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2012年12月

2012年12月31日 (月)

二見浦、鳥羽を観光、その後伊勢湾フェリーで伊良湖へ(6) - 伊勢湾フェリーで伊良湖へ

 

  二見浦から鳥羽城跡を回り、最後は伊勢湾フェリーで対岸の渥美半島伊良湖へ海を渡る55分の船旅を楽しんでみました。

鳥羽から豊橋までは豊橋鉄道の「豊橋・鳥羽割引きっぷ」2000円(子供1000円)を利用しました。

鳥羽では伊勢湾フェリーの切符売り場で購入することができます。

ちなみに伊勢湾フェリーの旅客運賃は片道1500円です。

車や自動二輪、自転車等の運賃は伊勢湾フェリーのホームページで

この切符は伊勢湾フェリー1乗車分と豊橋鉄道の新豊橋~三河田原間の渥美線、豊橋駅前~伊良湖岬間のバス路線(豊橋鉄道のバス)が利用対象となります。

伊良湖岬からのバスは16時以後は豊橋駅前まの直通は無くなるので、三河田原駅で鉄道線の渥美線電車に乗り換えて新豊橋駅まで行くことになります。

 

  三の丸広場から南にトンネルをくぐり終えたあたりで見える伊勢湾フェリー乗り場。

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  中之郷駅国道42号線沿いから。

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  駅南にある踏切から。

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  国道42号線を海側から。

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  鳥羽水族館前バス停から旧鳥羽小学校。

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  鳥羽水族館の本体は中之郷駅とバス停から少し北にあります。

  フェリー乗り場は見えている信号を右に曲がります。

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  フェリーターミナルビル前から鳥羽城跡の旧鳥羽小学校。

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  フェリー乗り場のゲート。

  左右の外側が喫煙コーナーとなっています。

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  喫煙コーナーから。フェリーが到着しました。

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  そして出港。

  右手に坂手島を見ながら北側に回りこみ東に向かいます。

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  途中で伊良湖発のフェリーとすれ違います。

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  西日の中去って行くフェリー。

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  やがて神島が見えてきます。

  鳥羽市に属しますが距離的には伊良湖に近い。

  三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台となったことで知られています。

  「潮騒」の映画化は現在まで5回を数えますが、我々の年代は何と言っても吉永小百合の「潮騒」(第2作)でしょうか。

  それでも見ることができる年齢には達していなかったので(多分親同伴で無いと駄目)観ていません。

  山口百恵が第4作、第5作が堀ちえみですね。

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  やがて伊良湖岬が見えてきました。

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  防波堤に囲まれた伊良湖港に入ります。

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  伊良湖での下船は車と一緒です。

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  伊勢湾フェリーは3隻で運航しています。

  この日は平日でしたので2隻での運用。

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  道の駅と同居のターミナル。

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  乗船してきたフェリーが鳥羽へ出港して行きました。

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  寂しいバス停。

  乗客は私一人でした。

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  数分遅れで渥美病院前行きバスがやって来ました。

  豊橋鉄道渥美線の三河田原駅前で下車して電車に乗り換えます。

  ここでカメラを収めました。

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  撮影 2012/12/20

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2012年12月30日 (日)

二見浦、鳥羽を観光、その後伊勢湾フェリーで伊良湖へ(5) - 鳥羽城跡

 

  二見浦から快速「みえ」で鳥羽には12時半頃に到着、まずは鳥羽城跡に向かいました。

以前に鳥羽を訪れたのは2010年の3月11日で、その時は鈴鹿市の神戸(かんべ)城跡から津城跡を回った後で、津駅を快速「みえ」で鳥羽に向かったのがすでに15時30分頃でした。

鳥羽に到着したのが16時半過ぎで、春とは言え鳥羽城跡から下りてくる頃には真っ暗となり、19時台の最終の快速「みえ」で帰って来ました。

今回はお昼過ぎから15時10分発の伊勢湾フェリー出港まで約2時間半の間城跡でみっちり過ごしました。

と言っても、その時間の半分くらいは近鉄電車の写真を撮っていたのですが。

 

  鳥羽城は、中世には橘氏の居館がありましたが、1594年にその跡地に九鬼嘉隆が築城しました。

子の守隆の時に、関が原の戦いで東軍に属して功をなし、戦後、本領安堵となり、ここに鳥羽藩が成立しました。

父の嘉隆は西軍に与し、守隆の功で助命されたものの、その報を得る前に嘉隆は自害してしまうといこともありました。

守隆の死後、九鬼家内で跡目争いが起き、その結果、五男の久隆が跡目を継いで摂津国三田へ転封されてしまいます。

これによって織田信長の時代から織田水軍を担ってきた九鬼家は、嘉隆以来の本拠を失い、もはや水軍とは何の縁も無い三田の藩主として明治まで過ごしました。

またこの跡目争いの一方の当事者である隆季は丹波国綾部藩に移封され、同じように明治まで続きました。

 

  JR鳥羽駅前にある金刀比羅神社の鳥居。

  山の上にある金刀比羅宮鳥羽分社の鳥居です。

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  図はいつもの「余湖くんのお城のページ」から引用。

Tobatyo

 

  北側の登り口から登ります。

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  一段目の平地(ひらち)からミキモト真珠島。

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  階段から下に先の平地を。

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  その上の平地から。

  近鉄特急賢島行き。

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  同じく賢島行き普通と鳥羽駅に向かう特急伊勢志摩ライナー。

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  二段目の平地から本丸へ。

  二段目にはトイレがあります。

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  地上の三の丸広場の頭上にある石垣。

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  その石垣を下に望みながら本丸へ。

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  石垣を上から。

  三の丸広場へ下りる事ができる階段が整備されています。

  三の丸広場というのは便宜上名付けられているだけと聞いています。

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  本丸の石垣。

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  本丸の石垣。

  本丸跡は旧鳥羽小学校の校庭として利用されていたので、その名残として金網が残っています。

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  本丸跡。

  以前とほとんど変わっていません。

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  登って来た方向には海が見えます。

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  天守跡地の案内。

  以前とは異なる場所が跡地として紹介されていました。

  後は井戸の跡が判明したようで、「井戸場所」の案内板がありました。

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  登って来た道とは反対の南側に下ります。

  石垣下を右へ行くと先ほどの本丸への登り口に戻ります。

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  旧鳥羽小学校校舎。

  昭和4年の建築で登録有形文化財(建築物)。

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  旧鳥羽小学校校門。

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  本丸の石垣下を北に戻ります。

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  伊勢湾フェリーの出港。

  伊良湖までは55分。

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  三の丸広場に下りて来ました。

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  近鉄線、国道42号線を挟んで反対側には鳥羽水族館があります。

