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2012年10月 7日 (日)

弘前(青森県弘前市)へ旅行 その後(6) - 富山にて(3) 富山ライトレールで岩瀬浜へ

 

  富山で最後に訪れたのは、富山駅北から富山ライトレールを利用しての岩瀬の町並み。

岩瀬は古くからの湊町で、江戸時代には北前船が出入りして、たいそう栄えたそうです。

湊には加賀藩の御蔵や廻船問屋が軒を連ねていたそうで、その名残を留めた町並みを散策に行きました。

 

  富山駅北口。

  仮駅舎ですね。

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  富山駅周辺整備事業の案内。

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  岩瀬浜方面から富山駅北に到着の富山ライトレール。

  愛称はポートラムです。

  蓮町(はすまち)駅と岩瀬浜駅から接続してフィーダーバスという富山ライトレールが運営している2系統の路線バスが運行されています。

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  富山駅北駅にて。

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  車内の様子。

  運賃は現金が200円でICカードは170円です。

  運賃は均一料金。フィーダーバスとの乗り継ぎは割引になっています。

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  元々はJR西日本の富山港線で、それを三セクが引き継いで路面電車化したのが富山ライトレールです。

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  雨模様の中、岩瀬浜駅に到着。

  所要は24分。

  1時間に4本の運行なので、時刻表を気にすることなく乗れる運行間隔です。

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  岩瀬浜駅前の広場。

  バス停があります。

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岩瀬まち歩き散策路の図。

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  運河の橋のたもとから色違いの車両を。

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  運河を渡りながら。

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  左に行くと岩瀬の町並み、真っ直ぐ行くと富山港の展望台とあったので、まず展望台に行くことにしました。

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  撮影 2012/09/11

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コメント

なかなかたいへんな旅やったようやね^^。おつかれさまです。

富山は、けっこう行ったことがあるんやけど、ほぼ通過^^;
富山駅は、もっぱら青森や信州方面への通過駅。降りたことがあるのは、立山にいった時だけです。
車では、東海北陸道で白川郷やあるいは富山から神通川沿いに国道を南下して、神岡(カミオカンデ、イタイイタイ病)経由で、飛騨流葉や平湯へ。
立山を除けば、富山で泊まったことがあるのは、砺波から庄川沿いを下り、大牧温泉。川船でしかいけない温泉で、ここはよかったです。

富山といえば、前田家もそうやけど、やはり佐々成政という印象があります。富山の人にはどうなんやろね。銅像とかはないのかな。ちなみに熊本には、なかったような感じが。

投稿: tera | 2012年10月 9日 (火) 05時44分

teraさんも色々な所に行ってるんですね^^。
岐阜からは、富山はやはり遠い感じがします。
富山市内は2回目ですが、以前に訪れたのは90年代のことなので、今回は電車を中心に回ってみました。まだまだ、見所は多そうですね。


私も富山と言えば佐々成政なんですが、地元の人は「富山の薬」という事で富山前田家の功績が印象強くて、城内に前田正甫(まさとし、富山前田家の第2代藩主)の銅像がありました。

江戸城内で他の大名が急の腹痛をもよおしたのを正甫が地元の薬を飲ませたところ、腹痛はたちどころに治り、他の大名達が自分の領国でも販売して欲しいということから、富山の売薬の発端となった、という伝説があるそうです。

私の小さい頃には富山の薬屋さんが2度ぐらい家に来ました。2度とも紙風船を貰った思い出があります。

投稿: mino | 2012年10月 9日 (火) 07時47分

>私の小さい頃には富山の薬屋さんが2度ぐらい家に来ました。

うんうん。親戚の家に薬の箱が置いてあって、使った分を補充しにきた薬屋さんから紙風船をもらった記憶があるわ。あれが富山の薬屋さんだったのかなあ。
数年前に飛騨高山にいったとき、薬屋に「反魂丹」置いてましたよ^^

佐々成政は、有名なわりには「忘れられた武将」という感じやね。反秀吉で賤ヶ岳以降も生き残った稀有な人物。いろいろな土地に足跡があるはずなんやけど、あまり小説にも出てこないです。

