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2012年10月22日 (月)

四国 徳島へ旅行(6) - 蜂須賀家の徳島城跡(1)

 

 

  徳島市へは過去に何度も来ていますが、瑞巌寺以外は徳島城跡すら訪れたことが無く、したがって今回は4時間ぐらいを市内観光に充てたのですが、徳島城跡をじっくりと回ったためにそれのみで終わってしまいました。

しかも、その後訪れたのは勝瑞城跡、阿波川島城と完全にお城めぐりとなってしまい、かなりバランスに欠けた旅行となってしまい、少々後悔しています。

 

 

  さて、徳島城は豊臣秀吉による四国征伐で戦功のあった蜂須賀家政(蜂須賀正勝の子)が阿波一国を18万6千石で拝領して、1586年にこの地に築いた城です。

関が原の戦い(1600年)では家政は東西どちらの陣営に付くかで苦慮し、領地を豊臣秀頼に返納して自らは出家、嗣子の至鎮(よししげ)が家康の養女を妻にしていたことから東軍に参加させ、これが功を奏して、戦後には至鎮は旧領に復して、ここに徳島藩が成立しました。

さらに1615年の大坂の役の功によって淡路一国8万1千石も与えられ、徳島藩は25万7千石の大藩となり、至鎮(よししげ)を初代とする徳島藩蜂須賀家は14代にわたり、この地を明治まで治めました

 

  下の地図は徳島市立徳島城博物館のHPから拝借しました(不都合でしたら削除します)。

  右方向が大体北となっています。

Photo_2

 

  徳島駅駅前。

Dsc02984

 

  駅前の歩道橋から駅前通り。

  徳島市のシンボル的存在である眉山(びざん)が見えます。

Dsc02986

 

  線路に沿って南東方向に歩いていきます。

Dsc02990

 

  上のマップにあるように城跡内に入る近道として歩行者用の跨線橋があります。

  その跨線橋から徳島駅南にある車両基地。

Dsc02993

 

  一度城内の鷺の門の方(三木郭)に出て下乗橋。

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  同じく下乗橋。

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  鷺の門。

  徳島城の表門です。

  唯一昭和20年まで現存した遺構でしたが、戦災で焼失しました。

  現在の鷺の門は平成元年に建てられたもので、位置と規模が元の門とは異なるそうです。

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  北の方を望んで。

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  数寄屋橋が見えます。数寄屋橋まで歩きます。

Dsc03021

 

  石垣のひとつひとつの形状が扁平な石が多く独特な感じがします。

Dsc03023

 

  数寄屋橋。

  橋の架かる数寄屋門はお城の鬼門(北東)にあたり、凶事の際にしか開かれない門でした。

Dsc03030

 

  門の跡を入って左を見たところ。

Dsc03034

 

  城内内側を元の方向に戻って、徳島城博物館の前に。

Dsc03040

  撮影 2012/10/13

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