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2013年4月17日 (水)

桜旅行 津山と岡山 2013 (9) - 岡山城(岡山県岡山市)を駆け足で

 

  最初は余湖くんのお城のページからの引用図から。

ただ、この図と現地での案内板の図とでは多少の違いがありました。

岡山城では本丸を本段、中の段、下の段(しものだん)と区別して呼称していましたが、その本丸の呼称を、引用図(下の図)の「本丸下の段」を現地の案内板では「中の段」、そしてその下を「下の段」と記述していました。

したがって、ここは現地の案内板の呼称を使用して話を進めていきます。

Okayamatyo

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  後楽園南門から旭川沿いに少し東のほうに歩いてみました。

Dsc08529

 

  向こうに見えるのが後楽園と並んで岡山市の桜の名所である「旭川さくらみち」と思われます。

  これは確かな情報ではありませんので悪しからず。

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  旭川に架かる月見橋をお城側の南に渡って、月見櫓の下に。

  月見櫓は中の段にあります。

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  下の段の外側には内堀があります。

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  中の段の石垣と内堀の間の下の段(しものだん)を南に歩いて行きます。

  こちらのお城の南には図書館、さらに南には県庁舎があります。

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  途中の中の段の石垣。

  中の段には表書院がありました。

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  本丸下の段から内堀へ。

  その向こうは二の丸跡です。

Dsc08543

 

  現地にあるこの図を見ると天守閣の前には(南には)本段御殿、中の段には表書院があったようですね。

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Dsc08547

 

  内堀の東方向。

Dsc08546

 

  内下馬門跡の石垣。

Dsc08550

 

  もう一度下の段に入って石段を上がります。

  写真の石垣は本段の石垣。

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  鉄門跡(くろがねもんあと)あたりから。

  不明門(あかずのもん)が左手上に見えます。

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  中の段に上がって不明門(あかずのもん)。

  中に入って上に上がると本段、ここは中の段です。

  左手中の段は表書院跡で広々としています。

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  本段御殿のあった場所はその面影がなく、天守閣を真正面から眺めることができます。

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  右手に天守閣の礎石が保存されています。

  現在の天守閣は戦後のコンクリートでの再建(昭和41年 1966年)なので、工法的に礎石は必要が無かったのですね。

Dsc08561

 

  5時過ぎで拝観はできませんでした。

  入場料金は常設展示期で大人(15歳以上)300円、小人(5歳~14歳)150円。

  岡山城の詳しい利用案内です。

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  天守の左手から廊下門の方に下ります。

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  中の段の月見櫓。

  元和・寛永年間(1615年~1632年)の築で重要文化財に指定されています。

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  中の段を見渡して。表書院跡。

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  廊下門から外に出ます。

Dsc08578

 

  廊下門を出ると月見橋。

Dsc08580

 

  城下電停に戻ってきました。

  後楽園の南門から30分ぐらいほどの時間で、駆け足で回りました。

Dsc08586_2

  撮影 2013/04/04

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コメント

岡山には親戚が住んでいて、子供の頃は夏になると遊びに行きました。城が近かったので、朝、散歩に出掛けたりしたこともあります。当時は黒も金もくすんでいて、いい味を出していました。minoさんの写真を見ると、鮮やかに塗り直されて勇壮な感じになり、随分雰囲気が変わりました。でも、これもありです。
各地で路面電車が廃止された時代がありましたが、岡山ではまだ現役なのですね。昔一度だけ乗ったことがありました。関東では都営荒川線が一部路上を走るだけなので、私にとって大阪の阪堺電車は懐かしいです。

ところで最近知ったのですが、桃太郎伝説と岡山を結びつけるのは最近のことだそうです。観光等のために行政が中心となって広めて定着させたそうです。
加原奈穂子 「『伝説のふるさと』の創造 - 岡山県の『吉備路』と桃太郎伝説-」 (早稲田商學 427)
ttp://www.waseda.jp/w-com/quotient/publications/pdf/wcom427_06.pdf
身の回りには意外とこういうことが多いのでしょうね。

投稿: ddol | 2013年4月20日 (土) 19時58分

桃太郎伝説<
 リンク先、途中少し斜め読みになりましたが、なるほど、と思いました。
犬山の桃太郎伝説については、かなり昔から知ってはいました。
しかし、もうその頃には岡山の方が有名で、犬山にもあるの?という反応でしたので、岡山には「してやられていた」訳だったんですね。
2000年の4月に吉備路をレンタサイクルで観光してきましたが、それも「してやられていた」んですね^^;
でも、なかなか良かったですよ、吉備路の観光は。

