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2012年6月20日 (水)

京阪電車 石山坂本線 - 膳所(ぜぜ)本町駅にて

 

  石山駅でJRから京阪電車に乗り換え、三つ目の駅の膳所本町駅で下車。

そこから東へ300mぐらい歩くと湖岸道路があり、その向こうが膳所城跡公園です。

旧膳所城の本丸部分を公園化しており、三方が琵琶湖に洗われた景色の良い公園です。

駅から城跡公園までの途中には膳所神社があり、その神社の門として旧膳所城の城門が遺構として現存しています。

膳所神社と膳所城跡公園を散策した後、膳所本町駅に戻り、さらに浜大津に向かいます。

 

  京阪電車石山坂本線膳所本町駅の駅舎。

Dsc00029

 

  踏切りから。

Dsc00077

 

  同じく踏切りから坂本行き。

Dsc00079

 

  上の坂本行き。

Dsc00082

Dsc00083

 

  反対側から石山寺行き。

Dsc00084

 

  近江神宮前行きが到着して浜大津に向かいます。

Dsc00087

  撮影 2012/06/14

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コメント

ご無沙汰しています。

膳所は難読地名です。この地名は天智天皇の大津遷都の時に御厨を設けたことに由来し、膳所神社もその頃に造られたそうですね。
「所」をゼ(セ)と読む地名に奈良県の御所がありますが、こちらの地名の由来は諸説あってはっきりしません。
百人一首の「朝ぼらけ 宇治の川ぎり たえだえに あらはれ渡る 瀬々の網代木」(権中納言定頼)の瀬々を膳所と解するサイトもありますが、どうもあやしいようです。

戸田氏鉄は英語版では島原の乱の副司令官として知られています。尼崎に移封になった後も治水の手腕を発揮し、大阪と尼崎の間の神崎川下流の左門殿川にその名を残しているようです。ちなみに神崎川と左門殿川の間の中州は佃と呼ばれ、江戸の佃の大元です。

膳所城の取り壊しは廃城の布告の翌日から実行され、その時に城門は売却されたようです。

投稿: ddol | 2012年6月20日 (水) 21時42分

お久し振りです。

膳所神社も古いんですね。

膳所は難読地名です>膳所神社と反対側の北側には膳所高校があるんですが、この高校が昔から有名な進学校だったので、膳所の読み方を知らずのうちに覚えていました。

戸田氏鉄の戸田氏は、系譜上、松本の戸田氏(こちらは出自がはっきりしている)と繋がっていますが、事実なのかどうかはよく分からないらしいです。
家紋も異なりますし、その系譜以外になんの裏付ける証拠も無いということです。
本当なのかどうかは分かりませんが。

佃の話は江戸のほうの話(佃煮)は知ってましたが、大元は尼崎にあったのですね。

投稿: mino | 2012年6月21日 (木) 00時26分

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