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2012年4月 3日 (火)

手力雄神社(てぢからおじんじゃ)付近からの岐阜城 - 岐阜県各務原市

 

 

  織田信長が稲葉山城攻めで戦勝祈願をした各務原市の手力雄神社。

現在では神社から少し西に歩かないと岐阜城を見ることができません。

神社の少し西を東海北陸道の高架が南北に通っているので、それを嫌って、少し小高いところを求めてしばらくの間付近を歩き回りました。

すると、手力雄神社の西に村神(上)神社という神社があり、そこが少し小高いので上がってみましたが、残念ながら木立で遮られて岐阜城を望むことができずに撤退。

結局、県道沿いを西に開けた場所まで歩いて行き、少しばかりの写真を撮り、帰りは手力雄神社前バス停のひとつ西のバス停からバスに乗って岐阜市内に帰りました。

 

  手力雄神社正面。左が西。

Dsc03765

 

  手力雄神社から県道を西に下ります。

Dsc03767

 

  手前の高架道路は東海北陸道。

  望遠なので、実際にはお城はずーっと小さく見えます。

Dsc03769

 

  南の方向には国営木曽三川公園の展望タワー「ツインアーチ138」が見えます。

  戦国時代以前にはもう少し西に木曽川での渡河点があって、東からの軍は必ずここを渡らなければならなかったそうです。

  織田信秀、信長父子もたびたび試みていますが、一帯が湿地帯であったため、大兵を動かすことができず、後には鵜沼、前渡の川並衆を調略して舟で渡河することになっていきます。

この渡河点の美濃側は昨日述べた岐阜市の手力雄神社の社地で、侵攻を受けるたびに焼き討ちにあっています。(wikiより)

Dsc03770

 

  旧村社の村上(神)神社。

  手力雄神社のすぐ西にあります。

Dsc03773

 

  うっそうとした鎮守の杜の中にあります。

Dsc03774

 

  傷みの激しい社殿ですが、横からの階段が取り付けてあって、ある程度は管理されているようです。

Dsc03778

 

  参拝は南側から。

Dsc03781

Dsc03785

 

  境川という川で、岐阜市の南部から笠松を経て、西の長良川に合流します。

Dsc03790

Dsc03792

 

  バス停ですが、これは岐阜方向へとは反対側。

  東の東海北陸道から手力雄神社のほうを振り返っています。

Dsc03797

  撮影 2012/02/28

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