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  このあたり、海側に行く手立てが無く、トンネルの向こう側の中之郷駅まで歩いて行きます。

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  中之郷駅の山側。

  ここで初めて駅の自由通路か踏み切りで海側に行くことができます。

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  中之郷駅を海側の国道42号線沿いの南側から。

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  撮影 2012/12/20

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2012年12月28日 (金)

二見浦、鳥羽を観光、その後伊勢湾フェリーで伊良湖へ(4) - 二見浦駅から鳥羽駅へ

 

  二見浦駅(ふたみのうら えき)から12時18分発の快速「みえ5号」で鳥羽へ向かいました。

鳥羽発名古屋行きの対向車の快速「みえ12号」とは二見浦駅を同時に出発です。

二見浦~鳥羽間の所要は8分。

鳥羽では鳥羽城跡の三の丸広場が整備されて以後、変化が無いのか、特に本丸が何らかの整備がされているのかを確かめに行きました。

前回は津城跡を訪れてからの訪問でしたので、鳥羽ではすぐに真っ暗になってしまい、余りじっくりとは回れ切れませんでした。

 

  鳥羽城跡を訪れた後は、15時過ぎの伊勢湾フェリーで伊良湖へ渡りました。

  伊勢湾フェリー鳥羽~伊良湖間の所要は55分です。

  そして、伊良湖からバスで豊橋鉄道の三河田原駅まで行き、ここで豊橋鉄道に乗り換えて新豊橋駅へ、新豊橋駅からJRの豊橋駅で快速電車に乗り換えて、後は岐阜駅まで一直線で帰りました。

 

  鳥羽発名古屋行き快速「みえ12号」キハ75形4両編成。

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  鳥羽行き快速「みえ5号」に乗り込みホーム反対側の名古屋行き。

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  途中、海が見える車窓風景。

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  鳥羽駅に到着。

  右のホームは近鉄線。

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  0番線ホームの伊勢市行き普通キハ11。

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  JRの鳥羽駅駅舎。

  2階に近鉄との連絡通路があります。自由通路なので海側に行く事もできます。

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  近鉄鳥羽駅の橋上駅舎。

  JRの改札は地上にありますが、近鉄の改札は2階にあります。

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  JR鳥羽駅駅前。

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  撮影 2012/12/20

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2012年12月26日 (水)

二見浦、鳥羽を観光、その後伊勢湾フェリーで伊良湖へ(3) - 二見浦にて(2) 二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)と夫婦岩

 

  旅行をする上では何らかの対象を目的に、それが観光地であろうとお城や神社仏閣であろうと、出かけることになります。

で、現地へ行ってその目的は一応達成されますが、その後に、こうした記事を書く段になると、下調べをした以上に様々なことを調べる必要が生じます。

この過程で、今まで知らなかった知識を得たり、発見した事実に驚いたりもして、旅行そのものだけでなく旅行の前後の過程にもその楽しさを感じ、ある意味3倍の醍醐味をを味わうことになり、これが少々ではやめられない楽しさとなっています。

 

  余談はさて置き、私が二見浦の夫婦岩を訪れたときには、夫婦岩は海面が満々の中にありました。

しかし、他の夫婦岩の写真などを検索して みると、必ずしもそうでは無いようですね。

それから、帰ってから夫婦岩の写真を見てみると、いい写真など一枚も無くて、単に写したというだけで、少しガッカリしている次第です。

 

  参道を突き当たって左に鳥居があります。

  突き当りには食堂があり、帰り際にそこで「伊勢うどん」を頂きました。

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  鳥居から海岸に沿って右手の方向に。

  鳥居や狛犬、どれもまだ新しい雰囲気です。

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  夫婦岩。小さくしてしまいました。

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  こちらが神社の拝殿です。

  二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)は興玉社(おきたましゃ)と三宮神社(さんぐうじんじゃ)を1910年に合祀したのが始まりで、現名の神社は結構新しい。

  ただ、興玉社(おきたましゃ)は前身の興玉神石の遙拝所が夫婦岩とともにさかのぼること「古来」、ということです。

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  拝殿横を裏に回り込みます。

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  祭神は猿田彦大神と宇迦御魂大神。

  二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)は祭神・猿田彦大神縁の興玉神石を拝する神社ということです(Wikiより)。

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  本殿はあるんですね。

  このあたりは大神(おおみわ)神社とは異なります。

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  夫婦岩。

  夫婦岩は日の大神(天照大神)と興玉神石を拝むための鳥居の役目を果たしている、とWikiにはあります。

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  さて、「伊勢うどん」を食堂で頂いてから、参道を北に向けて駅に帰ります。

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  南北の参道から駅のある西に曲がります。

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  家々の玄関にはこんな注連縄・玄間飾りが多く見られました。

  伊勢地方独特なものらしいです。

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  二見浦(ふたみのうら)駅発12時ちょうどの鳥羽行き普通キハ11。

  当初から12時18分発の鳥羽行き快速「みえ5号」を予定していたのですが、結果としてこの普通に乗り損ねた感じになってしまいました。

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  鳥羽発名古屋行き快速「みえ12号」キハ75形が到着。

  鳥羽行き「みえ5号」も同時刻発です。

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  撮影 2012/12/20

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2012年12月25日 (火)

二見浦、鳥羽を観光、その後伊勢湾フェリーで伊良湖へ(2) - 二見浦にて(1)

 

  かなりの頻度で伊勢志摩を訪れていながら、どういう訳か古典的な観光地として有名な二見浦の夫婦岩だけは未訪問で、さすがに今回は意を決して二見浦(ふたみのうら)駅に降り立ちました。

