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2012年9月

2012年9月29日 (土)

弘前(青森県弘前市)へ旅行 その後(2) - 新庄から山形を経て米沢へ

 

  鶴岡での列車の逆乗りに端を発して、やむなく余目(あまるめ)から最上川を溯り新庄に着き、ここから山形を経て米沢に向かいました。

この日の宿泊を富山としていたので、米沢から米坂線を利用してもう一度日本海側に戻らなければなりません。

しかし、米坂線はかなりの過疎路線。

米沢を12時17分発の列車でなければ富山には今日中にたどり着けない事は、この時点で手持ちの時刻表から確認できました。

少しでも途中下車をして観光なりができないかを探りましたが、全くそのような時間をひねり出すことはできない、という結論になり、ひたすら富山までの鉄道旅という一日となりました。

 

  新庄駅にて。

  8分の接続で山形行き普通に乗り換えました。

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  袖崎駅(そでさきえき)と思われます.

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  新庄から山形までの車窓風景。

  山がちの風景が続きます。

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  山形駅では接続時間が3分しか無く、したがって写真がありません。

  すでに山形を過ぎて。

 

  歌人の斎藤茂吉記念館の最寄の駅の茂吉記念館前駅。

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  車窓から上山(かみのやま)城模擬天守。

  上山藩は最終的に藤井松平家3万石。

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  かみのやま温泉駅にて。

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  719系の車内。

  標準軌に対応した5000番台。

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  米沢駅に到着。

  米沢11時12分着で坂町行きの12時17分までは約1時間。

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  新幹線「つばさ129号」東京発山形行き。

  米沢駅にて。

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  米沢駅駅舎。

  1時間しか時間的余裕が無く、駅前で昼食をとりました。

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  米坂線ホーム。

  坂町までを約2時間の鉄道旅。

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  撮影 2012/09/10

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2012年9月28日 (金)

弘前(青森県弘前市)へ旅行 その後(1) - 最上川沿いに新庄(山形県新庄市)へ

 

  二日間にわたり弘前を観光して、その二日目の日曜日の夕方には大鰐温泉(おおわにおんせん)駅を後にして秋田に向かい、秋田から山形県の酒田、酒田から鶴岡と乗り継ぎ鶴岡で一泊しました。

  あくる日は鶴岡から新潟を経て富山に至る途中で、上越市の高田か弥彦町の弥彦神社等を訪れるべく算段をしていました。

しかし、あくる朝一番に、まさかの生涯二度目という考えられないミスを犯して、予定とは全く異なる一日となってしまいました。

 

  鶴岡駅駅前。

  鶴岡を観光するという選択肢もあったのですが、電車の都合で中途半端な2時間の余裕しかなく、朝早くに出立することにしました。

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  鶴岡駅の駅前通り。

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  さて、問題の鶴岡駅にて。

  すでに停車中の列車。表示を見ると「村上~酒田」となっています。

  もちろん村上行きに乗るわけですが、この時点では何の疑いも無く写真を撮って、そして乗り込みました。

  変だと気づいたのは二つ目の停車駅の西袋駅でした。

  昨晩遅く、酒田から余目(あまるめ)を過ぎてやっと鶴岡近くまで来ることができたと、ホッとしながらこの西袋の駅名を見ていたのを思い出しました。

  酒田行きに乗っている!

  まさかの逆乗りで、逆方向の列車に間違えて乗ったのは、高校生時代に三重県亀山駅で乗り間違えて以来でした。

  西袋駅の次は余目(あまるめ)駅で、当然、酒田からの接続列車が余目駅で待機しているはずですから、陸羽西線に乗り換えるのであればすぐにも決断しなければなりません。

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  結局、新庄へ向かうことに決め、余目から陸羽西線に乗り換えました。

  酒田発新庄行き普通、余目(あまるめ)駅にて。

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  庄内平野は米どころです。

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  最上川を左手に見ながら溯ります。

  列車の後部展望から。

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  高屋駅を後部から。

  駅に降りた人が(秘境駅ファンか?)いました。

  この時間帯であれば1時間に1本の運行ですのであまり問題は無いですね。

  最上川沿いなので時間があれば私も途中下車したいくらいでした。

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  高屋駅の次が古口駅。

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  列車交換が行われました。

  対向列車の乗客がホームに降り、写真や動画を撮っています。

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  古口駅を後にします。

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  新庄駅に到着。

  余目8時ちょうど発 新庄8時52分着でした。

  新庄は最上地方の中心都市で、江戸時代は戸沢家新庄藩6万8千2百石(のち8万3千2百石)の城下町として栄えました。

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  すでに山形行きの普通が待機しています。

  新庄は山形新幹線の終着駅でもあります。

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  撮影 2012/09/10

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2012年9月25日 (火)

急行「木曽路クルーズ号」で行く木曽路(3) - 奈良井宿(長野県塩尻市)

 

  急行「木曽路クルーズ号」で行く木曽路の最後は奈良井宿。

奈良井宿は現在では塩尻市に属します。

 

  名古屋を8時28分に出発した急行「木曽路クルーズ号」は9時37分に南木曽(なぎそ)駅着、南木曽発が11時45分で次の木曽福島着が12時12分。

そして木曽福島発が14時12分で最後の奈良井駅到着は14時29分でした。

 

  奈良井宿は駅前から町並みが延びていると言って良いほどで、すぐに町並みの中に入って行けます。

ただし、奈良井宿は規模が大きい。

写真を撮りながら15分歩いて、地図を見たらまだ真ん中あたり で、これは大きいと思いました。

 

  2時間の観光時間があった木曽福島駅を14時12分に出発しました。

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  17分で奈良井駅に到着。

  車両は回送されて行きます。

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  奈良井駅。

  改札を出てすぐに地図を頂きました。

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  もう逐一説明は要らないと思います。

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  町並みから少し外れて本陣跡がありました。

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  街道が折れ曲がります。

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  ここもそうです。水場が街道沿いにあります。

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  駅前に戻って、駅前の坂を上ると神社や杉並木があります。

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  駅から100mなので、すぐです。

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  神社への石段の途中で右側に杉並木があります。

  昔の街道の雰囲気を偲ぶことができます。

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  すぐに二百地蔵の前に。

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  そして、八幡宮の裏から境内に入りました。

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  坂道の上から奈良井駅駅舎。

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  駅舎と奈良井宿。

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  帰りの時間になり車両が回送されて来ました。

  急行「木曽路クルーズ号」は特急「しなの」の増結用車両の383系4両で運用されています。

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  奈良井駅。

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  中津川発松本行き普通313系。

 

