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2012年3月10日 (土)

京都駅 3月3日 - 二条城からの帰り

 

  二条城の最寄の駅は地下鉄東西線の「二条城前」駅。

東西線は西に向かえば太秦天神川が終点です。

地上に出ると嵐電天神川で嵐電に乗り換えることができ、帷子ノ辻(かたびらのつじ)で北野線に乗り換えると御室仁和寺、妙心寺、竜安寺、等持院ときて北野白梅町が終点。

帷子ノ辻をそのまま西に進むと嵐山です。

竜安寺などは駅から少し距離がありますが、バスに頼ることなく、鉄道でも京都を巡ることは十分できます。

二条城を後にして東西線から烏丸御池駅(からすまおいけえき)で烏丸線に乗り換え、京都駅まで行き、食事をしたり、階上の南側の遊歩道のベンチで暇を潰しました。

 

  烏丸御池駅の烏丸線ホーム。

Dsc03935_2

 

  駅前の京都タワー。

  昔から古都にはふさわしくないと言われましたが、今ではすっかり馴染んで、別に変に思わなくなったのが不思議ですね。

Dsc03938

 

  京都タワーに比べたら、京都駅の方がある意味凄いと思ってしまいます。

  改札付近。

Dsc03941

 

  駅の階上の東側から西側を。

Dsc03942

 

  階段に描かれているドラえもん。

Dsc03949

 

  京都タワーと烏丸通。

Dsc03947

 

  京都駅前のバス乗り場。

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  南側に見える新幹線ホーム。

Dsc03950

Dsc03953

 

  ホームに下りて、207系普通電車。

Dsc03960

 

  207系と113系。

Dsc03963

 

  湖西線の113系の到着。

Dsc03967

  撮影 2012/03/03

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コメント

207系と113系>
非常に気になったので質問です。113系ですかね、緑と柿色の車両。これは東海道線ですか。
昔「湘南電車」がこの色だったのですが、現在はシルバーの車体に緑と柿色の帯が小さくほどこされているだけで、味気なく感じています。元国鉄(JRではなく)の技術者だった知人は、技術の進歩を見せたいために変えたのだろうと言っていましたが、まだこの車両が走っているのは嬉しいですね。

投稿: ddol | 2012年3月14日 (水) 20時49分

113系ですかね>これは、いつも頭が痛いんです。この電車についてはナンバーを確認しているので、確かです。
判らないときには書かない、これを原則としています。
乗務員などは遠くから見ても、なんとなく判るという話を読んだことがありますが、この車両は「湖西線」用の湘南色113系です。一番下は湖西線用のリニューアル車の113系です。

話が変わりますが、関東の電車は、JR、私鉄ともに全く判りません^^。

投稿: mino | 2012年3月14日 (水) 22時03分

113系ですかね>
非常にまずい書き方をしてしまいました。207系と113系のどちらかわからず、数字の若い方が古いだろうと勝手に判断した自分の判断に対する自問の表現のつもりだったのですが、「ですかね」はケチを付ける時の表現にもなることに思い至らず、大変失礼な書き方をしてしまい申し訳ありません。
この色は「湘南色」と言うのですか。かつて大垣発東京行きの夜行の普通列車がこの色だったような気がしたので東海道線かと思いました。湖西線なんですね。

投稿: ddol | 2012年3月16日 (金) 21時50分

吉本隆明が亡くなったということで一言。

大垣発東京行きの夜行の普通列車は、大学生だった頃、○○塚闘争支援で何度も利用しました、
その頃の学生は、お金がなく、たいていはキセル(無賃乗車)やったと思います。
車掌さんが切符の確認に巡回するのを、逃げ回ってた記憶があります^^;

たいていは、車掌さんが来るとトイレに逃げ込むわけやけど、このブログをきっと見てるであろう○○さんは、「狸眠り」をきめこんで、車掌さんがどんなに起こそうと寝てました。つわものやね^^

車掌さんたちも、半ばあきらめ顔で許してくれてたんやろね。ある意味でいい時代やったと思います。


投稿: tera | 2012年3月17日 (土) 07時00分

ddolさん>変な風に、「イヤミ」などの様に、意味を取っていないですから、大丈夫ですよ^^。こういう書き込みでは、誤解は起こりえるものです。ddol さんでしたら、たとえ「イヤミ」でも、ニヤニヤしながら応じると思います^^・

tera氏>ある意味でいい時代やったと思います。>そうですね。社会自体がどんなにギクシャクしていても、そこはかとなく余裕のある、そんな時代でしたね。甘いと言えば、甘いのですが。

吉本隆明が亡くなったということで一言。>tera氏は、語りたい事が山ほどあるのでは、と思います。

投稿: mino | 2012年3月17日 (土) 12時49分

minoさん。ありがとうございます。

ここしばらく吉本さんの消息を知らなかったのでかなり驚きました。
原発に関する見解のせいか、新聞・テレビは予想以上に大きく取り扱いました。昨年の震災後も発言を続けていたそうで、最後まで「思想家は発信するべきだ」という言葉を実践していたようですね。

まったくの蛇足ですが、韓国では大雑把にいって「タカアキ」はバナナの父親、「リュウメイ」は詩人・思想家と認識されているという感じです。

投稿: ddol | 2012年3月18日 (日) 21時24分

韓国では大雑把にいって「タカアキ」はバナナの父親、「リュウメイ」は詩人・思想家と認識されているという感じです>
これって、「別人」として認識されていると云う事なんでしょうか?

投稿: mino | 2012年3月18日 (日) 23時01分

別人として認識されているわけではありません。韓国でも吉本ばななファンが多く、バナナさんの父親が思想家だと紹介する時に「正式名称」である「タカアキ」と記述しています。他方「リュウメイ」は吉本さん本人に関する記述で、清水幾太郎、谷川雁、埴谷雄高といった人々との関係を論じているものが多く、60年前後のことだろうと思います。僕たちも一般に「リュウメイ」と読んでいたので、それがそのまま韓国に伝わったのだと推測しています。

ちなみにさっきあらためてネット検索をかけると、「タカアキ」では柄谷行人さんとの絡みのブログが上位に出てきました。

投稿: ddol | 2012年3月20日 (火) 21時24分

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