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2012年11月16日 (金)

近江鉄道で多賀大社(滋賀県多賀町)を訪れる(4) - 多賀大社(2)

 

  多賀大社は古事記にも記されている古い神社で、祭神は伊邪那岐命(イザナギ)、伊邪那美命(イザナミ)の2柱です。

「お多賀さん」と親しまれている神社で、隣県の岐阜市の住人である私も、小さい頃に訪れてよく知っています。

戦前の社格は官幣大社でした。

 

  多賀大社入口の鳥居。

  一の鳥居は3kmほど離れた彦根市の高宮にあるそうです。

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  そり橋(太閤橋ともいう)と神門。

  そり橋を太閤橋というのは秀吉が母の延命を願い、それが叶ったとして社殿改修と1万石を寄進したのが由来です。

  この故事やそれ以前の重源の故事から「延命そば」が名物となっていて、絵馬殿の一角の食堂で食することができます。

  秀吉が母の延命を願った以前に、大仏を再建した重源が、大仏復興まで延命させて欲しいと願をかけて成就した故事があります。

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  神門。

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  社殿。

  前から拝殿、神楽殿、幣殿、本殿。

  現在の社殿は昭和8年に完成しました。

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  向かって右手にある能舞殿。

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  絵馬殿を利用して休憩所と食堂があります。

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  絵馬殿の内部。

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  絵馬殿から奥の(西にあたる)参集殿の前に文化財が集められています。

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  文庫。

  幕末、当大社の大禰宜 車戸宗功は彦根藩と勤皇方との仲介に奔走。

  その車戸家の屋敷内にあった建物。

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  大釜。

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  神輿庫。

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  「つり鐘」。室町後期(1555年)の鋳造。

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  太閤蔵。

  秀吉寄進の米一万石を受けた際に庭園等と共に築造された蔵。

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  外に戻ってきました。

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  鳥居前のお店。

  名物の糸切餅を購入。

  糸切餅は元寇の戦勝で奉納されたのが由来です。

 

  言い忘れましたが、お守りとしての「お多賀杓子」も有名。

  「お玉杓子」の由来とされています。

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  東側から鳥居前。

  向こうが駅方向です。

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  さらに東から。東には国道があります。

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  駅と多賀大社との距離は1Km足らずで歩いて10分ほどです。

  近江鉄道 多賀大社前駅。

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  本線との接続駅である高宮駅へ。

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  撮影 2012/11/12

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コメント

多賀大社は何回もいったことがあるんやけど、数年前tera2さんと訪れた時に糸切餅を買いましたよ^^
その時に、鳥居前のどこかの店で鮒寿司も。
子供の時の記憶では、とんでもない食物だったんやけど、老いたせいか、たまたま「やさしい」ものだったのか、おいしかったですよ。
鮒寿司については、以前書いたかなあの、粟津供御人(大津)が有名なんやけど、琵琶湖の北端の菅浦も機会があればいってみてください。

投稿: tera | 2012年11月19日 (月) 06時01分

鮒寿司ですか。美味しそうですね^^。
寿司と言っても、鮒寿司は普通のお寿司とはチョッと異なりますからね。
というより日本で言う寿司の方が異色というか。

話がそれますが、大阪というと「押し寿司」ですが、実を言うと父は戦前には寿司職人でして、戦後、私たちが物心ついた頃には「押し寿司」もよく作ってくれましたよ^^・

菅浦、ちょっとぐぐって見ました。
琵琶湖一帯では古代から食されていたんですね。

投稿: mino | 2012年11月19日 (月) 17時43分

>実を言うと父は戦前には寿司職人でして、戦後、私たちが物心ついた頃には「押し寿司」もよく作ってくれましたよ^^

おお~、そうなんや。お父さんが握った寿司、いいなあ。
おいらの父母は和歌山出身なので、子供の頃、祖父母の家にいくと、おばあちゃん手製の笹(?)に包んだ「鯖のなれずし」を食べました。
その味が忘れがたく、和歌山に行くたびにいろんな鯖寿司を食べるんやけど、微妙に記憶の味と違うんや^^;

