« 知多大草城跡(愛知県知多市)と大野城跡(愛知県常滑市)を訪ねる(1) - 大草(おおくさ)城跡へ | トップページ | 知多大草城跡(愛知県知多市)と大野城跡(愛知県常滑市)を訪れる(3) - 大草城跡から大野町駅に戻る »

2013年2月 5日 (火)

知多大草城跡(愛知県知多市)と大野城跡(愛知県常滑市)を訪れる(2) - 大草(おおくさ)城跡

 

  名鉄の大野町(おおのまち)駅で下車するとまず北にある大草城に向かいました。大草城を訪れた後は、電車で南の西ノ口駅まで行き、今度は山の上にある大野城に登ることになります。

  しかし、この両城は距離もそんなに遠くは無いのですが、大草城は知多市、大野城が常滑市と行政区分が異なるため、大野城にあったパンフレットには大草城の位置は記されているものの「他所(よそ)の城」扱いで、少し苦笑せざるを得ませんでした。

  さて、大野城は三河の一色氏が知多半島(知多半島は尾張)に勢力を伸ばして築城(14世紀)しましたが、足利義教との対立から三河守護職を失い、さらに応仁の乱で勢力を失い、替わりに佐治氏が大野城主となり(このあたりもかなり曖昧)、緒川の水野氏と知多半島を二分する勢いで争い、入城してから四代にわたって知多半島西部を支配しました。
この佐治氏関係はかなりの異論が存在して、Wiki、武家家伝等で付き合わせてみても事実関係の記述が項目によって異なるという、そういう状態なので、ここでは最大公約数的な事実のみを列挙するに止めます。

  今日は大草城のお話なのですが、最後の大野城主であった佐治一成(さじ かずなり)は秀吉と家康の争いに巻き込まれ、一成と結婚した浅井三姉妹の内のお江の方とも離縁させられかつ大野城を追われて、替わりに信長の弟である織田長益(有楽斎)が大野城に入城します。
長益は山城である大野城を捨て、北に平城の大草城を築きますが、完成を待たずに長益は秀吉により摂津に移封されて大草城は廃城。

  とはいえ江戸時代の尾張藩の支配下になると尾張藩は家老の山澄淡路守英龍にこの地を与え、山澄氏は代々城址の管理を行ったために城址が保全されて現在に至っています。
城址はたとえ廃城といえども島原の乱の例のように反乱軍の拠点となることから尾張藩がこの措置を山澄氏に命じたものでしょう。同じ理由でしょうが、信長が築いて小牧・長久手の戦いで家康が改修した小牧山城跡(愛知県小牧市)も尾張藩が厳重に管理をしていました。

 

  大草城跡の全体。

  平城ではありますが、比高が何mかはありそうな高台となっています。

Dsc06151

 

  西から坂を上がりきって右手にある模擬天守風の展望台。

  本丸の北から撮影。

  個人的にはこういう建築物は大好きです。

Dsc06157

 

  いつもの余湖くんのお城のページから拝借。

  余湖くんのお城のページ、大草城

Ookusatyo

 

  土塁とお堀が大規模に残っています。

Dsc06159

 

  遊歩道が設けられていて、この場合は土塁上が遊歩道になっています。

  これは二の丸の北側の土塁上だったと思うんですが・・・。

Dsc06165

 

  左側に下りると城跡の北側のお堀の東部分。

Dsc06170

Dsc06172

 

  北側から東側に回ります。

  堀沿いに通路が設けてあって、お堀を巡る事が出来るようにしてあります。

Dsc06173

 

  お堀の外側には民家があります。

Dsc06175

 

  東側の本丸と二の丸の間ぐらいで一旦外に出ました。

Dsc06179

 

  上に上がって。

Dsc06187

 

  上がった目の前にある津島神社。

Dsc06189

 

  すぐ右手に地蔵寺。

Dsc06190

 

  再び城内に入って、お堀沿いに戻るのではなくて今度は遊歩道を奥に突っ切ります。

  二の丸から土塁の左手が本丸。

  本丸内の休憩所としての東屋の屋根が見えます。

Dsc06192

 

  二の丸を西に突っ切ります。

Dsc06193

 

  突っ切って西側のお堀に下りて振り返ったところ。

Dsc06206

 

  南北の西側のお堀。

Dsc06199

 

  北に突き当たって北側のお堀の西側部分を東方向にのぞみます。

Dsc06200

 

  今度は元の道を城内に戻って、本丸にある展望台に入りました。

Dsc06209

 

  大野城の展望台は山の上にあるので眺望が素晴らしいのですが、平城の大草城ではこんなもの。と言ってもなかなかです。

Dsc06211

 

  本丸にあるグラウンド。

  左手が二の丸のある北。

Dsc06213

Dsc06214

 

  大草城を後にしました。

Dsc06216

 

  なかなか立派なお城跡でした。

  廃城となりながらも良く保存されていたという印象でした。

Dsc06217

  撮影 2013/02/03

|

« 知多大草城跡(愛知県知多市)と大野城跡(愛知県常滑市)を訪ねる(1) - 大草(おおくさ)城跡へ | トップページ | 知多大草城跡(愛知県知多市)と大野城跡(愛知県常滑市)を訪れる(3) - 大草城跡から大野町駅に戻る »

東海地方(岐阜県、愛知県、三重県、静岡県)」カテゴリの記事

お城」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 知多大草城跡(愛知県知多市)と大野城跡(愛知県常滑市)を訪れる(2) - 大草(おおくさ)城跡:

« 知多大草城跡(愛知県知多市)と大野城跡(愛知県常滑市)を訪ねる(1) - 大草(おおくさ)城跡へ | トップページ | 知多大草城跡(愛知県知多市)と大野城跡(愛知県常滑市)を訪れる(3) - 大草城跡から大野町駅に戻る »