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2012年8月

2012年8月31日 (金)

夏の旅行2012年(6) - 早朝の大月駅(山梨県大月市)と岩殿山城跡

 

  さて、新発田市を散策した後、一度新潟に帰り、件(くだん)のインターネットカフェにもぐり込み、仮眠をとったりネットで情報を得たりしながら深夜までゴロゴロ。

そして、新潟駅から夜行の臨時快速「ムーンライトえちご」で、今度は前日とは逆に新宿へ向かいました。

前日の新宿から新潟への車中は満席状態でしたが、今回の新潟から新宿へは殆んど空席状態で、睡眠も多少とれ、スッキリと新宿駅に降り立つことができました。

新宿着が5時10分で、この時間帯の西に向かう電車は各駅停車のみ。

東京始発の新宿発5時29分の各駅停車で高尾着6時27分、すぐに接続の大月行きで、大月着が7時5分でした。

大月では武田家の有力な家臣の小山田信茂の居城であった岩殿山城跡を見たくて、駅から東に歩いて中央線を跨ぐ陸橋まで行ってみました。

その後、同じ道を大月駅に引き返して、再び電車で西へ甲府に向かいました。

 

  富士急大月駅。

  河口湖行きが待機していました。

  実は、計画段階では河口湖へ行くというプランも考えましたが、時間的に少し窮屈になりそうで、今回は断念しました。

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  大月駅の誇線橋から。

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  同じく西の方。

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  富士急大月駅はJRの大月駅とはホームでも連絡していますが、入り口はこちら。

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  こちらがJRの大月駅。

  後方に見えるのが岩殿山城跡の岩殿山です。

  夏は木々が繁茂していますが、冬に来てみると、その異様な岩山振りが良くわかります。

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  大月駅正面。

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  岩殿山。近づくように東に歩いてみました。

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  この麓あたりが登り口の筈です。

  こうして見るとそんなに高い山では無いですね。

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  陸橋の小さい網の目の柵から強引に写しました。

  E233系電車のようです。JR東日本の電車はまったく知識がありません。

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  こちらは115系電車。

  新潟付近でも多く見られましたが、甲州、信州方面でもまだまだ主力電車のようですね。

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  岩殿山城跡の図。

  山梨県指定史跡で、その指定史跡名が「岩殿城跡」なので、このように岩殿城跡と表記されています。

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  大月周辺の観光図。

  今回の旅行では、山梨側からの富士山はほとんど雲に隠れていました。

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  撮影 2012/08/23

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2012年8月30日 (木)

夏の旅行2012年(5) - 新発田市(新潟県新発田市)を散策

 

  新発田市での最大の目的であった新発田城を訪れた後、市役所前から警察署、裁判所前を経て駅前通りに引き返しました。

そして駅前通りを駅方面に少し戻ると、左右にお寺のある道があります。

これを右手の方向に折れて、道路の左手にある新発田藩主家の溝口家の菩提寺である宝光寺を訪れました。

ちょうどお昼時でしたが、拝観したくてチャイムを鳴らしたんですが、まったく反応が無く、仕方がないので外に出ました。

左右にお寺を見ながらこの道をさらに行くともう一本の大通りに出ます。

そして、大通りを渡った先に旧新発田藩下屋敷庭園の清水園(しみずえん)と足軽屋敷等があり、これを拝観。

拝観後、大通りに戻り、駅方面に歩いていくと酒蔵が見学できる「酒蔵」、さらに行くと新発田総鎮守の諏訪神社があり、諏訪神社を最後に駅へ戻りました。

時間があれば、お城から市役所への途中にある蕗谷虹児記念館(ふきやこうじきねんかん)を訪れてから、寺町へ向かうのも良いかもしれません。

 

  新発田城二の丸隅櫓。

  この姿を見ながらお城を後にします。

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  お城からは市役所の手前、駅からは向こうにある蕗谷虹児記念館(ふきやこうじきねんかん)。

  見えている建物は新発田市民会館で、その隣にあるロシア正教会風の建物が記念館です。

  蕗谷虹児は新発田市出身の画家。

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  駅前通りに戻って少し駅方向に行って振り返ったところ。

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  地図の現在地の下の薄い緑の部分が寺町で、駅前通りから寺町を抜けて現在地に向かいます。

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  左に立派な楼門のあるお寺が見えたので入ってみました。

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  宝光寺は新発田藩主家の溝口家の菩提寺です。

  曹洞宗のお寺で、山門は1845年の建立。

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  ここにチャイムがあって拝観できる筈なんですが、連絡が取れず外に引き返しました。