  こうして奈良井を16時21分に離れ、名古屋には18時34分に到着しました。

 

  今回は急行によるクルーズ型の旅行でしたが、やはり少々時間的に窮屈だったという感想を持ちました。

  しかし、もともとクルーズ型の旅行は時間に制限がある性質があり、それを承知の上での旅行なので、それを避けたいのであれば、自分でダイヤを組んで気ままな旅行プランで観光するのが良いと思います。

  これはこれで、けっこう楽しめました。

  また、値段上、急行であることが大変重要でした。

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  撮影 2012/09/22

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2012年9月24日 (月)

急行「木曽路クルーズ号」で行く木曽路(2) - 木曽福島(「上の段」と福島関所跡と山村代官屋敷)

 

 

  南木曽(なぎそ)駅には2時間の滞在で、急行「木曽路クルーズ号」は南木曽駅を11時45分に出発。

木曽福島駅には12時12分に到着、出発は14時12分で2時間の観光時間がありました。

 

  木曽福島は戦国時代には木曽義昌の居城である福島城がありました。

福島城の城山は山村代官屋敷の裏にそびえています。

 

  江戸時代の木曽福島は中山道の宿場町であると同時に、木曽谷を治める代官所が置かれ、明治まで代々山村家が代官を勤めました。

山村家は木曽家の重臣で、木曽家が豊臣政権時代に下総国に移封されてそれに従うも、のち当主は木曽に戻り代官を務め、関ヶ原の戦いでも東軍に与して、そのまま福島関所の関守と木曽谷の代官に、そして木曽谷が尾張藩領となって以後も代官を務め、明治まで大そうな権力を振るったということです。

 

  南木曽駅にて。

  急行「木曽路クルーズ号」は特急「しなの」の増結車両の383系4両編成を使用しています。

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  国の名勝である「寝覚ノ床(ねざめのとこ)」を車窓から。

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  木曽福島駅駅前にて。

  ご当地の「ゆるキャラ」である「福ちゃん」、「しまちゃん」のうち「しまちゃん」が観光バスをお見送りしています。

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  木曽福島駅駅舎。

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  駅前の大通りを右手に歩いて行き、この八沢川に架かる中八沢橋を渡ると「上の段」という古い福島宿の町並み。

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  「上の段」の地図。

  木曽町観光協会のホームページからお借りしました(無断ですので差し障りがあれば削除します)。

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  右手の建物が漆の館。

  右奥に「古い井戸」が見えます。ここで左に道が折れます。

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  左に折れて振り返ったところで、左に木地の館。

  正面に屋根と柵に囲まれた「古い井戸」があります。

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  ずーっと奥に歩いて行くと観光文化会館のまつり会館があります。

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  まつり会館の内部。

  木曽福島でのお祭りの写真などのパネルがあります。

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  そして道を右に折れて高札場があります。

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  本町通りに抜けます。

  写真は通りに抜けてから右手に歩いていき、支所前の交差点。

  左に行き大手橋を渡ると山村代官屋敷があります。

  私は取り敢えずこの道を真っ直ぐ進み、高瀬資料館と福島関所跡に向かいました。

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  関所跡用の駐車場を過ぎると高瀬資料館の看板があります。

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  坂を上って行くと福島関所跡があります。

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  福島関所資料館。大人300円小人150円。

  高瀬家藤村資料館大人200円小人100円。

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  再び下の道路に下ります。

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  すぐ下の関所橋を渡って木曽川の対岸に。

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  木曽川の向こう側を歩いて山村代官屋敷へ。

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  大手橋を渡り木曽川の左岸の駅のある方に戻ります。

  後ろに見える山が城山です。

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  通りの左手に(駅に向かって)七笑酒造。

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  本町商店街の通りをさらに駅方向に歩いて行きます。

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  木曽川沿いに出て木曽川親水公園足湯。

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  公園から向こう岸に行人橋歩道橋。

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  ここを上るとはじめに訪れた「上の段」。

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  次の橋のある交差点を左に折れて駅に向かってくる途中に手打ち蕎麦の「くるまや本店」。

  外でお客さんが順番待ちをしています。

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  その向かいにある万延元年創業の漆器のよし彦。

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  木曽福島駅に戻ってきました。

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  駅前バス乗り場とお店。

  昼食をここで終えて木曽福島での観光は終わり。

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  急行「木曽路クルーズ号」が入線して来ました。

  車両はどこで待機していたんでしょうか。

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  最後の奈良井駅に向かいます。

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  撮影 2012/09/22

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2012年9月23日 (日)

急行「木曽路クルーズ号」で行く木曽路(1) - 南木曽(なぎそ)駅から妻籠宿へ

 

  JR東海の企画であるクルーズ型の観光列車、急行「木曽路クルーズ号」で木曽路を旅行してみました。

急行「木曽路クルーズ号」は名古屋発で途中南木曽(なぎそ)駅で2時間、木曽福島駅で2時間、終着が奈良井駅で帰りの急行「木曽路クルーズ号」までは1時間50分の観光時間を設けてあります。

南木曽ではバスで妻籠へ行くと1時間の短時間ながら妻籠を観光できる時間があります。

この列車は全席指定なので乗車券の他に指定席券と急行券が必要。

名古屋~奈良井間の急行料金は1050円、指定席券は510円で計1560円です。

乗車券は名古屋~奈良井間は片道2520円。

ただし、土日運行の期間限定列車なので、土日祝日限定のフリー切符である「青空フリーパス」を利用すると2500円で済みます。

この後、急行「木曽路クルーズ号」の運行は来週の土日の9月29、30日にあります。

 

  岐阜駅で「青空フリーパス」2500円を購入して名古屋駅にやって来ました。

  「青空フリーパス」は「青春18きっぷ」とは異なり、フリーエリア内に限りますが、特急や急行列車でも特急券、急行券を購入すれば切符として有効なのが大きな違いです。

  名古屋駅の10番線に入線してきたのは特急「しなの」の増結用車両の383系4両編成。

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  南木曽(なぎそ)駅に到着。

  名古屋発8時28分南木曽着は9時37分。

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  松本発中津川行きの普通がやってきました。

  南木曽発が9時41分の電車です。

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  南木曽駅駅舎。

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  馬籠行きのバスが出るまでの待ち時間は28分。

  待ち時間を利用して木曽川に架かる「桃介橋(ももすけばし)を見に行きました。

  大正12年の完成。

  当時の木曽川の水力発電に力を注いだ大同電力(福沢桃介社長)が資材運搬用に架けた橋で、戦後は村道として地元の地域交通を担った吊り橋です。

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  馬籠行きのバスは「おんたけ交通」のバス左。

  妻籠へは右の保神行きバスも行きます。

  南木曽駅から馬籠行きは1日5本しかありませんが妻籠へは馬籠行きと隣の保神行き合わせて10本。

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  妻籠へは10分ぐらいで着きました。

  時刻表では7分でしたが、若干遅れました。

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  バス停から少し上り気味の道を妻籠宿の通りに入ります。