投稿: tera | 2012年11月20日 (火) 06時18分

それは、お婆ちゃんの味なんでしょうね^^
美味しい不味い(他人にとって)とは別のお婆ちゃんだけが出せる味は、子供や孫にとっては掛け替えのない世界一の味ですからね^^・

投稿: mino | 2012年11月20日 (火) 17時17分

今年は特殊で先月末から年末モードに入っていて、なかなか思うままにいきません。年内はこんなペースになりますがよろしくお願いします。

粟津供御人>
確か膳所の時に話題になった堅田の供御人も、葵祭の頃に鮒寿司を下鴨神社に奉納し、現在はそれにちなんで献饌供御人行列という行事を行うそうです。

鮒寿司のような発酵物は人によって好き嫌いが激しいですね。私は臭いで食べることができなかった記憶があります。「鯖のなれずし」は子供の頃好きで食べたのですが、東京では鯖の調理法が違うのか、私の口にはまったくあいません。というか東京の寿司はおいしくないです(ちなみにうどんも)。

投稿: ddol | 2012年11月21日 (水) 21時44分

東京の寿司はおいしくないです(ちなみにうどんも)>しょうも無い所に突っ込みを入れますが、昔、東京の王子の、とある中華料理店でスープが真っ黒なラーメンを出され、殆んどを残したことがあります。
それから、東北新幹線の郡山駅の駅蕎麦の不味さといったら・・・。
これ20年から30年前の話で、今は東京も随分と美味しくなったと聞いていますが。

申し訳ありませんでした、粟津供御人の話、鮎寿司の話し、また続けてください^^;。

投稿: mino | 2012年11月21日 (水) 22時56分

ddolさん
葵祭に、そういうのが残ってるんや。知らんかったわ、ありがとね。

minoさん、ddolさん
なれ寿司と書いたけど、子供の頃食べたのはほとんど発酵臭がない記憶で、押しずしといった方がよかったのかも。近江の鮒ずしはは、やはり強烈です^^

関東のうどんは、黒すぎてびっくりやね^^

それで質問なんやけど、岐阜はどうなの?
先日、テレビで見た関ヶ原の食堂では、関西風と関東風のうどん両方のメニューがありました。出汁が全然違う感じが。天下分け目やなあ^^

それと、伊勢うどん。麺は関西風というかそれ以上に腰がないんやけど、出汁は黒かったような記憶が。

腰でいうと、やわらかい関西のうどんに比べて讃岐のうどんは強烈。腰が強いうどんを食べても、これもうまいね、くらいに思ってたんやけど、チェーン店「丸亀製麺」の関西進出が激しく、最近、腰の強いうどんもなじみになりました^^

投稿: tera | 2012年11月22日 (木) 06時48分

それで質問なんやけど、岐阜はどうなの?>これって、かなり面白いテーマなんですよ。

まず、うどんに関しては、米原の駅で食べてみて初めて近江は関西だと実感します。
それからお味噌汁ですが、三重県に関しては知識が無いのでなんとも言えませんが、岐阜以東は赤だし、滋賀県から以西は白味噌ですよね。
大阪に行くまで白味噌のお味噌汁があることすら知りませんでした。

それから、食事のみならず言葉なども岐阜、三重辺りが境目だと思ってます。
岐阜に関して言えば、「そうなんや」という言葉のように語尾に「や」を普通に使用しますが、ただしイントネーションは関東風(標準語と言えば良いんでしょうか)です。
亀と甕、橋と端、いずれも東よりのイントネーションです。
しかし、語尾に「や」を使うので関東の人には、特に静岡以東の人には関西弁に聞こえるようです。

