« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »

2012年7月

2012年7月30日 (月)

岐阜市内(岐阜県岐阜市)を散策(3) - 伊奈波神社(いなばじんじゃ)

 

  忠節橋から金華橋通りの美江寺を訪れてから、官庁街にある県総合庁舎から長良橋通りを北に歩いて行き、岐阜の総産土神の伊奈波(いなば)神社を訪れました。

伊奈波(いなば)神社は美濃国三宮、戦前の社格は国幣小社。

岐阜県では高山の水無神社がやはり国幣小社、垂井町の南宮大社が国幣大社でした。

岐阜市では初詣の参拝客が最も多く訪れる神社です。

 

  春には妃神を祀る金(こがね)神社、子神を祀る橿森(かしもり)神社と共同で例祭の岐阜祭りが行われます。

現在では例祭としての岐阜祭りと企画としての「道三祭り」が一緒になり、4月第一土曜、日曜は(例祭は4月5日)市内がお祭り一色となります。

岐阜市では山車ではなく神輿を町内から繰り出し、大人神輿や子供神輿を担ぎましたが、近年は町内や企業の神輿に加えて有志の神輿愛好会の人々が本神輿を担ぐそうです。

橿森神社や金神社もいずれも小さいときからの馴染みのある神社です。

ちなみに秋(10月第一土曜、翌日の日曜)には武者行列などが繰りだされる「信長祭り」が行われます。

 

  県総合庁舎の前から。

Dsc00454

 

  長良橋通り(昔の電車道である神田町通り)を北に歩いていくと右手の東側に伊奈波神社への参道があります。

Dsc00455

 

  山と山の谷合に神社はあり、多少上り加減になります。

Dsc00457_2

Dsc00458

 

  ここからが神域です。

Dsc00466

 

  鳥居をくぐり振り返ったところ。

  右側の建物は善光寺。

 その手前には参集殿があり、トイレや自動販売機もあり、冷房も効いていました。

  本来は婚礼を行う場所です。

  遠慮をしてあまり長居はしませんでした。

Dsc00471

 

  階段の上に楼門が見えます。

Dsc00473

Dsc00479

 

  さらに階段を上がると神門があり、ここで参拝します。

  その奥が拝殿で本殿は見えていません。

  私は拝殿が本殿だと思い、正面から写真を撮るのははばかられたので、遠慮したんですが。

Dsc00480

 

  楼門を内側から。

Dsc00483

 

  同じく楼門内側から正面。

Dsc00488

 

  神門と拝殿。

Dsc00491

 

  楼門前の階段から神橋と鳥居、右が参集殿。

  そのほかにも、あちこちに多くの摂社・末社があります。

Dsc00492

 

  神域に入る横にある善光寺。

Dsc00496

 

  再び長良橋通りを北に歩いて、本町三丁目。

  東に見える岐阜城。

  ここから道路は東に折れ、次に北に、さらに東、そして北に折れて長良橋にいたります。

  この道路のために、駅から伸びていた路面電車は車長の短い車両が使用されていました。

  この日はここの本町3丁目バス停から駅方面に帰りました。

  大変な猛暑で、炎天下の4時間はきつかったです。

Dsc00502

  撮影 2012/07/26

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月27日 (金)

岐阜市内(岐阜県岐阜市)を散策(2) - 美江寺観音

 

  忠節橋から東に歩いて3つある駅前通の内真ん中の金華橋通りに出て、官庁街の交差点にある美江寺観音へ。

美江寺観音はもともとは現在の瑞穂市の美江寺(樽見鉄道の駅、美江寺駅がある)にあったお寺で、斉藤道三が稲葉山城を築いた際とか信長の時代とかの諸説がありますが、このころに現在地に移されたようです。

1945年の空襲によって伽藍は焼失して、現在の本堂は1955年、仁王門が1986年に再建されています。

文化財としては国重文の乾漆十一面観音立像、岐阜市重文の猩々(しょうじょう)面があります。

 

  昨日の秋葉神社とは異なる秋葉神社。

  長良川堤防の下です。

Dsc00422

 

  南に向けて歩いていくとこんな分かれ道に。

  向こうが西の方。

Dsc00424

 