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  上の妻籠宿の図の左側(北にあたる)に行くと高札場と水車があります。

  その高札場。

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  元の南に戻って歩いていきます。

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  脇本陣奥谷。

  脇本陣奥谷、歴史資料館、妻籠宿本陣共通で大人700円(小中生350円)。

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  妻籠宿本陣。

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  旧吾妻村警察署として建てられ、そのご旧吾妻村役場等に利用され、現在は観光案内所として利用されている建物。

  ここから枡形に道が曲がり下りになります。

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  だんだんと観光客が少なくなってきました。

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  再びバス停の方に戻ることに。

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  妻籠バス停。

  観光バスも駐車できるスペースがあります。

  写ってないですが反対側にトイレの建物があり、そちらが南木曽駅行き。

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  南木曽駅に戻ってきました。

  電車の出発は妻籠からのバス到着から20分後と程よく接続されています。

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  南木曽から次は木曽福島へ。

  急行「木曽路クルーズ号」は4両編成で1号車はグリーン車、1号車の乗客は少し、以下は普通車で2号車は団体客で7~8割がたの乗車率。

  3、4号車はそれぞれ5~6人の乗客数でガラガラの状態でした。

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  撮影 2012/09/22

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2012年9月21日 (金)

弘前(青森県弘前市)へ旅行(9) - 弘南鉄道大鰐線(おおわにせん)中央弘前駅から弘前を離れる

 

  弘前観光の二日目は、五所川原市金木(かなぎ)の太宰治記念館「斜陽館」を午前中に、黒石市の「こみせ」通りや黒石城址を午後に訪れて、4時前には黒石から弘前駅に帰りました。

そして、コインロッカーの荷物をすべて収容して、弘前を離れるべく弘南鉄道大鰐線(おおわにせん)中央弘前駅に向かいました。

手元には二日間利用した「津軽フリーパス」があり、この日はすべての移動をこの切符で行い、そして大鰐までの移動が最後の利用となりました。

弘南鉄道大鰐駅と隣接するJRの大鰐温泉駅からは(厳密には碇ヶ関(いかりがせき)駅までは「津軽フリーパス」は有効)「青春18きっぷ」4枚目の使用で秋田方面に向かうことになります。

 

  駅舎が廃業前のスーパーの様だと以前に書きましたが、なかなか味があり、いつまでもこのままでいて欲しい駅です。

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  7000系の2両編成が待っていました。

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  大鰐線は朝夕を除いて1時間に1本の運行です。

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  後部展望の岩木山。

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  車両基地のある津軽大沢駅。

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  石川駅と思われますが、津軽富士の岩木山もこのあたりでそろそろ見納め。

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  中央弘前発16時30分の電車は大鰐駅(おおわにえき)に16時58分に到着。

  隣がJRの大鰐温泉駅。

  17時38分発の秋田行き普通を待ちます。

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  跨線橋を渡ってJRの大鰐温泉駅へ。

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  大鰐温泉駅。

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  大鰐温泉駅の隣りに弘南鉄道大鰐駅の駅舎があります。

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  大鰐温泉駅のホームから弘南鉄道の7000系。

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  この二日間でよく見た E751系。

  大館発青森行き特急「つがる53号」

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  中央弘前行きの弘南鉄道の電車が出発して行きました。

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  大鰐温泉発17時38分の秋田行き普通で秋田に向かいました。

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  撮影 2012/09/09

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2012年9月20日 (木)

弘前(青森県弘前市)へ旅行(8) - 弘南鉄道で行く黒石市の「こみせ」通りと黒石城址

 

  二日目の弘前観光は、弘前市の周辺にある五所川原市金木(かなぎ)の太宰治記念館「斜陽館」と津軽家黒石藩の城下町(お城は無く、陣屋)である黒石市の古い町並みを訪れました。

 

  黒石津軽家は、本家の4代目藩主の信政が幼少であったため、3代目藩主の弟(信政からは叔父)の信英(のぶふさ)を後見人として5千石を分知したのが始まり。

黒石津軽家は交代寄合(江戸定府の旗本寄合に対して参勤交代を行う寄合)という旗本の家格でした。

しかし、1806年と1807年の文化露寇に対する幕府の北方警護に、津軽藩は他の東北諸藩と共に出兵して、その功に対して本家は4万6千石から7万石に加増されました。

この際に、黒石津軽家は本家から6千石を分知されて、ここに1万石で(当時黒石津軽家は4千石)黒石藩が立藩され大名家に列せられました(1809年)。

黒石藩の陣屋の御殿というか主屋は現在の市民文化会館あたりにあり、その南の御幸公園が馬場跡にあたるようです。

黒石城址の碑が御幸公園の南端に立っており、その南に空堀が遺構として残っています。

 

  そういえば青森までは新幹線で来る事ができるので、弘前は首都圏とは随分近くなったという事なんですね。

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  金木に行くまでの列車待ちの時間つぶしに、朝早くに津軽尾上(つがるおのえ)駅まで往復してきた弘南鉄道弘南線に再び乗ります。

  弘南鉄道弘南線弘前駅。

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  弘南鉄道のロゴ。

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  途中をすべてすっ飛ばして黒石駅。

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  車両は元東急の7000系だそうです。弘南鉄道でも7000系。

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  黒石駅。

  この日は日曜日で、後で知る事になりますが、これから訪れる「こみせ通り」では「黒石こみせまつり」が催されていました。

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  黒石の地図。

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  黒石駅前から東へ真っ直ぐ行きます。

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  赤いこの先100mは無視して、こみせ通りと指し示された右手へ。

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  偶然にも「こみせまつり」開催中で、人で賑わっていました。

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  伝統的建造物群に指定され、また通りは日本の道百選にも選定されいます。

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  雪の多い津軽ではの、今で言うアーケード付きの通路が多く残っています。