「忘れらられた武将」関連(ちょっと強引やけど^^;)で、最近探しているのが、豊臣政権下で大阪の枚方城主であったらしい本多内膳正政康。枚方には、秀吉がつくったといわれている「御茶屋御殿跡」というのがあるんやけど、三河の本多一族とつながりがあるのかなあ。

投稿: tera | 2012年10月13日 (土) 06時23分

三河の本多一族とつながりがあるのかなあ>この武将の本多家は善光寺の本多善光と同じ祖だと、少なくとも本人は思っていたみたいですね(検索で調べた限り)。
本多政康で検索すると加賀藩の家老が出てきますが・・・枚方城主の本多家については、乙御前は聞いたことがありますが、本多家というのはまったく知りませんでした。

teraさんは、以前にも摂津池田氏と尾張池田氏の関係もどう繋がっているのかという疑問も提示していましたね。
本多政康は百済王氏の後裔と自称していますが、どうなんでしょうか?

忘れられた武将だと美濃や尾張には一杯います^^;

投稿: mino | 2012年10月15日 (月) 17時20分

忘れられた武将で最も有名なのは、小田原で陣没したために忘れられてしまった現岐阜市出身の堀秀政。
また、桶狭間の戦いで今川義元の本陣の場所を信長に報告して一番手柄となった梁田政綱とかもいます^^。
teraさんのお陰で新しいジャンルが見つかりました^^b

投稿: mino | 2012年10月15日 (月) 17時31分

minoさん。「忘れられた武将」、強引にふってごめんなさいね

本多氏は、いわゆる徳川家郎党の中でも一等興廃激しく、多士済々やね。
加賀藩の家老本多政康は、正信系本多氏本多政重の一統かな。正信といい政重といい小説の主人公をはれる人が多いなあ。
本多正信については、隆慶一郎さんの「影武者徳川家康」(新潮文庫)がお薦めやけど、どこかですでに紹介したかな^^;

>忘れられた武将だと美濃や尾張には一杯います^^;

うんうん、いっぱいいそうやね^^
梁田政綱は、司馬さんの「国盗」やったかな。梁田氏や堀秀政ではないけれど近江堀氏の消長については、谷口克広さんという方の「信長と消えた家臣たち」「信長軍の司令官」(どちらも中公新書)が詳しいです。

佐々成政は、「忘れられた」みたいやけど、加藤清正像は、熊本でも名古屋城のあたりでも見たような記憶があって、やっぱり人気者なんやね。

投稿: tera | 2012年10月17日 (水) 06時42分

どこかですでに紹介したかな>多分紹介して貰ったと思うけど忘れてた^^;

「信長軍の司令官」の方は読みました。その中に梁田政綱の事が書いてあったような・・・

加藤清正は大阪城内にも展示があって、韓国人が「加藤清正!」って叫んでいました。
そう云えば、それに比べて福島正則の影が薄いのはなぜなんでしょうかね?

投稿: mino | 2012年10月17日 (水) 23時28分

>韓国人が「加藤清正!」って叫んでいました。
^^

>そう云えば、それに比べて福島正則の影が薄いのはなぜなんでしょうかね?

確かになあ。広島でも正則像はみかけんかったわ。
名古屋にはないの?清州城主やし、名古屋城の普請もやってるし。清正像しか記憶にないです。

やっぱり虎退治かなあ。関ヶ原の時も、清正は目立たずやってたのに対して、正則は「徳川の先兵」という感じになってしまい、のちのち「武断派」の判断、どうなの、の象徴に。運わるすぎやね。

それに清正はいい時に死ぬしね。正則も、秀吉の恩に一生懸命に報いたと思うんやけど、長生きしすぎたか。

投稿: tera | 2012年10月20日 (土) 04時54分

名古屋にはないの?清州城主やし>清洲ですと直接信長に結びついてしまいますから、福島正則関連は無いですし、清洲城主だったことも地元では余り知らないと思います。

広島だと当然毛利家という事ですね。

多分、福島正則が城主となって新しく開いた町がないという事が、彼の認知度に関わっているのかもしれません。
殆んど全国的に無名の森忠政が、津山市(岡山県)では郷土の武将として扱われていますしね。

投稿: mino | 2012年10月20日 (土) 11時02分

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