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2012年10月

2012年10月29日 (月)

四国 徳島へ旅行(11) - 阿波川島城(立派な模擬天守)

 

  徳島での最後の訪問地は吉野川市の阿波川島城。

川島城は1572年に三好家の家臣であった川島惟忠が、上桜城(うえざくらじょう)の篠原長房討伐で功があったとしてこの地を与えられ、上桜城に替えて築城しました。

篠原長房は三好家の重臣ですが、当時の三好家当主の三好長治に裏切りを疑われ、討伐にあいました。

その経緯については割愛します。

上桜城は川島城の南約1Kmの地にあるそうです。

 

  阿波川島駅。

  駅前の道を行くとすぐに突き当たり、それを右に折れて、地図から目算して400mぐらいで国道192号線に出ます。

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  旧川島町の町並みを歩いて行きます。

  もう交差点の横断歩道が見えていますね。

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  国道192号線に出ました。

  赤信号の向こうの鳥居は川島神社のもの。

  ここを上がってもよいですし、歩道橋の右手の道路を上がっても良いです。

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  吉野川市川島町城山とあります。

  歩道橋を渡って国道の向こう側へ。

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  歩道橋の上から。

  大きな城なので、遠くからもよく見えます。

  徳島線の列車から見えたのがきっかけでこのお城を知りました。

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  辺り一帯の案内図。

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  とても立派な模擬天守閣です。

  時間内でしたら自由に出入りできます。

  レストハウスがあると聞いていたのですが、管理人さんらしき人と遭遇した以外には人気(ひとけ)がまったくありませんでした。

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  敷地の西側から。

  こちらから入れます。

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  展望台から川島神社。

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  いつものように余湖くんのお城のページからの引用です。

Kawasimatokraf

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  この写真はWikiの上桜城(うえざくらじょう)の記事から拝借したもので、上桜城西の丸あたりから見える川島城です。

  写真の左端、吉野川が見えなくなるあたりに川島城模擬天守が見えます。

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  天守から吉野川。

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  川島神社。

  川島神社は大正5年の吉野川改修工事の際に、移転を余儀なくされた浮島八幡宮を中心として、旧川島町内の神社の多くの神々を合祀して、この城山に創建された神社だそうです。

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  国道192号線に面して立っている鳥居まで下り、もと来た道を阿波川島駅に戻りました。

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  前回の記事であげた阿波池田発徳島行き普通1200型。

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  徳島線穴吹駅にて。

  直近の列車が穴吹行きでしたので、穴吹駅で後続列車を待ちました。

  この後、阿波池田まで行き、阿波池田から琴平、琴平乗り換えで高松に向かい、高松東港からのジャンボフェリー深夜便であくる早朝に神戸港に着きました。

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  撮影 2012/10/13

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2012年10月27日 (土)

四国 徳島へ旅行(10) - 徳島駅から徳島線で阿波川島駅へ

 

  三好家の勝瑞(しょうずい)城跡と居館跡を訪れた後、いったん勝瑞駅から徳島駅に戻り、徳島発14時46分の徳島線阿波池田行き普通に乗車しました。

阿波川島駅には15時21分に到着。

阿波川島には観光用の立派なお城があります。

川島城は阿波国に入部した蜂須賀家政が設けた阿波九城の一つとして数えられるお城で、1615年の一国一城令で破却されました。

 

  徳島駅にて。

  高徳線 高松行き特急「うずしお18号」2000系特急気動車。

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  徳島駅プラットホームにあった「アンパンマンごみ箱」。

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  徳島駅の徳島線 阿波池田行き普通1200型。

  阿波川島駅までは所要35分でした。

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  阿波川島駅にて。

  当駅停車の徳島発 阿波池田行き特急「剣山7号」 185系特急気動車。

  徳島から乗ってきた普通をこの駅で追い抜いて行きました。

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  阿波川島駅駅舎。

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  阿波池田発徳島行き普通1200型。

  阿波川島城を訪れた後、駅に戻った際の写真。

  当列車の阿波川島発は16時44分です。

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  上の徳島行きが出発。

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  撮影 2012/10/13

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2012年10月26日 (金)

四国 徳島へ旅行(9) - 勝瑞城跡と館跡(徳島県藍住町(あいずみちょう))

 

  昼過ぎからは、徳島駅から高徳線の高松行きに乗り、吉野川と旧吉野川に挟まれた地にある勝瑞(しょうずい)駅に降り立ちました。

ここから歩いて10分ほどの所に三好家の勝瑞城跡と居館跡があります。

勝瑞城は長宗我部氏との戦いのための短期間のお城であったようで(そういう指摘がある)、実際に長宗我部氏に攻められ、激しい攻防の末に落城しました(中富川の戦い 勝瑞城攻防 1582年)。

勝瑞城は落城後に廃城となりました。

 

