堂(はっとう)を横から見たもの。

  さすがに、江戸時代の建築物なので、色合いの古さが感じられます。

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  こちらは寺宝館。大人400円です。

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  本殿。

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  本殿前から振り返ったところ。左の建物が法堂(はっとう)。

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  本殿の右から下りて、奥の院に向かいます。

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  幟(のぼり)一本一本が奉納されたものです。

  狐の大小の像もひとつひとつが奉納されたものです。

  奉納した個人、会社等の名前が記されています。

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  奥の院。ここまで訪れる人はグッと少なくなります。

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  白い建物は大黒堂。その右手奥にさらに行くと霊狐塚があります。

  こちらへ行く人は、ほんの一握りの人になります。

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  霊狐塚。

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  狐の像が左右に1000体以上。

  夜にはとても来れそうにありません(怖くて)。

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  奥の院まで戻って、来た道とは違う道を行くと、門があります。

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  外から振り返ったところ。向こうが奥の院。

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  三重塔。新しい三重塔で昭和51年のもの。

Dsc03721

 

  名鉄の豊川稲荷駅に帰ってきました。

Dsc03726

  撮影 2012/02/24

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コメント

>夜にはとても来れそうにありません(怖くて)

うんうん、奥の方に歩いていくと急に出てくる感じで、あれは壮観やね^^

中世には、管狐といって竹の筒に狐を忍ばせて、いろいろと怪しげな幻術を使う話があります。

狐のお面をお土産に買いました

投稿: | 2012年3月 2日 (金) 06時29分

あっ、行った事あるんですね。tera氏は色々な所に出没していますね^^
初めて訪れたときは、お稲荷様のイメージと程遠かったので(イメージとして伏見稲荷のような赤い鳥居)、少々戸惑いましたよ。
豊川では、「いなり寿司」をご当地グルメとして、様々な工夫で売り出しています。
もう少し時間をとって、食べ歩くのもよかったかも。

投稿: mino | 2012年3月 2日 (金) 08時05分

豊川稲荷はダキニの系統なんですね。だから曹洞宗。東アジアには九尾の狐という伝承がありますが、ダキニを狐と見るのは日本だけだそうです。どちらも人をだまして食らうという点で同一視されたのでしょうか。ヒンドゥー神話は仏教を経て性格を大きく変えたので複雑です。
町並みは何となく東京巣鴨のとげぬき地蔵を彷彿とさせます。巣鴨も曹洞宗だそうです。

投稿: ddol | 2012年3月 2日 (金) 21時16分

ddol氏>今晩は^^。
豊川稲荷はダキニの系統なんですね。だから曹洞宗。>へ~、そうなんですか。皆、博学で、ってあたり前ですね^^・
巣鴨も曹洞宗なんですか。それは知りませんでした。
ところで、ddol氏の現在の専門はなんですか(この質問は有効かな?)

投稿: mino | 2012年3月 2日 (金) 22時08分

ご無沙汰しております。

稲荷神、現世利益を買われて近世では相当広く信仰されたようで、伝承では狐のいない筈の四国の遍路の寺にも、祭ってあるところを見かけます。
tera氏と昨年行った屋島寺にもありましたね。
城の守護神としても多く祭られています。

稲荷神は荼枳尼天と神仏習合するわけだけど、ヒンドゥー教(→後期密教)のダキニ(複数)など墓地(屍林)に住む女神の眷属、象徴として使われた野干(シュリガーラ:ジャッカル)が、中国、日本で狐(狼)とされ、ダキニの眷属とされた野干から荼枳尼天の眷属としての狐を経て同じく狐を眷属とする稲荷神と習合していくようです。

なんで、神仏分離までは稲荷社と荼枳尼天は縁が深く、伏見稲荷を初めとする全国の稲荷社でも多く祀られていたとか。
金毘羅さんと似たような話です。

管狐関連の飯綱権現は米沢の上杉神社蔵の上杉謙信の兜の前立でも有名。
ttp://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/001/633/97/N000/000/012/125748946492516128227.JPG

能面にも野干という狐面があって、狂言面の狐(釣狐など)が普通の狐の面なのに対して、結構怖い。
ttp://nohmask21.com/mask-v/yakan.html

一方、豊川稲荷の面は郷土玩具として名高かったんだけど、どうやら伝統のものは廃絶したようです。とても残念。
ttp://kyoudogangu.xii.jp/aichi/h1806120030.JPG

投稿: tera2 | 2012年3月 3日 (土) 10時50分

お久し振りです。
神仏分離までは稲荷社と荼枳尼天は縁が深く>なるほど。豊川稲荷などは、現在では珍しい形態であっても、近世においては、荼枳尼天と稲荷信仰の間の関係は一般的であったという訳ですか。
神仏分離で伏見稲荷のような稲荷神を祀ると言うのは、ある意味モダン化しているのですね。
城の守護神としても多く祭られています>これは、どこかで聞いたような気がします。