  東に抜けて金華橋通りに出ました。

  この辺りは古くからの官庁街で空き地の向こう側に見える古い建物は県の総合庁舎。

  昔の岐阜県庁舎です。

  美江寺のある交差点の南には裁判所、消防署、警察署が集中してあります。

  また岐阜大学病院もこの空き地あたりにありました。

Dsc00427

 

  この空き地に市が図書館を建設の予定。

  一方で県立図書館もあり、昔は岐阜公園内にあって便利でしたが、何を考えたのかアクセスの不便な市の南西の郊外に建設してしまいました。

  結局、JRの西岐阜駅、図書館、県庁(やはり市の南西の郊外にある)を結ぶコミュニティバスを走らせてアクセスの不便さを解消しようとしてしましたが、不便なことには変わりはありません。

  市と県でひとつの図書館で十分なのに典型的な二重行政です。

Dsc00429

 

  昔の県庁舎、現在の県総合庁舎。

Dsc00430

 

  空き地と道路を挟んで西側に美江寺観音があります。

Dsc00431

 

  本堂。

Dsc00433

 

  本堂正面。

Dsc00436

 

  南側から仁王門と本堂。

Dsc00438

Dsc00440

 

  金華橋通りに架かる歩道橋から南の駅方向。

Dsc00442

 

  交差点の南東の角から美江寺。

Dsc00445

 

  交差点から東すぐにある美江寺公園。

  この日は木陰でも涼しくもない炎天下で、公園で休むのではなく喫茶店に入って少々休憩しました。

Dsc00446

 

  今度は東の長良橋通りに出ます。

  昔の電車通りです。

  駅方面の南を見ています。

Dsc00449

 

  この交差点から東に行くと東別院があり、さらに行くとトンネルがあり山の南東側に抜けます。

  また金華山への登り口のひとつがあります。

Dsc00451

 

  昔の県庁舎の県総合庁舎を正面から。

  この後、再び長良橋通りを北に歩いて伊奈波神社(いなばじんじゃ)へ向かいました。

Dsc00453

  撮影 2012/07/26

| | コメント (21) | トラックバック (0)

2012年7月26日 (木)

岐阜市内(岐阜県岐阜市)を散策(1) - 炎天下のなか忠節橋から東へ

 

  久し振りに岐阜市内を気ままに思いつくままに散策してみました。

岐阜駅近くのバス停から岐阜バスに乗って長良川に架かる忠節橋バス停まで行き、そこから散策を始めました。

以前にも書きましたが、JR岐阜駅前から北に延びる駅前道路は3本あり、それぞれには北の長良川に行き着くところの橋の名前が冠されています。

名鉄岐阜駅前バス停がある東側の駅前通りを長良橋通り、中央の駅前通りは金華橋通り、西側の駅前通りは忠節橋通りと言います。

この日はその内の一番西にある忠節橋までバスで行き、その後は徒歩で長良川の南に渡って東に歩いて金華橋通り沿いにある美江寺観音、さらに長良橋通りまで行き伊奈波神社(いなばじんじゃ)を訪れ、本町からバスで駅方面に帰りました。

 

  忠節橋バス停は橋の北側にあります。

  北側の堤防から忠節橋。

Dsc00400

 

  忠節橋から東に見える金華山と岐阜城。

Dsc00402

 

  同じく長良川と岐阜城。

Dsc00406

 

  南側堤防から忠節橋。

  忠節橋の形状は私の物心ついた頃から全く変わっていません。

  つい数年前までは路面電車が走っていたんですが、残念です。

Dsc00408

 

  堤防から南側に下りるところに秋葉神社。

  秋葉神社は市内いたるところにあります。多分町内ごとにあります。

  もっと小さいですが私の町内にもあり、町内会に属している人は秋葉神社の氏子となっています。

  これは調べてみる価値がありますね。

  旧市内全域なのか、旧岐阜町だけなのか、いろいろ興味深いです。

Dsc00411

 

  金華橋通りにある美江寺観音に向かうべく少し南に町の中に入っていくと、チョッとした大木があったので寄っていくと西野不動尊がありました。

  この向こうの西には本願寺岐阜別院があります。

  すぐの距離でしたが西に戻ることになるので、この炎天下ではためらってしまいました。

Dsc00413

 