  徳島駅から20分(列車によっては12、3分で着きます)で、勝瑞駅に降り立ちました。

  勝瑞駅駅舎。

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  駅の北側にある踏切を西側に渡ります。

  踏切から勝瑞駅、徳島方面の南方向。

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  踏切の道をそのまま歩いて行きます。

  やがて県道14号線に出て、その県道を西(左に)少し行くと北側に城跡があります。

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  県道の北側に石碑が見えます。

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  三好家の菩提寺の見性寺が城跡内にあります。

  というより、境内が城跡であるといった方が良いかも知れません。

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  勝瑞義家の碑。

  碑についての説明はされていますが、勝瑞義家がどんな人だったのかが全く判りません。

  家に帰って調べてみても、碑についての説明がされているブログやHPはあっても、勝瑞義家については、どうも誰も判らないようで。

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  勝瑞城跡の遺構である土塁跡。

  この部分だけが現存している土塁で、勝瑞義家の碑の後ろに見られる土塁とやたけ(矢竹)は復元されたもののようです。

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  お堀跡。

  中富川の戦いと勝瑞城攻防は一体の戦いですが、三好方の十河存保(そごう まさやす/ながやす)が最後に籠城した勝瑞城は、現在残っている規模の城では戦いようが無く、現在の城跡は本丸部分のみが残っているのでは、という見方もあります(長宗我部側の記録に勝瑞城は堀が一重という記述があるそうです)。

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  後ろの建物は休憩所らしいですが、現場では気がつきませんでした。

  地元の人はこの橋から県道に通り抜けをしていました。

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  見性寺本堂北側から勝瑞義家の碑とやたけ(矢竹)の茂る城跡北側の部分。

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  さて、問題の三好氏代々の墓。

  多分、このお墓だろうとは思いましたが、現地には何の説明もありませんでした。

  「やたけ」の説明や土塁、勝瑞義家の碑の説明板はありましたが、このお墓の説明板は一切ありませんでした。

  しかし、ここの案内が一番大事ではないかと。

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  Wiki情報ですが左から三好之長、三好元長、三好義賢、三好長治の四名のお墓です。

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  他のブログを見ても、三好家の代々のお墓の特定には皆さん苦労されているようでした。

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  県道に戻ってすぐ西に交差点があります。

  木々の茂みは城跡。

  この南に居館跡があります。

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  位置関係は下の図で。

  下が北です。左手方向が勝瑞駅のある方向です。

  居館は中世から細川氏9代、三好氏3代の拠点として240年の間、城下町を伴って大変な繁栄振りだったそうです。

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  向こうの木々の茂みが勝瑞城跡。

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  まだまだ整備中で、発掘は終わっているんでしょうが、全体は荒れたままです。

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  説明板は全て写真に撮ってきましたが、説明は割愛します。

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  再び県道を東に戻り、勝瑞駅に向かいます。

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  勝瑞駅にて、踏切から。

  徳島発高松行き特急「うずしお16号」 2000系特急気動車と 鳴門発徳島行き普通1500型。

  勝瑞駅には特急「うずしお」のほぼ半数が停車します。

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  板野始発の徳島行き普通1500型が到着。

  勝瑞駅を14時発。

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  土曜日の午後で、かなり混んでいました。

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  いったん徳島駅に帰って、今度は徳島線で阿波川島に向かいます。

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  撮影 2012/10/13

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2012年10月24日 (水)

四国 徳島へ旅行(8) - 蜂須賀家の徳島城跡(3) 徳島城博物館と旧徳島城表御殿庭園

 

  城山に登り、再び徳島城博物館に戻って来ました。

この日の博物館では開館20周年記念企画展「阿波蜂須賀家の粋-館蔵名品展-」が行われていました。

10月21日までが開催期間なので、もう終了していますね。

館内は撮影禁止なので写真はありません。

そのあと、博物館前の旧徳島城表御殿庭園を散策しました。

庭園を含めて一般300円、高大生200円、中学生以下は無料です。

Map

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  こちらから庭園へ。

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  右手には地元の人による菊花展が催されていました。

  庭園へはこちらから入ります。

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  城山は標高61.7mです。

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  三木郭(曲輪)へ出ます。

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  駅に戻るべく歩行者専用の跨線橋から。

  徳島線阿波池田とを往復する特急「剣山」のヘッドをつけたキハ185系気動車。

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  昼食を取った駅ビルから駅構内と城山。

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  鉄道の日が10月14日という事で(この日は13日)、子供連れで多くの人がイベントに集まっていました。

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  食事のあと、勝瑞(しょうずい)城跡の最寄の駅である勝瑞(しょうずい)駅へ向かいました。

  1番線から高松行き普通12時16分発の単行ワンマン列車 1500型。

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  勝瑞駅へは吉野川を北に渡って、20分の所要でした。

  列車交換の対向車両 徳島行き普通1500型。

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  勝瑞駅(しょうずいえき)にて。

  徳島から乗ってきた高松行き普通。

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  撮影 2012/10/13

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2012年10月23日 (火)

四国 徳島へ旅行(7) - 蜂須賀家の徳島城跡(2)

 

  豊臣秀吉の家臣としては古参である蜂須賀正勝(【太閤記】(資料的には資料というよりも物語的)では二人の出会いが有名な場面としてある)は、幾多の戦いに従軍して、四国攻めでも重要な役割を果たして、秀吉から長宗我部氏の牽制をも担う意味も含めて阿波一国を与えられるも、正勝は辞退して替わりに嫡男の家政が譲り受けることになります。

こうして蜂須賀家政は徳島藩の藩祖となります。

阿波に入った家政は徳島城を築城して阿波支配の拠点としました。

そして家政の嫡男の至鎮(よししげ)は関が原の戦いで東軍に参加して阿波を安堵され、ここに徳島藩が成立して初代藩主となります。

ここは前回の記事で述べたところです。

その後、至鎮(よししげ)は大坂の陣(1615年)にも従軍して軍功を挙げ、淡路一国を加増され25万7千石の大藩となったことも述べました。

 