投稿: mino | 2012年3月 3日 (土) 23時52分

tera2さん今日は
ご指摘ありがとうございます。野干は中国では狐でしたね。うっかりしてました。
ダキニは人を捉えてはその肉を食っていたところ、大日如来の化身大黒天に調伏された夜叉だという伝承と、チベット仏教で仏法の守護神になったということくらいしか知りません。もし夜叉が神になった事情をご存知なら教えて下さい。
写真を見ましたが豊川稲荷の面はもったいないですね。ユニークで面白い表情なのに。
現在ダキニを祀る寺は、関東では浅草の浅草寺や千葉県の成田山新勝寺などという有名な寺があります。真言宗の寺などでもダキニが祀られているのではないかと思います。
minoさん。私は専門はありません。強いていえば言葉くらいですかね。昔西欧の古典語をやったことがあって、現代語を読む時に役立ったりしています。

投稿: ddol | 2012年3月 4日 (日) 21時36分

出てきた、ダキニ、クンビーラ(金毘羅、宮比羅)や、梵天、帝釈天、聖天、四天王、天竜八部衆、十二神将、十二天、二十八部衆、閻魔と七母天、鬼子母神、弁財天、吉祥天、技芸天、摩利支天、韋駄天など、日本に入って知られるものは多いですし、七福神の一部は神道とひっついて、日本の神様みたいになってます。

このうち、夜叉、は、クベーラの眷属で八部衆としての狭義のヤクシャー(ヤクシニー)と、ヒンドゥーの鬼神から仏教の護法神となった広義の夜叉とがあります。ダキニはカーリーの眷属ですから、後者ですね。金剛夜叉明王や鬼子母神、十羅刹女も後者です。

日本の荼枳尼天は閻魔天の眷属として中期密教の教えとして伝来します。閻魔天の眷属とされる七母天(ブラフマーニー、ルドラーニー、カウマーリー、ヴァイシュナヴィー、ヴァーラーヒー、インドラーニー、チャームンダー)の仲間として、荼枳尼があげられるのですが、これにパールヴァティーを加えた八母天はインド・チベットで現在でも広く信仰されています。また、ダキニはパールヴァティーの暗黒相(の化神)カーリーの眷属とされることも多いです。このうちチャームンダーはヤマの妻ですので閻魔の眷属とされたと考えられます。また、閻魔天(焔摩天)は、しばしば死者の王として大黒天(元はシヴァ神)と同一視されるようです。チベット密教では、大黒天(マハーカーラ)とダキニとの交合仏が護法尊(ヘールカ)として祀られます。

これらの女神は、ヒンドゥー教が大地母神を取り込むにつれて有力になっていきますが、それに対応して中期密教→後期密教→チベット密教で重要な役割を示します。

この辺の事情を詳しく説いているのが、「女神たちのインド」(立川武蔵、せりか書房)です。

日本には、中期密教しか伝わっていない、ということになっているのですが、大黒天や荼枳尼天、聖天などの諸天は、少しその後の密教の影響を受けているような気もします。
いわゆる荒神で、祭祀を途絶えさせると祟りをなします。なんで外法扱いされますし、立川流との関係もよく言われますよね。

…なんかだんだん豊川稲荷から外れてきましたが、つらつらと(^^;

投稿: tera2 | 2012年3月 4日 (日) 23時39分

あう、すいません、前の少しが切れたまま投稿しました。

以下、前半部、です。上と順序逆に読んでください(^^;

---
ddol さんはじめまして こんにちは^^

>夜叉が神になった事情
すいません。細かいところはわかりません。以下知っている範囲で。

仏教とその一派の密教は、ヒンドゥー教(バラモン教)との関係が無視できないわけですが、仏の慈悲と偉大さを示すために、積極的にヒンドゥーの神々と魔を取り込みます。
(ところが、ヒンドゥー教も仏教も分派、異説が多く、割といろんな由来を語りますw。)
特に今日天部とされる諸仏は、多くがヒンドゥー由来となりますよね。

投稿: tera2 | 2012年3月 4日 (日) 23時45分

管狐は、昔、司馬遼太郎(だったか?)の短編を読んで興味を持ち、民俗学の話とかを調べた記憶があるんや。

それが数年前に読んだ宮本昌孝の「剣豪将軍義輝」(徳間文庫)の中で、九条稙通が管狐を使う話が出てきて、おお~、時の関白が呪法かと記憶がよみがえりました。
つらつら知らべてみると、幸田露伴の「幻談・観画談 他三篇」(岩波文庫)にその話があるんや(その元は調べてませんが^^;)

http://www.aozora.gr.jp/cards/000051/files/1437_28794.html

↑幸田露伴「魔法修行者」

宮本昌孝のこの小説は、続編の「海王」(徳間文庫)とともにお勧めです(tera2さん、続編でてるよ)。

>東京巣鴨のとげぬき地蔵

ddolさん、とげぬき地蔵は行ったことないんやけど、久世光彦「曠吉の恋 昭和人情馬鹿物語」(角川文庫)を読んで、なんとなくその雰囲気がわかります^^
久世さんは、 昭和史を考える際に必読の小説家やと思っているんやけど、絶版になっていくのかなあ^^;

投稿: tera | 2012年3月 5日 (月) 06時18分

tera氏>やはり、色々読んでいますね。紹介された本は小まめに保存していますが、読書量が半端なく落ちているので、大変^^;

ddol氏、tera2氏>面白い、興味ある話をありがとう^^なかなか勉強になって、読ませてもらってますよ^^・
専門すぎて、口が挟めないですが、掲示板替わりにどんどん書き込んでください。

投稿: mino | 2012年3月 6日 (火) 10時58分

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