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  重要文化財高橋家住宅。

  江戸中期に建てられた黒石藩御用達の商家。

  主に米穀を扱い、味噌、醤油、塩などの製造、販売も扱っていたそうです。

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  通りを南側に抜けて、さらに南に向かいます。

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  途中の交差点を西方向の右に曲がると黒石市役所があります。

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  その南の方にある黒石神社。

  御祭神は黒石津軽家の祖である津軽信英(つがるのぶふさ)公。

  神社自身の創建は明治12年ですが、もともと公の廟所があった場所だそうです。

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  黒石神社の神門。

  神門は陣屋大手門近くにあった廟門を移築したもので、建築物の遺構としては唯一とか。

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  御幸公園の南西隅にある黒石城址の碑。

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  幕末の黒石陣屋絵図。

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  公園を城址碑前から。

  見える建物が市民文化会館。

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  公園の南にある黒石陣屋遺構の空堀。

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  黒石駅に戻り、これで弘前での二日間の観光は終りです。

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  車両内の様子。

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  黒石城址の碑の前では大雨になり、隣りにあるコンクリートの東屋(あずまや)で雨宿りをしました。

  しかし、弘前駅に帰る途中から空模様は少し明るくなってきました。

  車窓から岩木山。

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  撮影 2012/09/09

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2012年9月18日 (火)

弘前(青森県弘前市)へ旅行(7) - 快速「リゾートしらかみ」と津軽鉄道で太宰治記念館「斜陽館」へ

 

  弘前での二日目は雨模様で、前回の記事で述べたように、極力歩きを少なくして鉄道での旅を楽しむということにしました。

弘前駅を9時2分に出発の快速「リゾートしらかみ2号」で五所川原(ごしょがわら)駅までの40分の観光列車の旅は、雨模様で残念でしたが、それなりに楽しめました。

「リゾートしらかみ」は全席指定で510円の指定席券が必要です。

 

  五所川原駅からは津軽鉄道で金木(かなぎ)駅まで行き、小説家の太宰治の実家であり、現在は太宰治記念館となっている「斜陽館」を訪れました。

金木駅から斜陽館までは歩いて7~10分というところ。

他に近くに津軽三味線会館がありますが、金木での滞在時間は1時間と決めていたので、斜陽館のみ拝観して駅に引き返しました。

  1991年にも弘前とともに斜陽館も訪れましたが、当時はまだ旅館として営業されていて、太宰文学記念館と喫茶店を併設していたようですが、なぜか外から写真を写したのみで帰ってきてしまいました。

 

  弘前駅。

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  青森8時18分発の「リゾートしらかみ2号」弘前9時2分発。

  「リゾートしらかみ」の車両には「青池編成」、「ブナ編成」、「くまげら編成」の三種類がありますが、今回乗ることができたのは「くまげら編成」でした。

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  青森から川部、弘前とやって来て、弘前で再び青森方面に折り返して川部から五能線に入ります。

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  私が乗車したのは「くまげら編成」の4号車の展望室のある座席車。

  1号車も4号車と同じで、2号車が半個室のボックス席、3号車はイベントスペース付きの座席車です。

  「ブナ編成」では3号車も半個室のボックス席車。

  三種類の編成とも4両編成です。

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  座席スペースは足元が広くなっています。

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  川部から五所川原までの岩木山。

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  川部での7分停車を含み五所川原駅には9時40分に到着。

  列車は青森を出発してから約5時間かけて秋田に向かいます。

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  跨線橋を渡って津軽鉄道に乗り換えます。

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  津軽鉄道の駅名は「津軽五所川原」駅です。

Dsc01914

 

  金木(かなぎ)駅に到着。

  津軽五所川原から金木までは、ちょうど20分の所要。

  金木駅では列車交換が行われます。

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  津軽中里からの列車は2両編成でした。

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  金木(かなぎ)駅駅舎。

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  駅前道路。

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  斜め向かいにある金木町観光物産館から斜陽館。

  斜陽館は太宰治の父であり大地主であった津島源右衛門の手で1907年(明治40年)に建てられたもの。

  太宰の死(1948年)の後の1950年に津島家はこの豪邸を手放し、旅館「斜陽」の時代を経て、1996年に当時の金木町が買い取り改装して、現在は太宰治記念館「斜陽館」として公開されています。

  2004年には国の重要文化財に指定されました。

  入館料は大人500円、高、大生300円、中、小生200円です。

  近くにある津軽三味線会館との共通券は順に900円、500円、300円。

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  展示物は慌ただしくて写し忘れました。

  もう、建物内は紹介しきれないので。

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  斜陽館から金木町観光物産館を。

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  1時間の予定だったので、雨の降りしきる中、金木駅に戻りました。

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  津軽五所川原駅に戻って来ました。

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  弘前への帰りは普通列車。

  五所川原から弘前への普通(もしくは無料の快速)列車は1日10往復(正確ではない)程度。

  その他に有料の快速「リゾートしらかみ」が3往復で、なかなかの過疎路線です。

  もちろん弘南バスの路線もありますが、これも本数的には少なくて、鉄道との接続はまったく考慮されていません。

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  このあたりは稲田ですが、りんご畑の続く場所も多いですね。

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  列車は東能代発弘前行き普通で、川部で7分停車。

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  浅虫温泉発大館行き 特急「つがる52号」(浅虫温泉~青森間は快速)がアッと言う間に川部駅を駆け抜けて行きました。

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  終着駅の弘前には12時13分に帰って来ました。

  3時間の主に列車の旅でした。

  この後、弘南鉄道弘南線で黒石市を訪れます。

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  撮影 2012/09/09

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2012年9月17日 (月)

弘前(青森県弘前市)へ旅行(6) - 弘前二日目 弘南鉄道弘南線(取り敢えず津軽尾上まで行ってみた))

 

  弘前二日目はあいにくの雨模様で、前々からの予定通り、極力歩きを少なくして鉄道を利用しての観光に切り替えました。

具体的には津軽鉄道で金木(かなぎ)の太宰治記念館の斜陽館、弘南鉄道弘南線で黒石市の日本の道百選に選ばれた「こみせ通り」と黒石城址を訪れるというプランです。

 

  弘前から五能線の五所川原までは観光快速の「リゾートしらかみ」の座席指定券が取れ、弘前発は9時2分となりました。

それまでは1時間以上の待ち時間ができ、弘前市内の見残した寺町とか仲町重要伝統的建造物群保存地区を回るにも中途半端な時間ということで、取り敢えず弘南鉄道弘南線で黒石市の手前の津軽尾上(つがるおのえ)駅までを往復することにしました。