  余談ですが至鎮(よししげ)は病弱だったと言われ、1620年にわずか35歳で父家政に先立って死去しています。

至鎮は地元では名君の誉れ高い殿様です。

 

  徳島城博物館がまだ開館前だったので、城山に登ることにしました。

  博物館の西側、駅側に回りこみました。

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  こちらには藩祖の蜂須賀家政の像があります。

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  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用です。

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  上の図と下の現在の図を見比べると、城山への登り口は現在は三ヶ所あって、二ヶ所は上の図で言う東坂口と西坂口です。

  私は東坂口から登って東二の丸を経て本丸、そして西二の丸、西三の丸から西坂口と下りる事にしました。

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  登り口は階段状になっています。

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  やがて石垣が見えてきます。

  東二の丸です。

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  東二の丸には天守がありました。

  創建当初の天守は取り壊されて、ここ東二の丸に御三階櫓を建てて天守としたそうですが、なぜこの場所に建てられたのかは不明だそうです。

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  東二の丸から眉山。

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  本丸の石垣が見えてきました。

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  本丸。

  かなり広い本丸だなあという印象です。

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  本丸内にある清玄坊神社。

  清玄坊は城山に祈祷所を建てていて、築城の際に立ち退きを求めても立ち退かなかったために謀殺したところ、蜂須賀家に変事が続出。

   これは祟りに違いないと悔い改め、坊を供養すると変事は止んだという、そういういわれのある神社です。

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  本丸図。

  東二の丸に御三階櫓が(一番右の建物)見えます。

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  ここからは北側に下りることができますが、ここからは下りませんでした。

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  本丸の西奥に進み弓櫓跡。

  ここを右下に下りていきます。

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  ここを下ります。

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  下りると西二の丸です。

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  さらに石垣をみながら下ります。

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  下りて西三の丸から振り返ります。

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  西三の丸。

  かなりの部分が徳島市水道城山配水池に改変されています。

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  西三の丸から下へ。

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  あとは階段状の下り口を下へ。

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  下りきったところに保存状態のかなり悪いSL。

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  蜂須賀家政の像の裏手あたりから。

  向こう側にはNHK徳島放送局。

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  徳島城博物館に戻って入館します。

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  撮影 2012/10/13

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2012年10月22日 (月)

四国 徳島へ旅行(6) - 蜂須賀家の徳島城跡(1)

 

 

  徳島市へは過去に何度も来ていますが、瑞巌寺以外は徳島城跡すら訪れたことが無く、したがって今回は4時間ぐらいを市内観光に充てたのですが、徳島城跡をじっくりと回ったためにそれのみで終わってしまいました。

しかも、その後訪れたのは勝瑞城跡、阿波川島城と完全にお城めぐりとなってしまい、かなりバランスに欠けた旅行となってしまい、少々後悔しています。

 

 

  さて、徳島城は豊臣秀吉による四国征伐で戦功のあった蜂須賀家政(蜂須賀正勝の子)が阿波一国を18万6千石で拝領して、1586年にこの地に築いた城です。

関が原の戦い(1600年)では家政は東西どちらの陣営に付くかで苦慮し、領地を豊臣秀頼に返納して自らは出家、嗣子の至鎮(よししげ)が家康の養女を妻にしていたことから東軍に参加させ、これが功を奏して、戦後には至鎮は旧領に復して、ここに徳島藩が成立しました。

さらに1615年の大坂の役の功によって淡路一国8万1千石も与えられ、徳島藩は25万7千石の大藩となり、至鎮(よししげ)を初代とする徳島藩蜂須賀家は14代にわたり、この地を明治まで治めました

 

  下の地図は徳島市立徳島城博物館のHPから拝借しました(不都合でしたら削除します)。

  右方向が大体北となっています。

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  徳島駅駅前。

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  駅前の歩道橋から駅前通り。

  徳島市のシンボル的存在である眉山(びざん)が見えます。

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  線路に沿って南東方向に歩いていきます。

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  上のマップにあるように城跡内に入る近道として歩行者用の跨線橋があります。

  その跨線橋から徳島駅南にある車両基地。

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  一度城内の鷺の門の方(三木郭)に出て下乗橋。

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  同じく下乗橋。

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  鷺の門。

  徳島城の表門です。

  唯一昭和20年まで現存した遺構でしたが、戦災で焼失しました。

  現在の鷺の門は平成元年に建てられたもので、位置と規模が元の門とは異なるそうです。

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  北の方を望んで。

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  数寄屋橋が見えます。数寄屋橋まで歩きます。

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  石垣のひとつひとつの形状が扁平な石が多く独特な感じがします。

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  数寄屋橋。

  橋の架かる数寄屋門はお城の鬼門(北東)にあたり、凶事の際にしか開かれない門でした。

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  門の跡を入って左を見たところ。

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  城内内側を元の方向に戻って、徳島城博物館の前に。

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  撮影 2012/10/13

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2012年10月19日 (金)

四国 徳島へ旅行(5) - 高徳線で高松から徳島へ

 

 