なかなか面白い論文でした。ありがとうございました。

桃太郎伝説だけで話のネタが一杯ありそうですね。


路面電車については岐阜市でも2005年に廃止となりました。
岡山からは様々なアドバイスを貰ってたそうですが、大きな観光資源を無くしてしまって、もう取り返しのつかないこととなりました。
いろいろ書きたいことはありますが、ここは公開の場なので差し控えます^^;

お城はどこも時々化粧直しをしないと駄目になってっしまいますからね。
彦根城も大阪城も今のところピカピカですよ^^。

投稿: mino | 2013年4月21日 (日) 18時58分

ちょっとお休みしている間に連休に突入してしまいました。
去年minoさんに刺激されて東京の城跡巡りをしたのが夢のようです。今年は古代史巡りだと思っていましたが、あれやこれや行事が入って、今年は断念です。

うろ覚えですが、昔犬山に桃太郎の看板があったように記憶しています。当時はモンキーセンターの関係なんだろうと軽く見ていましたが、桃太郎ゆかりの三大地の一つなんですね。この三つというのも観光やら政治やら色々事情があるのでしょう。

桃太郎説話の政治イデオロギーに関して
加原奈穂子 「昔話の主人公から国家の象徴へ -『桃太郎パラダイム』の形成-」(『東京藝術大学音楽学部紀要』36 (2010年))
ttp://www.lib.geidai.ac.jp/MBULL/36Kahara.pdf

これとも多少関連して、芥川の「桃太郎」という小説があります。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/100_15253.html
最初読んだ時は訳がわからなかったのですが、
崎川美央 「芥川龍之介『桃太郎』論 - 啓蒙家としての芥川龍之介」(『富大比較文学』4集 (2011年))
ttp://utomir.lib.u-toyama.ac.jp/dspace/bitstream/10110/8901/1/hikaku4_4.pdf
の解釈を読んでなるほどと思いましたが、それでも冒頭の部分は謎です。

路面電車については岐阜市でも2005年に廃止となりました。>
直接的には赤字が原因とされているようですが、道路の狭さが赤字の原因だそうですね。そういうことだと、都市計画や政治の問題なのでしょう。
大阪の阪堺線は天王寺付近だと、昼でも立っている人がいますが、それでも一部廃止論が出ていて予断を許さないとwikiにありました。
現在、地方都市では鉄道は辛いのでしょうね。阪和線の高架下がほとんど利用されていないのを見ると、どうしても東京の高架化との違いを意識させられます。

彦根城も大阪城も今のところピカピカですよ^^。>
う〜ん。体力と時間の問題で、まだ大阪城には行っていません。食材を求めて鶴橋までは何度も行っているのですが・・・

投稿: ddol | 2013年4月26日 (金) 19時55分

>岡山には「してやられていた」
^^

加原奈穂子さんの論文、面白かったです。

桃太郎でおいらの記憶に残ってるのは、柳田国男の少彦名命と民俗学・文化人類学のお話し。それと、古代吉備族と温羅退治。それらと観光政策との関連、とても興味深かったです。
関係ないけど、スクナビコナは、昨年秋のある民放ドラマに出演して記憶に(でも人気はいまいち^^;)
二つ目紹介論文、ルーズベルトとチャーチルを鬼に見立てたという話も面白い。当時の米英関係は、「帝国」とソ連の取り扱いを巡ってとても複雑なんやけど、一緒に鬼なんや^^

でも、「鬼イデオロギー」と観光との関係。退治する側と退治される側(温羅)が混在してる感じが。受けそうならなんでも商売に使うということかな。
一番心残りなのは、形而上的な視点で桃太郎関係の民俗学や文化人類学の問題をもっと解説してほしかったことです。
加原さんの専門は、「観光学」かな。

芥川の「桃太郎」は、芥川らしい凄味がないので軽視されたんやと思います。
形而上も形而下も、面白いものを書かんとね。

大阪の路面電車。残してほしいな

投稿: tera | 2013年4月27日 (土) 05時40分

コメント遅くなりました。

桃太郎の話にも国家によるバイアスがかかっているのですね。
西洋などはどうなんでしょうか?以前にも議論になりましたが。

以前にはteraさんが上で仰っている「民俗学や文化人類学の問題」としての西洋の童話の解釈をここのブログではなく、どこかで議論していた記憶がありますが。

私には逆に西洋の童話が国家によってどのように取り扱われたかが気になります。

「大阪の路面電車。残してほしいな」「それでも一部廃止論が出ていて予断を許さないと」>
<これは、堺市内での乗車率が悪く、「我孫子道」以南を廃止にという話だったと記憶しています。
以前、1日乗車券で浜寺から天王寺まで乗ってみましたが、確かに浜寺から宿院あたりまでの乗車率があまり良くないと感じました。
ただ、住吉大社あたりの乗車率は日によっては満員状態にもなるので、大阪市内は大丈夫と思っています。
全線廃止ということは、阪堺電車の倒産を意味しますから。