  大木の根元を見ると「お濃の墓由来」があってビックリ。

  本当なのっていう感じですが、全く偶然に発見しました。

  いままで全然知りませんでした。

Dsc00415

Dsc00416

 

  西野不動尊と前にあるチョッとの大木。

Dsc00418

 

  再び岐阜城を見ながら炎天下を東に向かって歩いて行きます。

Dsc00421

  撮影 2012/07/26

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月24日 (火)

久留里城(千葉県君津市)へ - 過去の旅 1997年

 

  久留里城は戦国時代には里見氏の本拠地であったお城で、現在は山の上に模擬天守と久留里城址資料館があります。

木更津から久留里線に乗り換え、久留里駅で下車して徒歩30分以上の距離にありますが、山を登るので駅からはこれくらいの所要になります。

  前日の夜に帰省していた岐阜から(当時は大阪在住)夜行列車の「ムーンライトながら」(当時は毎日運転)を利用して朝早くに東京に着き、総武線の君津行きで木更津まで行き、そこから久留里線に乗り換えるという手順で久留里駅に降りたのは8時過ぎ頃だったと思います。

この日は前年から使い始めた青春18きっぷを利用しての旅で、その日のうちに岐阜に「とんぼ返り」をするという強行日程でした。

 

  久留里駅からお城への登り口に向かったものの、なかなかたどり着けない。

で、ちょうど通りがかった通学中の自転車に乗った男子中学生に聞いてみると、道は間違っていなくて、もう少しで登り口があるということでした。

当時もかなり遠くて時間がかかった印象がありましたが、やはり30分以上歩いていたんですね。

城址資料館は開館前で入ることはできず、そのまま引き返しました。

まだPCやインターネットも無く、里見氏の下調べも久留里の町の下調べもできずに訪れ、お城のみを見て帰るというのは当時としては仕方の無いことでした。

この日はそのまま淡々と電車に揺られて帰りました。

 

  木更津駅にて。

  朝、到着したときなのか、帰りの電車だったのかは覚えていません。

Img044

 

  久留里線のキハ38。

  朝の通学時で高校生で一杯でした。

Img025

 

  久留里城模擬天守。

  江戸時代の久留里藩時代の天守とは形態が異なっているということで、模擬扱いとなっています。

Img037

 

  里見義堯(さとみよしたか)ゆかりの正源寺(しょうげんじ)。

Img038

 

  山の上から。

Img043

 

  久留里駅にてキハ38。

Img045

  撮影 1997/12/16

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月21日 (土)

坂出駅(香川県坂出市)にて - 1996年地上駅時代

 

  大阪在住時代の1996年に丸亀城へ日帰りで訪れたときの坂出駅。

1996年の地上駅の時代で、高架工事中でした。

 

  高松行きの快速「マリンライナー」213系。

Img671

 

  高松行き121系普通。

Img663

 

  岡山行きの213系快速「マリンライナー」。

  坂出駅の高架化はあくる年の1997年です。

  高架の橋脚が見えますね。

Img672

 

  こちらは観音寺行き普通。

Img662

  撮影 1996/08/19

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月18日 (水)

高松駅(香川県高松市) - 1996年当時の駅ビル

 

  1996年当時、大阪在住時代に日帰りで丸亀城を訪れた時の高松駅。

Img681

 

  駅構内は広々としています。

  手前は8000系特急電車。

Img680

 

  213系時代の旧「マリンライナー」。

Img670

以上 撮影 1996/08/19

 

  現在の高松駅。

  好きな駅舎の一つです。

                    撮影 2011/04/06

Dsc01741

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月11日 (水)

犬山駅(愛知県犬山市)で乗り換え - 小牧市を訪れて

 

  小牧市の小牧山城跡を訪れた折に、岐阜から各務原線(かかみがはらせん)でやって来て、小牧線に乗り換えた犬山駅です。

犬山駅は小牧線の始終着駅、広見線の始終着駅、そして犬山線、各務原線と各線が集まる名鉄の尾張北部のターミナル駅となっています。

犬山駅は6番線まで。

 