  旅行の二日目、神戸からジャンボフェリーの深夜便で高松に到着して、無料連絡バスでまだ暗い高松駅に降り立ちました。

ここからは高徳線で徳島まで2時間余りの鉄道旅になります。

当初は高松発5時55分の徳島行き普通列車を予定していましたが、順調にフェリーが運行されて、高松発5時39分の徳島行き普通に乗車することができました。

 

  早朝の高松駅駅舎。

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  例によって琴平行きの113系を目にしました。

  以前の記事でたびたびその独特のカラーリングを取り上げました。

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  1500型気動車2両編成。

  本来ならこの列車に乗車予定でしたが。

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  実際に徳島まで乗車したのは隣りに待機していた1200型の単行列車。

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  三本松駅にて。

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  高松行き1500型普通列車。

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  引田(ひけた)駅にて。

  後部に2両を増結しました。12分間停車。

  まだ香川県です。

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  左端に停車中の1200型2両を後部に増結して3両編成としました。

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  増結車両が接近中。

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  7時48分に徳島駅に到着しました。

  2時間少々の列車旅でした。

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  徳島駅駅前。

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  撮影 2012/10/13

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2012年10月18日 (木)

四国 徳島へ旅行(4) - 大阪 天王寺駅にて


  今回の旅行の目的地は徳島ですが、1日目は紆余曲折を経て大阪の天王寺駅で下車して聖徳太子ゆかりの四天王寺を訪れました。

この日は「秋の乗り放題パス」7500円を購入して10時前に岐阜駅を出発。

京都で一度途中下車をして駅前で腹ごしらえをしてから、奈良線で奈良へ行き、関西線(大和路線)で天王寺に入りました。

四天王寺でもゆっくりし過ぎて天王寺駅に戻ってきたのは16時過ぎで、しばらく駅構内をうろうろして、環状線で大阪へ向かい、さらに神戸三ノ宮に到着したのは18時ごろ。

神戸港からの高松へのジャンボフェリーの出発は午前1時なので、事前に調べておいたインターネットカフェで23時ごろまで過ごしました。

5時間ナイトパック(フラット席)で1180円でした。

 

  天王寺駅阪和線ホーム4、5番線の223系。

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  阪和線ホーム8、9番線の103系普通電車。

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  阪和線ホームの奥にある「天王寺うどん」で「きつねうどん」を食べながら一休み。

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  17、18番線ホームに下りて、大和路線のJR難波行きが17番線に。

  右が阪和連絡線です。

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  その阪和連絡線から18番線に関空特急「はるか26号」京都行き。

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  大和路線 王寺行き普通 201系 16番線。

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  撮影 2012/10/12

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2012年10月17日 (水)

四国 徳島へ旅行(3) - 大阪四天王寺へ寄り道(3)

 

  四国徳島への途中の第一日目は大阪の四天王寺を訪れました。

残念ながら四天王寺の中心をなす中心伽藍は戦災ですべて焼失して、現在の中心伽藍は戦後にコンクリートで再建された建築物です。

今回は講堂、金堂、五重塔すべての中に入って拝観してきましたが、講堂、金堂はまだしも五重塔の階段がデパートの階段をもの凄く狭くしたような感じで、少し残念な作りになっていました。

中心伽藍を拝観したあと、北側の六時礼讃堂、石舞台から宝物殿を拝観して、最後に聖徳太子を祀った聖霊院(しょうりょういん)を参拝しました。

 

  左下の鳥居のある方向が西です。

  右下が南で駐車場があります。

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  中心伽藍の東側にある宝物館南に隣接する聖霊院(しょうりょういん)。

  聖徳太子を祀っています。

  中心伽藍の東重門前から。

  入口は南側にあります。

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  東重門と手前に番匠堂。

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  南側に回って聖霊院(しょうりょういん)の入口の門。

  拝観料は不要です。

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  手前が太子殿、奥が太子奥殿。

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  入口の門内から五重塔。

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  法隆寺の夢殿と同じ様な作りの太子奥殿。

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  太子殿の廊下から「あべのハルカス」。

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  同じく廊下から中心伽藍の東重門と五重塔、金堂。

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  聖霊院の門前、中心伽藍の南東隅前にある南鐘堂。

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  南鐘堂の左手の門から一度外に出てみました。

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  もう一度境内に入って中心伽藍の南東方向からの五重塔。

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  中心伽藍の中門。

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  中門と五重塔。

  この南に南大門があり、南の出入り口になっているのですが、写すのを忘れてしまいました。

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  という事で古い2002年3月12日の写真ですが南大門。

  フィルムスキャンからの写真なので画質が悪いです。

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  再び中心伽藍の西重門に戻って来ました。

  今回は本坊の庭園は行けませんでした。

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  参道を逆に天王寺駅方面に向かって谷町筋の北から、工事中の「あべのハルカス」。

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  この後、天王寺駅から環状線、大阪駅を経て神戸三ノ宮駅に向かいました。

  天王寺駅阪和線ホームの223系。

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  撮影 2012/10/12

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2012年10月16日 (火)

四国 徳島へ旅行(2) - 大阪四天王寺へ寄り道(2)

 

  三日間の予定の徳島への旅程の内、一日目は大阪で過ごし、四天王寺を訪れました。

今回は五重塔の中を登ったり宝物館を拝観したりと、ゆっくり見て回りました。

四天王寺はご存知の通り聖徳太子開基のお寺ですが、現在の四天王寺は戦災にあったこともあり、中心伽藍と呼ばれる部分は戦後にコンクリートで再建された新しいものばかりです。