三重県に関して、はやはり関西チックな言葉使いだと我々岐阜県人には聞こえます。伊賀に関しては近代の交通体系(近鉄)から、明らかに関西圏ですよね。

もう一つ、名古屋弁に関しては、中京圏に言葉の平準化が起きて、名古屋弁が標準的でありながら、本来の名古屋弁はもう話されていないという現状があります。
名古屋の河村市長が名古屋弁を話しているように聞こえますが、あんなのはもう普通には話されていません。
純粋の名古屋弁はもう花柳界にしか残っていないと言われていますね。

この境目に関する様々な事象はかなり面白いテーマではありますね。
ただ、印象的には色々な場面で、一種の平準化が起こってるような気はします。

投稿: mino | 2012年11月23日 (金) 04時19分

お味噌汁
赤だしも好きなんやけど、寿司屋で注文しないと食べれません。正月は、白だしのお雑煮があたりまえなんやけど、ふつうは合わせです(標準化?)。
名古屋にいけば、味噌カツが楽しみなんやけど、嫁は味が濃すぎるとかいいよる(嫁は大阪純産で、おいらの味の好みには、和歌山産の影響があるかもね^^)

ことば、あるいは言文一致問題
話し言葉は、関西に来た人は、関西訛りの標準語を話す方が多く、関西から出た人も微妙な言葉使い(tera2さんとか)。
でも、文章は標準語で書く感じがします。近代文学の宿題を思ったりもします^^

>名古屋の河村市長が名古屋弁を話しているように聞こえますが、あんなのはもう普通には話されていません。

そうなんや。でも名古屋に行くと、みんな河村市長みたいに話してるように聞こえるんや^^河村市長のイメージが大きくてそう聞こえるやろね。
河村市長、選挙がんばれ~

投稿: tera | 2012年11月24日 (土) 06時24分

微妙な言葉使い>かって、tera氏の高校時代の友人のizi氏に変な関西弁を使うと言ってからかわれました。
現在でも関西訛りのある岐阜弁という、中途半端な状態に陥っています^^;

河村市長、選挙がんばれ~>河村も大村(知事)もあまり好きではありません^^いったい、何やってんだか?と思います。

ところで大阪での橋下さんの人気は相変わらずなんですか?

投稿: mino | 2012年11月24日 (土) 17時55分

言葉使い
いえいえ、これは関西弁だけでもOKと考えてる関西人の傲慢な書き方やな(といいつつ、全然反省してないところも^^)
関西弁といっても京言葉は明らかに違うし、大阪でも市内と河内と泉州では違う。
おいらも泉州の南の方の言葉(やイントネーション)が混じってるようで、嫁に「変な関西弁」といじめられてます^^;

河村市長
そうなんや、中京圏の方はみんな河村さん支持で、「河村市長だぎゃあ」と言ってると思ってたました^^

橋下さん
う~ん。どうなんやろ。おいらは、「文化」とか文化財とかに吝い政治家は、もうそれだけで論外で、客観的な評価ができないんや。
でも、橋下さんのこの間の言動をニュースで見る限りでは、なんか痛々しい感じがしてね、少し応援しようかなとも

投稿: tera | 2012年11月25日 (日) 05時16分

大阪でも市内と河内と泉州では違う>「変な関西弁」といじめられてます>はは、^^これって私の父母にもあった話で、母は良く父は時々変な言葉を使う、ってからかってました。父は大垣出身で、どうやら岐阜の人間にとって大垣の人の言葉が少し異なって聞こえているようようでした。私たちにはもう分からない範疇で、今でもそうなのかは分かりません。
 
河村市長
いえ、やはり地元名古屋では人気があります。しかし、隣の県から見てると政治家としてはどうかなあ、と感じているんです。

橋下さん
維新には期待していましたし、週刊朝日等の問題では彼を応援していましたよ。
ただ、最近ブレが目立つようになってきて、特に外交安保では彼は余り知らないんではないかと疑い始めてるんです。
今回は、政権というのでは無くて、橋下さんも含めて政治家としての力量を蓄積するための選挙にしたら良いのかなと思ってるんです。