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  上の案内地図の現在地。

  清水園と足軽長屋があります。

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  足軽長屋。

  先に右手にある清水園(しみずえん)の拝観入り口へ行き、清水園、足軽長屋、郷土資料館、武家屋敷石黒家をまとめて大人700円(小中生300円)。

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  清水園。

  旧新発田藩下屋敷庭園です。

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  夏の庭園は緑一色でもうひとつです。

  もみじが多かったので秋は良いかも知れません。

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  かっての米蔵を移築して、手前から郷土資料館、無料休憩所、食堂としたもの。

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  足軽長屋は八軒の長屋です。

  一軒だけ内部が公開されています。

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  地図の現在地から左へ駅のほうに歩いていきます。

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  大通りに面して公開されている酒蔵。

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  突き当たりにある新発田総鎮守の諏訪神社。

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  18世紀に建立された社殿は2001年に焼失してしまいましたが、2004年には市民の寄付などで再建されました。

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  新発田駅が見えてきました。一度新潟まで帰ります。

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  撮影 2012/08/22

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2012年8月27日 (月)

夏の旅行2012年(4) - 新発田(しばた)城(新潟県新発田市)

 

  新宿駅からの夜行臨時快速「ムーンライトえちご」で新潟駅に翌日の朝5時前に到着。

意外にも電車は満席状態で、子供さん連れの人々もいたりとかで、なんとなく、騒音がある訳でもないのですが眠ることができませんでした。

電車を降りた後、駅を出てそのままインターネットカフェに直行。

今回の旅行はなるべく安く済ませたいとの思惑から、二晩共夜行の利用が前提だったので、休憩できる場所としてインターネットカフェを事前に調べておきました。

これは功を奏しました。

3時間ぐらいインターネットカフェでシャワーを浴びたりしながら体を横にして休憩を取りました。

3時間パックで880円、シャワー200円で合計1080円。

入会金350円は事前にホームページからダウンロードして印刷をした申込書を持参でタダ。

ただ、私の経験からインターネットカフェもピンキリで、ゆっくり過ごすことができない所もあるので注意が必要です。

 

  さて、8時過ぎに新潟駅に戻り、この日に唯一訪れるつもりだった溝口氏の城下町の新発田(しばた)市に向かいました。

天気は上々、しかし強い日差しになりました。

 

  新潟駅にて。

  新潟着4時51分の「快速ムーンライトえちご」 485系6両編成。

  数分で白新線新発田経由の村上行き快速に連絡しています。

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  折り返して新潟始発8時48分村上行き普通115系。

  新発田まで乗車。

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  川幅が驚くほどの広さの阿賀野川を渡ります。

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  ちょうど所要40分で新発田駅に到着しました。

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  駅前通り。

  まず新発田城を訪れるために駅前通りを真っ直ぐに歩いていきます。

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  新発田駅。

  新発田城へは2Km弱。バスで市役所近くまで行くと多少楽に。

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  上の写真のポケットパークのある場所が下の地図の現在地。

  ここで駅前通りを右に曲がります。

  その後、右に警察署、左に裁判所とあり道路を左方向に向きを変えると、右手に市役所があります。

  ず~っと進んで右や真っ直ぐに行きそうになるところで矢印で左に新発田城への方向を指し示していますのでそちらに。

  次に右への道を行くと、お城とお堀前の新発田城跡公園にたどり着けます。

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  新発田市役所庁舎。

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  市役所の少し北側にあるロシア正教会風の画家の蕗谷虹児(ふきやこうじ)を記念した蕗谷虹児記念館(ふきやこうじきねんかん)と新発田市民文化会館。

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  新発田は関ヶ原の戦い(1600年)以前の豊臣政権下では溝口秀勝が新発田城6万石で治めていました。

関ヶ原の戦いでは家康の東軍に与(くみ)し新発田城に在城。

そして上杉景勝が越後国内の旧上杉家臣を扇動して起きた一揆の鎮圧にあたりました。

この戦功が認められ、戦後、本領安堵されてここに新発田藩6万石が立藩されました。

その後12代にわたって明治まで一度の移封も無く、新発田藩は溝口氏が治めました。

 

  ちなみに、藩祖の溝口秀勝は現在の愛知県稲沢市の生まれで、現在も西溝口町の地名が残っています。

 