ただし古い由緒あるお寺なので、さすがに国宝や重要文化財等の宝物が多く、宝物館などでそれらを拝観することができます。

また、建築物もコンクリート作りの中央伽藍を除けば、鳥居を含めて7点の建物が重要文化財に指定されています。

 

  西から鳥居をくぐって境内に入ります。

  この石鳥居は1294年に建てられ、重要文化財に指定されています。

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  石鳥居から境内に入ると西大門(極楽門とも)があります。

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  西方浄土の方向をのぞむということで西大門は極楽門とも言われます。

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  西大門を内から。

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  西重門から中心伽藍に入ります。

  中心伽藍の拝観料は300円です。

  また中心伽藍の東にある宝物館は500円、本坊の庭園が300円です。

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  中心伽藍は北から講堂、金堂、五重塔、中門と直線に並んでいます。

  写真は手前から金堂、五重塔、中門です。

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  そして、こちらが講堂です。

  内部は撮影禁止で写真はありません。

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  金堂の東から見える「あべのハルカス」。

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  東重門ごしに聖霊院。

  聖霊院は宝物館の南に隣接しています。

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  中門と「あべのハルカス」。

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  中心伽藍の出入り口である西重門から北に行くと北鐘堂(きたがねどう)があります。

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  北鐘堂のすぐ北東には石舞台と六時礼讃堂。

  石舞台の左右下には「亀の池」があり、実際にたくさんの亀がいます。

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  石舞台、六時礼讃堂いずれも重文。

  石舞台では毎年4月22日に聖徳太子を偲んで(旧暦4月22日は聖徳太子の命日)「聖霊会の舞楽(しょうりょうえのぶがく)」が舞われます。

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  中心伽藍の東側に回り込み宝物館へ。

  東重門の北から五重塔と「あべのハルカス」。

  「あべのハルカス」は何処からでも眺めることができますね。

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  宝物館へ。

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  宝物館も、もちろん撮影禁止です。

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  撮影 2012/10/12

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2012年10月15日 (月)

四国 徳島へ旅行(1) - 大阪四天王寺へ寄り道(1)

 

  去年までの「【鉄道の日記念JR全線乗り放題きっぷ】が今年は衣替えをして【秋の乗り放題パス】になり、価格は一日あたりの単価が2500円と大幅に安くなり三枚つづりで7500円となったものの、三日間連続の利用が条件となり、利便性といういう意味では完全に改悪となりました。

また、一度に利用できる人数は一人と限定され、これによって2~3人でグループ旅行というのが不可能となってしまい、多くの人、特に中高年でグループ旅行を楽しみにしていた人々が排除されてしまいましたね。

また、連続3日間で旅行日を購入時に指定というのも著しく利便性を損ねました。

 

  とはいえ、全国のJRを1日2500円で乗り放題というのは魅力的で、つい今回の改悪を残念と思いながらも利用してしまいました。

 

  さて、今回の目的地は久しく訪れていなかった徳島です。

90年代には四国へのルートが和歌山港から小松島港への南海フェリーを利用していた関係で、徳島へは数多く行っています。

その後、四国へのルートを神戸から高松へのジャンボフェリーに切り替えてからは、徳島へは少々ご無沙汰になっていました。

南海フェリーについては、四国側の港が徳島港に変更になって以後、深夜便は連絡バスの関係で徒歩旅行者にとっての利用がほぼ不可能になり、まったく利用することは無くなりました。

 

  第一日目は関西、特に大阪天王寺駅界隈を歩くつもりではあったのですが、いろいろ迷って奈良経由で天王寺駅に入るという奇妙な展開となり、天王寺もしくは阿倍野界隈というよりも、四天王寺をピンポイントで訪れただけという結果になりました。

 

  夕方以降に神戸三ノ宮へ移動して、予め調べておいたインターネットカフェで夜11時過ぎまで暇つぶし。

深夜、神戸港を1時発のフェリーで高松へ向かいました。

フェリーは大変な混雑でフロアにゴザを敷いて寝る乗客が出る始末でした。

普段は余裕の船室なんですが・・・。

 

  奈良駅にて。

  京都から奈良線「みやこ路快速」221系で奈良へ来ました。

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  旧奈良駅駅舎。

  現在は観光案内所として現役。

  一時(随分昔の話ですが)取り壊しの話がありましたが保存されて良かったですよね。

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  奈良駅からは「大和路快速」で天王寺駅へ。

  天王寺駅の東口に出ました。

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  交差点の歩道橋は取り壊されたと聞いていましたが、新しい歩道橋を工事中でした。

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  谷町筋沿いの北側からの「あべのハルカス」。

  まだまだ工事中でした。

  手前のJR天王寺駅のステーションビルはずっと昔から変わっていません。

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  駅から谷町筋の北への歩道は、そのまま四天王寺への参道と言って良く、お寺さんの参道に有りがちなお店などが並んでいます。

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  このまま「道なり」に行くと、自然に谷町筋から離れて四天王寺の前に出ます。

