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2012年6月18日 (月)

膳所(ぜぜ)城跡(滋賀県大津市)を訪ねる(2) - 膳所城跡公園

 

  湖岸道路を渡ると旧膳所城の本丸部分を公園とした膳所城跡公園があります。

入口には模擬城門が建てられています。

膳所城は、1600年の関ヶ原の戦いの当時に東軍の城として落城した大津城を廃城として、新たに天下普請として築城されたお城です。

膳所城が築城されると、大津城の城主であった戸田一西(とだ かずあき)を3万石で入城させ、ここに膳所藩が成立します。

ちなみに戸田一西の子の氏鉄(うじかね)は膳所藩から摂津尼崎藩、そして大垣藩藩主となっています。

膳所藩の藩主の変遷は戸田家3万石で2代、本多家3万石で2代、菅沼家3万1千石で1代、石川家7万石→5万3千石で2代、本多家7万石で13代でした。

本多家が入城したのは1651年ですから、江戸期を通じてほぼ本多家が治めたと言って良いと思われます。

 

  本多氏については大名家のみに限っても忠勝系、泰俊系、重次系、正信、正重系、泰重系とあります。

忠勝系は四天王の一人と後に称された武勇の本多忠勝の家系、泰俊系が膳所藩主家、重次系は「日本一短い手紙」で知られた本多重次の家系、正信、正重系は家康の参謀として活躍した本多正信の家系、泰重系は家康の古くからの譜代で、最終的には信濃飯山藩3万5千石の藩主で飯山藩を10代にわたって治めています。

 

  膳所城跡公園の正面入口の模擬門。

Dsc00049

 

  「余湖くんのお城のページ」>からの引用図です。

  本丸が現城跡公園となっています。

Zezezu

 

  模擬門を入ると膳所城址の大きな碑があります。

Dsc00075

 

  碑文がかなり磨耗しています。

Dsc00071

Dsc00074

 

  南側には櫓風の建物があります。

  城跡の雰囲気は出ています。

Dsc00054

 

  「近江大橋有料道路」越しに見える近江富士。

  近江富士は対岸から良く目立ちます。

Dsc00056

 

  これらの石垣は後世に組まれたもの。

  湖岸には遺構の石垣が残っていたようです。

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  こちらは比叡山。

Dsc00065

  公園内の様子。

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Dsc00068

 

  外に出て再び市民センターの前を京阪電車の膳所本町駅に引き返します。

Dsc00076

 

  京阪電車石山坂本線膳所本町駅。

  この電車と同じ方向の浜大津へと向かいます。

Dsc00081

  撮影 2012/06/14

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