  秀勝は幼少から丹羽長秀に仕え、その後、信長に才を認められ直臣となり、信長の死後は秀吉に属して、丹羽長秀の与力として大聖寺城主(石川県加賀市)。

長秀の死後は堀秀政の与力として引き続き大聖寺に在城し、1598年上杉氏の越後から会津への転封に伴い、新発田に6万石で転封しました。

この転封では、越後には他に現在の上越市の高田(福島)に堀秀治が30万石で、坂戸に堀直寄が2万石で、村上(本庄)に村上義明が9万石で同時に入封しています。

 

  新発田城の本丸鉄砲櫓跡に移築された二の丸隅櫓。

  江戸時代からの現存遺構で国重文に指定されています。

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  2004年(平成16年)に復元された三階櫓。

  明治以降には陸軍歩兵第16連隊の置かれた城跡ですが、この三階櫓は現在は陸上自衛隊新発田駐屯地の敷地にあるので立ち入ることはできません。

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  三階櫓の前から二の丸隅櫓の方を。

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  お堀のこちら側には新発田城跡公園が整備されています。

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  もう一回二の丸隅櫓。

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  新発田城の本丸の表門。

  この門も江戸時代からの現存遺構で国重文に指定されています。

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  門を入ったところに藩祖の溝口秀勝の像。

  塀の向こう側は陸自の新発田駐屯地。

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  溝口氏の家紋の溝口菱(みぞぐちびし)は五階菱(ごかいびし)、掻摺菱(かきずりびし)ともいうそうです。

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  赤穂浪士で有名な堀部安兵衛は新発田出身。

  門の前に銅像がありました。

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  2004年に三階櫓と共に復元された辰巳櫓。

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  撮影 2012/08/22

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2012年8月26日 (日)

夏の旅行2012年(3) - 熱海(あたみ)散策のち「ムーンライトえちご」で新潟へ

 

  岳南鉄道からJRに再び戻り、吉原駅から次は熱海へ向かいました。

熱海駅は普通電車では必ず利用する駅ですが、殆んどが数分で次の電車に乗り換えるという通過駅でしかなかったのですが、今回は少し歩いてみることにしました。

といっても基本的に温泉の町ですから、ホテルなり旅館に宿泊して温泉につかり美味しい食事をしたりするのが温泉町での王道の過ごし方というものです。

しかし、町の方でもそれだけでは客が満足しないだろうと、いろいろ観光施設や名所をこしらえて客を迎えようとします。

 

  ここ熱海には明治時代の代表的小説の「金色夜叉(こんじきやしゃ)」(尾崎紅葉 作)のワンシーンで有名な「お宮の松」なるものがあります。

この小説を読んだことは無いのですが、繰り返し映画化されているので、なんとなく知っているという簡単なあらすじでは、寛一の許婚(いいなずけ)のお宮が金に目がくらみ、直前に富豪に嫁いでしまい、それをここ熱海の松林で問い詰めますが、お宮が本心を明かさないので寛一がお宮を蹴飛ばすという有名なワンシーンがあります。

クライマックスシーンといってもいいのですが、その舞台がここ熱海の「お宮の松」で、古くからの観光名所となっています。

 

  海岸沿いの海水浴場もあるサンビーチの道路沿いの一角にある「お宮の松」の横には寛一がお宮を蹴飛ばしている像もしつらえてあります。

もちろんフィクションですからそんなものは無いんですが、観光客にとっては、それはそれで楽しめるのです。

私もその一人で真っ先に、というか唯一「お宮の松」が見たくて熱海に来たようなものです。

 

  そして、もうひとつの熱海の巨大なフィクションである熱海城(史実にはまったく無い)も遠望ですが見ることができました。

海はきれいでした。

 

  吉原駅にて。

  電車は反対方向への浜松行き普通 211系。

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  熱海駅にて。

  吉原駅から乗ってきた211系は折り返して浜松行きに。

  向こうが静岡、浜松方向です。

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  1番線に伊東方面からの電車。

  伊豆急行の車両の6両編成が到着。

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  こちらが伊東方面への先頭車。

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  駅前に出てみました。

  やはり人出が多くて、さすがに観光地の雰囲気。

  駅前には昔、熱海と小田原の間を結んでいた軽便鉄道の蒸気機関車が展示されていました。

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  駅前は工事中で大変混雑していました。

  バス停を整備しているのかと思い、帰ってから検索して調べて見ると、JR東日本による熱海駅駅舎の建設工事に伴う市の駅前広場の整備によるバス停をも含む工事のようでした。