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  振り返ると「あべのハルカス」が聳え立っています。

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  門前に出ました。

  正門は南側ですが、徒歩で来る参拝者はなんとなくここから入ります。

  お寺さんなのに鳥居がありますが、日本ではあまり気にならないところ。

  神仏習合の名残ですね。

  塔巡りも好きで色々見ていますが、逆に神社に三重塔や多宝塔があったりすることも珍しくありません。

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  撮影 2012/10/12

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2012年10月11日 (木)

弘前(青森県弘前市)へ旅行 その後(9) - 富山にて(6) 富山から高岡へ移動

 

  6日間にわたる、弘前観光をメインとした旅程も富山を最後に、高岡駅前からの高速バスで岐阜へ帰るべく富山から高岡駅に移動しました。

弘前までの距離とフェリーを利用の結果、移動に二日を要し、6日間のうち観光できたのは実質四日間でした。

そのうち弘前とその周辺に二日間、三日目は反対方向の列車に乗るというアクシデントで終日列車に乗って過ごし、四日目は富山市内での観光を楽しみました。

四日目の最終日の岐阜までの帰りの足は高速バスを選択。

岐阜バスと加越能鉄道の共同運行である名古屋~岐阜~氷見・高岡線は岐阜まで3200円(名古屋までは3500円)とお得な値段設定で、前々から一度利用してみたいと思っていました。

高岡駅前出発が16時50分というのが時間的に少し早めかな、というのが唯一の不満です。

 

  富山駅にて。

  富山発金沢行きの電車が入線。

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  富山の次の駅の呉羽駅にて。

  北陸新幹線の高架が見えます。

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  20分足らずで高岡に到着。

  高岡からは北に氷見線(ひみせん)、南に城端線(じょうはなせん)が分岐しています。

  いずれも非電化区間なのでキハ40、キハ47の車両が高岡の車両基地に配属されています。

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  高岡駅前。

  富山駅と同じように工事で雑然としています。

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  高岡といえば万葉線です。

  乗り場へ行ってみました。

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  やって来たのはドラえもんトラム。

  赤い車体の方が好きなんですが、こちらも見れて良かったです。

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  どうやらステーションデパートの工事のようです。

  駅前のビルにはテナントが「もぬけの殻」状態のビルがありましたが、建て替えのために立ち退いているんでしょうね。

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  ドラえもんトラムが新湊方面に出発して行きました。

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  高岡駅の改札付近。

  北陸新幹線は在来線の高岡駅ではなく、南に新高岡(仮称)駅を新設するみたいです。

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  高岡駅の南の駅前通り。

 

  予定より数分遅れて、駅北のバス乗り場に岐阜バスの車体が到着して、すべての日程を終えて岐阜に帰りました。

  名鉄岐阜に到着は20時過ぎでした。

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  撮影 2012/09/11

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2012年10月10日 (水)

弘前(青森県弘前市)へ旅行 その後(8) - 富山にて(5) 富山ライトレールで東岩瀬駅から富山駅へ

 

  北前船の寄港地の湊町として栄えた岩瀬の町を散策して、帰りは富山ライトレールの東岩瀬駅から富山駅北に帰りました。

旅行最終日のこの日は雨の降るあいにくの天気。

しかし、富山駅に帰るころには雨もあがり、富山駅からは 岐阜に帰るべく高岡駅へJRで移動して、高岡駅前発16時50分の名古屋行き高速バスで名鉄岐阜駅下車で岐阜に帰りました。

 

  交差点からかっての富山港線の木造駅舎の東岩瀬駅。

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  東岩瀬駅にて岩瀬浜行き。

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  富山ライトレールの本社と車庫が隣接している城川原駅。

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  城川原駅では列車交換が行われます。

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  富山駅北にて。写真は岩瀬浜へ向かう前。

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  富山駅北口の駅前り。

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  地下通路を南に戻り南側の駅前。

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  北陸新幹線の富山駅工事の様子。

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  JR西日本のキハ120形気動車。

  高山線用の車両です。

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  高山線越中八尾行き普通 キハ120形。

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  越後湯沢発金沢行き 特急「はくたか10号」

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  富山発金沢行き普通の入線。

  高岡駅まで行きます。

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  撮影 2012/09/11

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2012年10月 9日 (火)

弘前(青森県弘前市)へ旅行 その後(7) - 富山にて(4) 富山ライトレールで岩瀬の町を散策

 

  富山ライトレールで岩瀬の町を散策。

今回の旅行の最後の観光です。

岩瀬は昔からの湊町で、江戸時代には北前船の出入りで賑わい、加賀藩の御蔵や廻船問屋が軒を連ねていました。

明治6年の大火では1000戸あったと言われる家屋の650戸ほどが焼け、これにより江戸時代の面影は無くしましたが、その後、岩瀬の独自の町並みが再建されて、その雰囲気が現在まで残っているということです。

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  まず富山港展望台の方に行って見ました。

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  左に行くと岩瀬の町並み。

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  すぐに見えた富山港展望台。

  常夜灯をモデルにしていて、24.85mの高さがあります。

  無料で、登るには階段のみです。

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  展望台からの富山港。

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  先ほどの道に戻って町並みを南に向かって歩きます。

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  家屋の切れ目から展望台が。

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  お店は町並みに合わせて造られています。

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  廻船問屋の森家。

  重要文化財に指定されていて岩瀬の町並みのシンボル的建築物です。

  拝観料は大人100円、子供50円。

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  蔵の中も拝観できます。

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  森家の家紋。

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  南の方に向かって歩いていきます。

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  振り返ったところ。

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  昔の富山港線時代の木造駅舎が残っている東岩瀬駅。

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  富山ライトレール(愛称ポートラム)で再び富山駅に帰り、6日間の旅が終わりました。