投稿: mino | 2013年4月27日 (土) 22時59分

ご無沙汰しています。

関係ないけど、スクナビコナは、昨年秋のある民放ドラマに出演して記憶に(でも人気はいまいち^^;)>
スクナビコナのドラマって想像もつかないです。スクナビコナは記紀での扱いが非常に「軽い」ので想像力を駆り立てるのでしょうか。ちょっと見てみたい気もします。

三浦佑之「寄り来る神の婚 -その神話的性格と展開-」(『成城文藝』 72 (1975年))
ttp://www.seijo.ac.jp/pdf/falit/072/072-01.pdf
がスクナビコナの話を端緒に、神話から説話、さらに文学への変容を解いています。

神田典城「大国主神話の一断面 -農耕神話の側面から-」 (『研究年報(学習院大学)』 27 (1980年))
ttp://glim-re.glim.gakushuin.ac.jp/bitstream/10959/2386/1/kenkyunenpo_27_209_225.pdf
はスクナビコナを粟の穀霊だとして、オオナムチと焼畑農の関係を強調しています。

どちらも古い論文なので現在の学説がどうなのかは不明です。

あまり関係はないのですが、記紀に関して
アンダソヴァ・マラル「古事記におけるタカミムスヒ・カムムスヒの考察」 (『佛教大学大学院紀要 文学研究科篇』 第39号 (2011年))
ttp://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DB/0039/DB00390R049.pdf
では、エリアーデの「死と再生」論から「ムスビ」を論じています。

一番心残りなのは、形而上的な視点で桃太郎関係の民俗学や文化人類学の問題をもっと解説してほしかったことです。>
これは同感なのですが、ネットではこの点は調べきれませんでした。桃太郎はほとんどが教育学の論文でした。「鬼」で検索してもほとんど論文が見つからなかったので、この分野は論文の公開には慎重なのかも知れません。
総合的すぎるのですが、小松和彦『妖怪文化入門』(せりか書房、2006年)は面白かったです。第三章は妖怪研究のまとめともなっていて、「鬼」も登場します。

桃太郎の話にも国家によるバイアスがかかっているのですね。
西洋などはどうなんでしょうか?以前にも議論になりましたが。>
そもそも昔話の編纂が行われているかどうかも知りません。疑問に疑問で返してしまいますが、グリムの法史はがっちり利用されたそうですが、童話が利用されたという話は聞いたことがないのでどうなんでしょうね。

投稿: ddol | 2013年5月 9日 (木) 19時43分

ddolさん、返事遅くなって御免なさい.^^:

母の一周忌の法事の準備に忙殺されて、リンク先の文を読む時間が無くて、これからダウンロード、保存してゆっくり読ませていただきます。


ところで、ddolさん、連休はどうされていましたか?
私は前半は家で過ごして、後半は記事にあるように羽島市のお祭り、そして何十年ぶりかの飛鳥を旅行してきました^^。

投稿: mino | 2013年5月13日 (月) 03時01分

ところで、ddolさん、連休はどうされていましたか?>
前半は実家で行事があり、家に帰っていました。
後半は東京に進出してきました。まだ遊び仲間が二人23区内に残っていて、宿泊させてもらいました。おかげで、気になっていた中野北口の再開発などを見物したり、引っ越しの際に挨拶できなかった馴染みの煙草屋のおばちゃんに挨拶することができました。時間不足で下北沢に行けなかったのは残念でした。
東京はレンタルサイクルが整備されていないので、こういうのは知人がいないと不可能です。でも寒暖の差が激しかったので帰りは風邪気味でした。数ヶ月ぶりとは言え、さすがに東京の再開発は急激で、見知らぬビルが立っていたりしました。

投稿: ddol | 2013年5月13日 (月) 19時39分

後半は東京に進出してきました。<いいですね。東京ですか。
東京を一度じっくり観光してみたいと思うのですが、なかなか実現できずにいます。
東京は皇居と江戸城の公開されている部分のみ訪れた事があります。
それから中学生の時の修学旅行が東京・箱根で(新幹線はまだできたばかりで修学旅行列車で行きました)いろいろな場所に行ったのでしょうけど、覚えているのは東京タワーぐらい。

もう本当にべたな「おのぼりさん」的な旅行をいつかはしたいです^^。

投稿: mino | 2013年5月13日 (月) 22時40分

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