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  熱海駅から海岸に向かうべく歩いてみて分かったことですが、なかなか海岸にたどり着けない。

  こうして視界が開ける場所はあるのですが、海岸に下りる道が無い。

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  ただ、ここからは熱海城がよく見えました。

  下の海が海水浴場のあるサンビーチ前の海です。

  多分、下りられる道はあるんでしょうが、私たちにはなかなか分かりづらいのです。

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  もう一度大通りが分岐していた交差点に戻り、もう一方の道路を下りました。

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  やっと、途中に海岸への近道との看板を見つけて、海岸通りに出られました。

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  海岸通りを少し北に戻る形で「お宮の松」に着きました。

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  その横に寛一がお宮を足蹴にする銅像がありました。

  最近の人はこの「金色夜叉」の話はもう知らないんでしょうね。

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  銅像の反対側に初代の「お宮の松」の切り株が保存されています。

  お札が貼ってありますから、信仰の対象になってるんでしょう。

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  サンビーチの海水浴場。

  もう日も傾き加減です。

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  南の方に当たるようですが、熱海城が見えます。

  ロープウェイがあり、大人往復500円(片道300円)。

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  帰りはバスで熱海駅に引き返しました。

  「お宮の松」バス停からは160円。そのひとつ遠いサンビーチバス停からは170円でした。

  10円とは云え少しの失敗でした。

  熱海城周辺には徒歩旅行者はバスで行った方が良いかも知れません。

 

  熱海駅にて2階建てグリーン車。

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  伊豆急下田発東京行き特急「踊り子130号」185系。

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  東京行き普通で品川駅まで行き、山手線に乗り換えて新宿駅へ。

  大船ともう一箇所の駅での湘南新宿ライン乗換えで先に新宿に到着という機会はすべて放棄しました。

  新宿駅での待合はできるだけ短い方が良かったので、ユルユルと乗っていきたかったのです。

  東京の大きな駅での待合はベンチがまったく無いと言ってよいほどで、待合がとてもしんどい。

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  夜行の「快速ムーンライトえちご」は5番線から。

  翌日の帰りの新宿行きはほとんど空席状態でしたが、この日の新潟行きは満員でした。

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  あくる朝の新潟駅での「快速ムーンライトえちご」 485系6両編成。

  6号車が女性専用車に充てられていました。

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  撮影 2012/08/21,22

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2012年8月25日 (土)

夏の旅行2012年(2) - 「岳南鉄道(がくなんてつどう)」に乗ってみる(富士市吉原駅から)

 

  富士川(ふじかわ)駅から乗車した沼津行きの普通が特急車両の373系だっただけに、二つ目の吉原駅で降りるのがもったいないような気持ちで当駅で下車。

吉原は昔から製紙工業が盛んな町で、そこを縫うように岳南鉄道が走っています。

富士山との絡みの撮影ポイントはあるようですが、今日はそこには手が届くような時間的余裕も無く、取り敢えずこの10Km未満の地方鉄道を乗って楽しみました。

 

  吉原駅から終点の岳南江尾(がくなんえのお)駅までの運賃は350円です。

そこで「平日用 岳南鉄道全線1日フリー乗車券」700円(子供350円)を吉原駅で購入。

今年(平成24年)の7月からは平日の販売も追加されたようですが、土日祝日用の同じ切符の値段は400円と安く設定されています。

 

  沼津行き普通の373系が東に去っていきます。

  吉原(よしわら)駅にて。

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  西の方の跨線橋を北側に渡り、岳南鉄道の乗り場へ。

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  青春18きっぷを提示してJRを出て1日フリー乗車券を購入しました。

  有人駅のみの販売なので注意が必要です。

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  平日用の全線1日フリー乗車券大人用。子供用は350円。

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  7000形が到着。単行運転です。

  車両前面で想像できるようにに元京王の車両です。

  京王では3000形だったそうです。

  もう一種類の8000形は帰りに乗ることができました。

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  富士山はこちらの方に見えます。

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  発車。終点まで20分チョッと。

  短い路線なので、まず終点の岳南江尾(がくなんえのお)駅まで乗り切ってしまいます。

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  終点の岳南江尾駅。構内から。

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  後ろの高架は新幹線。

  2両編成の8000形も停車中でした。

  折り返しは先に7000形が発車しました。

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  7000形の車内。

  吉原駅方面に引き返します。

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  戻って三つ目の駅の岳南富士岡駅で下車。

  車両基地のある駅です。

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  岳南鉄道では貨物列車の運用があって、電気機関車を4両保有(1両は休車)しています。