観光地の盛衰は、時代ごとの人々の興味の推移や移動手段の多様化で、劇的に変化を遂げて来ましたが、特に古典的観光地と言われる地域は新しい付加価値を生み出さない限り、衰退は必定となります。

 

  東海地方に限りますと、愛知県の三河湾沿いの温泉街はすべからく衰退して、その地域での輸送を担っていた名鉄蒲郡線は廃止の危機にあります。

かっての蒲郡線は特急パノラマカーの走る花形路線でしたが、現在は見る影もありません。

 

  私が各地を旅行してみて印象的だったのは信州上田市の別所温泉の生き方でした。

当地の北向観音のベンチで土地の老人とお話をする機会がありましたが、昔の日本の温泉街が皆そうであったように、別所温泉もいわゆる芸者を上げて遊ぶ歓楽街として賑わったそうです。

この歓楽街としての温泉町からの脱皮が可能となったのは上田市との合併がきっかけでした。

上田市は別所温泉も含めて周辺の文化財の豊富さに目を付けて、塩田平から別所温泉にかけての一帯を「信州の鎌倉」として全国に売り出しました。

信州の鎌倉としたのは、鎌倉時代に北條氏の一族である北條義政が塩田庄に居を構えて北條氏滅亡までの三代57年間当地を治めたことに由来しています。

この老人は、階段を上って来る若い女性のグループを見て、昔は若い女性の来るような場所では無かった、上田市の観光政策は正解だったと述懐されていました。

 

  ただ、上田市のケースはかなり稀有であって、上田駅には新幹線が来ており、さらに別所温泉までの上田電鉄の存在、上田城、国宝安楽寺八角三重塔をはじめとする幾つもの塔や神社仏閣等の文化財の豊富さ、信州の他の観光地との連携が可能だった事等で、他の地域がこれを完全に倣うというのには無理があろうというものです。

それでも少なからず参考にはなると思います。

他にも尾道市の例とか熊本市の例とか、参考になるケースは全国にまだまだ多くあります。

 

  地元の話に戻ると、名鉄広見線の存廃も気になっています。

その事については、いずれ又書きたいと思っていますが、一言だけ言えば、一度廃止されてしまえばその時点で全て終ってしまうということです。

 

  二見浦(ふたみのうら)駅前の様子。

  駅名は「ふたみのうら」と呼称しますが、観光地名は「ふたみがうら」が一般的のようです。

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  駅から夫婦岩のある二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)までの行き方は至ってシンプルです。

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  駅前には、すぐに国道42号線との交差点があります。

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  交差点の向こう側には「夫婦岩表参道」とあります。

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  駅と国道42号線との距離はこんな感じ。

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  参道沿いにはお伊勢さんの名物のお店が幾つもあります。

  手前が御福餅本家。御福餅は元々は二見なんですね。

  赤福二見支店が向こうに見えます。

 

  二見浦は伊勢神宮とは密接な場所で、「古来、伊勢神宮に参拝する者は、その前に二見浦で禊を行うのが慣わしであった(二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)のホームページより)」ということです。

  また、伊勢神宮でのお供えや清めに使う御塩を神宮「御塩浜」(二見浦から2kmぐらいの場所にある)で作られています。

  こちらのブログさんで、写真付きですので参考にして下さい。

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  朝日館別館。左隣りにコンクリート作りの本館があります。

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  参道はけっこう長いので裏手の海岸に出てみました。

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  北の方向。

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  南の方向。夫婦岩が小さく見えます。

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  再び参道に戻り、駅方向の北を振り返って。

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  夫婦岩の南の方は松並木の参道になっています。

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  松並木の前にある賓日館(ひんじつかん)。

  明治20年(1887年)に伊勢神宮への賓客の休憩や宿泊施設として建てられました。

  歴史的宿泊施設として国指定重要文化財。

  入館料は大人300円 小人(小、中、高)150円。

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  撮影 2012/12/20

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2012年12月24日 (月)

二見浦、鳥羽を観光、その後伊勢湾フェリーで伊良湖へ(1) - 伊勢鉄道と快速「みえ」で二見浦(ふたみのうら)駅へ

 

  久し振りに三重県の鳥羽方面へ観光に行ってきました。

目的は三つで、一つ目はその後の鳥羽城跡、二つ目があんなに有名な二見浦(ふたみがうら)の夫婦岩をまだ見たことが無かったので二見浦へ、そして最後に帰りは伊勢湾フェリーで対岸の伊良湖へ渡って豊橋経由で岐阜まで帰ってくるというものです。

結論から言いいますと、鳥羽城跡は以前となんら変化が無く、唯一、本丸の天守跡の推定地の場所が移動していたぐらいです。

 

  朝早くに岐阜駅を出発して、名古屋駅から亀山行き普通に飛び乗って四日市まで。

この時点でまだ名古屋発の快速「みえ1号」が追い付いてきていないので、四日市から伊勢鉄道の列車で津まで行くことにしました。

その列車が途中で「みえ」に追い抜かれることは無いとは思いましたが、念のため運転手さんに聞いてみたところ、伊勢鉄道の時刻表で確認して頂いただけでなく、親切にもついでにその時刻表も頂きました。

運転手さん本当にありがとう御座いました。

ということで、津からは数分の待ち合わせで快速「みえ1号」に乗り換え、二見浦駅(ふたみのうらえき 駅名は「ふたみのうら」)まで乗車。

 

  四日市駅 切り欠きの3番線が伊勢鉄道の発着番線。

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  伊勢鉄道の気動車車内。

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  南四日市駅にて。

  新宮発名古屋行き特急「ワイドビュー南紀2号」 キハ85系の後部。

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  河原田駅の手前、四日市の工業地帯を望んで。

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  伊勢鉄道河原田駅にて。

  JRの河原田駅は地上にあり、跨線橋で両ホームは連絡しています。

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  地上に見えるのが亀山方面とのJR関西本線。

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  鈴鹿サーキット稲生(いのう)駅にて対向車と。

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  津駅の一つ手前の東一身田(ひがしいしんでん)駅にて。