  この後、JRで高岡市に移動して、高岡駅前から名古屋行きの高速バスで20時過ぎに名鉄岐阜駅に着き、帰宅しました。

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  撮影 2012/09/11

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2012年10月 7日 (日)

弘前(青森県弘前市)へ旅行 その後(6) - 富山にて(3) 富山ライトレールで岩瀬浜へ

 

  富山で最後に訪れたのは、富山駅北から富山ライトレールを利用しての岩瀬の町並み。

岩瀬は古くからの湊町で、江戸時代には北前船が出入りして、たいそう栄えたそうです。

湊には加賀藩の御蔵や廻船問屋が軒を連ねていたそうで、その名残を留めた町並みを散策に行きました。

 

  富山駅北口。

  仮駅舎ですね。

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  富山駅周辺整備事業の案内。

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  岩瀬浜方面から富山駅北に到着の富山ライトレール。

  愛称はポートラムです。

  蓮町(はすまち)駅と岩瀬浜駅から接続してフィーダーバスという富山ライトレールが運営している2系統の路線バスが運行されています。

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  富山駅北駅にて。

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  車内の様子。

  運賃は現金が200円でICカードは170円です。

  運賃は均一料金。フィーダーバスとの乗り継ぎは割引になっています。

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  元々はJR西日本の富山港線で、それを三セクが引き継いで路面電車化したのが富山ライトレールです。

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  雨模様の中、岩瀬浜駅に到着。

  所要は24分。

  1時間に4本の運行なので、時刻表を気にすることなく乗れる運行間隔です。

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  岩瀬浜駅前の広場。

  バス停があります。

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岩瀬まち歩き散策路の図。

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  運河の橋のたもとから色違いの車両を。

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  運河を渡りながら。

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  左に行くと岩瀬の町並み、真っ直ぐ行くと富山港の展望台とあったので、まず展望台に行くことにしました。

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  撮影 2012/09/11

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2012年10月 6日 (土)

弘前(青森県弘前市)へ旅行 その後(5) - 富山にて(2) 富山地鉄 南富山駅から稲荷町駅を経て電鉄富山駅まで

 

  弘前への旅行の最終日は富山での観光。

「富山まちなか・岩瀬フリーきっぷ」800円を利用しての1日の始まりは、富山地鉄の市内電車で丸の内まで行き、富山城址公園を散策しました。

天気はあいにくの雨で、旅程の実質4日間の内、二日間は雨でしたが、雨の旅行もそんなに悪いものではありませんでした。

富山城址公園散策の後、市内電車の環状線で西町電停に出て南富山駅前行きに乗り換えました。

そして、南富山駅から地鉄不二越・上滝線(ふじこし・かみだきせん)の電鉄富山行きに乗り、本線との分岐駅である稲荷町(いなりまち)駅で下車。

稲荷町駅には車両基地・工場があります。

しばらく駅内で時間を費やしてのち、本線のホームに移動し、電鉄富山駅に向かいました。

 

  西町電停にて。

  向こう側の電停は富山駅前行き。

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  雨に曇った後部車窓から。

  市内電車は南に向かって走ります。

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  南富山駅に到着。

  ここから不二越・上滝線に乗り換え。

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  南富山駅にて。

  電鉄富山行き 10030形。元京阪電鉄特急用車両の3000形。

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  電鉄富山行きの車内。

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  稲荷町(いなりまち)駅で一旦下車します。

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  手前は10020形。

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  車庫内から主に特急用に使用される16010形が出て来ました。

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  その16010形の2両編成。

  元西武鉄道5000形だそうです。

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  本線ホームからの不二越線ホーム。

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  本線の電鉄富山行きに乗車します。

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  電鉄富山駅にて。

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  すぐ隣りは北陸新幹線の工事中。

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  電鉄富山駅は富山駅前の一番東に位置します。

  富山駅駅舎に向かう途中に富山駅北口との地下通路がありますが、その長い地下通路を抜けて富山ライトレールの乗り場へ向かいました。

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  富山駅北口の富山ライトレール(ポートラム)乗り場。

  岩瀬浜行きに乗り、かっては湊町として栄えた岩瀬の町を散策に行きます。

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  撮影 2012/09/11

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2012年10月 4日 (木)

弘前(青森県弘前市)へ旅行 その後(4) - 旅行最終日 富山にて(1) 富山城址公園

 

  富山での観光が6日間の旅行の最後となりました。

最初の二日間は岐阜から名古屋、フェリーで仙台、仙台から高速バスで弘前へと、もっぱら移動に費やし、観光は3日目からの実質4日間となりました。

弘前と弘前周辺で2日間、手違いで終日の鉄道旅となってしまった実質の3日目、そして、最後の訪問地は富山としました。

富山を観光後の夕方には高岡市に移動して、高岡駅前から高速バスで岐阜へ帰り、全ての旅程を終えました。

 

 

  現在、富山駅は北陸新幹線建設に伴う駅と駅周辺の工事が行われています。

 