投稿: mino | 2012年11月25日 (日) 06時03分

うどん>
関西出身者は「数千円する東京のうどんより関西の立ち食いうどんの方がはるかにうまい」と口を揃えて言ってます。独断的な考えですが、「江戸」以外の東京人は味音痴が多く、そのせいで東京の食文化は貧困なのだと思っています。地方出身者には仕方なく料理を覚える人が多く、私もその一人です。

赤味噌>
こちらでは十年ほど前まで赤味噌を手に入れるのが困難で、実家から送ってもらっていました。赤味噌は豚汁にあうんです。

言葉使い>
方言学者が東西のアクセントの境界は関ヶ原付近だと言っていましたし、慣習も関ヶ原でわかれると読んだ記憶があります。昔、「探偵ナイトスクープ」が「あほばか地図」というのを作成したことがあり、関ヶ原が境目だったように記憶しています。

名古屋弁>
これはまさにminoさんのおっしゃる通りで、名古屋に住んでいた時、クラスで「名古屋弁」を話せたのは教師と岐阜からの転校生だけでした。神奈川から転校して行った私は何の違和感を感じることもなく会話ができました。
こちらでは言葉遣いではなくアクセントで感じるので、愛知・岐阜は完全に「東」で三重は「西」ということになります。

大阪でも市内と河内と泉州では違う>
南河内で暮らしていた子供の頃、自分のことを「わい」と呼んでいた記憶があります。今では関西弁内部の違いはほとんどわからないのですが、これは私も含め、他地方の人が東京方言を区別できないのと同じでしょうね。「うざい」なども元々は山の手の下品な言葉だったのですが。

投稿: ddol | 2012年11月26日 (月) 21時48分

子供の頃、自分のことを「わい」と呼んでいた記憶があります>これ、チョッと想像してしまって、吹きました。
ご免なさい^^;

東西文化の境目が関ヶ原と言う話は昔から良く聞きますね。
実際に私たちも滋賀県に入ると、関西の臭い、風味と言うか、それを体感します。

地方出身者には仕方なく料理を覚える人が多く、私もその一人です>ddolさんは料理が得意なんですか?初耳です^^

投稿: mino | 2012年11月27日 (火) 17時36分

minoさん
>これって私の父母にもあった話で

言葉の話はつきないね^^
幼いころに和歌山の親の実家にいたことがあるからか、和歌山弁を聞くと、とても懐かしい感じがします。
でも、「純粋大阪」を名のる嫁がなあ、大阪弁もどきやというんや。いずこもおなじやね^^;

ddolさん、minoさん
ddolさんが、「わい」っていってたとわね^^
大阪河内に移ってきたのは小学校入学前後なんやけど、一番印象に残ってるのは「おんどれ~」(河内)と「おんしゃ」(和歌山)。子供のけんかでも、通じないです^^;

ddolさん
>赤味噌は豚汁にあうんです。
そうなんや。赤味噌の具は、魚貝類しか食べたことないわ。

>言葉遣いではなくアクセントで感じるので、愛知・岐阜は完全に「東」で三重は「西」ということになります。

伊勢のうどんは、関西のうどんと同じく腰が柔らかいんやけど、出汁は黒すぎて、ええ~というイメージが。
伊勢と関東とのつながりを思い、納得してたんやけどね。

投稿: tera | 2012年11月28日 (水) 06時24分

料理が得意なんですか>
実は料理を作るのは嫌いなんです。外で食べられる所がほとんどなかったため、必要に迫られて作るようになりました。体験的に、我々の年代の地方出身者は7〜8割が自炊時代を経ています。こちらの一般食堂がまずいということのあらわれです(関東の天津飯はあんがケチャップです)。

和歌山弁>
学生時代和歌山の人が二人いて、「〜しちゃある」を連発して周囲からバカにされていました。「〜してはる」の縮約形だと思うのですが、敬意はこめられていませんでした。