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  電車は7000形を3両、8000形一編成2両を保有しているそうです。

  その8000形が先ほどの終着駅の岳南江尾(がくなんえのお)駅からやってきました。

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  8000形の車両内部。

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  吉原本町駅あたりのの町並み以外では工場が多く見られます。

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  吉原駅に帰って来ました。

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  これからさらに東海道線を東に向かい次は熱海で下車します。

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  撮影 2012/08/21

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2012年8月24日 (金)

夏の旅行2012年(1) - 東海道線を東に興津、由比、富士川から吉原まで

 

  8月の下旬まで諸々の事情で余り動くことができず、ここに至ってやっと旅に出ることができました。

しかし、今回の旅はかなりの思いつきで、短時間に計画して即実行、という慌ただしい旅となってしまいました。

これというのも三日前でも簡単に夜行快速「ムーンライトえちご」の指定席券が取れた事が大きな理由でした。

当初の計画では1日目は東海道線を一日かけて東京へ向かい、深夜に新宿から「ムーンライトえちご」で新潟へ、その後、米坂線を利用して山形の米沢を日帰りで訪れて、再び新潟から朝に新宿へという計画でした。

 

  しかし、さすがにこれは体力的に無理と悟り、新潟では久し振りに新発田市を訪れ、新発田城をはじめとしてみっちり新発田市内を観光してきました。

そして、新潟に帰って、夕方から帰りの「ムーンライトえちご」に乗車する深夜の時間までインターネットカフェにしけこみ、仮眠を取ったりしてゆっくり過ごしました。

 

  あくる日は「ムーンライトえちご」が新宿着5時10分で、すぐに中央線を西に向かい、高尾乗り換えでまず早朝の大月で途中下車。

岩殿山城跡を下から見上げて時間を潰して、次に甲府へ。

甲府では駅南にある府中城跡をじっくり見て回り、駅から少し北東にある長禅寺の三重塔、五重塔を訪れました。

武田信玄の躑躅ヶ崎館跡の武田神社等は前回に訪れているのでパス。

好天ではあるのですが日差しが強く、すぐに体力が奪われていきました。

 

  その後、再び中央線を西に。

上諏訪の高島城跡を訪れてのち、諏訪湖湖畔で時間を潰す、という当初の予定も体力的な理由で却下としました。

小淵沢、塩尻では多少時間を割いて駅中心にブラブラとして、松本始発の塩尻発16時5分中津川行き電車で中津川、名古屋と乗り継ぎ岐阜に帰ったのは21時前でした。

 

  3日間とも好天に恵まれた素晴らしい「ケチケチ旅行」となりました。

ちなみに切符は「青春18きっぷ」3枚を使用。

 

  まず最初に途中下車したのは興津駅。

  浜松で乗り換えた電車が興津行きであったので静岡、清水ものともせず興津まで来ました。

  結論を言うと何もありませんでした。

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  静岡地区の313系は座席がロングシートバージョン。

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  折り返しで浜松行きとなって出発して行きました。

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  後続の熱海行き211系でひと駅、次の由比駅で再び途中下車。

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  由比駅前。

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  有名な薩埵峠(さったとうげ)からの富士山をと思ったのですが、歩いて30分と案内があったので断念。

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  この富士山で我慢しました。

  由比駅跨線橋より。

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  次に下車したのは富士川(ふじかわ)駅。

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  チョッと苦しい写真。

  駅撮りではこんなもの。

  富士川駅にて。

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  富士川駅から乗車したのは身延線特急「ふじかわ」や飯田線特急「伊那路」に使用される特急型の373系電車の普通沼津行き。

  後ろ髪を引かれる思いで吉原駅で下車しました。

 

  吉原駅にて。

  このあと岳南鉄道に乗ってみました。

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  撮影 2012/08/21

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2012年8月18日 (土)

円空仏の中観音堂、円空資料館と竹鼻線廃線跡の中区駅跡 - 岐阜県羽島市

 

  木彫りの「円空仏」で知られる円空の生まれた羽島市に、円空仏が多数ある中観音堂と隣接する円空資料館を訪ねました。

 

  その途中では思いもかけず、竹鼻線の廃線区間である江吉良~大須間の中区駅跡を目にすることができました。

竹鼻線の江吉良(えぎら)~大須間が廃止されたのは2001年の10月。

 

