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2012年9月 5日 (水)

夏の旅行2012年(8) - 甲府城(山梨県甲府市)(2)

 

  甲府城跡は現在では中央線によって南北に分断されていますが、南部には天守台跡等の石垣などが大規模に残っています。

2003には稲荷櫓、2007年には線路の北側に山手御門(やまのてごもん)が復元されていて、この日はまず北側に復元された山手御門を訪れてから、南側の本丸等の主郭部分を見てまわりました。

 

  甲斐では1582年に武田家が滅び、そして同年には本能寺の変で織田信長が滅びて甲斐は空白地帯となり、武田の遺領をめぐるいわゆる天正壬午の乱(甲斐、信濃、上野をめぐっての徳川家康、北条氏直、上杉景勝、三国内の真田等他の武将による戦い)、国人一揆による河尻秀隆(織田家家臣)の殺害を経て、甲斐と信濃の大部分が徳川家康の所領となります。

家康は甲府城の築城を平岩親吉に命じ、親吉は縄張りを行いますが、豊臣政権下で家康は関東に転封となり、その後豊臣秀勝、加藤光秦、浅野長政・幸長父子と領主が替わり、甲府城は浅野氏の時代に完成を見たといわれてます(Wikiより)。

 

  甲府城の現在の見取り図。

  右側にある道路を北から渡ってきました。

  図は下が北です。

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  舞鶴通りの舞鶴陸橋を下りきったところに内松陰門があり、ここから城内に入ります。

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  鉄門(くろがねもん)が再建中で、それに伴い石垣の組み直しの工事も行われています。

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  途中、北側の風景。

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  こちらは銅門跡(あかがねもんあと)。

  礎石が残っています。

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  本丸にある天守台。

  天守が存在したかどうかは不明ということです。

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  本丸内に入る門であった鉄門(くろがねもん)の再建中現場。

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  本丸内でボランティアの案内係の人にお話を伺う機会がありました。

  富士山はこちらの方向に見えるそうです。

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  天守台の上。

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  同じく天守台から。

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  北東方向に五重塔が見えたので、そちらに行くことに。

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  上から見る稲荷櫓。

  2003年に再建されました。

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  稲荷櫓のある稲荷曲輪(いなりぐるわ)に下りる途中、天守台を見上げます。

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  稲荷曲輪内から稲荷櫓。

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  稲荷櫓を見ながら一度城外に出ます。

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  先ほどの五重塔が見えたお寺に向かいます。

  後で分かった事ですが長禅寺という禅寺でした。

  武田信玄のお母さんの大井夫人のお墓があります。

  踏み切りを北側に。

Dsc01332

  撮影 2012/08/23

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