 

  事前の観光プランを練り上げていた際には、一時考えていた平川市の観光ポイントの最寄の駅がこの津軽尾上(つがるおのえ)駅でした。

 

  弘南鉄道弘前駅の改札。

  8時発の電車に乗りました。

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  弘前~黒石間は所要29分、津軽尾上までは所要19分です。

  日中の12時~14時台を除き1時間に2本の運行です。

  12時~14時台は1時間に1本。

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  左がJRの弘前駅です。弘南鉄道の電車は南に出発します。

  車両は元東急の7000系。

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  暫らくはほぼ東に向かって走るので岩木山は見えません。

  という事は前面、もしくは後面展望で見えるということですね。

 

  平賀駅(ひらかえき)。

  車両基地と本社があり駅前通りを東に行くと平川市役所があります。

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  平賀駅辺りからは線路は北に方向を変えるので、西に岩木山を見ることができます。

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  津軽尾上駅(つがるおのええき)に到着。

  11分後に黒石からの電車が来ます。

  電車の前面なので駅の右側に停車しています。

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  弘南鉄道が開業したのは1927年で、当初の開通区間は弘前~津軽尾上間でした。

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  最初に訪れようとプランに浮上したのがこの案内の場所でした。

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  弘前行きがやって来ました。

  この電車もホームの右側に停車します。

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  途中の駅で見かけた8620形蒸気機関車。

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  弘前駅には8時49分に戻ってきました。

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  撮影 2012/09/09

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2012年9月16日 (日)

弘前(青森県弘前市)へ旅行(5) - 弘前駅にて

 

  弘前に滞在したのは土、日曜日の二日間でした。

土曜日は終日天気に恵まれましたが、日曜日は一転雨中の観光となりました。

金曜日の夜遅くに仙台からの高速バスで弘前に到着して、早々にホテルにテェックイン。

二日間にわたる岐阜からの長旅でぐっすりと眠れると思いきや、5時にはもう目が覚め、窓のカーテンを開けてみると弘前駅が目の下にありました。

これ幸いにと、朝の弘前駅や反対側の岩木山の写真を撮るのに1時間ほど費やしてしまいました。

 

  部屋の窓が東向きで朝陽をみることができました。

  朝の5時20分過ぎぐらい。

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  少し北方向に振って、こちらは青森へ線路が延びています。

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  少々南方向に弘前駅があります。

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  青森 5時44分発の秋田行き特急「つがる2号」 E751系。

  弘前到着6時16分。

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  弘前駅に進入。

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  土曜日に弘前城等を観光して後、駅にもどって、駅内に「津軽フリーパス」を利用して入場。

  東北地区で広範に見られる通勤形電車の701系。

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  同じく両編成とも701系。

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  弘前駅改札前のコンコース。

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  イトーヨーカドーの8階にある食堂からの岩木山。

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  撮影 2012/09/08

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2012年9月15日 (土)

弘前(青森県弘前市)へ旅行(4) - 弘前城(2)

 

  津軽氏弘前藩と弘前城の経緯については前回の記事で簡略に書きました。

前回の記事を参照してください。

 

  さて、いよいよ本丸の天守を前に有料部分の本丸内に入ります。

入場料金は大人300円、小人100円です。

券売所(出入り口)は天守に近い南口券売所、本丸の北にある「北の郭」の西口券売所、東口券売所の三ヶ所です。

 

  前回と同じように弘前市のHPから拝借した弘前城の全体図を参考に見てください。

Map_2

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図です。

Hirosakizu_2

 

  下乗橋からの弘前城天守。

  現存する12の天守のうちのひとつです。国重文に指定されています。

  弘前城は桜の名所で、見頃がちょうどゴールデンウィークと重なり、もの凄い人出になると聞いています。

  したがって、純粋にお城の写真を撮りに弘前へ行くのなら、桜の時期を外せとも言われているぐらいです。

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  券売所の前あたりからの天守。

  書き忘れましたが、弘前城には築城(1611年)当初には5層5階の天守閣がありましたが、1627年の落雷で焼失してしまいました。

  その後200年もの間天守は無く、1810年に幕府に願い出て許されたのが、あくまで櫓(やぐら)扱いの現天守です。

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  内側からの天守は石垣が低い分、少々質素なたたずまいですね。

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  天守とは反対の南西隅にある本丸未申櫓(ひつじさるのやぐら)跡。

  築城当時にはこの場所に天守閣がありました。

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  本丸内。

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  天守に入って、武者落とし。

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  先ほど渡って来た下乗橋。

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  本丸内の西側に行くと蓮池越しに岩木山が見えます。素晴らしい眺めです。

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  本丸北西隅にある戌亥櫓跡(いぬいのやぐらあと)。

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  上の櫓跡横から。

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  本丸から北にある「北の郭」に向かいます。

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  北の郭には南に出張ったところがあり、そこからの天守。

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  有料区域の北の郭の東口券売所(出入り口)から外に出て、すぐ前に遊具のある小さな公園風の場所があり、そこからの丑寅櫓(うしとらやぐら)。

  ここからは櫓の裏側になるので、後で表側に回ります。

  やはり現存櫓で国重文指定です。

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  東口の券売所(出入り口)から南に戻り、東内門に向かう途中にある二の丸東門与力番所。

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  そして、東内門。内側から。

  同じく現存城門で国重文。

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  東内門の外側。

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  すぐに橋を渡ってそこから東にある東門。

  現存城門で国重文は同じです。内側から。

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  東門を外側から。一度城外に出てしまいました。

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  城内に戻ってピクニック広場を北に進み、お堀端から今度は外側から先ほどの丑寅櫓(うしとらやぐら)。

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  さらに北に歩いて行き賀田御門跡(よしたごもんあと)の枡形(ますがた)に造られた土塁。

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  賀田御門跡(よしたごもんあと)から北に抜けると、現在はレクレーション広場となっている四の丸広場。

  その左手には青森県護国神社があります。

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  社殿は工事中でした。

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  そして、最後に別名亀甲門と呼ばれる北門。

  広場内側から。

  弘前城では一棟の天守、三棟の櫓、五棟の城門が現存して、それら全てが国重文指定となっています。

  この北門も例に漏れず現存城門で国重文です。

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  北門内側正面。

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  北門内から振り返って広場を。

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  北門の外側から。中に見えるのはトイレです。

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  最後にお堀に架かる橋を渡り城外に出ます。

  東の方を望んだ所。駅は東の方です。

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  目の前にある国重文指定の石場家住宅。中学生以上100円。