  犬山駅3、4番線。

  左3番線が小牧線300系平安通行き。

  右側4番線6500系犬山線から名古屋経由東岡崎行き普通。

Dsc00226

 

  東岡崎行きの出発。

Dsc00227

 

  小牧駅まで乗車した300系。

Dsc00228

 

  小牧からの帰りに岐阜行きへの乗り換え待ち。

  向こう側、1番線の新鵜沼行き特急「パノラマスーパー」。

Dsc00390

 

  後ろ2両が特別車の1000系。

Dsc00393

 

  左、犬山終着の6000系。

 右、待機中の岐阜行き6800系。

Dsc00394

  撮影 2012/06/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月 7日 (土)

JR高山線 鵜沼駅(岐阜県各務原市)にて - 鵜沼駅と新鵜沼駅との連絡通路より

 

  愛知県の小牧市にある小牧山城跡を訪れた際に、寄り道をして名鉄新鵜沼駅で下車。

空中歩道を利用してJRの鵜沼駅改札前に移動して、そこからの高山線と名鉄各務原線(かかみがはらせん)。

 

  岐阜から美濃太田(多分)への回送列車。

  最初は普通列車と思っていたら通過して行ってしまいました。

  先頭車キハ48。

Dsc00190

 

  名鉄各務原線の上下。

  向こうが岐阜方面。すぐ左には新鵜沼駅。

Dsc00194

Dsc00207

 

  岐阜発美濃太田行き普通列車。

  先頭車キハ47。

Dsc00211

  撮影 2012/06/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月 6日 (金)

小牧山城跡(愛知県小牧市)を訪れる(4) - 小牧山城跡(3)

 

  名鉄の小牧駅から西に歩いて1.5Kmぐらいでしょうか、小牧山城跡の南東にある東虎口から城内に入り、広い帯曲輪(おびぐるわ)地帯を北に歩いて、城跡の北側にある搦手口(からめてぐち)から小牧山に登りにかかりました。

登ること10分足らずで(近道をしないともう少しかかる)主郭に建っている小牧市歴史館にたどり着きました。

歴史館の拝観料は大人(高校生以上)100円、小人(小中生)30円。

歴史館は4階建てで、1、2、3階は展示室、4階が展望室になっています。

帰りは南側の大手口の方に下りるべく、青年の家、遊園地へと指し示す案内板に従って下りました。

どちらも小牧山の南麓にある市役所の裏手にあり、市役所のすぐ東側に下りることができました。

実は、もう少し地図を見ていれば大手口へ真っ直ぐ下りる事もできたようです。

そんな訳で小牧山城跡の西側半分は回り切ることができず、最後に、市役所の前を西に横切り、大手口の登り口だけ覗いて帰りました

 

  小牧市歴史館。

  小牧城とも言います。

Dsc00345

 

  展示室は撮影不可であったので展望室からの写真。

  北側少し東の方。

  案内板には尾張富士が見えるとあったので明治村がこちらの方にあるはずです。

Dsc00350

 

  西側。

  遠くがもやっていた関係もあり、遮る物が無いような眺めです。

Dsc00352

 

  名古屋駅のセントラルタワーあたり。

Dsc00354

 

  愛知県営名古屋空港、航空自衛隊小牧基地が南にあります。

  富士ドリームエアラインの機体が着陸体制へ。

Dsc00357

 

  愛知県営名古屋空港。

Dsc00360

 

  小牧基地なのでC-130輸送機なんでしょうね。

Dsc00361

 

  なんとか迷うことなく青年の家まで下りて来ました。

Dsc00364

 

  遊園地とありましたが、単に遊具があるだけでした。

Dsc00365

 

  遊園地をあとにすると、もう市役所の裏手です。

Dsc00366

 

  市役所の東側の県道小牧~高蔵寺線に下りました。

Dsc00370

 

  西には小牧市役所。

  県道の南側にも市庁舎南館があります。

Dsc00373

 

  市役所のすぐ西にある大手口の登り口。

Dsc00379

 

  大手口からの登り口は直線的です。

Dsc00375

 