  かっての終着の大須は現在の名古屋市内にある大須観音がもともとあった場所で、現在の名古屋市にある大須観音は1612年に徳川家康の命令で犬山城主の成瀬正茂が現在地に移転させたものです。

現羽島市の大須にあった真福寺の一院である「宝生院」が名古屋に移転させられた訳ですが、この時、真福寺が所蔵していた「真福寺本古事記」をはじめ古典籍、絵画の殆んどが移動させられて、地名の「大須」も移動、これがきっかけで真福寺は衰退をしてしまったといいます(Wikiより)。

最古の写本としての「真福寺本古事記」等は国宝にも指定されていて、真福寺文庫(大須文庫)は15000冊の古典籍を所蔵する一大文庫として現在に伝わっています。

 

  江吉良から大須までが廃線となり、現在は代替バスの羽島コミュニティバス南部線が羽島市役所前駅前から大須まで(江吉良は通らない)1時間に2本が運行されています。

  その中区バス停から中区駅跡。

  向こうが北方向で江吉良方面です。

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  中区バス停。

  道路を東に行くと中観音堂と円空資料館があります。

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  中区駅跡。

  北の方、江吉良方面を望みます。

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  旧踏切を東に少しの所にある中観音堂と円空資料館前の広場。

  盆踊りの仕度がととのっています。

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  階段が見えますがその上が本堂で入館料は300円でした。

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  写真はOKとお聞きして本尊を撮らしていただきました。

  正面からは失礼と思い少し斜め横から。

  本尊は十一面観音像です。

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  お願いすれば録音された案内を聞かせて頂けます。

  いずれも円空仏。

  左側の一番奥にある仏は(ここには写っていない)円空仏ではないそうです。

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  こちらが円空資料館。

  手前のガラスケースに入っている四体の円空仏は本物ですが、他の仏様はレプリカです。

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  最後に本堂を写して後にしました。

  もう少し時間をかけて見学したかったのですが残念です。

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  撮影 2012/08/15

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2012年8月14日 (火)

名鉄岐阜駅 7番線のあった頃 - 岐阜県岐阜市

 

  名鉄岐阜駅の各務原線ホームの5、6番線に加えて美濃町線(正確には名鉄岐阜駅部分は田神線)の7番線があった頃の1993年。

1999年には関と美濃の間が廃止となりました。

そして全ての路線が廃止されたのは2005年でした。

 

  名鉄岐阜駅(当時は新岐阜駅)7番線から新関行き。

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                                                                                             撮影 1993/04/03

 

  現在の名鉄岐阜駅各務原線ホームの6番線と線路のみが残る旧7番線。

                                                                                                撮影 2012/04/12

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2012年8月 8日 (水)

(続)岐阜市内(岐阜県岐阜市)を散策(3) - 名和昆虫博物館と岐阜公園

 

  岐阜大仏からアジサイ寺の禅林寺を訪れ、岐阜公園内にある名和昆虫博物館から公園内に入りました。

岐阜公園は戦国時代に斎藤氏や織田信長の居館があった場所で、現在も盛んに発掘調査が進められています。

全容はまだ把握されておらず、有名な信長の居館も特定されておらず、僅かに地層から斎藤家時代、信長以降等に焼け焦げた跡があり、戦火で焼けた痕跡が見られるようです。

したがって石垣の説明などはあっても、安土城のようにここが秀吉の屋敷跡、ここがの信忠の屋敷跡などといった具体的な説明は無く、ただ漠然と一帯が信長の居館跡であったという感じしかつかめません。

 

  南側の道路から名和昆虫博物館への敷地に入ります。

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  前回も書きましたが、名和昆虫博物館はギフチョウの発見で知られている名和靖氏が明治29年に名和昆虫研究所を設立したのが始まり。

  昆虫というと昆虫採集の昆虫を思い出させますが、実際には農業とは切っても切り離せない分野の研究がテーマで、害虫の駆除等には昆虫の研究が欠かせませんでした。

  そして1919年(大正8年)に付属施設として昆虫博物館を開設しました。

  私も小学校の頃に入館した記憶があります。

  現在入館料は大人500円、子供400円です。

  この日も子供さん連れの親子が訪れていました。

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  左が岐阜市歴史博物館。ここを北に通り抜けます。

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  北側にある建物は現在は使用されていませんが、私が入館して昆虫の標本を見たのはこちらの建物だったような。

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  バス停から降りて公園に入ってくると、この噴水があります。

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  一度バス乗り場(駅方面への)のある道路に出てみました。

  バスは市内200円です。駅からも200円です。

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  バス乗り場から噴水までに岐阜市歴史博物館の入口があります。

  岐阜市歴史博物館の観覧料は大人300円、子供150円です。

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  噴水から山側に信長居館跡への入口の模擬門が見えますが、その右手にあるのが板垣退助の像。

  1882年(明治15年)自由党党首の板垣は東海道を遊説して、4月6日岐阜公園内にあった中教院という建物で演説をして、その帰途に玄関で暴漢に襲われました。

  この時の「板垣死すとも自由は死せず」は有名。

  ただし本当にそう叫んだかは不明だそうです。

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  公園の見取り図はこんな感じです。

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  信長居館跡入口にある模擬の冠木門(かぶきもん)。

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  隣りには山頂へのロープウェイの乗り場があります。

  三重塔は大正天皇即位記念に建てられたもので、1916年(大正5年)に完成。

  ロープウェイ運賃は大人(12才以上)片道600円往復1050円、子供片道280円往復520円です。

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  現在も行われている発掘調査。

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  金華山ロープウェイ乗り場。

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  手前の北側には岐阜市出身の画家である加藤栄三・東一兄弟の「加藤栄三・東一記念美術館」があります。

  大人300円子供150円。

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  さらに北に歩いて行くとめい想の小径、途中に登山道のひとつの馬の背登山道があります。

  この登り口は最も急峻な岩場があって這いつくばって登るような場所もあります。

  私は一度だけ下山の時に利用しました。

  途中はなんでも無い普通の道なんですが、最後に難関がやって来る登山道です。

  子供さんやお年よりは少しきついと思います。

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  ここで山側から公園を横切って西の道路の方へ。

  ここに、信長居館跡の発掘成果や当時の想像図などが展示されている建物の発掘調査案内所があります。

  無料ですし、自由に入って良いです。

  係員の人もいますが、自由に展示物を見学してみましょう。

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  駅前からの長良橋通り沿いにある無料休憩所の前から。

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  この無料休憩所の中にレンタサイクルを扱う受付所があります。

  自転車は隣りの駐車場の一角の建物にたくさんありました。

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  岐阜市歴史博物館の横にあるバス停に戻り、岐阜駅方向へのバスに乗って帰りました。

  このバス停からの殆んどのバス(すべてかもしれない)が名鉄岐阜駅前、JR岐阜駅前へ行ってくれます。

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  撮影 2012/08/04

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2012年8月 7日 (火)

(続)岐阜市内(岐阜県岐阜市)を散策(2) - 岐阜大仏とアジサイ寺の禅林寺

 

  「岐阜公園歴史博物館前」という名称が岐阜公園の最寄のバス停です。

岐阜駅方面からやって来るバス停と岐阜駅方面へ向かうバス停は一方通行の関係で別々の場所なっていますが、駅のほうに南進する「岐阜公園歴史博物館前バス停」の少し南に岐阜大仏と呼ばれるお寺があります。

 

  正式名は黄檗宗金鳳山正法寺といいます。

この岐阜大仏はいわゆる乾漆仏で、木組みに外部を竹材で編み、それに粘土を塗って、さらに一切経、阿弥陀経、法華経、観音経などを張り、その上に漆を施して金箔をおいた造りとなっています。

したがって別名「籠大仏」とも呼ばれています。

このつくりの大仏では日本一の大きさだそうです。

  大仏と大仏殿は江戸時代の1791年(寛政3年)から1832年(天保3年)にかけて二代に渡る和尚さんの努力により造営されたものです。

拝観料は200円です。

 

  道路反対側の南からの大仏殿。

  数台が駐車できる駐車場があります。

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  北側から入りました。

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  入ってすぐ右手に石造りの多宝塔があります。

  下の案内板には伊奈波神社から移されたとあります。

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  西側が正面です。

  この日は長良川で花火大会があるということで、参拝客が訪れることが予想されたからでしょうか、拝観受付にはお寺の人が常駐。

  普段は拝観受付でブザーを押しています。

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  撮影は自由です。禁止の貼り紙もありませんし。

  たしか奈良の大仏殿も撮影は自由でしたが。

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  このお寺で意外に面白いのがこの羅漢さん。

  じっくり見て観察してみると面白いです。

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  西から大仏殿の正面。

  少し柱が華奢なのでなにかあったらすぐ倒れそうに見えます。

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  大仏殿から再び道路に出て北のほうを望みます。

  右奥の建物が岐阜市歴史博物館。

  そこの信号を右(東に)渡ります。

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  信号を東に歩いてすぐ左手に名和昆虫博物館があります。

  ギフチョウの発見で知られる名和靖氏は明治29年に名和昆虫研究所を設立。

  その付属施設として1919年(大正8年)に博物館を開館しました。

  こちらに入るのは後回しにして更に東へ。

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  突き当たりに長い階段があります。

  小さい頃からあの上には何があるのだろうとず~っと思っていました。

  今では割りと知られていますが、あの上にはアジサイ寺の禅林寺というお寺があります。

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  石段を登りきると鄙びた門があります。

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  本堂に至る登り道の両側にアジサイが植えられています。

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  お寺といっても一見民家風です。

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  さて、再び階段を下りて西に戻り、名和昆虫博物館から岐阜公園に入って行きます。

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  撮影 2012/08/04

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2012年8月 5日 (日)

(続)岐阜市内(岐阜県岐阜市)を散策(1) - 常在寺、岐阜大仏

 

  前回では長良川に架かる忠節橋から金華橋通りにある美江寺観音、そして長良橋通りの伊奈波神社を訪れて、本町3丁目から帰宅しましたが、今回はその続き。

前にも書きましたが、岐阜の駅前通りは3本あり、西から忠節橋通り、中央が金華橋通り、一番東を長良橋通りと行き着く先の長良川に架かる橋の名前が各通りに冠せられています。

そのうち長良橋通りが駅前から一貫して北上してきて、初めて東に向きを変えるのが本町3丁目。

東に少し行くと再び北に方向を変えますがここからは一方通行となります。

今日の散策はこのあたりから。

 

  本町3丁目のバス停で降りて1丁目バス停との中間の2丁目あたり。

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  本町1丁目の交差点。

  長良橋方向への車は北へ、駅方面への車は東からと一方通行となっています。

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  北への一方通行。

  狭いですね。北進と南進を分離した理由が良く判ります。

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  この本町1丁目の交差点から少し東に歩いて北側に斎藤家の菩提寺の常在寺があります。

  斎藤道三と息子の斎藤義龍の肖像画が伝わっています。

  本物を見ることはできませんが写真のレプリカは見ることができるようです。

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  どちらも有名な肖像画なので、一度はどこかで見ているとは思うんですが(多分、信長との絡みで)。

  いずれも国指定の重文です。

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  境内は狭く、あまりすっきりとはしていません。

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  本堂の前にこんな風にしてあるんですが、入っていいのか良く分からない。

  けっきょくそのまま出てきました。

  道三公供養塔とか資料などが展示されているようで、勇気を持って入れば良かったですね。

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  南進する一方通行の道路は岐阜公園の方からやってきます。

  左手の建物が岐阜大仏の大仏殿(というのかどうか)。

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  その前に、さらに東の奥に歩いて行きます。

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  金華山への登山道のひとつの七曲道。

  かっては大手道だったそうです。

  頂上まで40分ぐらい。

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  さらに道路は上りになり、山の上を巡る(金華山頂上へは行かない)ドライブウェイの入り口があります。

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  上の写真を上がって左手にあるのが岐阜県歴史資料館。

  岐阜県の公文書館とも言うべき施設です。

  飛騨郡代高山陣屋文書・美濃郡代笠松陣屋文書の陣屋文書や明治期の岐阜県庁事務文書、その他の古文書等が保管されています。

  閲覧は予約をしておけば可で、持ち出しは禁止。

  コピーは不可ですがデジカメでの写真撮影は可だそうです。

  この日は土曜日でお休みでした。

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  さて、先ほどの岐阜大仏に戻ってきて、大仏さんを拝見しに行きます。

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  撮影 2012/08/04

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2012年8月 2日 (木)

五所川原駅 1991年 - 青森県五所川原市

 

  1991年の第1回東北旅行の際に立ち寄った五所川原駅。

ここから津軽鉄道で太宰治の生家である斜陽館を訪れるために金木(かなぎ)まで行って来ました。

残念ながら、写真フィルムの装填ミスで空撮りになってしまい、五所川原以降の写真はありません。

今夏、その失敗を挽回すべく、こちら方面に出かける予定になっています。

青森近辺では現在「ねぶた祭り」真っ最中ですね。

 

  五所川原駅にて。

  弘前、川部から乗ってきたキハ58。

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  五所川原駅。

  画像検索で確認したところ当時と現在とでは大きな変化はなさそうですね。

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  津軽鉄道の津軽五所川原駅。

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撮影 1991/09/17

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