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2012年11月 8日 (木)

新幹線岐阜羽島駅と名鉄新羽島駅 - 2012年の夏

 

  今年(2012年)の夏のお盆時に羽島市を訪れたときの新幹線岐阜羽島駅と名鉄新羽島駅。

新幹線の岐阜羽島駅を訪れたのは、物珍しさで昔訪れたことはありましたが、それ以来のことです。

岐阜から新幹線を利用する場合は名古屋で乗車するのが最も便利です。

 

  岐阜羽島駅北口。

  玄関口は北側です。

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  羽島市は円空の故郷です。

  円空仏をモチーフにしたモニュメントが駅前にありました。

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  駅前開発に成功したとは言い難い駅前の様子です。

  これでも開業当時に比べれば・・・という感じです。

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  バス路線は、開業当初は岐阜、一宮、大垣との連絡のバス路線がありましたが、その内現在まで残っているのは大垣駅方面との路線バスのみです。

  現在、岐阜羽島駅発着のバス路線は名阪近鉄バスの大垣線、輪之内線、海津市営バスの海津羽島線のみです。

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  開業当時の自民党の有力政治家の大野伴睦(ばんぼく)夫妻像。

  現在の岐阜羽島駅設置に尽力した功績で建てられたもの。

  当時はその経緯から岐阜羽島駅は政治駅と揶揄されました。

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  駅舎内に入ってみました。

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  改札前から南に通り抜けました。

  ちなみに北口、南口の他に西口があるようです。

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  南口の駅前通り。方向的には南東方向です。

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  北口に戻り、出口の右手に名鉄新羽島駅があります。

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  新羽島駅は無人駅で、エスカレーター、エレベーター共にありません。

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  新羽島~江吉良(えぎら)間を羽島線、江吉良~笠松間を竹鼻線と呼称していますが、新羽島~笠松間は一体運用されています。

  また一部名鉄岐阜駅との直通電車があります。

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  ホームから新幹線ホームをのぞむことができます。

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  2両組成の3150系。

  ホームの長さは4両まで対応可能です。

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  1時間に4本、15分毎の運行なので、一本やり過ごしました。

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  途中の羽島市役所前駅にて。

  江吉良(えぎら)~大須間が廃止になり、その代替バスが駅前から運行されています。

  運行本数は廃止前と同じ1時間に2本。

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  名古屋本線の笠松駅にて。本線に乗り換えます。

  右側の車両は5000系。

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  岐阜行き特急2300系。

  名古屋側2両は特別車の1700系、岐阜側4両が普通車の2300系。

  笠松駅から名鉄岐阜駅までの所要は5分です。

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  撮影 2012/08/15

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コメント

駅前開発に成功したとは言い難い駅前の様子です。>
数十年前から変化が感じられないという意味では貴重な駅かも知れません。駅舎内の表示も懐かしいです。それでも東急インはあるのですね。

円空>
津軽藩を追い出されたら海を渡って松前に行ったりと、興味深い人物ですね。円空仏が全国に紹介されたのは1950年代中頃と比較的新しいせいか、外国語で検索しても情報を得ることができませんでした。

この地域はキリシタンが多く、寛文の弾圧でほぼ壊滅状態になり、これが円空の十万体造仏の発願の動機だという説を読んだことあります(典拠を見つけ出せず申し訳ありません)。論証が弱いのが残念でしたが、話としては面白いと感じました。

投稿: ddol | 2012年11月10日 (土) 21時30分

コメント遅れてごめんなさい。

この地域はキリシタンが多く>へぇ~、その事実は知りませんでした。
信長あたりの影響でキリシタンが多かったのでしょうかね。

円空仏を最も所蔵しているのは名古屋市の荒子観音で、円空仏とされているほぼ四分の一の千数百体を所蔵しています。
荒子は前田利家の生地で、以前に一度記事にしたことがあります。

投稿: | 2012年11月12日 (月) 07時06分

典拠を見つけ出せず申し訳ありません>
確認しました。青山玄「円空造仏の動機について」(日本研究―国際日本文化研究センター紀要 第2集 1990年3月)という論文です。
ttp://shikon.nichibun.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/406/1/nk02003.pdf

円空仏を最も所蔵しているのは名古屋市の荒子観音で、円空仏とされているほぼ四分の一の千数百体を所蔵しています。>
愛知県に約3000体あるそうなので県内の約4割に相当するわけで、円空との関係が深かったのですね。関東でもあまり知られていませんが、愛知・岐阜に次いで埼玉が三番目に多く残さている県です。といっても約160体ですが。時々埼玉の博物館で円空仏展が開催されます。

以前に一度記事にしたことがあります。>
検索して見せていただきました。随分前からブログを開設なさっていたのですね。

信長あたりの影響でキリシタンが多かったのでしょうかね。>
高山右近の父、図書に仕えていた人物(日本名不詳)が洗礼を受け、1560年代中端に、故郷の海部郡美和町花正でコンスタンチノという名で伝道したのがはじまりで、その後急速に信者が増えたそうです。尾張の状況はイエズス会の手紙でも触れられていますが、なぜ信者が増えたのかはわからないようです。

投稿: ddol | 2012年11月13日 (火) 21時47分

1560年代中端に>かなり早い時期に布教が始まっているんですね。
地元でもこの事実自体があまり知られてはいません。

それから、埼玉って関東以外の人にとってイメージが湧かないっていうか、つかみ所が無い県です。昔、一度だけ熊谷から秩父鉄道で行田市の忍城へ行ったことがあります。
しかし、途中のさいたま市の大きさとかは実感できましたが、近代以前のイメージがなかなか湧いてきません。

投稿: mino | 2012年11月14日 (水) 09時22分

円空とキリシタンの話、とても面白い。

戦国徳川初期のキリスト布教は西国中心というのイメージで、尾張にも多いとのこと、びっくりです。別格としては津軽氏なんやけど、円空と津軽藩との関係も興味深い。
この藩は何かと面白そうなので、NHK大河でやらないかなあ、。ユニバーサルサービスを標榜するなら、青森関係もやらないとね^^

>高山右近の父、図書に仕えていた人物
これが一番興味深い。摂津高山家が尾張と関係があるとはね。特にこの家臣や

青山玄氏の紀要の紹介、ありがとね。教わること多かったです。
大阪堺のいわゆる南蛮寺を見た印象では、江戸時代を生き延びるための工夫をしつつも、一方で何らかの信教の「象徴」を密やかに残していたような感じがします。
円空の仏像にも、そういうものがあるのかなあ。その辺の言及がほしかったです。

投稿: tera | 2012年11月15日 (木) 05時58分

江戸初期のキリシタンの処刑には、少なからずショックを受けました。

投稿: mino | 2012年11月17日 (土) 12時44分

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