  下りてきた道のすぐ東に市役所前バス停があります。

  小牧巡回バスや名鉄バスが停車します。

Dsc00380

 

  小牧巡回バスが来ました。200円でした。

  Dsc00381

 

  小牧駅の東口のバス乗り場。

Dsc00382

 

  2006年10月に廃止された新交通システムの桃花台線の名残。

Dsc00384

 

  東口のバス乗り場。

  西口にはタクシー乗り場しかありません。

Dsc00385

 

  犬山乗り換えで岐阜に帰りました。

  小牧駅にて、300系犬山行き。

Dsc00386

  撮影 2012/06/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月 5日 (木)

小牧山城跡(愛知県小牧市)を訪れる(3) - 小牧山城跡(2)

 

  東虎口から城跡内に入ると、小牧山の東から北にかけて帯曲輪(おびぐるわ)が広がっています。

ここに至って初めて、小牧山城跡には夥しく土塁が残っていることに気が付きました。

この帯曲輪を北に向かい小牧山の北側の搦手口まで歩きます。

山の北側にある搦手口(からめてぐち)から小牧山に登り、頂上の主郭部分にある小牧市歴史館(小牧城)へ。

歴史館は入館料が大人100円でした。

帰りは青年の家、遊園地へという案内板に従って下り、小牧市役所の裏手へと下りました。

従って、小牧山の西半分は回りきることができずに、大手口の登り口を確認して帰途につきました。

 

  小牧山城概略図。

  薄い青色の部分が帯曲輪(おびぐるわ)地区です。

Dsc00273

 

  帯曲輪(おびぐるわ)の遺構推定復元図。

  濃い茶色の帯状の線が土塁です。

Dsc00278

 

  土塁が見られます。土塁の上から土塁を。

  北に続く帯曲輪(おびぐるわ)。

Dsc00289

 

  北東虎口(こぐち)。

  土塁が保存されている東虎口とは違い普通の出入り口になっています。

Dsc00294

 

  北東虎口の外側は普通の道路でした。

Dsc00297

 

  城跡の外郭を成す土塁が長々と続いています。

  南を振り返って。

Dsc00305

 

  途中、土塁の側に井戸の跡。

Dsc00303_2

 

  土塁を改変して出入り口を設けた場所には、土塁の断面が展示されています。

Dsc00309

 

  北に行くにつれて山との間が狭まってきます。

Dsc00313

 

  小牧山の北側の搦手口(からめてぐち)。

  大手口が表、搦手口が裏と思っていただければ良いです。

Dsc00318

 

  自動販売機で飲み物を買うために城外に出ました。

  国道155号線越しに搦手口。

Dsc00320

 

  いよいよ搦手口から登ります。

Dsc00322

 

  道がたくさんあるので案内板を頼りに登ります。

Dsc00324

 

  どちらも歴史館への道ですが、急な近道を選択。

Dsc00328

 

  歴史館が見えて来ました。

  今は崩れてしまっていますが、大きな石垣の石があちこちに。

Dsc00336

 

  銅像は尾張徳川家第19代当主の徳川義親氏。

  維新後も小牧山は徳川家の所有でしたが、昭和2年の国の史跡指定を契機に義親氏が昭和5年に当時の小牧町に寄贈しました。

Dsc00340

 

  小牧市歴史館。大人100円。小人(小中生)30円。

  小牧・長久手の戦いに関する展示が多い印象でした。

Dsc00347

  撮影 2012/06/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月 3日 (火)

小牧山城跡(愛知県小牧市)を訪れる(2) - 小牧山城跡(1)

 

  さて、新鵜沼駅で途中下車をして、少し道草を食いましたが、再び各務原線(区分ではこの区間は犬山線の一部)電車で犬山駅まで行き、ここで小牧線に乗り換えました。

小牧線の犬山~小牧間は単線で小牧~上飯田間は複線となっています。

上飯田からは市営地下鉄上飯田線との直通運転で平安通駅まで運行されていて、名鉄は300系、名古屋市交通局は7000形電車で運用されています。

私が犬山から乗ったのは300系で、小牧まで快適に乗車しました。

小牧駅は地下駅で、前後が高架なのになぜ一駅だけ地下駅なのかは謎です。

駅を地上の西口に出て、駅から西の方向に小牧山城跡のある小牧山に歩いて行きます。

距離的には多少遠いので、東口のバス停から小牧巡回バスで市役所前まで行くのもよいですし、1時間に1本以上ある名鉄バスの岩倉線も市役所前に停車します。

巡回バスは8コースありますが、何コースかは何れも市役所前バス停に寄りますので、結果的には市役所前バス停の運行数は1時間に1~3本と多くのバスが停車します。

 