  ここから西方向(少し斜め北)に約1kmの距離には真宗高田派本山専修寺(せんじゅじ)があります。

  そして、さらに少しの距離に紀勢本線一身田(いしんでん)駅。

  逆に東一身田駅から東方向(少し斜め南)に500m~600mの距離に近鉄高田本山駅があります。

  専修寺と3つの駅は以前に記事にしました。

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  津駅の1番線に到着。

  伊勢鉄道区間内の河原田~津間の運賃は490円。

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  JR線の西隣には近鉄の津駅があります。

  手前は特急車両を改造した団体専用の「クラブツーリズム」専用列車「かぎろひ」。

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  津駅で快速「みえ1号」に数分の待ち合わせで乗り継ぎする予定が、列車が数分遅れているとアナウンス。

  そのうちに反対側から亀山行きの普通キハ11が到着しました。

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  3分ぐらいの遅延で鳥羽行き快速「みえ1号」キハ75形 4両編成が到着。

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  伊勢平野を快調に飛ばします。

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  多気駅で紀勢線から分岐して参宮線に入ります。

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  最近は快速「みえ」も4両編成が普通になりました(2011年春からは定期列車はすべて4両編成となりました)。

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  二見浦(ふたみのうら)駅にて。

  降車客は私も含めて2名。

  無人駅なので車掌さんが切符を回収します。私は青春18切符を提示。

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  二見浦駅(ふたみのうらえき)駅舎。

  駅前にはお店一つ無い寂しさ。

  参道を進むに連れて旅館、ホテル、お店が多くなっていきます。

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  撮影 2012/12/20

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2012年12月22日 (土)

初冬の京都 嵯峨野を散策(5) - トロッコ嵐山駅から大河内山荘、竹林の道を経て野宮(ののみや)神社へ戻る

 

  常寂光寺の山門前から南に伸びる道を歩いて行くと右手に小倉池があり、その小倉池の南端の角にトロッコ嵐山駅があります。

この駅前から小倉池に沿った西奥には珍しい頭と髪の神社である御髪(みかみ)神社があります。

 

  トロッコ嵐山駅。

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  御髪(みかみ)神社。

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  トロッコ嵐山駅の横の道をさらに南に。

  緩い上り道になります。

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  後ろを振り返ったところ。

  左に御髪神社、右にトロッコ嵐山駅。

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  上からトロッコ嵐山駅がのぞめます。

  トロッコ列車が走る嵯峨野観光線は昔の山陰線の路線で、現在の山陰線はトンネルを直線的にぶち抜いて線路が敷かれています。

   昔は保津川を左右にぬう様に列車が走り、眺めの良い路線でしたが、その線路を利用して現在の観光用のトロッコ列車が運行されています。

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  やがて、大河内山荘の入口に。

  右の道がトロッコ嵐山駅から上って来た道です。

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  大河内山荘は大正、昭和の俳優であった大河内伝次郎が別荘として造営した庭園です。

  大河内伝次郎は1962年に亡くなっているので、映画自体は観た覚えがありません。

  しかし、当時の声帯模写(今の物まね)の芸人さんによる大河内伝次郎の物まねを随分と聴いた記憶があります。

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  山荘への入口。

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  この山荘の入口の前から東に竹林の道が伸びています。

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  鬱蒼と竹林が茂っており、昼なお暗いと言う表現がありますが、まさにそんな雰囲気です。

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  竹林を抜けると天龍寺の北門があります。

  天龍寺の北門がこんな所にあるとは知りませんでした。

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  野宮(ののみや)神社に戻って来ました。

  右の石垣が野宮神社の境内。

  来た道を振り返って。

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  野宮(ののみや)神社。

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  そして往路とは反対に小路から嵐山のメインストリートに。

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  天龍寺の山門の前の東に伸びる道を行くとJRの嵯峨嵐山駅です。

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  嵯峨嵐山駅と左手にトロッコ嵯峨駅。

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  京都行き電車の待ち時間の間にトロッコ列車が到着しました。

  牽引しているディーゼル機関車はDE-10形式の1104。

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  京都行き普通221系が到着。

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  山陰線ホーム31番線は特急「きのさき9号」福知山行き+綾部から東舞鶴行き特急「まいづる9号」併結の287系。

 

  こうして京都駅17時16分発の野洲行き新快速で野洲、米原、大垣乗継で岐阜に帰りました。

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  撮影 2012/12/14

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2012年12月21日 (金)

初冬の京都 嵯峨野を散策(4) - 落柿舎(らくししゃ)から二尊院、小倉池、トロッコ嵐山駅まで

 

  小倉山に抱かれた紅葉の名所である常寂光寺から、再び嵯峨野らしさを醸し出している畑の広がる道に戻り、畑の北側にある落柿舎(らくししゃ)を覗いてみました。

中には入らず、本当に覗くだけにして、そこそこに落柿舎を後にして、小倉山に沿うように北に延びている道を二尊院に向かいました。

 

  畑に沿って北に行く道から落柿舎(らくししゃ)を。

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  落柿舎の横には有智子(うちこ)内親王の陵墓があります。

  有智子内親王は嵯峨天皇の第八皇女(807年~847年)。

  Wikiによれば日本史上数少ない女性漢詩人の一人とあります。

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  畑の西側の南北の道。

  この道を右手(北)に行くと二尊院があります。

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  本当に覗いただけの落柿舎(らくししゃ)。

  落柿舎は俳人松尾芭蕉の弟子の向井去来が別荘としていた草庵です。

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  先ほどの道を北に歩いて二尊院へ向かいます。

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  途中、道の右側には向井去来のお墓があります。

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  墓地の中の小さな去来のお墓。

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  さて、二尊院。

  けっこう大きそうですね。

  拝観するには少し時間が無いという事で引き返しました。

  この先、さらに祇王寺や化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)等があります。

  今回はここまでとしました。

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  写している背中の方、こちらに東に道路が延びていますが、その先には清涼寺があります。

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  さて、同じ道を取って返して、もう一度常寂光寺の門前まで戻ります。

  常寂光寺の山門前の参道。

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  山門を左手(南)の方向に向かいます。

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  やがて右側に小倉池が見えてきます。

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  池の南の果てで道が交差していて、その左向こうにトロッコ嵐山駅があります。

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  撮影 2012/12/14

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2012年12月20日 (木)

初冬の京都 嵯峨野を散策(3) - 常寂光寺(じょうじゃっこうじ)

 

  常寂光寺に続く道の北側に広がる畑は景観保存のために残してあるんでしょうね。

この畑の北側には松尾芭蕉の高弟の一人である向井去来(むかい きょらい)の別荘であった落柿舎(らくししゃ)があります。

落柿舎は嵯峨野の見所の一つでもあります。

今日の記事の常寂光寺の背後の山は小倉山で、常寂光寺の境内は小倉山の中腹斜面にあります。

北隣にある二尊院も小倉山の麓に抱かれた形で建てられています。

 

  この頃になると日はかげってきて、余計に初冬らしい寒さが募ってきます。

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  畑の北側に見える落柿舎(らくししゃ)。

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  少し奥に歩きます。

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  山門。拝観料は400円でした。

  門前の道を左に取ると小倉池からトロッコ嵐山駅、大河内山荘に至ります。

  帰りはこの道を歩いて竹林の道を経て先の野宮神社(ののみやじんじゃ)に戻るというコースを取りました。

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  季節には全山が紅葉に覆われます。

  以前訪れたときはちょうど紅葉真っ盛りの時期でしたが、どういう訳か入山しなかったんですね。

 

  藁葺きの素朴な仁王門です。

  南北朝時代に本圀寺の南門として建てられ、1616年に現在地に移築されたそうです。

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  本堂。

  桃山城の客殿を慶長年間に移築。

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  庭園。

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  重要文化財の多宝塔あたりからは嵯峨野が一望できます。

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  帰りは仁王門からの直線の階段を下りるのではなくて、北からの緩い階段を遠回りして下りました。

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  仁王門の横に下ります。

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  仁王門から山門と拝観受付。

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  外に出て、北にある二尊院へ向かいます。

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  撮影 2012/12/14

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2012年12月19日 (水)

初冬の京都 嵯峨野を散策(2) - 野宮(ののみや)神社から常寂光寺へ

 

  初冬の京都、しかも平日でしたので人出はどうなのかな?と思いつつ嵐山から嵯峨野を歩きましたが、さすがに人気の観光地らしく、外国人(特に台湾の人が多かった)も含めて多くの人々が訪れていました。

 

  さて、渡月橋から北に伸びるメインストリートから下の写真のような案内がある角を左に折れます。

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  こんな細い道です。振り返ったところ。

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  途中で右に一回曲がると野宮(ののみや)神社があります。

  どこで曲がったのかを覚えていないので、下の3枚の写真は時系列的には正しい並び方をしていますが・・・。

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  野宮(ののみや)神社の鳥居は黒木鳥居といい、木の皮を剥かない最古の様式。

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  神社の角を左に折れると天龍寺北門から竹林の小道を経て大河内山荘、トロッコ嵐山駅に至ります。

  真っ直ぐ野宮神社の前を進むと山陰線の踏み切りに。

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  渡っている最中に踏み切りの警報機が鳴りだしました。

  京都方面からの特急「きのさき5号」城崎温泉行き287系。

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  踏み切りを渡り終えて。

  ちょうど人が途切れていますが、踏み切りを渡り終えていない人が後ろからたくさん・・。

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  突き当たって左へ行きます。

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  先ほどの突き当りからはどちらかというと斜めに北西に道を進みます。

  途中、四つ辻もありますが、案内板が無いのでそちらへは行かず、この案内板で左に。

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  ここへ来ると嵯峨野!!という雰囲気です。

  畑がなかなか効いています。

  真っ直ぐ行くと常寂光寺です。

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  撮影 2012/12/14

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2012年12月18日 (火)

初冬の京都 嵯峨野を散策(1) - 嵐山から嵯峨野へ

 

  天気は下り坂になると言う予報のもと、それも仕方無しと京都に向けて岐阜駅を9時半過ぎに出発しました。

冬の青春18切符を大垣駅で買い求めて(岐阜駅の「きっぷうりば」は混んでいた)、米原で乗り継いで京都駅には11時台の後半に到着しました。

そして、まずは駅前で腹ごしらえ。

食事を済ませて後、京都駅山陰線ホームから普通電車 に乗車して山陰線の嵯峨嵐山駅まで行き、そこから嵐山から嵯峨野にかけての散策に出発です。

 

  今回散策したのは嵯峨野の中でも西寄りのコースで、野宮(ののみや)神社から常寂光寺、落柿舎(らくししゃ)、二尊院、二尊院から常寂光寺に戻り南へ歩いてトロッコ嵐山駅を経て大河内山荘、そして竹林の小道から天龍寺北門を経て再び野宮神社へと戻るコースです。

 

  京都駅山陰線ホーム32番線普通園部行き221系。

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  嵯峨嵐山駅で下車。

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  嵯峨嵐山駅前。

  左の茶色っぽい建物はトロッコ嵯峨駅です。

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  駅前通りを南に歩いて一本目の道を右に折れると、嵐山のメインストリートに面した天龍寺門前に出ることができます。

  私はまず桂川を見たいと思い、そのまま南に歩きました。

  途中、嵐電嵯峨駅の横の踏み切りを渡ります。

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  桂川に出ました。

  ここから川に沿って渡月橋の北詰交差点へ。

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  渡月橋の北の交差点から北にさらに伸びる嵐山のメインストリート。

  ず~っと奥まで行くと嵯峨釈迦堂といわれる清涼寺があり、さらにその北東に大覚寺があります。

  清涼寺西からの道を西へ歩くと二尊院があります。

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  途中、道路の左側に美空ひばり座。

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  さらに右に嵐電嵐山駅。

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  左に天龍寺。

  車はここから入ります。中に駐車場があります。

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  やがて、標識がありますので、左手に曲がります。

  細い路地です。

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  撮影 2012/12/14

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2012年12月15日 (土)

半田市(愛知県)を散策(5) - 半田赤レンガ建物と住吉神社

 

  知多半島中部の東に位置する半田市は、江戸時代から醸造業が盛んな土地で、現在でもミツカンを代表とする醸造業の会社が存続しています。

また、戦前には中島飛行機などの航空産業をはじめとした重工業が発展しました。

いったん空襲による被害を受けたものの、戦後には再び重工業地帯として発展を遂げ、現在にいたっています。

 

  さて、この日の最後に訪れたのは名鉄の住吉町駅の東にある半田赤レンガ建物です。

国盛「酒の文化館」から歩いて行くのが普通のコースですが、この時は少し足を痛めていて、取り敢えず知多半田駅まで引き返して、それでまだ足の調子に余裕があれば住吉町駅から歩いてみる、という事にしました。

結果的にはなんとか赤レンガ建物と住吉神社を訪れることができました。

 

  知多半田駅始発の普通金山行きの5000系。

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  住吉町駅の南、国道247号線の踏切から。

  この国道を東に200mぐらい歩いて行くと国道の北側に半田赤れんが建物があります。

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  国道沿いの東から赤レンガ建物。

 

  半田でビールの製造を最初に手がけたのは、前回の記事で述べた敷島製パン(東日本ではPasco)の創業者である盛田善平(ビール製造の方が早い)と四代目中埜又左衛門(ミツカンの四代目で初めてミツカンのロゴマークを考案、また中野から中埜に改姓)で、これが明治20年(1887年)のこと。

  そして明治29年(1896年)には東京のエビス、横浜のキリン、大阪のアサヒに対抗して丸三麦酒株式会社を設立、そしてドイツ人の技師を招きドイツ式の工場を建設しました。

  この時、ビールの銘柄を「カブトビール」と変更して、東海地方では最大のシェアを持っていました。

  この工場が現在に残る赤レンガ建物です。

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  東側から。

  半田赤レンガ建物は近代化産業遺産に認定され、登録有形文化財建造物に登録されています。

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  今度は西側へ。右手が国道。

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  やはり西側から。

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  赤レンガ建物の西側の道を北に進んで国道の方を振り返って。

  このまま北に行き、住吉神社の方に歩いていきます。

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  左側に池があり(宮池という)住吉神社の祭礼の「上半田ちんとろ祭り」では二艘の「ちんとろ船」が浮かべられます。

  これとは別に5年に一度行われる「はんだ山車まつり」は神事とは別のお祭りで、祭りの日には市内の山車が一堂に会します。

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  東側の鳥居から入ります。

  入水神社とありますが、現在は住吉神社と呼ばれています。

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  東側からは少し奥になります。

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  宮池と半田赤レンガ建物。

  宮池は神社の境内だそうです。

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  住吉神社社殿。

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  南側から出ました。

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  最後に興味のある方は読んでみてください。

  酒とお酢の歴史の話で武庫川女子大学の先生のお話です。

  リンクではなくわざとコピペにしてあります。

         http://www.mukogawa-u.ac.jp/lab/matsui_essay.htm

 

  住吉町駅にて。

  一度知多半田駅に行き、再び名古屋方面に帰りました。

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  知多半島は低い丘陵が続いています。

  昔から水利が悪く、戦後に愛知用水が作られ劇的に改善された歴史があります。

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  撮影 2012/12/07

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2012年12月13日 (木)

半田市(愛知県)を散策(4) - 小栗家住宅、国盛「酒の文化館」、中埜半六邸

 

  さて、今回の半田市の散策では、常にミツカンの創業者である中埜家関連の文化財や企業に触れることになりましたが、この中埜家に関わる半田市の実業界の人間関係を調べて見ると、なかなか面白い相関関係があります。

このネタ元は次のURLのブログですが、私自身は詳しく調べた訳では無いので、確かかどうかは保証の限りではありません。

 

  ここに出てくる5家は半田市の実業界にまつわる人々です。

その5家とは盛田久左衛門家、中野半左衛門家、中野又左衛門家、中埜半六家、小栗富治郎家。

詳しくは上のブログを参照してください(これも箇条書き程度なのでなかなか分かりにくく複雑です)。

 

  かいつまんで書きますと、盛田家は江戸期からの常滑の豪農で醸造業は1662年の創業(盛田 「ねのひ」)。

分家の盛田善平は現在の敷島製パン(東日本ではPascoのブランド名)の創業者(1920年)。

盛田家の家督は継ぎませんでしたが、SONY(ソニー)の創業者の一人である盛田昭夫は15代目。

中野半左衛門家は中野本家で、ここから分家したのが初代中野又左衛門(小栗家長男で中野家に養子)で、江戸での半熟れ(寿司)(後に握りずしとなる)の流行の兆しをいち早く看取して、従来の高価な米酢に代えるべく粕酢(かすず)の生産に着手しました。

これが後のミツカン酢の創業で1804年(文化元年)のことです。

中埜半六は六代目盛田久左衛門の次男で、現在に残る中埜半六邸は明治22年に本宅として建てられました。

初代小栗富治郎は「国盛」の中埜酒造の元になる酒造業を手がけています。

 

  こうして、半田にまつわる5家の話を上記のブログと企業のホームページ、Wiki等も参照にして箇条書きしましたが、それぞれが複雑な相関関係で結ばれており、複雑すぎて実際には私も全容が分からないという、そんな半田に縁のある5家のお話でした。

 

  前回の記事での写真を再びあげます。

  源兵衛橋から西に向かって、前に見える横断歩道を右(北)に渡ります。

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  左手の家が小栗家住宅。

  一階が「蔵のまち観光案内所」となっています。

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  さらに、北に進むと中埜半六邸があります。

  現在のところ、普段は非公開のようです。

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  そして、その先に中埜酒造「国盛」の「酒の文化館」。

  無料ですが電話での予約が必要です。という事でここも入る事はできず。

  蔵の横の路地を抜けると半田運河沿いの道に出ます。

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  運河とは反対の方には業葉神社。

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  その西隣にある知多四国第19番札所の光照院。

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  国盛「酒の文化館」の蔵横の路地を半田運河に出て振り返ったところ。

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  源兵衛橋の北のたもとから再び西に向かい、名鉄知多半田駅まで戻ります。

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  JR半田駅に向かう途中で東を振り返って。

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  JRの半田駅前。

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  名鉄知多半田駅に戻ってきましたが、この駅前から北方向に行くと旧中埜家住宅があります。

  残念ながら、この時点では完全に失念していて行くこと叶わず。

  来年は半田出身の童話作家である新美南吉(にいみ なんきち)生誕百年です。

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  知多半田駅にて。

  隣の住吉町駅に向かい、旧カブトビールの工場であった赤レンガの建物を見に行きます。

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  撮影 2012/12/07

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2012年12月11日 (火)

半田市(愛知県)を散策(3) - 博物館「酢の里」と半田運河

 

  JR武豊線半田駅の駅前の通りを東に歩いて行くと信号のある交差点があり、そこからさらに少し東に最初の目的地であるミツカンの博物館である「酢の里」があります。

この博物館は料金は無料ですが予約が必要ということで、今回は外から建物の様子を見るのが精一杯でした。

この後、半田運河に面して並んでいるミツカンの蔵等の建物群を見ながら、運河を西から東に渡って、北方向にある大通りの源兵衛橋まで散策しました。

 

  JR武豊線半田駅。

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  博物館「酢の里」の前から。

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  博物館「酢の里」入り口。

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  「酢の里」前から南側にある建物。

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  半田運河沿いの北方向に見える源兵衛橋。

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  半田運河の東側にも建物群があります。

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  こちらは運河の西側。

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  南側の橋の上から半田運河の北方向を望んで。

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  運河の東側の橋のたもとにある木製のベンチで休憩。

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  北に向かって。

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  源兵衛橋とミツカン本社ビル。

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  今、歩いてきた運河の東側。

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  道路のこの先、突き当たってすぐ左手に半田駅があります。

  前に見える横断歩道を右(北)へ。

  中埜半六邸や国盛「酒の文化館」があります。

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  撮影 2012/12/07

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2012年12月10日 (月)

半田市(愛知県)を散策(2) - JR武豊線半田駅

 

  名鉄の知多半田駅から東へ歩いて約500mでJR武豊線半田駅の南に突き当たります。

人と二輪車ぐらいしか通れない線路下のガードを向こう側へくぐると半田駅の駅前です。

 

  JR武豊線半田駅。南から。

  道路の先が低くなっていますが、線路下を東側に抜けます。

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  線路の東側から。

  半田駅に到着する武豊発大府行きキハ25形2両編成。

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  南から半田駅を。

  一昨日も書きましたが、半田駅の跨線橋はJRで現役最古(1910年 明治43年に完成)。

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  半田駅駅舎。

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  駅前の道をさらに東へ。

  ミツカン本社ビルが見えてきます。

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  撮影 2012/12/07

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2012年12月 8日 (土)

半田市(愛知県)を散策(1) - 名鉄で知多半田駅へ

 

  愛知県の半田市は知多半島中部の東側に位置し、ちょうど半島の反対の西側には常滑市と中部国際空港があります。

半田市の向かい側は衣浦(きぬうら)港(衣浦湾)を挟んで碧南市(へきなんし)で、知多半島が尾張であるのに対して碧南市は三河になります。

 

  この日訪れた半田市はお酢の町として有名で、ミツカングループの本社と工場があります。

ミツカンは1804年の創業で、初代が中野又左衛門、現在は7代目(中埜又左ェ門)となるそうです。

江戸の握りずしの大ブームは、初代が、高価な米酢に代えて粕酢(かすず)を積極的に江戸に売り込み、大量に供給できるようになったことが大きな一因となりました。

ミツカンって日本食の歴史に大きな足跡を残しているんですね。

 

  岐阜から半田市へのアクセスはJRと名鉄、どちらも可能です。

運賃はJRで岐阜~(名古屋)~半田間が1110円。名鉄で名鉄岐阜~(太田川)~知多半田が1130円です。

今回は気分で名鉄を選択しました。

 

  神宮前駅で中部国際空港方面への常滑線に乗り換え。

  神宮前駅にて。

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  太田川駅にて。

  太田川から分岐する河和(こうわ)線に乗り換えます。

  岐阜から太田川までは中部国際空港行き特急で一本道ですが、豊橋行き特急に乗車してしまったので神宮前で乗り換える羽目となりました。

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  上の中部国際空港行き特急から河和行き普通に乗り換え。

  太田川駅にて。

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  阿久比(あぐい)駅にて。

  阿久比(あぐい)駅で普通を乗り捨て内海(うつみ)行き特急に乗り換え。

  内海は河和線(こうわせん)からさらに分岐する知多新線の終点です。

  平日昼間帯に運行される4両編成全車一般車の特急5300系。

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  知多半田駅に到着。

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  駅前の東にあるクラシティ半田(商業施設と共同住宅)と駅との連絡通路から。

  1番線の当駅始発の普通金山行きが待機しています。

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  知多半田駅前。

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  同じく駅前と連絡通路。

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  駅前通りが東に伸びています。

  JRの半田駅の南で武豊線に突き当たります。

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  一つ目の信号で駅前のクラシティ半田を振り返ったところ。

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  道路沿いの公園で見つけた新美南吉(にいみなんきち)童話イメージキャラクターの「ごん吉くん」。

  童話作家の新美南吉は半田市の出身です。

  来年(2013年)は生誕100年だそうです。

 

  背後の白い建物はチョッとレトロな末広交番。

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  JR武豊線半田駅。

  駅前へは線路下のガードを通って向こう側へ。

  跨線橋は現役ではJR最古(1910年 明治43年の完成)。

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  撮影 2012/12/07

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2012年12月 7日 (金)

名鉄岐阜駅(岐阜県岐阜市)にて - 12月初旬の夕方

 

  この日は愛知県の知多半島の半田市を訪れ、名鉄岐阜駅に午後3時頃に帰ってきたところ。

名鉄岐阜駅の3、4番線ホームから。

 

  特急同士の立体交差。

  名鉄特急2200系の到着と高山線特急「ひだ」キハ85系。

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  JRは名古屋方面への313系。

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  高山線普通のキハ11の2両と名鉄普通5300系2両編成。

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  以後すべて同じ車両。

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  撮影 2012/12/07

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2012年12月 6日 (木)

近鉄で談山神社(たんざんじんじゃ 奈良県桜井市)を訪れる(8) - その後(4) 近鉄で帰途につく

 

  名古屋から近鉄特急を利用して、桜井市の談山神社の紅葉を観てきました。

この日は、ちょうど紅葉は真っ盛りで、好天にも恵まれて、近年に無い見事な紅葉を観賞できました。

その後、桜井駅に戻り、JR桜井線で三輪駅まで行き、大神神社(おおみわじんじゃ)を参拝して三輪駅から帰途に。

 

  三輪駅にて。

  奈良発和歌山行きの普通。

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  三輪駅で奈良行きと和歌山行きの電車が交換。

  いずれも105系の2両編成でワンマン運転です。

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  桜井駅にて。

  和歌山行きはさらに西へ。

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  JR桜井駅ホームから近鉄桜井駅の高架のホームを見上げます。

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  近鉄桜井駅にて。

  名張行きの急行で名張まで乗車。

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  途中の車窓。

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  長谷寺駅。

  長谷寺も紅葉の名所です。

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  同じく進行方向に向かって左手の車窓風景。

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  名張駅に到着。

  電車は上本町行きの急行。

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  鳥羽行きの特急。

  この特急に乗車して伊勢中川で名古屋行きの特急に乗り換えれば早く着きます。

  しかし、復路は伊勢中川まで普通電車、伊勢中川で名古屋行きの急行に乗換えて、さらに岐阜までは名鉄でという手順を踏みました。

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  名張駅にて。

  伊勢中川行き普通の2両編成。

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  撮影 2012/11/25

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2012年12月 4日 (火)

近鉄で談山神社(たんざんじんじゃ 奈良県桜井市)を訪れる(7) - その後(3) 大神神社(おおみわじんじゃ)(2)

 

  大神神社(おおみわじんじゃ)については、今回はあくまで談山神社を訪れたついでに寄ってみたという程でしたが、本格的にこのあたりを散策すると、かなり時間を割かなければなりません。

大神神社自身も摂社、末社も含めると、かなり大きいですし、近くには箸墓(はしはか)古墳や纒向遺跡(まきむくいせき)もあります。

また、北に天理市を経て奈良市までの山辺の道(やまのべのみち)をハイキングするコースもあります。

 

  大神神社(おおみわじんじゃ)の拝殿。

  御神体が三輪山で本殿はありません。

  三つ鳥居という珍しい鳥居が拝殿の裏手にあります。

  社務所にお願いすればお祓いを受けて拝見できるそうです。

  もちろん写真は駄目です。

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  拝殿のある場所から左手には祈祷殿や宝物収蔵庫があります。

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  真ん中が祈祷殿。

  左手に登っていくと狭井神社(さいじんじゃ)や拝殿裏にあるような三つ鳥居のある檜原(ひばら)神社等があります。

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  祈祷殿の反対側にある、こちらの宝物館を拝観。200円でした。

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  大神神社はこれだけにして、近鉄からも桜井市内のどこからも見えるという大鳥居を見に行きます。

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  参道を真っ直ぐ西に歩いていきます。

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  大鳥居は国道169号線に面しています。

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  参道沿いには幾つも駐車場があります。

  三輪山と参道、駐車場。

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  付近の位置が分かる地図です。

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  三輪駅に戻り、桜井駅へ。

  桜井駅で近鉄に乗り換え名古屋方面に帰ります。

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  こちらは奈良行き。

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  奈良からの和歌山行きが到着。

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  撮影 2012/11/25

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2012年12月 3日 (月)

近鉄で談山神社(たんざんじんじゃ 奈良県桜井市)を訪れる(6) - その後(2) 大神神社(おおみわじんじゃ)(1)

 

  朝早くに岐阜の自宅を出発して、JRで名古屋まで、名古屋からは近鉄特急で名張へ、名張で急行に乗り換えて桜井駅に降り立ちました。

そして、桜井駅南口からバスで談山神社へ向かい、有名な紅葉を観賞して、再び桜井駅に戻ったのは午後1時前。

この後、今度はJR桜井線で三輪駅に行き、これも有名な大神神社(おおみわじんじゃ)を参拝してきました。

 

  三輪駅駅前。

  駅前の通りを西に歩きます。

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  すぐにこんな案内があるので右(北)に曲がります。

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  商店街を北に行きます。

  向こうに木が見えますが、参道の木々の一部です。

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  その参道を今度は東に向かって歩いて行きます。

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  三輪駅の北に位置する踏み切りを渡ります。

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  三輪駅の臨時出口。

  初詣客をさばくために設けられているのでしょう。

  他にも、お祭り、初詣、朝の通学学生をさばくなどの理由で、こういう臨時の出入り口を設けている駅はけっこう見かけますね。

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  参道の北側に渡り、両側に露店の出ている歩道へ。

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  二の鳥居が見えて来ました。

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  二の鳥居前。

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  二の鳥居。

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  二の鳥居から拝殿にいたる参道は、木々で鬱蒼としています。

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  ここから拝殿のある境内に。

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  社殿のうち拝殿。

  御神体が三輪山(みわやま)なので本殿はありません。

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  撮影 2012/11/25

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2012年12月 1日 (土)

近鉄で談山神社(たんざんじんじゃ 奈良県桜井市)を訪れる(5) - その後(1)JRで桜井駅から三輪駅へ

 

  お昼過ぎに談山神社から山を下り、桜井駅南口までバスで帰ってきました。

まだ陽も高いということで、ここから、さらにJR桜井線の電車で三輪駅まで行き、大神神社(おおみわじんじゃ)を訪れることにしました。

 

  桜井駅南口。

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  JR桜井駅にて。

  桜井線は奈良から高田までの区間で、2010年に愛称を「万葉まほろば線」と名付けられました。

  「旅万葉」のラッピング車の105系。

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  三輪駅にて。

  桜井駅からは奈良方面に一駅で3分の所要。

  奈良発の電車と交換。

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  対向車両は奈良発和歌山行きの105系。

  桜井線の高田からさらに和歌山線で和歌山まで行きます。

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  奈良~桜井間は1時間に2本の運行ですが、高田までは1時間に1本の運行。

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  三輪駅から大神神社(おおみわじんじゃ)の御神体である三輪山(みわやま)。

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  三輪駅駅舎は西側にあります。

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  撮影 2012/11/25

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