  藩政時代は藁(わら)工品を扱っていた豪商で、現在はお酒などを扱っているそうです。

  江戸時代中期ごろの商家建築。

  前回、1991年に弘前を訪れたときには住宅内を拝観しました。

 

  このあたりの北側一帯は仲町伝統建造物群保存地区で、一見に値します。

  前回には周って見ましたが、今回はパスして、この右手に道路を行き、城跡北東隅前にある「津軽藩ねぶた村」で休憩しました。

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  津軽藩ねぶた村。

  体験型の観光施設ですが、ベンチで少々休憩して最寄のバス停からバスに乗り、弘前駅に帰りました。

  よく考えたら、朝、駅で購入した「津軽フリーパス」はこのバス乗車一回のみしか利用できませんでした。

  そして、体力的な制限もありましたが、この日は弘前市内の観光資源の三分の一ぐらいしか見て回れなかったのでは。

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  撮影 2012/09/08

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2012年9月14日 (金)

弘前(青森県弘前市)へ旅行(3) - 弘前城(1)

 

  弘前藩初代藩主の津軽為信は、当初は大浦城に拠って大浦為信として南部氏に臣従していました(大浦氏はもともとは南部氏の分家筋)。

しかし、小田原の役(1590年)に際しては、南部氏との駆け引きの中で、秀吉から4万5千石で本領安堵の朱印状を得ることに成功して、同時に大浦氏から津軽氏に改め、大浦城から堀越城に移り、さらに築城地を鷹岡(のちの弘前城)に選びます。

その間に関が原の戦い(1600年)では東軍に付き、戦後2000石の加増を受けてここに4万7千石で弘前藩が成立しました。

そして、津軽為信は1603年に鷹岡城(のちの弘前城)の築城に着手します。

しかし、為信自身は翌年(1604年)に京都で客死して築城は中断、築城が再開されたのは1609年で、第2代藩主の津軽信枚(のぶひら 信牧とも書く)の代にわずか1年1ヶ月でほぼ完成させました。

以後、弘前藩は初代津軽為信から12代に渡って明治維新まで津軽氏の支配するところとなりました。(Wikiより改変して)

 

  下の図は弘前市のホームページから拝借した弘前城図です。

Map

 

  そして、いつも引用させて頂いている「余湖くんのお城のページ」から。

Hirosakizu

 

  道路を挟んで市役所のある、お城の南側の追手門から城内に入ります。

  追手門(おうてもん)とも大手門(おおてもん)とも、お城によって呼び方は異なりますが、正門に当たります。

  ちなみに裏門は搦手門(からめてもん)。

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  正式名は三の丸追手門。

  上の図で分かるように内側は三の丸です。

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  弘前城で特徴的なのは、本丸を除いては石垣ではなく土塁が広範に用いられている事です。

  追手門の内側も外も土塁を用いて防御がされています。

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  追手門内側から。

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  左側は広場となっています。

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  お堀に突き当たって右側にある弘前城植物園。

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  植物園の入り口前から、お堀越しに二の丸の辰巳櫓(たつみやぐら)。

  現存櫓で国重文指定。

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  お堀沿いに西の端に行くと、やはり現存櫓で国重文指定の二の丸の未申櫓(ひつじさるやぐら)。

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  右が三の丸、左が二の丸。

  お堀を橋で渡り二の丸に入ります。

  お堀の奥は植物園。

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  橋を渡ると左に南内門があります。

  現存城門で国指定重文。

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  そして本丸の天守。

  現存12天守の内のひとつで、やはり国重文に指定されています。

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  撮影 2012/09/08

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2012年9月13日 (木)

弘前(青森県弘前市)へ旅行(2) - 最勝院の五重塔と弘前城追手門へ

 

 

  前日は夜遅くに仙台からの高速バスで弘前に着いてそのままホテルに直行しました。

あくる朝は早くから目が覚め、当ホテルで借りたレンタルパソコンで天気などの情報を収集して、7時過ぎに階下で食事をして出発は8時ごろ。

まず、弘前駅のみどりの窓口で「津軽フリーパス」2000円を購入しました。

連続2日間有効のJR、弘南鉄道、弘南バス、津軽鉄道などのフリーエリア内が乗り降り自由のフリーきっぷです。

ただし、鉄道は普通自由車のみが可です。

切符には観光用の冊子と鉄道とバスの時刻表が附いてきます。

 

  すぐにも弘前城へ行きたいところですが、まずは最勝院の五重塔を 訪れるべく、歩いてそちらに向かいました。

しかし、すぐに道に迷って、それでもさらに歩いてみたものの、結局地図を引っ張り出して位置確認。

今回ばかりはいつもの勘だよりの歩きが失敗しました。

 

  弘前駅駅舎は右側の建物。

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  下の地図では右が北、したがって上が西になります。

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  ひょっこりと、この教会の前に出ました。

  意図して来た訳ではありません。

  弘前では教会だけを目当てに歩くのもひとつのプランです。

  この教会は日本聖公会弘前昇天教会。1920年に建設された煉瓦作りの教会です。

 

  この前を右下に下りると弘南鉄道の駅があるはずと回り込みます。

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  そして目にしたのは廃業前のスーパーのような駅舎。

  これはこれで、かなり貴重な駅舎だと思いました。

  そういうこともあって、あくる日弘前を離れるに当たっては、この中央弘前駅からの電車で終点の大鰐(おおわに)まで行き、JRに乗り換えて秋田方面に向かいました。

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  さて、やっと最勝院の境内に入って行きます。

  こちらは正面では無く、行きがかり上ここから入りました。

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  最勝院の五重塔。

  完成は1667年(寛文7年)で国の重要文化財に指定されています。

  重文としては最北の五重塔です。大変に美しい五重塔ですね。

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  本堂はまだ新しく1970年の再建です。真言宗智山派の寺院。

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  小さいながらも仁王門です。

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  隣接して弘前八坂神社があります。

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  八坂神社前から北に向かい、さらに西に弘前城の追手門方向へ。

  追手門前には市役所があります。

  そして、その東隣には私立郷土文学館、市立観光館、山車展示館、旧市立図書館、旧東奥義塾外人教師館等が集中して広場内にあって、休憩、買い物スポットにもなっています。

  とにかく、このあたりには藤田記念庭園、青森銀行記念館、城内に市立博物館や植物園と見所が満載で、全部見て回りたいのですが、何しろ目の前に最大の目的地の弘前城がありますから、そこそこにして追手門の方に行くことにしました。

  下の洋館は東から広場に入るとすぐにある旧東奥義塾外人教師館。

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  すぐ内側に旧市立図書館。

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  向こうに見えるのが弘前市役所。

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  ここだけは外せないと広場から少し東に戻って、青森銀行記念館。

  重文指定で拝観料は200円。

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  お堀端から市役所と市立観光館と広場。

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  いよいよ追手門へ。

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  撮影 2012/09/08

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2012年9月12日 (水)

弘前(青森県弘前市)へ旅行(1) - 弘前まで

 

  何年越しかの念願であった弘前への旅行がやっと実現しました。

弘前市自体へは1991年以来の2回目の訪問でしたが、それまで何度も計画をしてはその度に様々な理由で断念して来ました。

 

  弘前市は青森県の古い城下町で、長きに渡って津軽地方の政治経済の中心地でした。

最近では新幹線の開通などで青森市がクローズアップされていますが、歴史的、文化財的意味から鑑みると、やはり青森県での弘前市の存在感は大きなものがあります。

新幹線の開通した青森から弘前までは距離的にも近いので、観光客の増加が見込まれています。

 

  今回は弘前だけに二日間を費やして、弘前市内に一日(これだけでも回りきれない)と残りの一日は津軽鉄道で金木(かなぎ)の太宰治記念館斜陽館、そして弘南鉄道で黒石市の「こみせ」の町並みを訪れました。

 

  3日目は鶴岡市(山形県)を出発地として最上川沿いを内陸の新庄市に入り、さらに山形市から米沢市を経て再び日本海側の坂町に抜けて新潟、直江津、富山までを、まさかの「ハプニング鉄道旅行」。

この天気の良かった3日目は、自らの失敗の結果で観光なしの一日となってしまいました。

 

  4日目は富山市内の岩瀬浜を中心にして他の市内は大雑把に観光をして、夕方前に高岡市に移り、高岡駅前から17時前の高速バスで名鉄岐阜駅に帰る、というのが全旅程でした。

観光日程は4日間でしたが弘前までの移動に2日間を費やしたので、全旅程は6日間と久し振りの長さとなりました。

 

  旅の始まりは名鉄バスセンターへの入口のある名駅前の通りにあるナナちゃん人形から。

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  名鉄バスセンターから名古屋港のフェリー乗り場まで連絡バスが出ています。

  市バスを利用しての行き方もあります。

  連絡バスは運賃510円。

  フェリー乗り場からバスセンターへの連絡バスの設定は無いので市バスなどを利用することになります。

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  太平洋フェリーの「きそ」。

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  これはあくる日の朝です。

  船室はS寝台で料金は早割を利用しました。

  早割は28日以上前の予約で、定額の半額になる割引制度。

  ただし、キャンセルは実質的にしないことを前提に予約をした方が良いと思います。

  キャンセルは勿論できますが、ほぼ60%は返ってきません。

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  二日目の午後、操舵室からのアナウンスで僚船の「いしかり」とすれ違うということで甲板に出てみました。

  なお、福島沖は通常の航路より海岸線から離れて航行するという船長のアナウンスがありました。

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  仙台港に到着。

  名古屋港を前日の19時出発、翌日の16時40分に仙台港に到着。

  ほぼ定刻の着岸でした。

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  連絡バスで仙台駅に向かいます。

  仙石線の幾つかの駅を経由するので、電車に乗り換えるほうが仙台駅には早く着くかもしれません。

  道路は夕方のラッシュ時で、バスは渋滞に巻き込まれたかっこうでした。

  バスの運賃は490円。

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  仙台駅前に到着。

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  高速バス乗り場に移動。

  仙台~弘前間のキャッスル号で弘前まで、この日の内に移動します。

  要予約。意外にも満席状態でした。

 

  広瀬通りに面しているので、一般バス停より少し北方向にあります。

  バス停前のビル内に待合所と切符売り場があります。

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  前日の23時過ぎに弘前に着いてホテルに入り、そのあくる早朝。

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  弘前駅が目の前に見えます。

  左が北で青森方面です。

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  西には朝陽を受ける岩木山。

  今回は岩木山の写真を一杯撮りました。

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  青森発5時44分の朝一番の特急「つがる2号」 秋田行き。

  弘前駅の手前。E751系電車。

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  弘前駅前。

  弘前駅のみどりの窓口で2日間有効の「津軽フリーパス」2000円を購入します。

  弘南バス(弘前市内、黒石市内、五所川原市内の循環バス、弘前周辺の路線バス)、弘南鉄道全線、津軽鉄道 津軽五所川原~金木間、JR東日本 青森~(弘前)~碇ヶ関間、五能線川部~五所川原間(普通自由席のみ)が乗り放題。

  購入時に冊子と鉄道、バス時刻表がもらえます。

  観光施設の一部はきっぷ提示で割引してもらえます(一度も使わなかった)。

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  撮影 2012/09/06,07,08

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2012年9月 8日 (土)

夏の旅行2012年(10) - 小淵沢駅(こぶちざわえき 山梨県北杜市(ほくとし))

 

  甲府駅を13時発の小淵沢行き普通で一路西の方に。

実際には北西の方向になるんでしょうか。

高原らしい車窓を楽しみながら、小淵沢駅には13時38分に到着しました。

14時9分の長野行きまで30分ぐらいの待ち合わせで、その時間を利用しての駅撮り写真です。

 

  新府駅。

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  途中、右側の車窓から。

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  小淵沢駅に到着。

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  右が甲府方面、左が塩尻方面。

  そして小淵沢からは小海線が分岐しています。

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  そうこうしている内に小海線の気動車が到着しました。

  キハ110の2連。

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  そして新宿発松本行き特急「スーパーあずさ15号」が到着。

  たくさんの乗客が降りてきました。

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  長野行き普通は小海線車両の隣の番線からで、小淵沢駅始発でした。

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  再び途中の車窓を楽しみながら。

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  塩尻駅に到着。

  ここで中津川、名古屋方面への電車に乗り換えます。

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  撮影 2012/08/23

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2012年9月 6日 (木)

夏の旅行2012年(9) - 甲府城(山梨県甲府市)(3)と長禅寺

 

  天守台あたりから北東(実際には東にあたる)に五重塔が見えたので、稲荷櫓から東に下り、踏切を北側に渡ってそのお寺に向かいました。

お寺は長禅寺という臨済宗の禅寺で、武田信玄の母親の大井夫人の供養像やお墓があります。

 

  城跡から外に出て、南を振り返って城跡東側の石垣。

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  踏み切りを北側に渡って東に線路沿って歩いて行きます。

  身延線特急の「ふじかわ」静岡行き。

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  途中から五重塔が見え、この門の前に。

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  入り口が無くて、右手に大きく迂回して入りました。

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  東側から三重塔。

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  五重塔は境内の西の方にあります。

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  本堂の西、北を向いて入っていくと武田信玄の母親の大井夫人のお墓があります。

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  大井夫人のお墓。

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  本堂へは入れませんでした。

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  線路沿い(線路は少し高架になっている)から五重塔。

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  再び踏み切りを南側に渡ります。

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  城跡東側の石垣を見ながら城跡の南側に回りこみます。

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  南側にはお堀があります。

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  南側から天守台。

  南側には市民の憩いの場としての広場や日本庭園などがあります。

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  そのまま西の方に歩いて振り返ったところ。

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  そして、舞鶴通りに面して鍛冶曲輪門があります。

  現在は舞鶴通りになっている、この南に大手門があったようです。

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  舞鶴通り越しにある県庁。

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  最初に城内に入った内松陰門を見ながら甲府駅に戻ります。

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  甲府駅から小淵沢行きに乗り、小淵沢から塩尻、中津川、名古屋と乗り継ぎ岐阜に帰りました。

  それぞれの駅撮りの写真はいずれまた。

  甲府駅にて。

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  撮影 2012/08/23

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2012年9月 5日 (水)

夏の旅行2012年(8) - 甲府城(山梨県甲府市)(2)

 

  甲府城跡は現在では中央線によって南北に分断されていますが、南部には天守台跡等の石垣などが大規模に残っています。

2003には稲荷櫓、2007年には線路の北側に山手御門(やまのてごもん)が復元されていて、この日はまず北側に復元された山手御門を訪れてから、南側の本丸等の主郭部分を見てまわりました。

 

  甲斐では1582年に武田家が滅び、そして同年には本能寺の変で織田信長が滅びて甲斐は空白地帯となり、武田の遺領をめぐるいわゆる天正壬午の乱(甲斐、信濃、上野をめぐっての徳川家康、北条氏直、上杉景勝、三国内の真田等他の武将による戦い)、国人一揆による河尻秀隆(織田家家臣)の殺害を経て、甲斐と信濃の大部分が徳川家康の所領となります。

家康は甲府城の築城を平岩親吉に命じ、親吉は縄張りを行いますが、豊臣政権下で家康は関東に転封となり、その後豊臣秀勝、加藤光秦、浅野長政・幸長父子と領主が替わり、甲府城は浅野氏の時代に完成を見たといわれてます(Wikiより)。

 

  甲府城の現在の見取り図。

  右側にある道路を北から渡ってきました。

  図は下が北です。

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  舞鶴通りの舞鶴陸橋を下りきったところに内松陰門があり、ここから城内に入ります。

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  鉄門(くろがねもん)が再建中で、それに伴い石垣の組み直しの工事も行われています。

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  途中、北側の風景。

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  こちらは銅門跡(あかがねもんあと)。

  礎石が残っています。

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  本丸にある天守台。

  天守が存在したかどうかは不明ということです。

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  本丸内に入る門であった鉄門(くろがねもん)の再建中現場。

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  本丸内でボランティアの案内係の人にお話を伺う機会がありました。

  富士山はこちらの方向に見えるそうです。

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  天守台の上。

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  同じく天守台から。

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  北東方向に五重塔が見えたので、そちらに行くことに。

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  上から見る稲荷櫓。

  2003年に再建されました。

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  稲荷櫓のある稲荷曲輪(いなりぐるわ)に下りる途中、天守台を見上げます。

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  稲荷曲輪内から稲荷櫓。

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  稲荷櫓を見ながら一度城外に出ます。

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  先ほどの五重塔が見えたお寺に向かいます。

  後で分かった事ですが長禅寺という禅寺でした。

  武田信玄のお母さんの大井夫人のお墓があります。

  踏み切りを北側に。

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  撮影 2012/08/23

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2012年9月 3日 (月)

夏の旅行2012年(7) - 甲府城(山梨県甲府市)(1)

 

  大月を8時過ぎの普通で甲府へ向かいました。

大月から甲府までは50分ぐらいですが、私の乗車した普通電車は塩山(えんざん)駅で16分も待機したので1時間以上の所要時間がかかり、甲府に降り立ったのは9時半になりました。

甲府では甲府城跡を中心に見て歩き、天守台から五重塔が見えたのをきっかけに、甲府城跡を半分見たところで城跡から北東方向に見えた長禅寺を訪れました。

そして、再び甲府城跡に戻り、見残した南側を歩いて甲府駅に。

甲府駅を離れたのは13時の小淵沢行き普通で、甲府には3時間半の滞在でした。

駆け足と言っていいですね。

武田信玄の躑躅ヶ岬館跡は2007年の夏に訪れているので、今回はもう行きませんでした。

 

  大月駅にて。

  新宿発松本行き特急「スーパーあずさ1号」 E351系後部から。

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  甲府までの途中の車窓風景。

  同じ山国の岐阜県の飛騨では、高山線がどちらかと言えば峡谷をぬう様な路線なので、この様な高原を走っている風景は見かけません。

  信州でもこういう車窓風景を見ることができますね。

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  甲府駅。南口が表になります。

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  駅前通りの平和通。

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  甲府駅の東にある南北の陸橋から網目の細かいフェンスを通して無理やりに撮影した甲府駅内。

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  北側に舞鶴陸橋を渡りながら、駅前北口広場にある甲府市藤村記念館(こうふしふじむらきねんかん 旧睦沢学校)。

  国重文に指定されています。

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  さて、目的の建物は、甲府城跡が中央線により分断され、その北側にある復元された山手御門(やまのてごもん)です。

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  中央線越しの南側に見える天守台。

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  復元された高麗門の山手門。

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  同じく山手渡櫓門。

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  現在では外に出た感じですが、実際には城内からの山手渡櫓門。

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  南側に見える天守台とこれも復元された稲荷櫓。

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  山手渡櫓門は内部を観覧でき、通り抜けて土塁の上に出ると、南側の本丸部分が見渡せます。

  その土塁上の土塀の内側。

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  山手渡櫓門に連なる土塁の内、渡櫓門内への入り口の方の土塁上から。

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  撮影 2012/08/23

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