  平安通行き普通300系。

  終点の平安通駅でループ線の名古屋市営の地下鉄名城線に連絡しています。

Dsc00229

 

  地下駅の小牧駅。

  前後の駅は高架ですが、小牧駅のみが地下駅。

Dsc00231

 

  小牧駅西口。

  バス停は東口にあります。こちらはタクシー乗り場のみ。

Dsc00233

 

  小牧の町の地図。

  左手の南北の合瀬川の西が小牧山城跡です。

Dsc00236

 

  西へ歩いて行く途中で小牧城の模擬天守(模擬天守のみをさす場合は小牧城と呼ぶ)が望めます。

Dsc00239

 

  図書館の前に出てしまいました。

Dsc00255

 

  図書館前からの小牧城。

  近づくにつれて小牧城は見えなくなります。

Dsc00256

 

  城跡の東側を流れる合瀬川(あいせがわ)。

  城跡側の石垣は後世に造られたものですが、その上には土塁が連なって残っています。

Dsc00258

 

  小牧山城は信長が美濃の稲葉山城(岐阜城)を落として、居を岐阜に移した際に一旦廃城となりました。

  小牧山が再び脚光を浴びたのは小牧・長久手の戦いで、家康はいち早く小牧山を占拠して城砦化し、ここを拠点として、秀吉軍と対峙しました。

  現在、発掘調査等で遺構として私たちが見ることができるのは、この小牧・長久手の戦いで家康が手を加えた小牧山の城跡(しろあと)が大部分のようです。

Dsc00263

 

  虎口(こぐち 城の出入り口)は大手口、搦手口を含めて、下の地図を見る限りでは5ヶ所あり、そのうちの東虎口。

Dsc00266

 

  内側の土塁上から東虎口を。

Dsc00269

 

  帯曲輪(おびぐるわ)が山の東側から搦手口(からめてぐち)のある北側まで続いています。

Dsc00267

 

  曲輪(くるわ)と曲輪の間には土塁が設けられて区画されています。

Dsc00268

 

  上が北で、大手口が南、搦手口が北にあります。

Dsc00272

Dsc00273

 

  帯曲輪(おびぐるわ)の様子。

  赤丸が二つありますが、左側が東虎口、右側が北東虎口。

  塗りつぶされた赤丸は、土塁を改変して後世に出入り口が設けられた場所。

  土塁の断面がガラス張りにしてあって、その様子を見ることができます。

  小さな赤丸は井戸の跡です。

Dsc00278

  撮影 2012/06/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月 1日 (日)

京都 東本願寺へ道草 - 大津を訪ねて

 

  大津の膳所城から浜大津にかけて京阪電車で訪れた後に、京都に少し寄ってみました。

駅からすぐ北の工事中の東本願寺を見てから岐阜に帰りました。

 

  遠くからでもクレーンが見えます。

Dsc00177

 

  阿弥陀堂門から入ります。

  というより、大きな御影堂門は大掛かりな工事がおこなわれているのです。

  阿弥陀堂も工事中で大きな覆いがされています。

Dsc00166

 

  工事中の阿弥陀堂の前からの京都タワー。

Dsc00172

 

  4年にわたる工事で2008年に修復が終わった御影堂。

  きれいになっています。

Dsc00171

 

  御影堂門は工事真っ盛り。

Dsc00174

 

  京都駅で上り電車を待ちます。

  30番線で待機中の関西空港への特急「はるか」。

Dsc00180

 

  米原行きの普通が到着。

  この日はダイヤが乱れていたので取り敢えず乗り込み、岐阜へ帰りました。

Dsc00181

  撮影 2012/06/14

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »