« 半田市(愛知県)を散策(4) - 小栗家住宅、国盛「酒の文化館」、中埜半六邸 | トップページ | 初冬の京都 嵯峨野を散策(1) - 嵐山から嵯峨野へ »

2012年12月15日 (土)

半田市(愛知県)を散策(5) - 半田赤レンガ建物と住吉神社

 

  知多半島中部の東に位置する半田市は、江戸時代から醸造業が盛んな土地で、現在でもミツカンを代表とする醸造業の会社が存続しています。

また、戦前には中島飛行機などの航空産業をはじめとした重工業が発展しました。

いったん空襲による被害を受けたものの、戦後には再び重工業地帯として発展を遂げ、現在にいたっています。

 

  さて、この日の最後に訪れたのは名鉄の住吉町駅の東にある半田赤レンガ建物です。

国盛「酒の文化館」から歩いて行くのが普通のコースですが、この時は少し足を痛めていて、取り敢えず知多半田駅まで引き返して、それでまだ足の調子に余裕があれば住吉町駅から歩いてみる、という事にしました。

結果的にはなんとか赤レンガ建物と住吉神社を訪れることができました。

 

  知多半田駅始発の普通金山行きの5000系。

Dsc04463

 

  住吉町駅の南、国道247号線の踏切から。

  この国道を東に200mぐらい歩いて行くと国道の北側に半田赤れんが建物があります。

Dsc04466

 

  国道沿いの東から赤レンガ建物。

 

  半田でビールの製造を最初に手がけたのは、前回の記事で述べた敷島製パン(東日本ではPasco)の創業者である盛田善平(ビール製造の方が早い)と四代目中埜又左衛門(ミツカンの四代目で初めてミツカンのロゴマークを考案、また中野から中埜に改姓)で、これが明治20年(1887年)のこと。

  そして明治29年(1896年)には東京のエビス、横浜のキリン、大阪のアサヒに対抗して丸三麦酒株式会社を設立、そしてドイツ人の技師を招きドイツ式の工場を建設しました。

  この時、ビールの銘柄を「カブトビール」と変更して、東海地方では最大のシェアを持っていました。

  この工場が現在に残る赤レンガ建物です。

Dsc04469

 

  東側から。

  半田赤レンガ建物は近代化産業遺産に認定され、登録有形文化財建造物に登録されています。

Dsc04475

 

  今度は西側へ。右手が国道。

Dsc04479

 

  やはり西側から。

Dsc04481

 

  赤レンガ建物の西側の道を北に進んで国道の方を振り返って。

  このまま北に行き、住吉神社の方に歩いていきます。

Dsc04483

 

  左側に池があり(宮池という)住吉神社の祭礼の「上半田ちんとろ祭り」では二艘の「ちんとろ船」が浮かべられます。

  これとは別に5年に一度行われる「はんだ山車まつり」は神事とは別のお祭りで、祭りの日には市内の山車が一堂に会します。

Dsc04484

 

  東側の鳥居から入ります。

  入水神社とありますが、現在は住吉神社と呼ばれています。

Dsc04485

 

  東側からは少し奥になります。

Dsc04489

 

  宮池と半田赤レンガ建物。

  宮池は神社の境内だそうです。

Dsc04497

 

  住吉神社社殿。

Dsc04499

 

  南側から出ました。

Dsc04502

Dsc04503

Dsc04507

 

  最後に興味のある方は読んでみてください。

  酒とお酢の歴史の話で武庫川女子大学の先生のお話です。

  リンクではなくわざとコピペにしてあります。

         http://www.mukogawa-u.ac.jp/lab/matsui_essay.htm

 

  住吉町駅にて。

  一度知多半田駅に行き、再び名古屋方面に帰りました。

Dsc04512


 

  知多半島は低い丘陵が続いています。

  昔から水利が悪く、戦後に愛知用水が作られ劇的に改善された歴史があります。

Dsc04515

  撮影 2012/12/07

|

« 半田市(愛知県)を散策(4) - 小栗家住宅、国盛「酒の文化館」、中埜半六邸 | トップページ | 初冬の京都 嵯峨野を散策(1) - 嵐山から嵯峨野へ »

旅行・地域」カテゴリの記事

東海地方(岐阜県、愛知県、三重県、静岡県)」カテゴリの記事

鉄道」カテゴリの記事

神社仏閣」カテゴリの記事

コメント

ご無沙汰です。
ただでさえ12月は忙しい月なのに安倍相場が始まってしまい、コメント無理でした^^;
菅さん、野田さん、安倍さんは、他のことはわからんのやけど、経済のことを話すときは目がうつろの感じがして、
安倍さん、頼みますから変なこといわないでね

河村市長、残念やったね。期待してたんやけどね。

本題です。知多は行ったことがなくて、戦国武将と常滑焼くらいしか知らないです。ソニーやミツカンやったとわ。
ソニーは、損保とかの儲けでつじつまあわすんではなく、「どこでもドア」をつくってほしいね。それでこそのソニーやと。

>武庫川女子大学の先生のお話です
とてもおもしろかったわ。歴史おたくは、深いなあ^^
いちゃもんをつけるなら、おいらは、どこで何があったということよりも、それがどういう背景でほかの地域につながったかの方が興味があります。

大阪は、タマノイね^^


投稿: tera | 2012年12月19日 (水) 06時18分

安倍相場>政権取る前からアッという間に動きましたね。相場って凄いんですね^^;
安倍さんは、来年の参院選までは安全運転でしょうね・・特に外交・安全保障、憲法問題等は。

ソニーと比べると、ホンダはそう云う意味では凄い会社ですよね。そろそろホンダジェットも量産化という段階ですし、最近のアシモは歩き方以外は随分進化してきました。
ソニーは遊び心が無くなってしまいましたね。

河村市長はどうでもいいです^^;ちゃっかりと市長の席は確保してるなんて・・


それがどういう背景でほかの地域につながったかの方が興味があります>なるほど。それもそうですね。

タマノイ酢 お酢の歴史からいえばタマノイ酢の方が古いんですね。
というより酢の伝来がまず関西に、ですからね。

竜野へ行ってヒガシマル醤油や揖保の糸の産地と知って驚いたことがありました。
こうして見ると地場産業って凄いですよね。意外な地方の都市に有名企業の本社があったりして、へ~っと思ったりします。

蒸し返しますが <それがどういう背景でほかの地域につながったかの方が興味があります> これは、突き詰めていくと面白いでしょうね。
そこには必ず関わった人々がいますし、その担い手がどんな人々であったとか、いかなる必要性があって他の地域につながったのかとか、興味は尽きませんね。
そんな事に関する面白い本があったら紹介してください^^


投稿: mino | 2012年12月19日 (水) 11時28分

いろいろと東京を離れることが多く、私もご無沙汰です。

武庫川女子大>
私も面白かったですが、自分の興味から言うと、半島がスルーされていたのが残念でした。
朝鮮でも酒は米から作るのが一般的なようで、日本でも流行ったマッコリなんかがそれにあたります。酢も白米と玄米からつくるそうです。「韓国人なら米を食べよう」というスローガンが空しく繰り返されるのも日本と同じです。

ご存知かも知れませんが、日経電子版で「関西人なぜ『ポン酢』が好きなのか」という記事が掲載されていました。有料会員限定なのですが、「引用」しているサイトがいくつかあります(ttp://d.hatena.ne.jp/why-newton/20111215など)。

ソニーは遊び心が無くなってしまいましたね。>
遊び心どころか、スパイウェアを忍び込ませたりなどせこくなってしまいました。アメリカではかつてのイメージは完全に崩壊しているそうです。

選挙前、関東では維新の支持率が非常に低かったので、選挙は違和感しか残らなかったとみんなで話しています。東日本と他地域の違いがわかればいいのですが。

投稿: ddol | 2012年12月19日 (水) 21時48分

ddolさん、久しぶりです。

『ポン酢』って関西人だけですか?
私の所ではポン酢は普通なんですが。それとも、うちが最近よく利用しているんでしょうか?
リンク先で言ってるように、鍋、特にフグが多いのは分かりますが、つまるところ薄口が好きなんでしょうね。
ポン酢を薄口というのは少し乱暴かも知れませんが^^;

ソニーは役員のグローバル化をして、日本人の良さを薄めてしまいましたね。

維新、特に橋下さんの発言が何回もぶれて、信頼を無くしたと思います。
それに、なぜ東国原なん?

投稿: mino | 2012年12月20日 (木) 21時12分

minoさん
>河村市長はどうでもいいです^^;

中央も地方も、ちびっこギャングやらハングレみたいな政治家ばかりの政界になってる感じがしてね。ほんまもんの極道政治家がいないと面白くないです^^
河村さんは、中京の極道になれるのかな?

竜野
竜野は、いい町やね。山陽から山陰に抜ける道筋には、落ちついたたたずまいの町がけっこうある感じがします。

ddolさん
>半島がスルーされていたのが残念でした。

うんうん、歴史を書くなら、大陸の話がほしいね。

minoさん、ddolさん

ポン酢
おいらも、トンカツ、豆腐、鍋、焼き肉、オールポン酢です。トンカツソース、醤油、焼き肉のたれでも美味しくいただくんやけど、ポン酢の方が薄口な感じがするんや(微妙か^^)
ちゃんこやキムチ鍋でもポン酢で食べるので、大阪原理主義者の嫁に馬鹿にされてます^^;
子供の頃、ミツカンは黒い「味ポン」よりも黄色の「ポン酢」に醤油をまぜて食べてた記憶があるわ。黄色のポン酢、みかけないです。

ふぐで思い出したのは、石川県のふぐの卵巣の糠漬け。もっともやばいふぐ卵巣を使った料理で、お土産にいいです(とても塩辛いけどね)

維新
>東日本と他地域の違いがわかればいいのですが。
>それに、なぜ東国原なん

うんうん、維新の政策はいいと思うけど「そのまんま」には入れたくないという人もけっこういたよ。なんで近畿の比例トップなんや。芸人を立てるなら吉本にいっぱいおるやろと。
「政策・理念・価値観の一致」、本当に第一なの?

大阪人が維新を応援するのは、大坂城落城400周年が近いからという話も。ほんまかなあ^^

投稿: tera | 2012年12月22日 (土) 06時27分

大阪人が維新を応援するのは、大坂城落城400周年が近いからという話も。ほんまかなあ^^

>「プリンセス・トヨトミ」を思い出した^^;

投稿: mino | 2012年12月23日 (日) 02時44分

再び音楽ブログを始めました。

 http://taga-tokai.cocolog-nifty.com/

投稿: mino | 2012年12月23日 (日) 17時11分

ポン酢>
記事にあるように、こちらでは本当にポン酢は使いません。ポン酢を常備していない家庭も多いです。
それから東京では昆布だしを使う習慣もないようで、鍋のだしとして昆布を入れようとしたら驚かれたことも何度かありました。ただ、これは東京だけのようで、湘南では昆布も使います。
総じて東京では繊細な味よりも調味料でコテコテと味付けするのを好む傾向があります(黒いうどんとか)。

大阪人が維新を応援するのは、大坂城落城400周年が近いからという話も。ほんまかなあ^^>
面白い話ですね。こちらでは、橋本維新は大阪を首都にしようと企む陰謀集団で、だから関東では支持率がないのだという噂があります。
まあ、石原に東にとコテコテですね。

投稿: ddol | 2012年12月23日 (日) 21時53分

>それから東京では昆布だしを使う習慣もないようで

なんにでもポン酢をかけて食するので、びっくりや^^
昆布=北前船(日本海)ルート、鰹節=薩摩・土佐・紀州・駿河・房総の黒潮ルートの影響かな。

大阪では、鍋は当然昆布。味噌汁とかはカツオ(あるいはジャコ)かな。椎茸も使うで。
これらは旨味成分が違うという話しも。

大陸の料理や西洋料理の出汁は、鶏がらスープとか肉系が多い感じがするけど、交通の結節点沖縄は、肉・昆布・魚・椎茸、すべて使うらしいです。

投稿: tera | 2012年12月24日 (月) 04時50分

teraさん kyonさんに昨日コメント貰いました。

10月17日の四天王寺の記事です。

投稿: mino | 2012年12月24日 (月) 17時18分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 半田市(愛知県)を散策(5) - 半田赤レンガ建物と住吉神社:

« 半田市(愛知県)を散策(4) - 小栗家住宅、国盛「酒の文化館」、中埜半六邸 | トップページ | 初冬の京都 嵯峨野を散策(1) - 嵐山から嵯峨野へ »