伊勢と関東とのつながりを思い、納得してたんやけどね。>
言われてみればそうなんですが、こちらでは三重の人は関西弁の話者として遇しています。

投稿: ddol | 2012年11月28日 (水) 21時13分

ddolさん こちらでは三重の人は関西弁の話者として遇しています。>このあたりは東海地方の住人としては微妙なんです。
名古屋では関西ローカルのTV番組を見ることが出きるんですが、そこの比較で関西弁の話者とは看做せないんです。

ひとつ、面白い資料を見つけました。お餅文化の話なんですが・・

ttp://www.konishi.co.jp/html/fujiyama/zouni/zouni/index.html

岐阜では四角餅を煮てお雑煮とします。
関西へ行ってビックリしたのは丸餅が普通だったことでした。白味噌と同じぐらいのショック度でしたね。


teraさん、「純粋大阪」と言っても和泉、摂津、河内とありますので、対和歌山でまとまって「純粋大阪」なんでしょうね^^。

投稿: mino | 2012年11月28日 (水) 22時18分

このあたりは東海地方の住人としては微妙なんです。>
そうなんですか。ただ、むかし三重出身の人に尋ねると、言葉は関西弁だけど関西人ではないと返され、みんなで驚いたことがありました。その人たちがなぜそう答えたのかはわかりませんが、関東人はまともに関西弁と接する機会ないので関西弁だと思い込んでいるのかも知れません。

「日本のお正月」はいろいろまとめてくれているようなので、時間を作ってちゃんと読んでみたいと思います。

関西へ行ってビックリしたのは丸餅が普通だったことでした。>
私は逆で、東の角餅には慣れることができず、結局餅を食べなくなってしまいました。
それから関東は白ネギで、東京に出てきた当初、知らずに白い部分を捨てていました。ネギはさすがに慣れましたが、今でも関西の青ネギが懐かしいです。

投稿: ddol | 2012年12月 2日 (日) 21時35分

minoさん、ddolさん
>関西へ行ってビックリしたのは丸餅が普通だったことでした。>
>私は逆で、東の角餅には慣れることができず、結局餅を食べなくなってしまいました。

う~ん、そうなんや。違いがあるとは
正月のお雑煮は、白味噌・丸餅が1日目、次の日はおすましに四角餅が全国標準やと思ってたわ^^;

ddolさん
>それから関東は白ネギで
これもびっくりで、おいらは青ネギ派で、嫁は白ネギ派。好みはあるけれど、どちらも普通に食べてるで。

minoさん
>「純粋大阪」と言っても和泉、摂津、河内とありますので、対和歌山でまとまって「純粋大阪」なんでしょうね^^
「大阪弁原理主義者」のは、河内弁を馬鹿にしてます。それに和泉は和歌山と同じ言葉と断定します。お互い使う言葉でも意味がわからない単語がときたまあります^^;

名古屋弁(岐阜弁?)で印象に残ってる小説は、岩井三四二さんの「村を助くは誰ぞ」(講談社文庫)。
尾張中島郡の土豪が主人公で、織田信秀と斉藤道三の争いの中で、どちらに味方するか右往左往する話なんやけど、全面名古屋弁(岐阜弁?)。
岩井三四二さんは岐阜出身で、長良高校とのことです。

投稿: tera | 2012年12月 3日 (月) 06時45分

ddolさん<関東人はまともに関西弁と接する機会ないので関西弁だと思い込んでいるのかも知れません。>昔、八王子の人に私の言葉を関西弁と言われたことあります。

ネギ>これは、そんなのに区別があったのかと思うぐらいです。

teraさん 全面名古屋弁>これは興味ありますね。
多分笑ってしまうと思います^^

長良高校出身というのも興味深々です。

中島郡というのは、美濃、尾張両方にまたがっていて墨俣への通り道になりますね。

投稿: | 2012年12月 3日 (月) 16時48分

上のコメント、minoが書きました。

投稿: mino | 2012年12月 3日 (月) 16時51分

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