  まず、駅の観光案内所で「富山まちなか・岩瀬フリーきっぷ」 800円(子供400円)を購入しました。

  「富山まちなかきっぷ」にはもう一種類、「富山まちなか・八尾フリーきっぷ」 1200円(子供600円)があります。

  フリーエリアは両きっぷ共通の「富山地鉄市内線全線、富山地鉄:電鉄富山~南富山、地鉄バス 富山駅前から270円区間」と「富山まちなか・岩瀬フリーきっぷ」は「富山ライトレール全線」、「富山まちなか・八尾フリーきっぷ」は「地鉄バス 富山駅前~八尾鏡町」の区間です。

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  富山地方鉄道市内電車の2系統(南富山~大学前)と3系統(環状線)で南へ向かうと県庁前、丸の内へ。

  市電のうち最も古い デ7000形。

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  富山駅前電停。

  手前が2系統の大学前行き デ7000形。

  もう一つの1系統は富山駅前~南富山駅前の路線です。

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  富山駅前電停にて。

  2系統の大学前から南富山駅前行きの電車。

  T100形(SANTRAM サントラム)。

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  荒町電停にて。

  交差点を西へ歩いて行けば富山城の前。

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  もう一度大学前行きで富山駅前電停を経て丸の内電停へ。

  少し勘違いをして荒町電停で下りてしまいました。

  荒町電停にて デ8000形。

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  丸の内電停で降りて、富山城址公園を散策します。

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  加賀藩第2代藩主の前田利常(初代藩主利長の弟)が隠居するとき、次男利次に富山10万石、三男利治に大聖寺7万石の分封を幕府に願い出て許され(1639年)、富山藩が成立しました。

  以後、富山前田家は13代、明治まで富山藩を治めました。

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  現在の富山城は1954年に建造された模擬城です。

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  石垣とお堀は現存遺構ですが、天守の存在は不明で、現在の天守は模擬です。

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  東側に回り込むと富山城唯一の現存建築遺構である千歳御殿の正門が移築された千歳御門があります。

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  城内は工事中でお城は閉館中でした。

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  千歳御門を入って右手の方に佐藤記念美術館があります。

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  富山藩第2代藩主の前田正甫(まえだまさとし)像。

  「富山売薬を広めたお殿様」として富山市民に親しまれています。

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  城址公園の北側には県庁があります。

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  南の正面から城外に出ます。

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  天守閣の前の国際会議場前電停。

  3系統の環状線の電停です。

  デ9000形(CENTRAM セントラム)。

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  国際会議場前電停から環状線に乗り、西町電停で南富山駅前行きに乗り換えます。

  デ9000形車内。

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  西町電停にて北に向かう デ8000形。

  電車の右に見える電停から南に向かって南富山駅前行きに乗り換えます。

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  西町電停から北方向への西町電停の T100形(SANTRAM) 3系統の富山駅前行き。

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  撮影 2012/09/11

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2012年10月 2日 (火)

弘前(青森県弘前市)へ旅行 その後(3) - 米沢から米坂線で坂町、そして新潟から富山へ

 

  鶴岡でのまさかの逆方向への列車に乗るという大失敗のおかげで、余目(あまるめ)から陸羽西線で新庄に入る羽目に。

新庄からさらに山形、米沢と乗り継ぎ、やっと米沢で1時間の待ち時間ができました。

しかし、1時間で観光はとても無理で、昼食をゆっくりと取るのが精一杯です。

米沢からは米坂線で日本海側の坂町に出て新潟へ、新潟から快速「くびきの」で直江津まで、直江津で乗り換えて富山に着いたのは21時7分でした。

完全に終日を列車で過ごす鉄道旅の一日となってしまいました。

 

  白亜の米沢駅駅舎。

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  先頭車はキハE-120形。

  キハ110系との2両編成。

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  キハE-120形の車内。

  もちろんこちらに乗車しました。

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  豊かに実った米沢盆地を行きます。

  車窓の色が少し変色しているのは窓ガラスがUVカット仕様のため(多分)。

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  山形鉄道が分岐する今泉駅。

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  13分停車の小国駅。

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  列車を降りて前方から。小国駅にて。

  小国駅までが山形県で、次の越後金丸(かなまる)駅から新潟県。

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  県境を越えて、次の越後金丸駅では列車交換で4分の停車。

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  運転手さんがホームに降りたおかげで私もホームから。

  越後金丸(かなまる)駅にて。

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  越後大島駅。次は終着駅の坂町駅。

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  坂町駅には14時26分に到着。

  約2時間の鉄道旅でした。

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  坂町駅前通り。

  坂町駅は村上市に属します。

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  坂町駅駅舎。

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  坂町駅のキハE-120形。

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  村上発新潟行きの普通電車は約1時間の待ちあわせで、新潟着16時24分。

  坂町駅にて。

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  新潟発17時4分の快速「くびきの4号」で直江津まで行きます。

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  新潟駅にて。

  快速「くびきの」は特急用車両の485系電車を使用。

  新潟では車両が満席になりましたが、長岡までの途中駅でほとんどが降り、長岡で再び満員となりました。

  快適な快速「くびきの」で直江津まで行き、直江津で金沢行きに乗り換え、富山には21時7分着でした。

  「青春18きっぷ」も、最終日に最後の5枚目を使い切りました。

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  撮影 2012/09/10

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